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平民聖女は愛されたい  作者: 志波咲良


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第十五話

 私たちの会話が聞かれるのを気にしたのか、カルロス様が周囲を見渡す。

 ただでさえ戦いに勝って気を引いてしまっているので、簡単に注目は分散しそうにない。幸い、この少年が王子だと気づいている人はいなさそうだった。


 カルロス様はマントを広げ、ルーディ王子を隠すように傍に寄せる。


「一旦馬車に戻ろう。少し手狭にはなるが、ルーディ王子殿下一人くらいは乗れるだろう」

「おい! それって、僕が小さいとでも言いたいのか! それにカルロス……!」

「そうは言っていない」


 噛みつきそうな勢いの王子を宥めながら、半ば無理やり私たちは馬車へと戻る。


「おかえりなさいませ! ……って、その少年は?」

「ルーディ王子殿下だって……」


 車内で待っていたシルフィに説明すれば、彼女の顔が真っ青になる。


「じ、侍女が王子殿下と同じ馬車に乗るなど許されません! 私は直ぐに降ります! 歩いて行きます!」

「大丈夫! って、私が決めれるわけではないけど、きっと大丈夫よ!」


 私はシルフィの説得をするのに大変だったし、カルロス様はルーディ王子の問い詰めをのらりくらりと交わしている。


 車内が落ち着き、再び馬車が走り出した時には私はぐったりと疲れていた。

 おかげさまで、あれだけしていた緊張がどこかへ吹き飛んでしまった。


 肝心のルーディ王子は、虫の居所が悪いのか、不貞腐れた表情のまま窓の外を見つめている。


 騒がしさが一転し、車内の空気は真冬のように凍ってしまった。


 ああ、どうすれば……。と冷や汗をかいていたところで、カルロス様がルーディ王子に話しかける。


「……火属性の魔法の練習をしていたのか」


 カルロス様の視線の先は、ルーディ王子のシャツの袖口だ。わずかに焦げ付きが見える。

 魔法、という単語が出た途端、ルーディ王子の表情が一変した。

 パッと目を輝かせ、カルロス様の方に体を向ける。


「そうだ! 見てくれたか、カルロス!」

「いや。俺の位置からじゃ見えなかった」

「お前の風魔法のせいで吹き飛んだんだ! でも絶対成功してた!」

「……そうか。良かったな」


 カルロス様の返事に妙な間があった気がしたけれど……気のせいだろうか? 

 表情はいつも通り無表情なので、特に変わりはなさそう。


「カルロスが十歳の時、火属性の魔法を何か成功させられていたか?」


 期待を含んだ瞳がカルロス様を見る。


「して……」


 カルロス様が言い淀む。そして、ルーディ王子から視線を外していつもよりずっと小さい声で返事をした。


「……一つ、できたかできなかったかぐらいだったと思う」

「そうか!」


 ルーディ王子の表情が輝くのとは対照的に、カルロス様は具合の悪そうな顔色だ。

 流石の私でも分かる。


 今、カルロス様は嘘を付いた。


 私は魔法学校に通っていないので詳しくは知らないが、確か火属性魔法と水属性魔法は……初等教育から習うものだったはず。


 ルーディ王子は教育係の元で勉学を習っているはずだから、同世代の子供たちの様子をきっと知らない。


 年相応を考えると、ルーディ王子を立てようとしたのかな? 

 それにしては、なんか中途半端な立て方だし、一世一代の覚悟をしたみたいな表情だけど……。


 二人の様子が不思議で見つめていれば、ルーディ王子が私の視線に気づいた。


「お前は……」

「あ、申し遅れました。ライザ・クリスティと申します」


 私が頭を下げるのに合わせて、シルフィも下げる。本当はもっとちゃんとお辞儀をしなきゃいけないんだけど、なにせ馬車の中だ。


 私とシルフィを交互に見たルーディ王子は、あっと手を叩く。


「ああ! カルロスの婚約者か!」

「はい。本日は王城にお招き頂き、誠にありがとうございます」

「会いたかったんだ! さっそく城に着いたら聖女の力を試したい!」


 あー、不味い。

 どう言い訳しても、ルーディ王子の機嫌を損ねる気がする。


 私の冷や汗がダラダラになる直前、カルロス様から助け舟が入った。


「ルーディ王子殿下。ライザは長旅で疲れている。どうかしばらく休ませてやって欲しい」

「……分かった。僕も別に、疲れてる人を無理に働かせるような横暴はしない。元気になったらでいい」


 時間稼ぎができ、ホッと胸を撫で下ろす。


「あの……ところで、私に何かご所望でしょうか? 失礼ですが、王城には私よりずっと優れた聖女がお仕えになっているかと……」

「みんなダメだったんだ。カルロスが選んだ聖女ならきっと叶えてくれる」

「叶える……?」


 ルーディ王子は真剣な表情で胸元に手を当てる。


「僕にかかった呪いを解いて欲しい」


 一瞬理解が遅れた。

 改めてルーディ王子の全身を見る。


 しかし、どれだけよく見ても、呪いも穢れも瘴気も何も見えない。

 私が聖女の力を失っているから? 

