第十四話
私たち一行はリッセルド大聖堂を後にし、王城を目指す。
道中、大聖堂での出来事を一通り聞いたシルフィが興味深そうな声を上げた。
「ルーディ王子殿下がカルロス様の婚約者であるライザ様に会いたいというのは、王族の繋がりとして理解できるとして……どうして"聖女である"なんてわざわざ強調されたんですかね」
ノヴァ公爵領ならともかく、王都で聖女は珍しくない。王家に仕える神官や聖女はいるだろうし、平民の聖女なんてもっと平凡な存在だ。
「さあ? カルロス様もなんでか知らないって言っていたし、会わないと真意は闇の中ね」
「そもそも、ルーディ王子殿下ってどんな人なんですか?」
シルフィの一声に、はてと首を傾げる。
アムフルト王国の国王陛下は知っていた。
クライン・ストラウド国王陛下。王家主催の式典パレードで見たこともあるし、よく新聞記事にもなっているし、紙幣にも描かれている。
カルロス様と同じ銀髪で、筋骨隆々な体つき。威厳も相まって、少し怖そうな人だな。というのが遠巻きに見ていた印象だ。
「クライン国王陛下とカルロス様は、確かに似ていると言われれば似ているような……」
私のつぶやきにカルロス様が頷きを返す。
「そりゃあ、俺の叔父にあたる人だからな」
「でも、ルーディ王子殿下は見たことないような……」
「そりゃあ、一般に公開されたことはないからな」
え? っと顔をカルロス様の方に向ける。
カルロス様は相変わらず「何を当然のことを」みたいな表情をしていた。
「カルロス様は会ったことがあるんですか?」
「ああ。それなりの頻度で」
「どんな人ですか?」
そう聞くと、カルロス様は難しい顔をして顎に手を当てた。
「どんな……」
しばらく考えて、ボソッと言った答えは……
「……悪ガキ?」
「王子殿下になんてことを言うんですか!」
言い様はともかく、カルロス様とは親しい様子だ。
今まで一度も公の場に立たれていないというのは、どういうことだろう。私自身も、王族ゴシップに興味のない人生を歩んできたので、理由を知らない。
ああ、でもルーディ王子殿下について、唯一知ってることがある。
「そういえば、ルーディ王子殿下って……」
私の言葉を遮ったのは、馬車の外から聞こえてきた悲鳴だった。
悲鳴と同時に馬車が急停止し、ガタンと揺れた。
何事かとカルロス様と同時に窓に目をやれば、すぐにシルフィが窓を開け、外の様子を確認する。
「カルロス様、ライザ様。どうやら前方で人だかりが……」
シルフィと身を寄せ、一緒に外の様子を覗く。
彼女が指さした先には、確かに人だかりができていた。
目を凝らして確認すると、人だかりの先に黒いモヤが見える。魔物の瘴気だ。
途端に、私はホッと息を吐いた。
「大丈夫よ、シルフィ。ただの魔物の自然発生だわ」
「魔物が発生しているのに大丈夫なんですか!!」
シルフィが驚くのも無理はない。ノヴァ公爵領でこんなことがあったら、大騒ぎになるだろう。
「魔物は瘴気溜りからも自然発生することがあるの。でも、瘴気由来の魔物なんて本来の魔物の力の半分もないわ」
形状だって、名前を付けられないくらいグチャっとしたものが多い。大抵、黒いスライムに足が生えた程度だ。
そういった魔物は一纏めに「魔物崩れ」と呼ばれる。
魔物崩れは、発生源から動けない。地縛霊みたいなもの。だから、近づかない限り危害はないし、ちょっと魔法が得意な人だったら誰でも倒せる。
「この辺りだと……西区管轄の教会が近いわね。しばらく待ってたら聖女がきて、浄化してくれるわ。そしたら道も通れるようになるはずよ」
「く、詳しいですね……」
「元職場だからね」
私が出ていったところで、聖女としては役に立たないし。大人しく待っていよう。
そう思って、乗り出していた身を引く。
落ち着いているのは私だけで、カルロス様も少し心配そうな顔をしていた。
「俺が行こうか。ライザ」
「大丈夫ですよ。カルロス様が出向く方が大騒ぎになってしまいます」
……でも変なの。
魔物崩れなんて、王都にいれば珍しくもなんともないのに。今どき悲鳴をあげる人もきたんだなぁ。別の国からの旅行客かな?
そんな考えが頭の端に思いついたのと、シルフィの感心したような声が聞こえるのは同時だった。
「ほええ……王都の人達って、あんなコカトリスみたいな魔物と普通に戦っちゃうんですね」
コカトリス?
