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平民聖女は愛されたい  作者: 志波咲良


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第十六話

 衛兵が先導を行う中、私たちは謁見の間へと案内される。


「失礼します。ノヴァ公爵カルロス・ヴァレンタイン様がいらっしゃいました」


 衛兵の声掛けから数拍空いて、ゆっくりと扉が開かれる。

 カルロス様の後ろに控える私だが、緊張で足がもつれてしまわないか不安だ。


 ふうっと息を吐く私に、カルロス様の優しい声が降り注ぐ。


「そう緊張しなくても、国王陛下は決して非道なお方ではない」

「はい……!」


 歩き出したカルロス様について、中へと入る。

 親しい間柄の者と会う時に使われるという謁見の間は、豪勢というより落ち着いた雰囲気のある場所だった。


 大きなシャンデリアが高い天井から吊り下げられ、白を基調とした壁は金色の塗装でワークアートが施されている。暖炉の上には国王陛下の肖像画が飾られ、部屋の端には大きなグランドピアノが置かれていた。


「お洒落……」


 カルロス様の背中に隠れているのをいい事につい見惚れてしまったが、すぐに視線を前に戻す。

 目の前には、今しがた肖像画に描かれた張本人がいた。


 銀色の短い髪はオールバックで整えられ、頭上には赤い宝石がいくつも詰め込まれた王冠が載っている。尻上がりの眉と黒い瞳の鋭い目は凛々しさを表し、目尻や頬に刻まれるシワには威圧感を覚えた。

