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架空の話

作者: 阿部凌大

「彼女欲しくないか?」


 目の前に座る五十嵐はそう言った。六畳半の決して広くは無い俺の部屋で、俺はこうして五十嵐と夜な夜な語りあかしている。五十嵐を簡単に説明するならパッとしない男だ。まあ俺もパッとしない方ではあるんだけど、五十嵐はそれ以上にパッとしない。けどその位が安心するというか、もし仮に五十嵐が俺よりも人間的にワンランクもツーランクも上の存在だったとすれば、それはそれで困ってしまうだろうと思うので、きっとこのぐらいの方が丁度いいのだ。


「確かに彼女は欲しいけどさ、そもそも出会いが無いもんよ」


 俺がそう言うと五十嵐は深く頷く。そもそも人付き合いが苦手な俺は、勿論孤独な大学生活を送っているわけで、男友達もろくにいない癖に異性の知り合いなど出来るわけが無い。自慢じゃないが俺の人見知りは極度のものであり、自分から話しかけることはまず無いと考えていい。その結果入学して半年近くが経った今日、大学内で会話をした記憶はほぼ無い。


「五十嵐はどうすればいいと思う?」

「うーん、やっぱバイトでも始めるべきなんじゃない?」

「それは俺も考えてた。けど女性と知り合いになれるバイトってなんだろうな」

「どうやら飲食店のバイトなんかいいらしいぞ。大学近くのレストランなんか、女の子もいっぱいいるらしい」

「それは確かに小耳にはさんだけどさ、俺に接客業など出来ると思うか?」


 自慢じゃないが俺はバイトなんかしたことが無い。初対面の人間とまともに会話も出来ない俺に、接客業など出来るはずが無い。


「五十嵐よ、そうなるとバイトの線は無しだな」

「そうだよなー。けどそしたら出会いの手段はもう無いよ」

「大学のやつらにコンパでも開いてもらうか?」

「けどいきなりやつらにコンパ開いてくれって声かけたらさ、絶対ドン引きだよな」

「まあねー。今からサークルとかゼミとか入るのも無理よ」

「学食に行って、一人でご飯食べてる女の子に話しかける?」

「その定食、僕も好きです」

「きもいな」

「きもいね」


 その後もナンパ案、出会い系サイト・アプリ案も一瞬で却下された。やはり俺に彼女はまだ早いのか。けれど彼女は欲しいじゃないか。可愛い彼女と映画に行ったり、手をつないで公園とかに行ってみたい。


「そしたら一つだけ方法があるぜ?」


 五十嵐は不敵な笑みを浮かべていた。


「待て、お前の考えは分かっている。それはさすがに不味くないか?」

「けどもう俺らにはこれしかないだろ」


 五十嵐の案というのは、女の子とまともに出会えず、彼女を作ることが出来ないのであれば、もはや自分達で架空の彼女を創り上げてしまえばいいのではないかというものだった。それは間違いなく空しい。それはこれ以上無いほどに理解はしている。


「俺はお前の尋常ならぬ想像力を知っているよ?お前なら理想の彼女を今、目の前に生成することは可能なはずだ」


 五十嵐を俺を指刺しながら強く言い聞かせた。まあやってみるだけならタダだ。強烈な自己暗示をかけながら、なんとかやってみるしかない。


「いいか?彼女の存在を、信じ抜くんだ。俺らには彼女がいる。その事実は何があろうと間違いない。揺るがない。そこがぶれた瞬間、俺たちは強烈な虚しさと喪失感に襲われ、飲み込まれてしまうだろう。この方法を試みる以上、そんなことは絶対に避けなくてはならない」


 五十嵐の目はマジである。


「そしたらその後に、俺と五十嵐でお互いに彼女を紹介しあってみるか」


 それから俺と五十嵐は小一時間ほどかけ、それぞれの理想の彼女を創り上げることに成功した。現在俺の部屋には、俺、五十嵐、俺の彼女、五十嵐の彼女の四人がいる。流石に部屋も狭くなってきた。


「じゃあ俺から紹介するな、俺の彼女のカナちゃん。バイト先の居酒屋で出会ったんだけど、同い年で、今は隣町の看護学校で勉強してるんだって」


 流石五十嵐、馴れ初めからしっかりと固めてきている。もちろん五十嵐はバイトなんかしていない。バイト先の居酒屋ごとねつ造しているのだ。しかし俺には五十嵐の彼女が見える。ぱっちり二重で丸顔のショートヘア―。かなり可愛い。少し小柄なため小動物的な印象を受ける。着ているダボダボのパーカーも良く似合っている。


「五十嵐くんの彼女の佐々木カナです。初めましてよろしくお願いします」


 礼儀正しく、声も綺麗だ。こんな良い彼女がいるなんて、五十嵐が正直羨ましい。しかしこっちだって負けてはいない。


「じゃあ次は俺が紹介するな。えっと新藤ミカさんです」


 俺の横に居るのは黒髪ロング、鼻筋の通ったTHE・日本美人ともいうべき女性だ。隣町の大学に通う経済学部で、歳は2つ上、中学まではアメリカで育った帰国子女である。まさに容姿端麗才色兼備。考え方もしっかりとしており、将来を見据えたお付き合いをしている。パッと見はそのしっかり具合に近寄りがたさを感じるかもしれないが、笑っている姿はたまらなく可愛い。俺はその笑顔に落とされてしまった。

