第十七話「暁の光」
拝殿の入り口前、絡繰装具部の男子二名が、全体を布で覆われた大荷物を動かしている。荷物の下には車輪が付いているようだが、かなり重いのか、体重を乗せて押してもじわじわとしか進んでいかない。
「貴様らッ! 気合いを入れんかッ!」
天羽はただでさえ重そうな荷物の上に立って、煽るように大声を出している。お祭りの山車みたいだね。
「副部長も手伝ってくださいよ〜〜」
「馬鹿者ッ! 重き馬荷に上荷打つ、と昔から言うだろうッ!」
「それ、苦しいことが重なった時のことわざですよ〜」
ようやく荷物が拝殿に入ると、男子部員二名は荷物にもたれかかって、ぐったりしてしまった。これから歌合なのに大丈夫なのかな。
絡繰装具部の進軍速度に仕方なく合わせて後を歩いていた苑紅と蒼空、琴葉の三名も拝殿に入り、絡繰装具部に向き直った。
天羽は荷物の上からぴょんと飛び降りると、腕組みをして苑紅を睨みつける。
そして、大太鼓の音が鳴り響いた。
「開始めッ!」
試合開始の掛け声と同時に、両陣営の体が粒子となっていく。
わっ! 私も粒子化するのか!
体が解けるような一瞬の感覚の後、見覚えのある部屋に出た。
あれ? というか、移動してない……?
「ここ、同じ部屋っすね。天羽先輩たちはどっか行ったっぽいすけど」
「両チームをばらけさすのが目的だし、まぁ、こういうこともあるよね」
「ちぇー。何か損した気分っす」
「さて」と苑紅が中庭の方に顔を向ける。
「苑紅さん! 封印解除ですね! 緊張します!」
「変身っすね!」
「待て、お前ら」
気合い十分の蒼空と琴葉を、苑紅が制止した。
「どうしたんすか?」
「このまま行くぞ」
苑紅には何か策があるのか、封印解除しないまま、中庭に向かう扉をくぐった。
蒼空と琴葉は少し困惑した様子を見せたが、苑紅に従い、後を追う。
中庭は隅々まで手入れされており、新緑の木々と色とりどりに咲く花が美しい。
その庭園の奥に、絡繰装具部の三人が仁王立ちで立っていた。
背後には、巨大な鎧武者の顔が見える。その大きな頭の下から、機械でできた鳥足関節の二本の足が生えていた。
あの大荷物はこれか。ロボットかな……?
「苑紅ッ! 臆さずによく来たなッ!」
中庭に響いた天羽の声に、苑紅が小さく笑う。
「さあッ! 革命の寵児たりえるかッ! 貴様らの力見せてもらうぞッ!」
「ああ! 全力で行くぞ!」
天羽に見せつけるように、苑紅が全身に詠力を纏う。
「そっか! 実戦での最初の錬成! 天羽先輩にお披露目するわけっすね!」
「そ!」
なるほど。今回の多重錬成の装束制作から、ベランジェールの修理まで、色んなことで絡繰装具部にはお世話になってるもんね。これが苑紅なりの敬意の払い方か。
苑紅に続き蒼空も詠力を纏って、二人は準備万全となる。遅れて琴葉も、たどたどしいながら詠力を纏った。授業や部活であれだけ練習してたけど、実戦での琴葉のウタってこれが最初かも!?
苑紅が腰から取り出した扇子を前方にかざし、蒼空は眼前で両手を合わせ、琴葉は両腕をクロスさせて空手の構えを取る。
『翠雲の扇は時に天つ風、鈴なり樹雨 勇花の開く』
『暁の光は朝を、木を、水を、空を、彼方を、詩をかたどる』
『言の葉の舞い散る森の雪解けに一輪は静けさにひらいた』
三人の足元に詠力陣が浮かびあがると、無数の白く輝く粒子が全身を包み、そして弾けた。ついに二重錬成のお披露目だね!
鮮やかな緑の生地に、金織桜模様の刺繍。
両手には分厚い鉄板を「く」の字に曲げただけの無骨な手甲を付けた琴葉が、両腕を交差させ、「押忍!」と威勢よく声をあげた。
静かな海に光が差すような深い青の地色。金色の花唐刺繍の入った装束に身を包み、蒼空がニッと笑いながら現れた。装束の腰にはツールバッグがいくつも付いており、サバイバルに長けた探検家のようだ。
そして、真っ白なサラシを胸にきつく巻き、黒のレギンスに紅いスニーカーという軽装の苑紅は、見事な花と鶴の刺繍が入ったドテラをバサッと両肩にかけ、大きな鉄扇を前方に開いた。
かっ。
かっけぇ〜〜!
