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後編

 その男は、いつも通りスーツを脱ぎ捨てると、乱雑に置かれたウイスキーを片手にソファーに座る。ウイスキーをテーブルにおいて、リモコンを探していると、自分の尻で踏みつけていることに気付き苦笑しながらもリモコンをテレビに向けて赤い電源ボタンを押し込む。


 テレビには漫才師が下らないジョークを話しており、あまりのつまらなさに乱雑にチャンネルを変える。ニュース番組、ドラマ、子供向けアニメ、アイドルの音楽番組……コロコロと変わる映像に退屈するのにそう時間はかからなかった。


 仕方なくBGMがてらアイドルの音楽番組に戻す。画面には九人グループの人気アイドルが、きらびやかなステージで歌って踊る。彼にとっては”なんか有名なアイドル”というだけの興味しかなかったが、他に面白そうな番組もないためチャンネルの切り替えを止め、キッチンへと歩み始める。


 彼は、そう言えばとそのグループの事について思い出す。今でこそ、そのグループは九人だったが元々は十一人。一人は事故死、もう一人は失踪したとどこかのニュースが報道していた。


 気味の悪い噂を思い出した彼は、やっぱり別の番組を見ようと、コップにロックアイスを一つ放り込むと、足早にソファーに置いたリモコンを手にする。――――だが、そのチャンネルを変えようとしたその時、さっきまで歌っていたアイドルが一人、血を吐き出して倒れた。


 何事かと彼は思った。気持ちでは、すぐにチャンネルを変えたかったが、人間の野次馬精神でチャンネルを変え損ね、思わずその修羅場に見入ってしまう。――――その間にも、メンバーの叫び声映像を止めろという監督らしき男の声、だが、そんなメンバーの一人に”偶然にも”スポットライトが倒れてつぶされる。


 思わず目を背けた。だが、同時に疑問に思った。こんな大事件が流れているのであれば、もうすでに映像が止まっててもおかしくないのでは?


 次は、壇上から誰かが落下した。絶叫ともいえる悲鳴と、生々しい”ぐちゃり”という気味の悪い音が鼓膜を刺激する。


 今度は錯乱したメンバーが”お前のせいでぇ!!!”と言いながら、砕けた鉄パイプを心臓に突き刺していた。まるでストローのように血液がぴゅーぴゅー噴き出す光景を眺めながら不気味に笑いだすその少女は、崩れたステージのセットの下敷きになった。


 ”もういやぁ!!”と泣き出した少女の頭が、次の瞬間にはゴロリと床を転がる。”たすけて……お願い……たす――――”と、誰もいない空間に必死に謝る少女は、体に風穴があいてそのまま倒れ、もう一人は首が180度回転して崩れ落ち、ステージのセットを括り付けていたワイヤーは、まるで絞首刑の処刑台のように最後の一人の首を括り、つるし上げる。


 これでついに……九人目が死んだ。しかし、不思議なことに誰かがまだステージに立っていた。


 ”こちらを見た”不思議と彼はそう思った。テレビの向こう側の彼女は、映像の中の存在でしかないのに、不思議と彼は……何の疑いもなくそう思った。……彼女には人を見る眼すら、存在しないのに――――彼は俺を見たと、そう直感した。


『おうえ してく るの?』


 ”彼女がこちらに歩いてくる”そんなはずはないのに、彼にはそう思えた。まるでアイドルに魅入られるファンのように、目が離せなくなる。恐怖に駆られてリモコンの電源ボタンを何度も押す。だが、ひどく体が震えてうまくボタンが押せない。ようやくチャンネルのボタンを押せたが、映像は切り替わらない。


 ――――消えろ! ――――消えろ! 激しく拒絶しながらも、そのリモコンを押し続ける。なんとか電源ボタンを押したが――――映像ではなく――――――――自分のいる場所そのものが切り替わった。


