第十一話
案内に従って会場に入れば、私はその豪華さに目を奪われた。
高い天井、豪華なシャンデリア。大理石でできた銅像が支柱の付近に立ち並び、パイプオルガンの音楽がホール中に鳴り響いていた。
分かりやすく財の施されたダンスホールには、大勢の人が集まっていて、給仕が忙しそうに動き回っている。
カルロス様はまだいらっしゃっていないようだ。なんだか落ち着かなくて、予定より早くに来てしまったのは私の方だけど。
カルロス様を探して視線を巡らせたはずが、私は会場の美しさに目を奪われた。
「これが……貴族の世界!」
絵画からそのまま出てきたような光景に、年甲斐もなく爛々と目を輝かせる。
ヴァレンタイン家も勿論豪華な屋敷ではあったが、女の夢ともいえる王城に招かれていることが私の胸を踊らせた。
「少しくらい回ってみてもいいわよね……!」
飲み物を貰いに行こうか、それとももっと近くで音楽隊の演奏を聞こうか。
迷いながら一歩を踏み出した時、隣にいた人と肩がぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさ……」
謝っていた口が止まる。
振り返った先にいたのは……グレイ様だった。どうやら、新たな婚約者である子爵令嬢様と会場に来られていたようだ。
やっぱり、夕方見た馬車はホーキンス家のものだった。
グレイ様は私を見るなり、あからさまに嫌な顔をする。
懐かしいなぁ。
というか、こんな人いたなぁ。とすら思う。
私を見たグレイ様は一瞬驚いた顔をしていた。
「君は……本当にライザか?」
「はい? そうですけど……」
「いや……若くなったように見えただけだ」
グレイ様は……随分まあ老け込みましたね。元々若くはないのに。との言葉は必死に飲み込んだ。
私たちの会話に怒ったのは、子爵令嬢殿だ。
「ちょっとグレイ様! どうしてこの女がパーティに居ますの!? もしかして、まだ繋がって……!」
「リリィ。違うんだ。きっとこの女が勝手にホーキンス家の名前を使って潜り込んだに違いない。すぐに衛兵に通報するよ」
「そうしてくださいまし! 私、ずっと平民のくせに聖女だからと目立ってるこの女が嫌いでしたの! きっと卑しい手を使ってるに違いありませんわ!」
招待状の確認から身分調査、あらゆる厳格な警備がある王城に、平民が身分を騙るだけで入り込めるわけがないってのに。
二人の様子には呆れてため息も出ない。
「なぜ君がここへ来ているのかは知らないが、婚約破棄された身でありながらまた男探しとは……平民のくせに図々しい女だ!」
「平民が単独で夜会に来られるわけがないでしょう。頭まで老けましたか? グレイ様」
婚約破棄されたときはあまりにも突然すぎて何も言い返せなかった。
でも今度こそビシッと言い返せて、多少スッキリとする。
私が言った言葉の意味を理解したグレイ様は、顔を真っ赤にして指をさす。
「お、お前をこの場に連れてきた男など、たかが知れているな!!」
「……はい?」
「平民の女に不相応な高価なドレス! 化粧だって似合ってない! マナーも弁えずはしゃぎ回り、伯爵の僕にぶつかってもひれ伏して謝りもしない! そんな女を連れてくるなど、うつけ者だ!」
そういえば、カルロス様と共に過ごすようになって怒りという感情はすっかり忘れていた。
遅れて思い出す……沸き立つような怒り。
私の事なんてどうでもいい。カルロス様を馬鹿にしたのだけは許せない。
でも、マナー講習で習った。
こういうのは、騒げば騒ぐほど醜くなると。
だから私は、笑顔を貼り付けたまま静かに答える。
「こんな素敵な場所で声を荒らげるなんて、おやめください。グレイ様。マナーで至らぬ点があり、不快に思うようでしたら次までに完璧にしておきます」
「次? 次だと?」
私の言葉の一部を切り抜き、グレイ様は鼻で笑う。
「次なんてあるわけないだろう?」
「……どういう意味ですか?」
さすがに伯爵といえど、公爵家の婚約者という立場の私に夜会の出入りを禁じる権利なんて持ち合わせていないはずだ。
訝しんで首を傾げたが、グレイ様の言葉の続きに、ハッと息を飲む。
「その男は今晩必ず後悔する。こんな女を連れてきた俺が馬鹿だったと。こんな女を選ばなきゃ良かったと。お前なんか二度と恥ずかしくて連れてこないさ!