やった〜〜。第三短歌部だ〜〜。
そういえば、ファンクラブがあるって言ってたな。入りてぇ〜〜。
「よしッ! 実戦での錬成、問題はないようだなッ!」
「ああ、おかげさまで!」
「よかろうッ! 者共ッ! 搭乗だッ!」
絡繰装具部の面々が、バタバタと備え付けのはしごをつたい、巨大な鎧武者の頭の上に移動していく。
どうやら運転席になっているようで、天羽を先頭に男子部員二名が後部座席に座り、ゴーグルを装着した。
「ギガントYUKIMURAッ! 発進の儀ッ!」
絡繰装具部の三人が詠歌する。
『黒鐵の轟く城ぞ、日の本を守る心が波濤を越える』
「うお! ロボット起動するっすよ!」
「油断すんなよ」
短歌を詠み終えると同時に、鎧武者の両目が赤く光った。
鎧武者は、鳥足関節の両足を伸ばし立ち上がる。
「ふはははッ! 苑紅ッ! こいつは我々の最高傑作、汎用武者型殺人兵器、ギガントYUKIMURAだッ! これはまさに移動式要塞であり、数多の凶悪な武装を……」
「うぉぉぉぉぉ!!!!」
「オラァッ!」という掛け声とともに、炸裂音が鳴り響いた。
琴葉がロボットの横っ面に放った強烈な一撃で、ギガントYUKIMURAは大きくたたらを踏んで傾いた。
「わわわッ! き、貴様ッ! 何をするッ!」
「え!? ご、ごめんなさい! まだ駄目でした?」
「ふははははッ! 良いッ!」
ロボットの頭上で天羽は偉そうに笑っている。
「ギガントYUKIMURAの装甲の厚さを理解しておらぬようだなッ! 貴様の素っ頓狂な攻撃では傷一つつかんわッ!」
「副部長〜〜。側面がへこんじゃいました〜〜」
「なんだとッ! あーッ! ほんとだーッ!」
YUKIMURAの頭上で絡繰装具部の三人がギャーギャーと騒いでいる。
「琴葉の渾身の一撃であの程度のダメージか」
「すげーっすね!」
苑紅と蒼空が関心するなか、琴葉が心配そうにYUKIMURAに近付いた。
「あの、大丈夫ですか?」
「貴様ッ! 歌合の真っ最中だぞッ! あっちいけッ!」
「はい! ごめんなさい! でも! 皆さんに作ってもらったこの新しい装束! こんな硬いものを全力で打ったのに、びくともしてませんし、拳も痛くありません! ありがとうございます!」
「ふふふ、良しッ! 上出来だッ! 第三短歌部ッ!! そろそろ本番だッ! 心せよッ!」
苑紅が鉄扇をジャッと閉じ、ニヤッと笑う。
「おし! いつでもいいぞ!」
「見せてやるッ! ギガントYUKIMURAの圧倒的パワーをッ! やれいッ!」
「はい!」
苑紅たちが警戒し防御態勢を取る。
そして、天羽に指示された絡繰装具部員が詠歌した。
『山いかば、四方は雪路に薄い月、燃える忠義ぞ興亜の凱歌』
ん? この詠力、攻撃性がない……?
苑紅と蒼空も返歌は行わず様子を見ている。
詠力陣が出現すると、ロボットの右足が光り、一歩前に足を進めた。
すぐにもう一人の部員が詠歌する。
『海いかば、屍を波に沈めても、甲鉄艦の忠義ぞ引かぬ』
今度は左足が光り、前に足を進めた。
「えぇ……。天羽、もしかしてこいつ、一歩進むごとに詠わなきゃいけないの?」
「その通りッ! 禁止装具ルールの限界がこれであるッ! しかしッ!」
右足担当の部員が改めて詠力を纏う。
「苑紅さん! 次のウタはやばいっす!」
「あたしが返歌する。蒼空と琴葉は翼廊側に距離を取れ!」
苑紅はYUKIMURAに正面から対峙し、蒼空と琴葉は中庭の左右にある翼廊への入り口に素早く移動した。
右足部員が詠歌する。
『散り勇め、尺余の銃に大和魂 放つ合図は非天の狼煙』
『夕立と逆さの虹と勇ましく歩くあなたの笑顔がきらい』
苑紅が完璧なタイミングで返歌を行った。
鎧武者の両目が再び強く光り、大きな顔の両サイドから腕が生える。ニョキニョキと伸びる腕には関節がいくつもあり、その先にガトリング砲のような武器が付いていた。
「行けッ! 阿修羅機関砲だッ!」
バルカン砲が苑紅を狙った時、開いた鉄扇の羽根が連続的に一枚ずつ飛び、空中に静止し回転しはじめた。
これは、衡也戦で見せた衛星型の防御だね!
YUKIMURAのバルカン砲が高速で連射を始めるが、苑紅の前方で回る鉄扇の羽根が、ことごとく弾丸を弾き落としていた。
「蒼空!」
「押ー忍!」
蒼空が俊足を活かして走り、死角からYUKIMURAの背後へ回りながら詠歌する。
『早熟のひまわりが咲く太陽に届け届けと背伸びで笑う』
「後ろだッ! 防御ッ! 防御ッ!」
YUKIMURAの片方の手がぐるりと回り、走りながら詠う蒼空を狙う。
バルカン砲が撃たれる直前、蒼空はYUKIMURAの真下に滑り込み、地面を平手で叩く。
一気に詠力陣が開くと、中央から巨大な向日葵の花が伸び、YUKIMURAの底部を突き上げた。
「わーッ! 立て直せッ!」
「メーデー! メーデー!」
しかし、空中に浮かんだ鎧武者めがけて、すでに琴葉が飛んでいる。
琴葉は力強く体を捻り、強烈な回し蹴りを空中で叩き込んだ。
YUKIMURAは弾き飛ばされ、中庭の大きな木にぶつかり静止した。
流れるような連係プレー! いいぞ第三短歌部!