 出会いは市立図書館。レポートの調べ物のために書物を漁っていたところ、偶然同じ本を目当てにしていたらしく、手と手がぶつかり知り合った。何回かご飯を重ねるうちに惹かれ合い、やがて自然な流れで付き合うことに。


「初めまして。新藤ミカです。よろしくお願いします」


 丁寧なお辞儀をするミカさん。綺麗に伸びた背筋も美しい。


「五十嵐どうよ?俺の彼女は」

「いやあ、話には聞いてたけどこんな美人だとは思わなかったな」

「いえいえ、そんなことは無いです」


 ミカさんは謙遜するが、実際その姿すら美しい。こんな綺麗な人と付き合えるなど、俺はなんて幸せ者なんだろうか。


「私もびっくりしました。ミカさん凄いきれい」

「ほんとお前幸せもんだよ」

「そういう五十嵐だって、可愛い彼女じゃんかよ」

「いやいや」


 五十嵐とカナちゃんも謙遜するが、褒められた喜びを隠しきれておらず、お互いに見つめ合って照れ合っている。そんな姿はなんというかとてもお似合いで、見ていて微笑ましい。


「五十嵐とカナちゃんはさ、普段はどこで遊んでるの?」

「場所はだいたいユー君が決めてくれるんですけど、ご飯とか映画とかが多いです。けどこの前は水族館に行きました!イルカショーを見たんですけど、そんなの見るの子供の頃以来で!もうすごい面白くって!」


 よっぽどこの前の水族館が楽しかったらしく、カナちゃんは身振り手振りを交えながら一生懸命説明してくれる。そんな姿も五十嵐は横で微笑みながら見ている。俺が思うに五十嵐は、彼女が出来てから格好良くなったように思う。全身から大人の余裕のような雰囲気がほとばしっている。


「そっちは?ミカさんとどんなとこ行くの?」

「私達は大体ご飯だよね」

「うん、土日とかあんまり予定合わないから、都合良い時に夜ご飯とかね。二週間に一回とか」


 二週間に一回という言葉に、カナちゃんが反応した。


「えー、二週間に一回って少なくないですか?私三日も会わないと我慢できなくなっちゃって」

「私達は結構そんな感じかな、予定が合えばもちろん週に1回とかは会うよ?」

「けどやっぱり好きなら会いたいじゃないですか」

「なんていうかそこまで無理して会わなくても、お互いにちゃんと理解してるし、通じ合ってると思うから。連絡だってこまめに取ってはいるし」

「それって忙しいを理由にしてるだけじゃないですか?頑張ればもっと会えるようになると思うな」

「だから私達はこのぐらいのペースでもちょうどいいの。いつまでもベタベタしてるような、子供みたいな関係性だとは思ってないから」

「んー、そんなにかっこつけて付き合わなくてもいいのに」


 なんだか不穏な空気になってきた。どうやらこの二人はタイプが違うらしい。


「かっこつけてるとかじゃなくて、これでいいの」

「でももっと会いたいでしょ?」

「だからそれはそうじゃない」

「ほらー、やっぱそうだ」

「それを踏まえたうえで話してたんだけど、上手くわからなかった?」


 たまらず五十嵐が割って入った。


「まあまあ!カップルなんてそれぞれだからな!色々あるよやっぱ」

「ユー君は私と二週間に一回しか会えないってなっても平気?」

「俺?そりゃカナのことは好きだからさ、そん位平気だよ」

「えーなにそれじゃあ今みたいに、こまめに会わなくてもいいってこと?」

「いやそう言う意味じゃなくて」


「この子ちょっとまだ幼稚ね」


 俺の耳元でミカさんはつぶやいた。


「幼稚ってどういうことですか?」


 不味い、聞かれていたようだ。


「本当に好きだったら少しぐらい会えなくても平気なはずでしょ?それで我慢が出来ないってことは、相手を信じきれてないってことじゃない」

「信じてるに決まってるでしょ!会いたいときには会いたいって言ってるの!」

「だから私だってそう言ってるの!」

「じゃあ幼稚だなんだって言ってくるんじゃねえよ!バカじゃねえの!」

「なんだとこの野郎!」


 なんだとこの野郎なんてミカさんには絶対に言ってほしくない言葉だった。二人の言い争いはその後もヒートアップを続け、二人の顔は少しずつ歪み、鬼の形相へと変わっていく。次第に両手の先は鋭く尖り、口からは長い牙が伸びる。背中からは羽が生え、頭には角が。火を吹き、うなり声をあげ、バケモノのようになった二人は互いを食い散らかす。


「もうダメだ!一回止めよう!」


 五十嵐と二人、たまらず架空の彼女たちを部屋から消してしまう。


「やっぱ架空の彼女は無理があったか。まさかこんなことになるとは」

「うん、五十嵐だけでも大変なのにな。もう疲れた。五十嵐、一回切ってもいいか?」

「そりゃあもちろん」


 そう言うと、五十嵐は部屋から消失する。


 部屋には俺一人。まあ初めから俺一人だ。


「ああ、まずは友達が欲しい」



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