はい、こちらウーノ村教会懺悔室です!
作家合宿中に一日でどれだけ書けるか? を目的に書いた一般向けコメディ作品となります。
「あの……どうしても世界を救わなきゃ駄目なんでしょうか?」
合図の鈴の音に、慌てて懺悔室に飛び込んだ私を待っていたのは、そんな告解でした。
「あ、あのー……懺悔? っていうのをしたいんですけど……。
その、えーと、僕、は、初めてでして……」
震える声を懸命に絞り出して……。
まだ声変わりすらしていない少年のモノですね。
「はい、承っておりますよ。ようこそウーノ村教会へ。
よくぞ参られました。さぞ勇気が必要だったでしょう」
「え? お、女の人!?」
仕切りの向こう側でガタッと大きな音が鳴りました。
えぇ、そりゃそうですよね。
「失礼致しました。
私、当教会でシスターを務めさせていただいている
マリア・ルイーゼ・ベルトというものです」
改めて自己紹介をさせていただきます。
「あ、は、はじめまして……僕は勇……」
「いえ、名前は名乗らなくて結構ですよ?
ここ──懺悔室はそういう場所ですので」
懺悔室……それは何か心に秘めた悩みや罪、
苦しみを抱えた方々──告解者が『赦し』や『答え』
『導き』を求めて相談しにくる場所でございます。
厚い布に囲まれた小さな部屋に告解者と、
我々聖職者が向かいあう形で入り、
中でお話を伺う──という形になっております。
あっ、中は薄暗く、二人の間には格子がありますので
お顔が分かる心配はない……という構造になっております。
「あ、あの……シスター・マリアさん……。
た、大変無礼な質問なのですが、ジーク様は?
神父様は如何なされたのでしょうか?」
彼が疑問に思うのは当然です。
何故なら本来告解は神父様が受け持つ職務ですので。
「それについては大変申し訳ございません!」
相手に向かって深々と頭を下げます。
「当教会の神父……ジーク・ケインズ・ベルト神父なのですが、
只今留守にしておりまして……」
「え? 留守?!」
「はい……誠に申し訳ないのですが……
あの事情を説明させていただいても?」
「あっ、はいっ!」という元気なお返事に少し救われながら、
私は当教会の恥を──いえ、やっておられることは
大変素晴らしいコトなのですが──を
お話しさせてもらうことにしました。
「身内を褒めるようで心苦しいのですが……
アナタも知っての通り、神父様は
大変立派な方でございます」
「えぇ、聖職者ジーク様と言えば
国中に知れ渡られた聖人ですからね」
「はい……なのですが、
一つだけ神父様には欠点がございまして……」
「欠点? 聖ジーク様に?」
えぇ、普通は驚きますよね。
国内外問わず有名な聖人神父様なのですから。
「はい、『放浪』……するのでございます。
ある日、突然、フラリと……」
「え……? え……?」
そうなりましょうとも。えぇ、わかります。
「神父様は大変素晴らしい女神ルピア様に仕える方……
いえ『素晴らし過ぎる』のです。
……神父様が口癖のように仰っしゃることがございます……」
もう幼い頃から聞きすぎて、一言一句、
息継ぎのタイミングすら覚えてしまった文句を放ちます。
──いいかい? シスター・マリア。
世の中には様々な人がいる。
砂漠に住む人、
崖の狭間に住む人、
いつ噴火するとも知れない火山の麓に住む人……
そして“文字を読めない人”。
彼ら、彼女らは女神ルピア様の教えを知ることが出来ない。
ここまで来るだけの手段も、
女神ルピア様の経典を読む技術もない……
だからこそ女神ルピア様は私のような
未熟者をお造りになられたのだよ──
「じゃ、じゃあ……放浪の理由は……」
「はい、世界各地に伝導の旅に出てしまわれるのです……」
そう、やってることは大変素晴らしいコトなのです……。
なのです……が、
ご自身の教会を何ヶ月も──場合によっては
一年以上かかる時も──留守にするのは
どうかと思うのです。
私がいなかったらこの教会はとうの昔に
廃屋と化していたでしょう。
「コホン……そういったワケでございまして、
その間この教会の管理、職務、運営を
任せられておりますのが、
私、シスター・マリアとなるのでございます」
「それでシスター・マリアさんが懺悔室に……」
「シスター・マリア、でよろしいですよ。
まだまだ若輩者ではございますが、