 いいや、魔物崩れの時は見えたのだから、聖力がカラッポだからといって目に異常はないはず。


 つまり、ルーディ王子は至って正常だ。


「お、お言葉ですが……」


 私の言いかけた言葉を遮ったのは、カルロス様だった。


「ルーディ王子殿下。少し休ませてあげて欲しいと言ったはずだ」


 ルーディ王子は、あっと口に手をかざし、眉尻を下げる。


「そうだった。すまない」

「あ、いえ……」


 私はカルロス様と目を合わせる。小首を傾げている様子から、カルロス様もルーディ王子が何を言っているのか分からなかったんだと思う。


 私が聖女の力を失っていることを考慮して咄嗟に止めたはいいものの……といったところだろう。


「それで。どれくらいで元気になる?」

「えっと……ど、どうでしょう。ね、寝不足が続いているので……」

「……そうか」


 しょんぼりと目を伏せるルーディ王子の様子を見ていたら、胸が痛くなってきた。

 だが辛うじて、機嫌を損ねるのは回避できたみたい。


 また車内に微妙な空気が流れる前兆かな? と思ったが、タイミングよく馬車が王城へと到着した。


 王城は一面が高い城壁で囲まれており、出入口は正面の跳ね橋しかない。

 城全体の構造としては、上空から見て縦向きの楕円形だ。

 跳ね橋、正面庭園、広場を含めるもっとも手前のエリアは休日に一般開放されており、多くの市民が観光や散歩に訪れる。

 城の内部に入ると王宮図書館がすぐあり、これも月に数回一般開放されている。


 ついで、城の来客用居住塔を含む応接間や大広間。それに離れにある大聖堂は、多くの王宮従事者や貴族らが行き交う。ここで王族をみかけることはほとんどなく、仕事場のイメージが強い。


 中庭を挟んだそれより先が、王族の居住区である。

 執務室や書斎、寝室はもちろんのこと、謁見の間や玉座の間もここにある。国王陛下の許可がないと立ち入ることが出来ない場所だ。


 そんな場所に今から行くどころか、これからしばらく滞在する。


「また緊張してきたかも……」


 出迎えてくれたのは、衛兵や城の従者と見られる人達だった。


 彼らも、ルーディ王子の姿を見た途端目を丸くする。


「ルーディ様! なぜカルロス様と……」

「いいだろう。それより、カルロスの婚約者と侍女を部屋に案内してやってくれ。僕はカルロスと話したいんだ」

「は。かしこまりました」


 ルーディ王子と城の者たちの会話を聞いて、カルロス様が私をちらりと見る。

 私を気にかけたいけれど、ルーディ王子を放っておくこともできない。そんな心の葛藤の声が丸聞こえだ。


「私たちは気にしなくて大丈夫ですよ!」

「……助かる。案内と荷物の移動が済んだら俺のところまで案内するよう、遣いを頼んでおく」

「ありがとうございます!」


 ルーディ王子とカルロス様が先に馬車を降りて、私はシルフィの荷物下ろしを手伝うことにした。


「カルロス! 庭で僕の魔法を見てくれ!」

「先にライザと一緒に、国王陛下と王妃殿下への挨拶が終わってからだ」

「前も似たようなことを言って僕と会ってくれなかった!」

「偶然だ」


 そんな二人の会話の会話が次第に遠くなる。

 もう流石に聞こえないだろう、というところでシルフィが小声で口を開く。


「良かったですね。ルーディ王子の気がカルロス様の方にずっと向いてて」

「うん。でも……呪いなんてないのに、なんで呪いを解いて欲しいなんて言ってるのかしら」


 城に仕える聖女でも無理だった……というより、どの聖女にも呪いなんて見えなかったのでは? 

 そんなことは口が裂けてもいけないけど。


「どうやらカルロス様も理由を知らないみたいだし……」

「カルロス様が知らないなら、私たちが考えたところでわからないですね」

「それはそうね」


 国王陛下に事情を聞けば分かるかな? 

