名もなき麗人
最近腕が鈍ってきてるので短編で馴らそうと思い書き始めました。
作者の好きなあの人がでてきます。
1935年天津
私は当時15才。この広い大陸は世界各国の植民地と化してました。フランス、イギリス、日本と多くの外国人疎開があり私達中国人は居場所を奪われておりました。
申し遅れました。私の名前は鈴明。地方の農村で暮らしております。家族は母は私が幼い頃に亡くなっており、父、妹、弟と3人暮らしです。学校は村の小学校を出たきりで卒業後は村民達と畑を耕して暮らしておりました。
3年前に東北部に日本軍が新たな国を建国。その名は満州国といいます。「王道楽土、五族共和」をスローガンにかかげ日本のみならず朝鮮、モンゴル、満州族、そして漢民族が共に手を取り合っていける国だと言われてました。
しかしそれは表向きでその実体は日本軍が我々アジア民族を迫害しているという物でした。
私達の土地も開拓と称して奪われ、耕す土地もなくなりました。
ある夜日本軍がやってきて村の大人達は皆起こされました。
「お前達の中に反日のゲリラがいる!!そいつを引き渡せば命だけは助けてやる。」
私達の村にゲリラなどいるわけがありません。そう村長が答えましたが日本軍の兵士達は大人達に向けて銃を発泡しました。
私と兄妹達は命からがら村を出ました。私達は父が遺したわずかな遺産を持って天津に移り住んだのです。
安いアパートを借りすぐに仕事を探しました。しかし私は田舎から出て小学校しか出てない孤児。当然雇ってくれるところなど簡単に見つかるはずがありません。
そんは時私はあの人と出会いました。
ホテルで採用を断られたまたま小料理屋に立ち寄りました。ちょうど昼食にしようと思ったのです。
「お客様、相席宜しいですか?」
お昼時で店は混んでいた。
「はい。」
そこに女中に案内され1人の軍人が入ってきました。美しい方。しかしその人が着ているのは日本軍の軍服。
「初めまして。こんにちは。」
その人は私に優しそうな笑顔で挨拶してきた。
一瞬私の脳裏には思い出したくない過去の記憶が甦った。だけどこの人の笑顔を見た瞬間その記憶には再び蓋がされた。どうしてだろう?
それどころか一瞬にしてこの人に惹かれていく。
「君名前は?」
「鈴明です。」
「鈴明ちゃんか、年は。」
「15才。」
「女学生か?」
その時は私は答えに戸惑った。今の私は何者でもないから。仕事だってない。この人は日本軍だ。だけど私や兄妹が生きていくには手段は選べない。
「あの、」
私は意を決して言う。
「今晩私を買ってくれませんか?」
それからその人は私にメモを渡した。指定されたこの場所に来るようにと。
そこはその人がよく利用するホテルだった。
私はホテルのベルボーイに案内されその人が宿泊している部屋に行く。私はいつもより着飾って濃い化粧で向かう。
「失礼致します。お連れ様が参りました。」
部屋には昼間あったときと同じ軍服姿のその人が待っていました。
「鈴明ちゃん、よく来てくれたね。入って。」
「失礼致します。」
私が部屋に入るとその人は私に自分の膝の上に座るよういいました。
私は再び失礼致します。といって座りました。
「鈴明ちゃん、そのワンピース似合ってるよ。僕の可愛い鈴明ちゃん。」
そう言ってその人は私の髪を撫でました。
今日あったばかりの男性にこんなことされるのは普通はあまり気持ちの良いものではないかもしれませんが、私はその人に不快感は感じませんでした。
むしろその人の腕の中に永遠に抱かれていたいとすら思うほどでした。
「さあ、横になって。」
私は言われるまま横になります。
その人は軍帽、上着、そしてタイを脱ぎ捨てブラウスのボタンを外していきます。
しかし次の瞬間見てしまいました。その人の胸元を。
「どういうこと?」
「見ての通りさ。僕は女だ。さあ鈴明ちゃん遊びはこのへんにしよう。」
そう言ってその人は先ほど脱ぎ捨てた服を再び着用しました。
「さあ、もう出てきていいよ。」
その人が浴室の扉を開けると着物姿の美しい女性が現れました。
私はその人から女性を紹介されます。
彼女は高ノ宮さんと言って日本人。今は上海で夫と子供と暮らしている。夫は上海の大学で日本語の講師をしている。
最近大陸に来てメイドを探しているという。
「中国の方がいてくださればわたくしも主人もこちらの暮らしに早く馴染むことができますわ。宜しければ明日から働いてくださる?」
私は二つ返事で承諾した。弟と妹もいることを話したら引き取って学校にも通わせてくれると言った。
「良かったね。じゃあ僕はこれで。」
私はその人を引き留める。
「待って下さい。私を買うというのは。」
「悪いがさっきも言った通り僕は女だ。例えお金を渡されても君と一晩過ごすことはできないよ。」
男装の軍人が日本軍にいることは噂で聞いていた。まさかこの人なのか?!
私は名前を聞こうとしたがその人は名乗るほどの者じゃないと言って去っていきました。
私はというと高ノ宮家のお屋敷でメイドとして働かせてもらえることになりました。妹と弟とも一緒に。
しかしその2年後日中戦争が勃発。日本軍が万里の長城まで攻めてきました。
高ノ宮夫妻は帰国を決意。私達も共に日本へ渡りました。自分の村を壊した日本軍を許せたわけではありません。しかしあの人と高ノ宮夫妻は私や兄妹にもよくしてくれたので日本人への羨みや憎しみは日に日に薄れていました。
あれから時は流れ1945年。長きに渡った戦争は終わりを告げました。私は日本の新聞の一面を飾ったニュースを目にしました。
「川島芳子 北京にて逮捕」
その記事と一緒に掲載された写真を見て私は息を飲みました。
それは10年前に天津で私を助けてくれたあの人だったのです。
(あの人中国人だったのね。)
罪状は漢奸。中国人でありながら日本に協力した者をそう呼んでいました。売国奴、国家反逆者、裏切り者、非国民。新聞にはあの人、いえ川島さんを罵倒するような言葉が並べられていました。
(川島さんはそんな人じゃないのに。)
私は心の中で呟きました。
川島さんの本当の名前は愛新覚羅顕シ。300年以上栄華を極めた清王朝の一員でした。6才の時に日本人の養女になり日本人として生きていたそうです。
しかし私にはそんなことどうでもいいのです。日本人であろうと中国人であろうと私を救ってくれた人であることは変わりないのですから。
もしもあの時声をかけたのが川島さんでなかったら私は今頃どうなっていたか想像もつきません。
10年前に私を助けてくれた川島さんを今度は私が助ける番だ。
そう思って私は旦那様と奥様に帰国をお願いしました。しかし許可は頂けませんでした。漢奸狩りもあり日本人の元で働いていたし私を国に返すのは危険と判断したのでしょう。
川島さんはその後死刑判決を受け、1948年3月25日監獄で帰らぬ人となりました。 私は川島さんが祖国に反逆者として汚名を着せられてるのを指を加えて見てることしかできませんでした。
あれから数年後私は川島さんがかつて育った松本で眠っていると聞き、花を添えに行きました。
私は墓石の前で話したかったことを全て打ち明けました。仕事を紹介してくれたことで救われたこと、漢奸で裁かれたのに助けに行けなかったことへの謝罪、そしてあの時私を買ってほしいと言った理由。勿論生きてくためにでもあります。しかし川島さんになら捧げてもと思ったのも本心です。なぜなら
「貴女は私の初恋だから。」
FIN
少しアレンジしました。
良かったらお読み下さい。