私、この歳17になるまで神父様のお側で
教えを叩き込まれております。
不安かつ不満とは思いますが、
もしよろしければこのまま告解を
お続けになるのは如何でしょうか?」
すると仕切りの向こう側で、安堵した声が聞こえました。
「ああ、良かった。
聖ジーク様の一番弟子様なら安心だ。
是非聞いていただけますか?」
一番弟子……というか、この教会には
シスターは私しかいないのですが……。
それでこの方が心安まるのなら、
黙っているのも女神ルピア様はお許し下さるでしょう。
「じゃあ……改めて懺悔致します、シスター・マリア。
……実は……僕は……お、臆病者なのです!」
彼はその心を引き絞るような悲痛な声で話し出しました。
「大丈夫ですよ。
御自分の弱さを知る者は臆病ではありません。
真に臆病な者とは自分の弱さで
相手を傷つける者なのですから」
「ハハ……なら僕はやっぱり臆病者だ……」
自嘲の混じった空虚な笑い声でした。
「僕は……その……勇……じゃなくて……
あの、とある『大いなる使命』を与えられた者なのです」
大いなる使命?
普通の会話ではまず飛び出さないワードが飛び出しました。
てっきり私は麓の村の方かと思ったのですが……。
いえ、それにしては神父様の放浪癖や
留守をご存知なかったし……。
旅の途中に立ち寄った方でしょうか。
「でも……その使命は……僕なんかには重く、
大きすぎる使命なのです……
正直に言います!
僕は今すぐにでも逃げ出したい!」
「それは……どのようなモノなのでしょうか?
具体的には何をしなければならないのですか?」
すると大きな大きな「はぁぁぁ……」という
長い溜息が聞こえました。
「……主にやることは闘うことです。
闘って闘って闘って……
夜も寝ないで闘うこともあります。
生傷や骨折なんかはしょっちゅうです。
……偶に死ぬことさえあります……
全部魔法で元通りになりますがね……ハッ!」
全てを憎むような鼻を鳴らす音でした。
しかし……闘う?
しかも時に死ぬことすら?
冒険者の方でしょうか……こんなに幼いのに?
「大体僕は闘うことも痛いことも好きじゃないんです……
僕は、僕は父さんと母さんと牛や馬を世話して
のんびり暮らしたかったんだ……
なのにあの女……
何が使命だよ……何が運命だよ……
ふざけんな……ふざけんなよ……」
色々思い出したのでしょうか……。
段々声に怒りや憎しみが滲み出しました。
これはいけません。
女神ルピア様は平和と平穏を尊ばれます。
彼の心を鎮めなければ……。
「貴方の憤りは尤もです。
穏やかな暮らしを突如奪われたのなら
怒りを覚えることもありましょう」
恐らく魔物によって村や家族を奪われた方なのでしょう。
この辺りはまだ平和な地ですが、
魔王軍による各地への被害は
増える一方との知らせをよく耳にします。
「それにあのヒゲ……たった銅貨100枚って……
ケチ臭えクソヒゲめ……
それっぽっちじゃ鉄の剣すら買えねえよ……
ただの木の棒を手に魔物を相手にすんのがどんだけ怖いか……
クソ……テメェがやればいいんだよ……」
彼はまだブツブツと呪詛のような憎しみを呟いていました。
さぞかし嫌な目に会い続けたのでしょう。
「大体たった5人であんなの相手にしろとか無理だっつーの……
煉獄のブレイザー将軍相手に
各国の軍隊がどんだけ蹂躙されたか……
わかってねーんだよあのクソヒゲ……」
そうですよね。
ブレイザー将軍と言えば魔王四天王の一角。
彼一人に相手にいくつの国が炎の中灰と化したか。
そのブレイザー将軍ですら
『フッ、更に絶望を与えておいてやろう人間共よ。
我こそは四天王の中でも最弱。
つまり、我より……いや我などとは次元そのものが違う者達が、
あと3人はいるのだ。
そしてその上に立たれるのが我らの魔王様……
この意味がわかるかな?』
等と丁寧に説明して下さりまして。
この百年世界的に大きな戦争もなく、
半ば貴族の方々のステータス代わりになっていた軍の皆さんは
それでポッキリココロが折れて……「ってンンンンンンンンンンンンンンン!???」
「ひゃっ! どどどどうしましたシスターマリア!」
『煉獄のブレイザー将軍』を
『たった5人で相手をする』よう運命づけられた
『大いなる使命を命じられた者』と言えば……?!
