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平民聖女は愛されたい  作者: 志波咲良


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第十三話

 カルロス様は静かに経緯を語り出す。


 ヴァレンタイン家に嫁ぐ女性は、聖女でなければならない。それは周知の事実だ。

 代々高い爵位を持つ聖女が迎えられ、カルロス様のお母様であるジーナ様も同様である。


 ヴァレンタイン家当主は、妻に聖女としての地位と繋がりを大切にするよう命じていた。

 ノヴァ公爵領は広い上に辺境に位置する。とてもじゃないが、一人で浄化の管理をできる広さではない。

 聖女が生まれないという土地柄、妻が持つ教会や同僚との繋がりは領地の安全を担ってきた。

 駐在を置くなり、必要に応じて応援を呼ぶなり。力の強い聖女らが定期的に街を巡回するのは、民に安心感を与える。


 ここで例外が発生してしまったのが、私だ。


 私は平民。当たり前だが貴族のように家柄の繋がりはなく、職場の同僚だった聖女も平民ばかり。田舎に引っ越してくれと頼んで来てくれるような権力も何もない。


 でも、私はノヴァ公爵領全土を一人で浄化できてしまう。


 本来三人集まっても爵位持ち聖女に敵わないはずの平民聖女なはずが、私だけが特殊ルートで能力の底上げをしてしまった。


 これに、国王陛下は頭を悩ませる。


 果たして、この力は"絶対なるもの"なのか? 

 たった一人で"生涯"公爵領を守りぬけるという確約はどこに? 

 手に余るほどの緊急事態が発生した際、聖女の応援が呼べなかったせいで国の防衛が崩壊したら? 

 爵位持ち聖女のみを嫁がせる、という不変の掟を破っての結婚は、本当に全ての民の納得を得られるのか? 


 愛が全て。それだけでは解決できない政治的理由が数多く存在した。

 すべては、国のため。

 ノヴァ公爵領というアムフルト王国の防衛基盤を失わないよう、不確定な不安要素は取り除く必要があった。


「天秤の片方に"国の保安"を乗せた時、ライザ嬢の"一年間の実績"ではまだ釣り合いが取れないんじゃよ」


 カルロス様が語り終わると同時に、ジェレミー様がそう付け加えた。


「聖職者としての地位の中でも最も価値のある大聖女。その称号に相応しいと認められてこそ、身分を乗り越えての婚姻が可能となる……。情を除けば当然の話じゃ」


 ジェレミー様は、私が大聖女に匹敵する力を持っていると仰っていた。

 でも試験は乗り越えられないと。たぶん、私と生粋の大聖女とでは、決定的に違う何かがあるのだろう。


 私は胸に手を置き、真っ直ぐにジェレミー様を見る。


「受けさせてください、試験を!」


 私の発言に、ジェレミー様は目を丸くした。


「先程も言ったが……」

「ジェレミー様は、『無謀に挑めば死ぬ』と仰いました! では、無謀ではない方法を教えてください!」


 無言の間が流れる。

 あれ? 何か間違ったことを言ったかな? それとも、あまりに失礼すぎた? 

 と不安になっていると、ジェレミー様は手の甲で口元を抑えて笑いを吹き出した。


「ふぉっ、ふぉっ! これはこれは……なんとも元気のいい娘を好いたようじゃなぁ、カルロス殿」


 ジェレミー様から視線を向けられたカルロス様は、得意げに目を細める。


「当然です。俺と一緒にノヴァ公爵領を支えていく未来の伴侶ですから」

「現実を突きつけられ、政治と歴史を理解してもなお臆すことなく、逃げることも考えない。自分が前に進むためだけのことを考え続ける……か。よかろう」


 ジェレミー様は懐から何かを取り出し、私に差し出してきた。

 そこまで大きくなさそうだ。両手を出して受け取る。


「これは?」


 手のひらの上に乗ったのは、緋色の丸い石が付いたネックレスだった。

 なんの変哲もないネックレスに首を傾げる。


「それはのう……聖女の力を封じるモノじゃ」


 ジェレミー様の一声に、悲鳴をあげて私は台座から飛び退いた。


「ひいい!! 全身火あぶりに!!」

「ふぉっ、ふぉっ! 頭の回転は早いようじゃの! 安心せぇ。それはお主が聖力を込めるまで、ただの石じゃ」


 よ、よかった……。消し炭になるかと思った。


「せ、聖女の力を封じるとは?」

「ワシがお主を鍛え直してやろう」


 ジェレミー様が直々に私のような平民聖女のご指導を! 

 恐れ多すぎる申し出にオロオロとする私を無視して、ジェレミー様は説明を続ける。


「その石は、循環の石。本来は、聖女でない者に聖女の力を一時的に付与するための石じゃ」

「一時的に聖女の力を……」


 なんでそんな便利なものが? 