平民が貴族と釣り合うわけがないだろ!」
グレイ様の言葉が、妙に心に刺さった。毅然とした態度で臨もうとした私の不意をつき、それでいて現実を知らしめる言葉でもあった。
カルロス様は、私を望んで手元に置いているわけじゃない。
今日の夜会だって、契約上仕方の無い仕事だ。
グレイ様の言う通り、来年この場に私の姿はない。
こんな美しい王城に招かれて、
国王陛下から勲章を授かるカルロス様を誇らしく待ち、
来たこともない夜会の豪華絢爛さに目を奪われ、心を踊らせ、
……そうして非現実的な世界を味わい、知らず知らずのうちに勘違いしていた。
何度だって、カルロス様と夜会に来られるような気がしていた。
これが、最初で最後なんだな。
来年の今頃、カルロス様は別の女の人の手を引いている。
別の女の人にドレスを着せ、似合っていると微笑むのだろう。
私の事なんかきっと忘れてて、本当に望んだ相手とダンスを踊るんだ。
「……私以外の人と」
「そうだ! 君みたいな仕事人間の女なんて、誰も愛さない!」
ずっと考えないようにしていた。
気付かないふりをして目を逸らしていた。
カルロス様に抱く感情は、情か愛か。
判断したら自分が傷つくと思って、言い訳ばかりを作って逃げてきた。
逃げ続けてきたのに、こんな祝いの場で、こんなにもあっさりと自分の心に答えが出る。
「……嫌だなぁ」
困ったように眉尻を落とし、苦笑を浮かべ、視線を落とす。
カルロス様のために頑張るのが楽しくて仕方がなかった。
領民から愛されていなかったカルロス様がどんどんと受け入れられ、公爵領が変わりゆく姿を見られるのが幸せだった。
私は別に、カルロス様から愛されていなくていい。一年限りの契約婚約者。一度婚約破棄されるも二度されるも一緒だからと、そばにいた。
それが、いざこうして時が経つとこのザマだ。
カルロス様が好きです。
認めても変わらない未来が怖くて、無視をしていた素直な心が、今になって私を苦しめる。
私の顔を見たグレイ様は、ぎょっとした表情をした。
「は!? な、泣いているのか!」
私の目からは大粒の涙がこぼれていた。
「俺が悪いように映るだろ! 泣きやめ!!」
「きゃ、嫌だわ。グレイ様の気を引けなかったからって、今度は泣いて同情を引こうっていうのかしら?」
私たちの騒ぎに気づいた周囲の目も段々集まってくる。
動かなきゃ。
これ以上目立ってはいけない。
なのに足が動かない。
ボロボロと溢れる涙で視界だけが滲んでいく。
カルロス様には本当に求めている人がいて。
それは私じゃなくて……。
私は結局、何者にもなれなくて……。
「おい、ライ……」
「俺の大切な婚約者を泣かせるのはやめてくれないか。この子にはいつだって笑っていてほしいんだ」
私の背中に手を当て、隣に立ったのは……カルロス様だった。
「遅くなってすまない。国王陛下との話が長引いた」
そういって私にほほ笑みかける彼の肩には、家を出る時には無かった勲章が一つ増えていた。
カルロス様は私から目を外し、グレイ様に向ける。
「君は……ホーキンス伯爵の長男か。ライザに謝ってくれ。俺への失礼はどうでもいいが、彼女への侮辱は許さない」
堂々と、圧のある口ぶり。元々は人見知りな人だったなんて、きっと誰も信じないだろう。
カルロス様に言い当てられたグレイ様は、ムッとした表情で言い返す。
「失礼だと? 伯爵に向かってその口の利き方はなんだ」
グレイ様とカルロス様では倍ほど年の差があるというのに、これではどっちが年上か分からない。
グレイ様の言葉に反応したのは、私でもカルロス様でもなく周囲の人だった。
「あの方はもしや……カルロス・ヴァレンタイン公爵様!?」
「まさか! しかしあの銀髪は王族特有の……!」
「おお! 公の場に姿を見せられるのは五年以上ぶりじゃないか!」
「授与式が長引いていると心配していたが、なんと凛々しいお姿だ!」
出で立ちを見るに、反応したのは侯爵の面々だろう。カルロス様の姿を知る、数少ない貴族たちだ。
周囲の声を聞いたグレイ様は、顔を真っ青にする。
「ひ、ひえ……も、もしかして……ライザの婚約者は……」
「今一度言う。理解はできずとも聞き取れ。君は俺の大切な婚約者であるライザを傷つけた。心からの謝罪をしてくれ」
「も、もうしわけありませんでした!!!!」
光の速さで頭を下げたグレイ様は、子爵令嬢を置き去りに会場を逃げるように去っていった。
残された私たちも、これ以上場を騒がしくしないようバルコニーへ出ることにした。
◾︎◾︎
夜風に当たりながら、私はカルロス様に頭を下げる。
「……ありがとうございます」
「何がだ?」
「演技でもああやって守っていただけて、嬉しかったです」
カルロス様は少し黙ったあと、私に一歩歩み寄る。
「ライザ」
呼ばれて顔を上げる。
真剣な表情をしたカルロス様と目が合った。
「俺はさっきの言葉に一つも嘘は混じっていない。演技なんかじゃない」
「……え?」
「君を泣かせたくないということも。笑っていてほしいということも。君への侮辱は決して許さないということも。……君が、俺にとっての大切な婚約者だということも」
カルロス様は何を言っているのだろう?