私は幸い夜目が効きますので、仕切りの奥を……
つまり、相手の告解者を隙間からじーっと眺めてみました。
この地方では珍しい黒い髪に黒い瞳。
動きやすいよう改良された特徴的な鎧。
飛び上がる不死鳥の像を鍔にした長剣。
そして額に輝くその印。
勇者ァァァァァァァァァァァァァァァ!????
対魔王戦用人類最終切り札勇者ァァァ!!!
あわわわわわわ、
なんで人類規模の有名人がこんな片田舎の教会に……
って神父様か!
あの人も有名人ですからね!
そういえば神父様を尋ねて来たって言ってましたね!
落ち着いて、落ち着くのですシスター・マリア。
落ち着いて状況を整理しなさい。
まず相手は勇者様。
うん、これはもう大前提として認めましょう。
で、その勇者様は神父様に告解しにいらした。
で神父様がいないから私が代わりに……
代わりに告解を聞かなければ? ならない?
そして?
悩める勇者様を導かなければ? ならない?
無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ィ!!!
そんな超大役無理!
そりゃあ神父様に付いて17年。
あの方の教えは身に染み付いてはいるけど、
ただ『それだけ』。
神父様の猿真似がいいトコ精一杯。
そんな私に人類を代表して
闘ってらっしゃる勇者様のお悩みを聞いて
解決するとか不可能にも程があります!
『夫婦喧嘩を仲裁して欲しい』とか
『ともだちにウソをついちゃったの』とか
そんなレベルの懺悔じゃないんですよ?!
「シスター? シスター・マリア?
どうされましたか?」
「あ、も……申し訳ありません勇……
ゆ、ゆうべき言葉を思案していたもので……」
「なるほど、流石は賢者と呼ばれた聖人、
ジーク様の一番弟子様でいらっしゃる」
だからー、ここにはシスターは私一人しかいないのー!
しかも弟子っていうより身の回りのお世話をしている……
言ってみれば家政婦みたいなものですし!
神父様は確かに素晴らしい方ですが
生活能力皆無な方ですから。
よくあれで放浪なんて出来るものです……。
いやいやいや、
現実から逃避してどうするのシスター・マリア!
えーと、えーとまずは……
そう、神父様の教えを思い出すのです。
──いいですか、シスター・マリア。
人というのは自分の話を聞いてもらいたいものなのです。
まずは相手の言葉を一言一句聞き逃さないようになさい。
人は必ず真と偽、誠と嘘を使い分けます。
それを見極め、
相手がどんな言葉を欲しているか考えなさい──
まず……勇者様は何て仰った?
『あの……どうしても世界を救わなきゃ駄目なんでしょうか?』
アカン……。
これアカン。
マズい……めっちゃマズいやつだ……。
答え次第では世界がヤバイやつだ。
女神ルピア様、今こそ私をお救いください!
私のアドバイスで世界がヤバイです!