 歳は五十代と聞いているが、まったく衰えは見受けられない。


 アムフルト王国、イヴァン・ストラウド国王陛下だ。


 国王陛下と目が合った途端、私は慌てて膝を折り頭を下げる。


「お初お目にかかります。ライザ・クリスティと申します。このたびはお招き頂き……あっ」


 やらかした。挨拶をしなきゃと焦ったあまり、カルロス様より先に声を上げてしまった。

 これでは、淑女としての振る舞いが何一つなっていない。


 下げた頭を上げられず、かといってやってしまった失敗の取り返しをどうすればいいかも分からない。


 そんな私の耳に、クスリと柔らかい笑い声が聞こえた。


「カルロスから聞いていた通り、元気な女性のようだ」


 恐る恐る顔を上げる。再び目が合った国王陛下は、思ったよりも砕けた表情をしていた。


「ようこそ、ラサリム王城へ。アムフルト王国国王、イヴァン・ストラウドだ」

「は、はい。存じ上げております!」

「立ち話もなんだ。茶でも飲みながら話そう」


 そういって国王は私たちに着席を促す。


 国王陛下はもちろんだが、カルロス様も慣れた様子でソファーに座るので、余計に自分が場違いに思えて仕方がない。


 気圧されればされるだけヘマをする。そんな気がしてならなかった私は、自分の心臓に気合いを入れ直し、背筋を伸ばす。


 給仕から紅茶が配られたところで、国王陛下がカルロス様へと話しかける。


「ウィルから報告が上がっている。ルーディを助けてくれたようだな」

「いつも城を抜け出して街に?」

「ああ。どうやら私に似て、言って聞かせたところで素直に従うような子じゃなくてな」


 そういって苦笑する国王陛下の表情は、どこにでもいる父親の顔にも見えた。

 遠目に見てた時は怖そうな人だと思っていたけれど……意外と暖かそうな人だなぁ。なんて思っていると、隣のカルロス様は何かを考え込んでいるようだった。


「カルロス様?」


 私の呼び掛けでハッとしたカルロス様は、国王陛下に目を戻す。


「今回ライザを城へ呼んだのはルーディ王子だと聞いています。その内容は……」

「呪いを解いて欲しい、だろう?」


 カルロス様の言葉を先回りした国王陛下に、この目でみたままを伝える。


「あの……大変申し訳ないのですが、私の力では呪いを確認することはできなくて……」

「当然だ。呪いなんてないのだから」


 きっぱりと言い切った国王陛下の言葉に、思わずカルロス様と顔を見合わせる。

 自分の見間違いなどではなかったとはいえ、拍子抜けだ。


「で、ではなぜルーディ王子はご自身が呪いにかかっていると? もしかして、髪色を気にされて……」


 遠慮がちに訊けば、国王陛下は小さく首を振った。


「話せば長くなるが……ルーディが呼びつけたライザ嬢はもちろん、カルロスにも関係のある話だ。聞いて欲しい」


 国王陛下は少し間をあけ、目を伏せながら口を開く。


「ルーディは……生まれつき、魔力が乏しいんだ」

「え?」

「髪色は関係ない。黒髪でも優秀な魔法使いは数多くいる。そうでなく、ただ純粋に……ルーディは魔法使いとしての才能に恵まれていなかった」


 耳を疑う言葉に、私は思わずカルロス様の方を見る。私にコクリと頷き返すことから、カルロス様も初めから知っていたようだ。


 魔法使いとなる者は、魔力を生み出す体内器官を持っている。魔法使い自体の存在は珍しくないが、力は遺伝でしか継承されない。


 ストラウド家も当然魔法使いの家系であり、王族らしく代々名だたる魔法使いを輩出してきた。


 カルロス様なんかが分かりやすい。

 国民の王族への絶大な信頼は、髪色なんかではなく、圧倒的な魔法使いとしての才能にあるのだ。


「ルーディは生まれてすぐ、鑑定魔具で見ることができないほど魔力量がなかった。精密検査を繰り返し、どうにか体内に器官があることだけは確認されたが、発達がみられるかどうかは不明だった」

「それが、国王陛下夫妻がルーディ王子殿下の存在を密にした理由だ」


 魔具を通して見れば、誰にだって魔力量の鑑定ができる。赤子のルーディ王子の姿が大衆の目に晒されれば、即座に魔力がない王子だということは国中に伝わるだろう。


 黒髪であることより何より、魔力がない方が世論の動揺を産む可能性が高かった。


「間違いなく、ルーディは批判の対象になる。それだけは絶対に避けたかった。だから、民の目から息子を隠した」

「そうだったんですね……」

「私たち夫妻は中々子宝に恵まれなくてな。ルーディは、やっと手にできた宝なのだ。身を賭してでも守ってやりたい」


 そう語る国王陛下の瞳には、辛さや葛藤が垣間見れた。


「しかし、それも五歳までの話。魔法使いとしては絶望的な魔力量であったルーディの活路を、カルロスが見出したのだ」

「カルロス様が?」

「君も知っての通り、カルロスは天性の魔法使いだ。天才は師に向かぬというが、カルロスは違った。少ない魔力で従来の魔法と遜色ない威力を生み出す、新たな魔術式を生み出した」


 サラッと言われたが、これはとんでもない話だ。今までの魔法学を根本からひっくり返す大発見なのではなかろうか。


 私が驚きで言葉を失っていると、カルロス様が心苦しそうな顔で会話に割って入ってきた。


「大袈裟です、国王陛下。俺ができたのは、せいぜい基礎魔法の簡略化だけ。元々は、ルーディ王子殿下が成長し、魔力量が増えるのを待つ、一時しのぎのようなものです」

「そうだとしても、ルーディが魔法を使えるようになったという事実は、私と王妃の安堵に繋がった。それだけでなく、ルーディが王位継承権を継ぐのを不安視していた元老院をも納得させた。おかげで、二年前に立太の儀を執り行うことができたのだ」


 聞けば聞くほどカルロス様の凄さが増していくのだが、今は感心している場合ではない。


「ちょ、ちょっと待ってください。じゃあどうして今でもルーディ王子のお姿を隠されたままなのですか?」

「私たちは立太の儀に合わせて国民への披露を行う予定だった。拒否したのは、ルーディ本人の意思だ」


 これには、私よりもカルロス様の方が驚いていた。


「二年前は、ノヴァ公爵領も弔いと当主の交代があり、領地を出られるような状況じゃなかった。カルロスが知らないのも当然だろう」

「俺がルーディ王子殿下に魔法を教えていたのは、彼が七歳のころまでです。その頃は、国民の前に出る日を楽しみにしていたはず……だから、出なかったと聞いた時はてっきり国王陛下のご意向なのかと……」


 カルロス様は、当主になられてからはほとんど王都に出向いていない。

 国王陛下は深く息を吐き出し、肩を落とす。


「ルーディには本当に申し訳ないことをした。大人の都合で振り回しすぎたのだ。ルーディは、とっくに……自分が周りとは違う存在なのだと気づける年齢になってしまっていた」


 髪色が歴代の国王と違うこと。

 使っている魔法が周りと違うこと。

 魔力量が周りより少ないこと。

 存在が意図的に隠されていること。


 多くの自己認識は、ルーディ王子の中に劣等感を生む原因になっていた。


「ルーディは全てを知ってもなお、認めたがっていない。そうだろうとも。父や師と同じような魔法使いにはなれず、王族として物珍しい容姿である。……幼心にはとても受け入れ難い現実だ。現実を分かっていて、変える方法を模索している」


 ルーディ王子とのやり取りを思い返す。

 一人で戦えるという強さに固執し、特に魔法へのこだわりが見られた。

 王族の血を引く魔法使いである、というプライドがありながらも王子と呼ばれるのは嫌う。


 葛藤の中で生まれた固執と拒絶は、本人では収拾がつかないほど大きな自己矛盾になってしまった。

 その結果、一見すれば我儘で無謀な行動をしているように見えているのだろう。


「聖女による浄化は、ルーディの願望だ。自分が強い魔法使いになれないのは、呪いがかかっているせいなのではないか。呪いさえ解ければ、次の日には自分は父と同じ髪色を持ち、師と同じような魔法使いになれているのではないか。……こんなにも残酷な虚像を作り出させてしまったのは、私のせいだ」