 ――――意味がわからなかった。さっきまで自室のソファーでくつろいでいたはずなのに、そのすべては消えて、彼は、コンサート会場にいた。


 ステージにいるのは、さっきまで生きていたアイドル達。だが、すべてのメンバーが死んだ直後の遺体の状況で踊っていた。一人は頭が潰れ、一人は体に穴が開き、一人は首が180度曲がり、一人は――――。


 発狂する彼は、狂ったようにリモコンのスイッチを押していた。――――だが、いつの間にかそれはリモコンからライブの時に使用されるペンライトに変わっていた。




 ――――彼は、不思議とニュースを思い出した。そうだ、事故死したメンバー……彼女がソロ曲を歌っている場面が、その時流れていたのだ。




 彼は、いまだに狂ったようにリモコンと勘違いしてペンライトのボタンを押す。だが、ペンライトの色が変わるだけで、状況は何も変わらない。




 ――――彼は、行動とは真反対で脳がやたらと活性化して、冷静に記憶を手繰っていた。そうだ、事故死をしたメンバーが歌っていたとき……客席は…………。







 ――――――彼女のメンバーカラー。まるで血のような深紅に染め上げられていた。




 *** *** ***



『 ット……オウエン…………シ ネ』


「うわぁ!!」「きゃーーー!!」「…………なるほどのう」「…………」


 各々、映画『狂気のアイドル』に反応を見せていた。一度見たことあるサキでも恐怖で叫びだし、タクミも情けない声を上げる。――――タクミはこの幽霊アイドルが向かってきても大した脅威ではなさそうなのだが――――。


 意外と冷静だったのは、コジロウだった。


「ところどころよくわからなかったが、なるほどのう……すべては復讐だったのじゃな。伏線回収のタイミングもなかなかに面白い。最後に呪いのように言葉を残すのも、なかなかに恐怖をそそるじゃないか。面白い演劇じゃった!!」


「……じいさん。こわくねーのか?」


「うむ。なかなかに怖かったぞ。じゃがそれ以上におもしろかった!」


 怖いと言いながらも大笑いしているその器の広さは、さすが年季の差といったところか。怖がる様子は一切なかった。むしろ楽しんでいる様子だった。


 神殿から魔王城に場所を移した彼らは、とりあえず呪いのテレビと言うものがどういうものかを理解してもらうために、サキが持っていたブルーレイディスク作品を創造(クリエイション)し、それを皆で見ていた。……ホラーだったが、ある()()以外は楽しめたようだ。


「…………サタン様?」


 目は開いていた。だが、試しにサキは目の前で手を振ってみる。しかし反応がない。


 すると、体がゆっくりと倒れ、座った体制のまま後ろに倒れる。まるで金縛りになったかのように完全に石化した魔王様は後頭部を打ち付けて白目をむく。


「サタン様ぁ!?」




 *** *** ***




「うーん。これは困った」


 魔王様は、恐怖におののき、魔王城の片隅でガクガクと震えていた。今テレビの話を話しかけようものなら甲高い悲鳴を上げることだろう。


「……そんなことよりサキよ。お前が言うテレビ配信の方法って…………」


「うん。呪いのテレビの仕組みを使ってテレビ配信をすればできるはず。現実世界でも同じような現象はソウルプラズムの影響によって起きる可能性があるはずだよ」


「却下だ!! お、お前はティエアの人間全員を呪い殺すつもりか!!」


「呪い殺すなんてとんでもない!! いい? 呪いと言ってもソウルプラズム……つまり幽霊がテレビ配信に干渉する力を魔術的に解析すれば、テレビ配信に使えるんじゃないかって事だよ」


 サキの言っている方法は確かに可能ではあった。ソウルプラズム……ここでは霊という思念体と言った方がわかりやすいか? ともかくその思念体が テレビそのものの仕組みに干渉し、思念体の特に思いが強く表れている光景を映し出す。それを魔術的にアンテナを通して行うことができれば魔術式テレビ配信が可能となる。


 呪いのテレビのそもそものネタは”井戸から出てくる髪の長い女”など、有名な作品も多いが、どっちにしてもそれを見た後、映画では呪い殺される。現実世界の人間の認識ではそれが常識だ。