間違いなく胃に5、6個穴が空いた感覚を覚えながら、
どうしたらいいか必死に神父様の教えから
答えを探しだします。
──いいですか、シスター・マリア。
あらゆる悩み、苦悩、苦しみには理由……原因があります。
懺悔する相手は意識していなくとも、
必ずそれを言葉の隙間に隠しているもの。
それをすくい上げるのです──
勇者様が世界救うのヤになっちゃった理由……理由……。
『主にやることは闘うことです。
闘って闘って闘って……
夜も寝ないで闘うこともあります。
生傷や骨折なんかはしょっちゅうです。
……偶に死ぬことさえあります……
全部魔法で元通りになりますがね……ハッ!』
あ゛ー…………言ってたわー。
理由がっつり言ってたわー。
そら嫌にもなるわー。
年端もいかない少年が世界救うなんて重荷背負わされて、
挙げ句夜昼ない闘いの毎日……。
しかも訓練や稽古じゃない、
生き死にがかかったガチサバイバルの連続。
おまけに下手したらどころか、
この言い方何回も死んでるわー……。
ハッ! いけない、いけないですよシスター・マリア!
下品な口調になってますよ!
えーと、悩みの原因がわかったら
どうするんでしたっけ?
──いいですか、シスター・マリア。
悩み、傷付いた人々は救いを、
癒やしを求めているものなのです。
それを相手の態度や口調から探りあて、
それをもって優しく相手を包み込むのですよ──
勇者様の救い……癒やし……。
一体何を与えたら勇者様はモチベを回復される?
『大体僕は闘うことも痛いことも好きじゃないんです……
僕は、僕は父さんと母さんと牛や馬を世話して
のんびり暮らしたかったんだ……
なのにあの女……
何が使命だよ……何が運命だよ……
ふざけんな……ふざけんなよ……』
あの女……。
あ の 女……。
『勇者に使命を告げる女』……。
女神ルピア様だコレ──ッ!!!
どーしてくれんですかコラ女神様!
私あなたのせいで今最大級のピンチです女神様!
何故! どーして! 毎日お祈りも欠かさず、
供物も欠かさず、貴女の教えを守って
日々暮らしてきたとゆーのに!
アレですか? こないだ像を磨いてた時、
手ー抜いて乾拭きだけで済ませたからですか?
それにしちゃこれはアンマリすぎませんか?
ってゆーかこの教会も女神ルピア様祀ってますよね?
教えを説いてますよね?
その対象が原因て下手したら勇者様、
この教会にもキレかねませんよね?
ほら! 勇者様あからさまに目がアレですもん!
こうプッツン来る5秒前ですもん!
三日寝かさなかった発情期の牡牛みたいな
虚ろな目してますもん!
ヤバイヤバイヤバイヤバイ。
兎も角やるべき方向は見えました。
①……まずそんなプッツン直前勇者様を落ち着かせる
(最低でも理性的な対話が出来る程度に)
②……モチベマイナス状態の勇者様のテンションを上げる
(でなければ勇者様は対魔王戦線からブッチして
逃げ出し兼ねない=人類は敗北する)
しかも懺悔室に来る方は大体身バレを嫌がるもの。
ましてや相手は全世界の希望の星勇者様ですよ?
③……絶対に、ぜーったいに
『こちらが相手が勇者様だとバレているとは、
悟らせてはならない』。
何だこの無理ゲー。
あ、また胃に穴が2個くらい追加された感覚☆
えーと……えーと……
助けて女神ルピア様……ってアンタが原因なんだよアンタが!
じゃあ助けて神父様!
──いいですか、シスター・マリア。
我々は万能ではありません。
女神ルピア様ではないのです。
世には様々な苦悩や懊悩、絶望が溢れていますが
それら全てを救い、導き、正しい答えを出すのは不可能です。
つまり何が言いたいかというとですね……
『ヤバかったらトンズラこいちゃえ☆』
時間が解決してくれることもたまーにあるってことです。
なに、人類滅亡するわけじゃなし、
全速力でトンズラこきなさい
きなさい なさい さい(エコー)──
だから! 人類が! 滅ぶか否かの間際なんだよ!!!