「ワシが生まれた時に握りしめていたものらしい。女性ばかりの聖職者の頂点がなぜ男であるワシなのか。考えてみたことは?」

「……ないかもです」

「ワシは女神の力の一部を、その石を通して受け取ったようでの。真実を見通す力というのも、その時についでに貰ったようじゃな」


 そんな神の力を副産物扱いに……。

 あまりにスケールの大きい話に、御伽噺なのではないかとすら思ってしまう。


 私はまじまじと石を眺める。


「……ジェレミー様の一部……」

「ううん……そう言われると複雑な気持ちになるのでやめておくれ」


 ジェレミー様がなんとも言えない微妙そうな顔になったので、素直に考えを忘れることにした。


「この石に聖力を流し込んで、自分の力を封じれば試験を乗り越えられるんですか?」


 他人……たとえば、既に大聖女の人の力でも借りるのかな? 

 なんだか不正みたいで嫌だなぁ。


 そう思っていると、ジェレミー様が首を横に振る。


「違う。ライザ嬢の聖力を叩き直すんじゃよ」

「叩き直す?」

「より強い剣を作るために職人が鋼を何度も叩くのと一緒じゃ。お主の体内は、覚醒した聖力と生まれつき持つ古い聖力が入り混ざった状態。不純物である古い聖力を取り除き、より純度の高い聖力で体を満たすんじゃよ」


 聖力を生み出す体内器官の役割は二つ。

 製造と複製。


 製造は簡単で、聖力を使った分、新しい聖力を作り出してくれる。

 お腹が減ったら食べて膨らませるのと一緒だ。


 複製は、緊急事態に対応するためにある。

 聖力を酷使しつづけ、常に枯渇状態にある場合、その場しのぎでいいから聖力を補充しなければならない。

 その際、新しく生み出すのではなく体内に備蓄されている聖力を複製して力に割り当てるのだ。


「ライザ嬢はこの一年、常に聖力を酷使し続ける毎日を送った。その結果、確かに新たな強い聖力も生まれたが、古い聖力も複製され続けた。それが悪く作用して、体の癖になってしまっておる」

「激務の弊害がこんなところに……」

「うむ。セモア大森林の瘴気を、常軌を逸した仕事量で浄化をし続けた。その結果、歪に育った聖力を国王陛下が信頼しきれぬのも当然の話」


 私がどれだけ新しい聖力を生み出し続けようと、一部の古い聖力は絶対体の中に残り続ける。

 まるで、継ぎ足しても継ぎ足しても底に残り続ける澱のように……。


「いや! 早く入れ替えたいです!」

「では、明日から早速修行を開始するとしよう」


 ジェレミー様は、修行内容までは教えてくれなかった。明日以降自然と分かる、とのことだ。


「では早速封印してもいいですか!」

「うむ」


 ジェレミー様から許可が出た。私たちの様子を少し離れた場所で見ていたカルロス様が「あっ」と声を出したような気がしたけれど、時すでに遅し。


 私は聖力を石に流し込む。

 すると全身が一瞬光ったのち、私の中の聖力が完全に消えた。


「……変な感じですね」


 聖力は普段知覚しない。

 生まれてからずっと体の一部としてあるものだから、どんなものかと聞かれても分からない。

 でも、完全になくなった今……私にとって大切なものが消えてしまったような。少し寂しい気持ちになる。


 でも、やると決めたからにはとことんやる! 

 なんだったら、少しワクワクしてる! 


「カルロス様! 私、頑張りますね!」


 興奮した気持ちと共にカルロス様に意気込んだが、なぜか彼は気まずそうな顔をしていた。


「……どうしたんですか?」

「……これから国王陛下の御前に行くんだが?」

「はい、知ってます」

「ルーディ王子殿下は、聖女であるライザを見てみたいと申されていて……」


 ……たった今、聖力を封印してしまった。

 国から正式にカルロス様の婚約者とも認められていない今の私は、ただの職なし平民。


 口を押え、悲鳴を押し殺す。

 指の隙間から、ピーッと甲高い音を鳴らして、空気が漏れる。


「ど、ど、どうしてカルロス様は、そういう大事なことを先に言わないんですかあああ!!」

「言おうとしたが、間に合わなかった」


 私が石に力を流し込む直前に聞こえた「あっ」という声は、この事だったんですね! 

 あまりに自己主張が小さすぎて聞き流してしまいました! 


「お、お、王城内部には、聖女かどうか判断して焼き殺すシステムはありますか!」

「ない。……たぶん」

「たぶん!!」


 実に不安であるが、やってしまったものはやってしまった。

 泣いても喚いても謁見はあるので、開き直るくらいの気持ちで行くしかないと腹を決めることにした。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] >まるで、どんどん若い芽が入ってくるのに、頑として席を譲らない御局様のように……。 ・入れ替えても入れ替えてもなぜかそこに残り続ける古くて嫌なものを表現したかったけど、なんかいい例え…
[一言] 継ぎ足しても継ぎ足しても底に残り続ける澱のように。 などはいかがでしょうー!
[一言] ヘンリー・ミラーの 『過去にしがみついて前進するのは、鉄球のついた鎖をひきずって歩くようなものだ。』 とかどうでしょう
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