 いや、さすがに踏み込みすぎか。でも聞かないことには分からないし。


 なんて心の中で思っていると、シルフィがふと呟いた。


「それにしても、不思議ですね」

「不思議?」

「あ、いや。不思議と言いますか……王族の血を濃く引き継いでいる方は皆様、銀髪だとお聞きしたので」


 シルフィに言われるまですっかり忘れていた。

 夜会に赴いた時、カルロス様の存在に多くの貴族たちは直ぐに気がついていた。

 それは、カルロス様が銀髪だったからだ。


 この国で銀髪を持つのは、国王陛下の直系とそれに近しい数人の王族くらい。


 ルーディ王子は、黒髪だった。


 別に、銀髪じゃないと王族として認められないなんて風習はない。ただ、歴史を振り返ればみんな銀髪だったから、何となく王族は銀髪のイメージが定着しているだけ。


「……色んな憶測を考えようと思えば考えられるけど、今はカルロス様と合流することを優先しましょう」

「そうですね」


 聞けばわかることに時間を費やすだけ無駄。

 私は気持ちを切り替え、シルフィと共に城内へと入ることにした。



 ◾︎


 荷物の運び入れが終わった私は、シルフィと別れてカルロス様の元を目指す。


 迎えに来てくれたのは、ルーディ王子の執事を名乗る初老の男性だった。


「坊っちゃまを見つけて頂き、ありがとうございます」

「あ、いえ! カルロス様のおかげなので、私は何も!」


 会って早々深々とお辞儀を交わし合い、執事の誘導で城の中を巡る。


 アーチ型の柱が立ち並び、大きなシャンデリアが吊り下げられた廊下は、圧巻の見栄えだった。壁にいくつも飾られている絵画は、どれも歴史を感じるものばかり。


「迷ってしまいそうですね」

「基本的に王族居住区内で出歩くことはお控えください」

「基本的に、ということは許されてる箇所があるんですか?」

「はい。中庭であればご自由に散策して頂いて構いません。例外として、カルロス様とご一緒であれば玉座の間以外出歩くことが可能です」


 カルロス様は今回、国王陛下から許可が出ているそうだ。彼と一緒であれば、どこに行くにしろ衛兵に囲まれて張り詰めた空気で移動……なんてことにはならなさそう。


 長い廊下を抜けた先は、少し開けたホールがあり、上階へと続く幅の広い階段が正面に構える。


 その階段の手前で、カルロス様が待っていた。そばにはルーディ王子もいるのだが、どうやら王子がカルロス様に何かを訴えているみたいだった。

 嘆くような声が、私たちの耳にまではっきりと届く。


「なんでだ、カルロス! 昔、魔法が使えるようになったら、魔物狩りに連れていってくれるって約束しただろ!」

「少なくとも、相手との力量差を見抜けず正面に立ち続けるような戦い方をするうちは、連れて行けない」


 カルロス様の一声に、ルーディ王子は手を握りしめる。


「……それは、僕が弱いからか?」

「そうは言ってないだろう。成熟した魔法使いだろうと、危険を顧みない行動しかしない者は、簡単に命を落とす。まずは戦いの基礎を座学で……」

「カルロスはどれだけ危険を犯しても死なないだろ! 強い魔法使いだから!」


 叫び声にも近いルーディ王子の言葉に、辺りが静まり返る。


「……カルロスはいつだってそうだ。何かと言い訳をつけて、僕から逃げてる」

「逃げてるわけじゃ……」

「その証拠に、僕のことをルーディと呼んでくれなくなったじゃないか!」

「もう立太子も済んだんだ。敬称が付くのは当たり前だろう」


 これは収拾が付かないんじゃないか、と心配した矢先、執事が二人の間に割り入った。


「ルーディ様。お召し物が汚れたままです。着替えにしましょう」

「下がれ、ウィル! 今僕はカルロスと……」

「ルーディ」


 カルロス様が低い声で名を呼ぶ。

 冷静から一転して、明らかに怒りが籠った声だ。ルーディ王子はビクッと肩を揺らし、カルロス様を見上げる。


「……俺相手に癇癪を起こすのは構わんが、従者への態度は改めろ。この城で従者にそんな態度を取る者は一人もいないはずだ」


 ルーディ王子は一瞬何か言い返しかけたが、すぐに唇を噛み、顔を伏せた。


「……ごめんなさい」

「分かればいい。俺とライザは今から国王陛下に謁見だ。また後で……」

「カルロス。一つだけ答えて」


 消えそうなほど小さな声で、ルーディ王子はカルロス様に尋ねる。


「僕にまた……魔法を教えてくれる?」

「……俺でなくとも、城には優秀な教育係が何人もいるはずだ」


 誤魔化したと、誰がどう見てもわかる返事だった。それでも、ルーディ王子はそれ以上何か言うことはなく、カルロス様に背を向けてその場を立ち去る。


 執事のウィルさんもルーディ王子を追っていってしまったので、その場に残された私たちには微妙な空気だけが残されてしまった。


「……カルロス様。本当にいいんですか、追いかけなくて」

「今はこれでいいんだ」

「今は?」


 カルロス様を見上げる。

 先程のルーディ王子も酷く傷ついた顔をしていたけれど、カルロス様も悲しそうな目をしていた。


「……ルーディには、俺への憧れをやめさせたい。嫌われるくらいが丁度いいんだ」

「どうしてそんな!」

「俺の存在はルーディにとって悪影響だ。……いや、いまそんなことよりルーディの言っていた呪いがなんなのか……」


 二人の関係性も気になるけれど、最優先事項はルーディ王子が私を呼び出した理由だ。


「俺も知らない話だ。国王陛下に聞きに行こう」


 後ろ髪を引かれつつも、私たちは謁見の間へと向かうことにした。


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