使えねぇ! 使えねぇよ師匠!!!
駄目だ……
駄目だ……もう誰も頼れない……
逃げ出すことも出来ない……
こうなったら……
こうなったら……!!!
「それっぽっちですか?」
「へ……?」
「貴方が胸に抱えてるものは
それっぽっちで全てなのですか?」
「あ゛!? ……なんだと?」
こーなったら
開 き 直 っ て や る !!!
「闘うのが嫌だ。死ぬのが嫌だ。
その程度でしたら冒険者の皆さんはどうなりますか?
いえ、貴方は無理矢理この状況に引き込まれたのでしょう。
ですから自由意思で危険な世界に飛び込んだ
冒険者とは違いますね。
では国を守る兵士の皆さんはどうですか?
彼らとて仕事です。
仕事とはいえ国の為、家族の為、
友人、恋人、隣人……大切なモノの為に
自ら剣をとったのです。
いえ、取らざるを得なかった。
彼らだって死にたくないはずです。
生き延びたいはずです。
それでも彼らは最期まで闘い続けています。
貴方はどうですか?
恥ずかしくはないのですか?」
あはははははは!
もうどーにでもなあーれ!
「ふざ……けんな……。
ふざけんな……。
ふざけんなよ!!!
アンタに! アンタらに何がわかる!
何がわかるんだよ?! えっ!?」
わー、勇者様なんか身体中からバチバチ放ってる〜。
花火みたーい。キレー。あははは。
「食う物がなくて毒虫喰ったことがあるのかよ!
人気を妬まれて同じ人間から暗殺者を送り込まれたことは!
自分が消し炭になってく感覚を覚えてながら
蘇生された瞬間の気持ちがわかるのかよ!
わかるっていうのかよ!」
スゲー、人間て本当に血の涙を流せるんだ。
私初めて知ったわー。
「砂漠越えの直後少しだけ休ませてもらおうと立ち寄ったら
村人に便利にコキ使われたことは!
王族の人気上げのプロパガンダにされたことは!
眺めてく貴族様は客寄せの珍獣を見る目付きだわかるか!?
わかんのかよ!!!」
わー、●歳の子供に闇見せすぎー。
そりゃPTSDるわ。
人間不審にもなるわー。
自分の存在意義グラングラン揺らされるわ。
勇者様は肩で息をしながら、
人類全てを憎むように呪詛の言葉を吐き続けました。
「わかるか……グスッ……わがるのがよ……。
ううっ……もう嫌だ……。エザルタの村に帰りたい……。
帰りたい……」
泣きじゃくる勇者様に私は言い放ちました。
「わっかるワケねぇじゃん、ぶわぁぁぁぁか!」
「な──ッ!?」
「ねぇ貴方、親は?」
「へ?」
「親はいるかって聞いてんの!
いるの? いないの!?」
「え? あっ……あの……い……ます……」
羽虫の鳴くような声。
「あ゛ぁ!? 声が小せえ!」
「います!!!
はい! います! 故郷に二人!
父も母も健在ですはい!」
「フーン、それって実の親?」
「えっ? あっ、は、はい!」
慌てたような勇者様に
アタシは少しだけ昔語りをすることにした。
「アタシゃね、親に捨てられたの。
この教会の前にね。
まだへその緒もついてた状態だったとさ」
「えっ? あっ……はい……」
「でさ、アンタ。私の気持ちがわかる?
本当の親のツラも、テメェの名前すらつけられず
ゴミみたいに捨てられたアタシの気持ち、わかる?」
「あ、えっと……その……」
勇者様はモゴモゴと歯にモノが挟まったような
──アタシの身の上を知った連中が
揃って浮かべるような表情で──返答をごまかした。
「わかるかって聞いてんの!」
「わっ……かりませっ……ん!!!」
んー、よしよし。
今度は腹の底から声が出たじゃねぇのさ。
「だよな? 他人が何考えてるかなんざ、
何に苦しんでるかなんざ、フツーはわかんねぇんだよ!