あの、鶏と蛇が合体したような魔物?
「何言ってるの、シルフィ。さっきも言ったでしょ。瘴気由来の魔物で、まともな形状を持っている魔物はいないって……」
「ほんとですって。あ、ほら。人と同じくらいの大きさがありますよ」
嘘だ。
私は目を見開き、再度窓の外に身を乗り出した。
さっきは人混みに紛れて見えなかったが、今度ははっきり見える。
人の群れの先に、どす黒い瘴気を纏った鳥型の魔物がいた。多少溶けてはいるが、それでもカタチを保っている。
有り得ない。あんなハッキリとした形状の魔物崩れは私も見たことがなかった。
「カルロス様!」
振り返って声をかければ、もうすでにカルロス様は馬車を降りようとしていた。
私も一緒に降りて、人だかりの前まで駆け寄る。
近くで見ると、全体像は馬車の中で見た時より大きかった。
ギャアギャアとけたたましく鳴いているし、激しくバタついてはいるがその場から動こうとはしていない。
やはり、魔物崩れに間違いはない。
「どうしてこんなに大きいものが……一体王都で何が起きてるの……」
大きさがある分、穢れの力も強い。
私ならともかく、一般の聖女では浄化しきれないのではないか。
私の緊迫感をさらに加速させたのは、周囲の人々の声だった。
「早く離れないと、死んじまうよ!」
「近づかなければいいのに……なんて無謀な子だ!」
誰がそう叫んだか分からないが、声が向かった方は魔物崩れの方だった。
よく目を凝らして見る。
「……嘘」
魔物崩れの足元には……少年の姿があった。
服や顔周りは、ドロドロと溶けた魔物崩れの体液で汚れている。
険しい顔で魔物崩れと向かい合う姿は、どうみても戦っているようだった。
「なんて危険なことを……!」
普通の魔物崩れであれば、大人からのゲンコツで済むかもしれない。けど、相手はほぼ完全体のコカトリスだ。
その場から動かないというハンデがあるだけで、子供が敵う相手じゃない。
咄嗟に前に進もうとした私を腕で制したのは、カルロス様だった。
「俺に任せてろ」
一言だけそういうと、カルロス様は人差し指を立て、口元に持っていく。
そして、フッと蝋燭の火を消すように息を吹いた。
「風の矢」
たったひと吹き。カルロス様の吹いた息が緑色に染まったかと思うと、次の瞬間には魔物崩れの頭を吹き飛ばしていた。
頭を失った魔物崩れはよろめき、そのままボロボロと崩れて姿を消す。再び瘴気の状態に戻ったということなので、あとは聖女が浄化すれば二度と湧くことはない。
「相変わらず……凄いですね」
カルロス様がいれば焦る必要すらなかったのだと、改めて思い知らされた。
私の感心に周囲も同調し、歓声が上がる。
「なんて魔法使いだ! 息ひとつでやっつけたよ」
「子供も助かったぞ! あんな強い魔法、見たことがない!」
拍手が巻き起こる中、一人だけ不満そうな人がいた。それは紛れもなく、先に魔物崩れと戦っていた少年だった。
少年は荒々しい歩幅でカルロス様の前に立つ。
艶のある黒髪は、戦いの影響か少し乱れている。こぼれ落ちそうなほど大きな目と色白い肌。やや赤らんだ頬は、不満げに膨らんでいた。
サスペンダーの片方が肩からズレ落ちてしまっているが、身なりは上流階級かそれ以上にも見える。
ズボン姿じゃなかったら、女の子に見間違えるくらい綺麗な顔立ちの子だなぁ。なんて、思わず見惚れた。
「あれは僕が倒そうと思ったんだ! 邪魔をするなよ、カルロス!!」
……ん? 聞き間違いかな?
少年が、カルロス様を呼び捨てにしたような気がした。
「相変わらず、黙って城を抜け出したのか。俺がいなかったら怪我をしていたぞ」
「してない! 一人で倒せてた!」
頑として折れない少年の姿勢に、カルロス様はため息を吐き出した。
置いてけぼりの私は、恐る恐るカルロス様に声をかける。
「あ、あの……カルロス様……この少年は……」
「アムフルト王国、ルーディ・ストラウド王子殿下だ」
それを聞いて、私は馬車の中でルーディ王子殿下にまつわる話で何を言いかけていたのか思いだす。
そうだ。
ルーディ王子殿下は、まだ十歳の子供なんだった。
\祝・ショタ/