「だけど、私達は幽霊が科学的に証明できる存在であることを知っているでしょ?」


「ま……まぁな」


 幽霊は、浮遊思念体……ソウルプラズムが空中に漂っている際、その情報を目、耳、鼻、皮膚などの五感をつかさどる部分が、浮遊しているソウルプラズムの記憶情報を読み取ってしまうことで起きる脳の誤認現象である。


 つまり、幽霊事態に意志はない。幽霊というものが、人を憑り殺す(とりころす)なんてことは絶対にありえないのだ。


 ただ、ソウルプラズムの記憶が恨みを強く持っていた場合、その恨みの記憶に干渉することで、精神障害を起こさせて、自殺に追い込むケースはある。これがいわゆる地縛霊というものだ。霊能力者も科学的に見れば、あくまでソウルプラズムに干渉し、記憶を読み取ったり、除去したりしているだけである。


 例えば、イタコを科学的な目線で見ると、彼女らはソウルプラズムの記憶に干渉し、読み取った記憶を自分のものだと思い込むことにより、その記憶を周りの人物に伝えている。なので実際に魂を自分の中に取り込んでいるわけではない。というより、他人の魂を自分の脳に移植すると深刻な精神障害を起こす可能性があり、危険な行為だ。


 …………タクミがサキの脳内にソウルプラズムを隠したという事件があったが、その時はソウルプラズムを完全に隔離し、一切脳に干渉しないように術を施したものであった。それでもソウルプラズムの反発は強く、時間が経てば完全に消滅するほど危険な行為だった。


 ゆえに、ソウルプラズム……つまり幽霊が誰かにとりつくことは絶対にない。仮にあったとしても上記のような特殊な例がなければ、すぐに反発作用により消滅する。


 ソウルプラズムの存在が科学的にも証明されれば、あっけなく幽霊の存在定義がされるほど現実的な現象であり、我々がイメージする幽霊とは全く別のものである。


「呪いのビデオのシステムで配信するといっても、脳に直接ソウルプラズムの情報を送るわけではない。アンテナを通してデジタルな信号に切り替えた後にテレビに出力するの。どう? これなら危険はないはずよ」


「……だが、カメラはどうするんだ? その映像自体はやっぱりカメラで撮らなきゃいけないんだろ?」


「んー……確かに。だったら、こうするしかなさそうね」




 *** サキ考案の異世界でのテレビ配信方法 ***


 1:カメラで取り込んだ映像をパソコンソフトで編集する。



 2:映像データをソウルプラズムチューナーに送り込み、ソウルプラズムに変換。


 3:ソウルプラズムの情報を魔術式で作ったアンテナを介して送りこみ、配信。


 4:受信側のアンテナで受け取ったソウルプラズム情報を、再びデジタル放送のデータにチューニングする。


 5:テレビに出力する。


 *** 以上 ***




「この方法の問題点はソウルプラズムへの変換でデジタル信号がどう変わるかだね。その結果、映像の乱れ……簡単に言うと電波が弱い状態が続く可能性が高い。それと、ただ単純にソウルプラズムを電波配信してしまうと、空中を飛ぶハーピィや翼人が干渉を受ける可能性がある」


「つまり、アンテナだけが受信するように調整しないといけないのか…………」


「うん。だけど、あくまで地上波を放送するだけならこの方法でできるはず」


 サキの理論は、確かに周りくどくはあったが、この世界で一からアンテナを作るよりは現実的な話だった。それを証明するかのようにコジロウが捕捉をする。


「ふむ……つまり通信系魔法の擬似魂魄と同じ理論というわけか。不可能ではないじゃろうが、家電に対しての知識はワシらにはない。おそらくユキオと言う青年も中身を完全に把握してるわけではないのだろう?」


 サキはうなづく。確かに創造(クリエイション)は細かい中の機械のことを知らなくても作成可能だ。だからこそ、あやふやな記憶しかない映画のブルーレイも創造できたのだから。