言葉にしたってな!
ま、伝わるのは3割ありゃいいってモンさ」
「3割……」
って神父サマは言ってたけどね。
アタシャそれでも多すぎだと思ってるケド。
「ちなみにアタシの気持ちはな?
超────ッ絶ハッピー!!!
幸せ絶頂ってカンジ。
ガキ捨てるよーなクソの顔も覚えてねぇし!
あんな素晴らしい神父様に拾ってもらえて、
素敵な名前までいただけた!
もし逆にそんなクソの元で育って、
クソみてぇな名前つけられてたら
今頃アタシャ殺人犯でお尋ね者さ!
だからアタシは超絶ラッキーってわけ!」
勇者様は間抜けみたいな声で「は、はぁ……」とか
抜かしやがる。だから、
「なに? アンタ、私が
『あぁ……親に捨てられて……私はなんて可哀想なんだろう』とか
自己憐憫に浸ってるとでも思った?
アタシがそんなクソ共の思いのままになるワケねぇでしょ!
ザマーミロって笑い飛ばしてやるわ!」
そう、それが嘘偽りないアタシの本心。
「アンタがクソみたいな目に合いまくって
クサってんのはわかるよ。
そりゃその歳だ。クサりたくもなるだろうさ。
でもね? アンタ一つだけ聞きたいンだけどね」
「は、はい! なんでしょうか!」
「アンタ、その使命とやらに選ばれて
クソな出来事ばっかだったのかい?
イイコトや心踊るコト、
美しいモノ、
素晴らしい人には出会わなかったのかい?
一度も? 一つも? 一人も?」
「そ……れは…………」
「それは?」
勇者サマったらそのまま黙りこんじまったい。
何やら色々思い出しているみたいだった。
「……がう……」
「え? 何? 聞こえ──」
「違う!!!」
先程までとは違う、『生きた』声。
ンだよ、やりゃあ出来ンじゃねぇか
「ゴザの谷の雲一つない星空……
ミールドの村で助けた親子……
天空大陸での日々……
他にもいっぱい……いっぱい……それに……」
「それに?」
「皆に! 皆に出会えた!
騎士のフランシスカ、
魔法使いのレイラ、
僧侶のティナ、
シーフのアカリ……
皆に、僕らのパーティーに!」
ん? 気のせいかなんか女の名前ばっかだったよーな……。
ま、いいか。
「なんだよ、クソばかりじゃねーじゃん」
「ですね……。そうでした……。
僕は、僕のこれまでの日々は嫌なことばっかじゃなかった……
なんで……なんで忘れてたんだろう……
こんないっぱい……いっぱい……」
途中から涙声になっていたが。
まっ、さっきよかは随分マシじゃねーの?
「アンタはクソ真面目過ぎなんだよ。
屁みてぇに嫌なこと溜めすぎて、
イイコト思い出す余白がなかったってダケの話さ。
たまにゃ、そのココロ、ガス抜きしなきゃな?」
「ガス抜き……ですか?」
「どーせヤなことも辛いことも
自分独りでタメ込んでたクチだろ?
たまにゃ周りに吐き出したり、
助けてもらってイイんじゃね?
頼れる仲間、いんだろ?」
「ハイッ! あ……でも……いいんでしょうか?
勇し──いえ、僕がそんなことしても……」
はぁ、この勇者様は
ガキの癖にクソ面倒くせぇなぁ!
「イイか? 本当の勇気ってのはなぁ、
弱さを見せねぇコトじゃねぇ。
弱さを隠さずに、
そっから乗り越える奴のコトを言うんだゼ?」
「シスター・マリア……」
勇者様はそのまま黙り込んだまま、
プルプル震えだした。そして……
「か……か……」
「か?」
「感ッ動しました!!!
シスター・マリア!」
ふへ? え? 何?