 立太子なんか待たず、無垢な頃に早くお披露目をしてあげればよかった。いや、そもそも初めから安易に隠したのが間違いだったのでは。

 そんな国王陛下の後悔と苦しみが伝わってくる。


 話を聞いた今であれば、馬車の中で私が「呪いなんて見えない」と言いかけたのをカルロス様が止めてくれていて良かったと思う。

 おそらくルーディ王子にとって私が最後の望み。それでいて、多分ルーディ王子は心のどこかで自分自身で「呪いなんてない」と分かっている。

 それを受け入れる心の準備ができていないだけ。


 危うく、私が無惨に傷つけてしまうところだった。


 気落ちする国王陛下に、カルロス様が声をかける。


「国王陛下。ルーディに魔法使いへの強い憧れとこだわりを作ってしまったのは俺です。それだけが王族の価値じゃないと気づかせてあげられれば……」

「いや、カルロスは悪くない。むしろお前がいなければ、ルーディに王位継承権すら与えられなかったかもしれないのだ」


 一手間違えれば、国の存続に関わるのだから、国王陛下もルーディ王子にどう接するのが正しいのか決めあぐねているのだろう。


 重い空気の中、私は恐る恐る口を開く。


「……私は、自分が王子に対してどう立ち振る舞うのが正しいのか。その判断がつきません」


 これは、私がたまたま巻き込まれた話でもなんでもない。

 カルロス様と共に歩むということ。王族の一部になるということは、こうした内政事情に多く関わっていくはずだ。


 賢い立ち回りは分からないし、控えて立ちすぎて蚊帳の外になっても、カルロス様の何の役にも立てやしない。


 だからといって、逃げる。そんな考えは少しもなかった。


「わ、私は……神でもなんでもないので、王子が望む理想を作り出せたりはしません。ですが……」


 私は私らしく、いつもどおりできることを一緒懸命にやろう。


「目の前に苦しむ人がいるのなら、私は精一杯向かい合いたいと思います!」



 ◾︎◾︎


「……と言ってしまったけれど、どうしようシルフィー!」


 時計の針はぐるりと回り、深夜。

 私はベッドの上で枕を抱きしめながら転がる。


「結局今日は王子の話に集中しすぎて、カルロス様との婚約や大聖女認定試験についての話はまったく聞けなかったし……」

「全くです。ライザ様はご自身のことに集中しなければならないんですよ!」


 私の就寝の準備を整えに来たシルフィは、ぷりぷりと怒りながら布団を広げる。


「だって、あの場にいる人たちみんな、自分が大罪人のような顔をして悲しんでいるんだもの。私一人くらい明るくないと……」

「お人好しがすぎます! だいたい、明日からはジェレミー様の所へ通われるんですよね? ルーディ王子にお会いしている暇あるんですか?」

「……ないわよねぇ」


 何かを一生懸命やるのは好きだけど、私は残念ながら器用な方ではないので、不安は尽きない。

 それでも、頑張ると宣言したからには頑張るしかないのだ。


 天井を見つめてため息をつく私に、シルフィは声色を柔らかくして語りかける。


「……でも、そんなライザ様が私は好きですよ」

「嬉しいわ」

「本当ですよ。だってもし私がルーディ王子の立場だったら……自分のせいで周りが悲しそうにしているってきっと分かりますから。それが苦しくて、ますます自分が分からなくなってしまいそうです」


 シルフィの方を見れば、彼女は照れたように笑う。


「ありがとう、シルフィ。少しは自信が持てたわ」

「よかったです」


 シルフィは明かりを持って、一度頭を下げると部屋を出ていく。

 部屋が暗くなれば眠気が来るのもあっという間で、ようやく長かった一日が終わろうとしていた。


「……そういえば、カルロス様って結局なんでルーディ王子に魔法を教えるのをやめたんだろう?」


 一時しのぎとは言っていたけれど、カルロス様が教え続ければルーディ王子はさらに魔法が使えるようになっていたのでは? 


 ルーディ王子にカルロス様が教え始めたのが五歳のとき。七歳の時に教えるのをやめて、八歳の時には当主としての責務に追われていた。


「……空白の一年が気になるなぁ」


 カルロス様はルーディ王子の状態を知って、今日初めて自責に駆られているというより、改めて自分を責めている様子だった。


 ルーディ王子はあんなにカルロス様を慕っているのに、まるですれ違っているみたいだ。


「カルロス様のことだから、初めから言っていれば伝わることを未だに言ってないんだろうなぁ……」


 そのまま眠りに落ちてしまった私は、次の日シルフィに叩き起され、遅刻ギリギリにジェレミー様の元へと修行のため駆け込むことになる。


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