「ならば、まずはテレビとやらの解析から初めねばな。ワシの知る技術員に当たってみよう」


「だったら俺はデュランダルに話してみるよ。あいつは今でこそ剣士だが、この世界で機械に詳しいのは奴だけだ」


 皆が積極的に意見を出し合い、協力者集めまで開始してくれる話になるなか、ずっと黙って聞いていたレイラは控え目な声で聞いてくる。


「あのーー? みんないいのーー? そんなに強力してくれてーー?」


「ワシはかまわんぞ! ああいう怖い演目だけなら少し困るが、他にもいろいろあるなら面白そうじゃないか! 孫のフォルにも見せたいものじゃ」


「俺も当然強力するぜ。まぁバーの修行優先になるだろうが、こんな面白そうなこと参加しないわけがないぜ」


「でもーー? 迷惑になるんじゃーー? ……ユキオも、迷惑になる事? ……心配する?」


 俯き唇を震わせて、そんな言葉を絞り出す。


 そんなレイラの頭をサキは愛おしいく撫でる。


「心配なのは、レイラちゃんなんでしょ」


「ううーー……?」


「大丈夫だよ……人に頼るの事自体は迷惑じゃない。それは、絆の一つなんだよ」


 不思議そうに、「絆ーー?」と聞き返すレイラにニッコリと笑ってサキも返す。


「そう、絆。友情ともいうかも。誰かのために何かをするのは、自分も嬉しいからそうするんだよ」


「”情けは人のためならず“という奴だな。俺達は、手伝う事で俺達も嬉しくなるからそうしてるんだ。……それに、テレビはスッゲェおもしれぇんだぜ!」


「うん……わかったーー?」


 今の言葉もイントネーションが入っていたが、何故か彼女がはっきりと理解してくれたとタクミにも感じられた。


「て、事でいいよな! 連合国王様!」




「……却下じゃ」




「「「「へ?」」」」


 魔王兼連合国王の空気を読まない……というよりむしろ反発する言葉に、思わずレイラを含める全員が口を引きつらせる。


「却下じゃーーーー!!!! あんな恐ろしいものを世に広めるなんて却下じゃあぁぁーーーー!!!!」


「ちょ……っと待ってくれ! あのな? 別にテレビ全部があんなに怖いわけじゃなくて、楽しいものや、かっこいいもの、可愛いものとか色々あるんだよ」


「そ、そうそう! 他にもニュースとかで情報発信も出来るし、本当に楽しいんだよ?!」


 そんな言葉も、完全に耳を塞いでブルブルと震えて拒絶する。


「ど、どうするんだよ! すっげぇいい雰囲気だったのに!!」


「う、うーん……説明のためとはいえ、ホラー映画を見せたのはまずかったかぁ……。仕方ない。レパートリー多い方じゃないけどあと何作品か創造(クリエイション)してみる」


「あ、だったら令和の伝説的ドライバー、仮面ドライバーゼロワンを……」


「そんなの触れたこともないわよ!! アニメなら……魔法少女リリカルかすみんシリーズとFatalと悪鬼の刃……あとは、ほとんどドラマくらいよ?」


「……まぁFatalがあるなら許せる。あーあ……仮面ドライバーまた見たかったなぁ……」


「仕方ないわねぇ……たしか平成シリーズなら好きな親戚のおじさんがいて、子供の頃触れた作品があるはずだから、何個か作れると思うわ。それで我慢しなさい」


「仮面ドライバーディゲイドは?! 仮面ドライバーソードは!? 仮面ドライバークウザは!!」


「だぁーもうわかったからもう少し落ち着きなさい!!」




 それから上映会が始まった。最初はそれでも怖がっていたサタンだったが、絵が動くアニメは、ティエア国民にとってはかなり不思議で興味をそそられたようで、見入っていた。そして、サキのおすすめの作品“魔法少女リリカルかすみん”は一気にファンになるほどハマっていた。


 ……サタン様は、現実世界なら立派なオタクになっていた所だろう。




 何はともあれ、こうしてティエア初の国際放送計画が開始されたのだった。

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