勇者様壊れちゃった?
「流石です!
流石賢者の誉れ高い聖人ジーク様、
その一番弟子様!
こんなにも力強く、激しく、明快な教えは初めてです!」
えっ、あっ……はい……。
アレで良かった……の???
わっかんねーな勇者。
「あ……あの……」
ん? 勇者様は何やらまたモゴモゴと口籠っていた。
「シスター・マリア……
僕は……その、やっぱり臆病者……ですから。
また……こんな風に目が曇って、
怯えて、歩けなくなってしまうと思います……
あの……その時は、また……
また『懺悔』しに来ても……
よろしい……でしょうか?」
はぁぁぁ……。
思わず溜め息をつきたくなるのを懸命に抑える。
「あのねぇ……」
こんな超Sクラスな面倒は、厄介事は、不幸は
あと人生が10回巡ったってゴメンだ。
「なんの為に教会が年中門戸を開けてると思ってやがんの?」
でも……ま、それがアタシら聖職者のお仕事だ。
『求めよ、さらば与えられん』
女神ルピア様の唯一にして絶対の教え、だからねー。
まあ、しゃーない。
勇者様は何度もお礼を言いながら、
来た時とはまるで別人のよーに
軽やかに帰っていかれましたとさ。
「………………よし、行ったね……」
その姿が見えなくなって数分後。
私は全速力でダッシュする。
扉を蹴り開け、
その真っ白な便器に向かい、
そして────……
「げ………………お゛ぼろ゛ろ゛ろ゛ろ゛ろ゛ろ゛──……
エレエレエレエレエレ……」
悲鳴を上げ続けた胃から
盛大にゲロをブチ撒けたのだった。
「ハァ……ハァ……やってられっか畜生がァアアア!!!
うぷっ……あ、まだ駄目……出ぼろろろろろろろ……」
◆ ◆ ◆
──そして翌日……。
吐きすぎて胸焼けを起こし、
何も喰えな……喉を通らないという最悪な状態で
目が覚めました。
お腹の虫がまるで魔王の軍勢の足音のように轟く中、
静謐な朝の聖堂で私は女神ルピア様の像に祈りを捧げました。
日課ではあるのですが、今日はより念入りに。
「女神ルピア様……
私は昨日、迷える子羊の為とはいえ、
沢山の下品な言葉を使ってしまいました。
罪深い愚かなこの私を、
どうか慈悲の御心でお赦し下さいませ……」
祈りを済ませてから、経典でも読んで、
今日は一日ココロ穏やかに、
落ち着いて過ごそう……そんな風に思っていると……。
チリンチリーン……澄んだ鈴の音が聞こえてきました。
これは懺悔室の中に告解したい人が入って、
奥にいる神父様を呼ぶ合図。
そう、懺悔室はぷらいばしい保護──と神父様は
仰っていました──の為にこうして相手の顔を見ないよう、
二人が鉢合わせしないよう作られたサービスなのです。
私は「またなの?」とか
「昨日の今日だぞ?」と思いながら、
神父側の懺悔室に入ります。
「ようこそウーノ村教会にいらっしゃいました。
私は当教会のシスターでございます、
マリア・ルイーゼ・ベルトと申します。
大変恐縮なのですが、
神父であるジーク・ケインズ・ベルトは
只今伝導の旅に出かけております。
私はその間の留守を預かる者。
師の教えはこの身体に染み付いております故、
もし私でよろしければ、お話お聞きしますが?」
すると地の底から響くような、
圧を感じる凄まじいバリトンボイスが……。
「自己紹介ご苦労である。
余の名は魔王ギガレスト。
全ての魔を率いる者也。
ここは悩みを話す場と聞いたが?」
は? ギガ……何? 魔……王???
「実は余の部下がな……
言うことを聞いてくれんのだ……はぁ……」
は、はははは……。
「っざけんなァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
アタシの魂からの叫びが教会中に響き渡ったのだった。