私と貴方は契約だけの関係で、そこには愛も情もないはずで。
なのに……どうして、私は今こんなにも嬉しいのだろう。
自惚れだったとしても、いまこの等身大の気持ちを伝えたい。
「……私、グレイ様に何かを言われて泣いたんじゃないんです。近い将来……カルロス様が他の女性の手を取って微笑むんだなぁって。そう思ったら、悲しくて……」
「嫉妬してくれたのか。光栄だな」
「はい。だって、カルロス様と過ごす毎日は楽しくて……幸せで……私、いつの間にかカルロス様のことが……」
ライザ、と遮られる。
「一度しか言わない。理解はできずとも……」
「聞き取ります!」
クスッと笑われ、カルロス様が言葉を紡ぐ。
「今しがた、王陛下に報告に行ってきた。
……俺の正式な婚約者は、ライザ・クリスティに決めたと」
息を飲む。
私の顔なんか気にもせず、カルロス様は嬉しそうな表情だ。
「たとえ神託のやり方が間違っていたとしても、神からのお告げが嘘だったとしても……ライザと過ごした時間は嘘でも間違いでもない。
民を想い、精一杯の明るい笑顔で民に尽くせる美しい女性だ」
「わ、私はただカルロス様が民に愛されるようにと……」
「君の献身的でひたむきな姿を俺は愛した。民も君も愛している。じゃあ答えは一つだろう?」
カルロス様は私の手を取り、甲に口付けを落とした。
「神託のやり直しはしない。ライザ……契約は破棄だ。俺の正式な婚約者になって欲しい」
こんなにも嬉しいことがあるだろうか。
カルロス様が大好きだ。
カルロス様と共に愛する民が誇りだ。
何より……カルロス様の隣にずっといたい。
「返事は?」
私はニコッと笑うカルロス様に、思いっきり抱きつく。
「はい!!」
◾︎◾︎
あれからどうやら、グレイ様の家は、ヴァレンタイン公爵家に楯突いた家として敬遠され、子爵令嬢の浪費が止まらず没落したようだ。
そんなことはどうだっていい。
「カルロス様ー! 今日の浄化に行きますよー!」
私は私の幸せを見つけた。
間違いから見つかった愛だけれど、そうじゃないと出会えてなかった。
毎日その幸せを実感しながら、仕事に出る。
カルロス様から求婚を受けた夜会から三ヶ月。
いつものように屋敷の門を出ようとした時、郵便屋が尋ねてきた。
「ライザ様ですね。リッセルド聖教会、ジェレミー教皇猊下より郵便を預かっております」
「ひぃい!」
手で押えた口の端からぴぃぴぃと悲鳴が漏れ出る。ぶっ倒れるかと思った。
リッセルド聖教会といえば、国の最高権力機関の一つだ。私たち聖女を束ねるトップオブトップと言ってもいい。
そこの教皇様から郵便!? 何事でしょうか!
震える手で郵便を開く。
「大聖女認定試験についての呼び出し……」
私は郵便屋と別れ、屋敷に逆戻りをする。ちょうど玄関を出ようとしていたカルロス様を見つけると、食ってかかる勢いで叫んだ。
「カルロス様!! 教皇様から手紙が来ていて!! 大聖女認定試験とは何事でしょうか!!」
カルロス様は相変わらず表情を変えないまま何度か瞬きを繰り返す。そして、「ああ」と何かを思い出したように手を叩いた。
「どうせまた王都にいくのだからと、ついでにジェレミー教皇猊下にライザの聖女としての地位認定を頼んでおいた」
「初耳です!!」
「初めて言ったんだからそうだろう」
言いたいことはあるが、それよりも前にカルロス様の切り出し方が明らかに変だった。
「どうせまた王都にいく……とは?」
出張か何か? それともまた授与式が?
と、私が予想した内容はあっさり裏切られる。
カルロス様は困ったような、不思議そうな顔をして頬をかく。そして言いづらそうに口を小さく動かした。
「なんでも……アムフルト王国の第一王子であるルーディ殿下がライザとの謁見を望んでいるらしくてな」
「初耳です!! どうしてですか!」
「俺も知らん」
クラりと、意識が遠のく。
なぜか求められている第一王子との謁見。
ジェレミー教皇猊下からの呼び出し。
カルロス様にとっては「ああ、そういえば」程度の話かもしれないが、平民聖女の私からすれば緊張の致死量を超えている。
平和でほのぼのとしたノヴァ公爵領での日常は、どうやら終わるらしい。
第一部完結です。
2、3日の書き溜め期間を頂きまして、第二部を始めさせて頂きます。
王子が会いたいって……なんだか不穏ですね。二人の仲はどうなってしまうんでしょうね。
第一部お疲れ様!第二部頑張れ!
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皆様のお声が執筆の力になっています。