「おし!」
「ぶっ壊れたっしょ、これ!」
YUKIMURAが激突した周辺には土煙が舞っていて、うっすらと見える巨体の影はぴくりとも動かない。
終わりか……? と思ったその時、身の毛もよだつような、おどろおどろしく強い詠力が発生した。苑紅と蒼空の顔に戦慄が走る。
『悠久の般若新武の天誅は無敵の巨砲、撃ちてし止まん』
土煙の中から聞こえた天羽の詠歌に合わせて、すぐさま苑紅と蒼空が返歌を行う。
『叢雲が夜を渡って月ひかり美しいから君に逢えない』
『罪人は虚空を流れ身を委ね終わりの八つ辻路に向かう』
YUKIMURAの詠力が大きく増幅した直後。土煙を割り、琴葉に向かって一直線に巨大なエネルギー波が放たれた。これ、籠持が設立試験で使った般若砲!? でも、あの時よりも数倍でかい!
エネルギー波が到達する直前、琴葉の前に詠力でできた八角形の盾が生じる。すんでのところで助かった琴葉だが、エネルギー波はバチバチと強く弾けながら、みるみるうちに盾を削っていく。あっという間に盾は弾け飛び、入れ替わるように苑紅の鉄扇の羽根が放射状に収束してエネルギー波を受け止める。
が、鉄扇すらも数瞬を稼ぐのみで、すぐに羽根が弾け飛んだ。
「うらぁあ!!!」
すでに走ってきていた苑紅が琴葉を抱きかかえ、横に飛びこんだ。
エネルギー波は苑紅と琴葉のすぐ横で、渡り廊下の手すりにぶつかりバチバチと弾けている。
「逃げるぞ! 琴葉!」
「はい! すみません!」
苑紅が琴葉の腕を掴みあげ、強烈な詠力の炸裂から遠ざかろうとした瞬間、エネルギー波は二人を追尾するように横薙ぎに動き出した。
「マジか!?」
苑紅は掴んだ琴葉の腕を強く引っ張り、中庭から渡り廊下へと続く出入口に琴葉を投げこんだ。その時にはもう、苑紅のすぐそばまでエネルギー波が迫っていた。
「このっ!」
苑紅は渡り廊下の手すりの柱を蹴り、高くジャンプしてエネルギー波を避けた。
しかし、空中で体勢を崩した苑紅は、そのまま落下し地面に激突した。
横ざまに払われたエネルギー波はようやく威力を落として消失する。
「苑紅さん!」
逆方向にいた蒼空と、渡り廊下に投げこまれた琴葉が苑紅に駆け寄る。
苑紅の片足には、びっしりと青い鎖模様が巻き付いており、苦悶の表情を浮かべている。
とっさに蒼空が詠歌を行う。
『夕影は遠く離れて「誰そ彼」と猫はまっすぐこっちを見てる』
三人の姿がぼやけ、霧のように消えていった。
幻覚のウタに紛れ、蒼空と琴葉は苑紅の体を引っ張り、渡り廊下の手すりの影に避難する。
「苑紅さん、あれ当たったんすか!?」
「ああ、避けきれなかったよ。あれはやばいな」
蒼空が手すりの影から中庭の様子を伺う。
YUKIMURAの頭頂の操縦席で、絡繰装具部の面々が何やら忙しそうに作業している。しばらく見ていると、側頭部から大きな筒状のものが吐き出され、また同じ形状のものが装填されていく。
「苑紅さん、鎧武者のやつ、何か砲弾みたいなの入れ替えてるっす」
「あんなでかい威力ってことは、鎧武者を砲身にして、詠力弾が詰めこまれた砲弾を一発ごとに使うってことだろうな」
「俺の盾、全然もたなかったっす」
「触媒なしの単体のウタじゃ、装具全部乗せの、あの詠力弾は防げないだろうな。あたしの扇の防御と合わせても、さっきみたいに一瞬止めるのが精一杯だね」
「苑紅さん、すみません……私……」
「気にすんな琴葉」
作業が終わったのか、中庭では天羽がYUKIMURAの上で仁王立ちしている。
「貴様らッ! これが真・般若砲だッ! 一発ごとに砲弾の再装填が必要になるが、そんな欠点など帳消しにするほど強力無比ッ! 絶対無敵の必殺兵器なのであるッ!」
YUKIMURAは苑紅たちを探しているのか、キョロキョロと首を左右に動かしている。
「あのロボット、歩くのは一歩ずつウタが必要なのに、頭を回すのはウタなしでいけるのか。般若砲が横薙ぎに動いたのはあれのせいか」
苑紅は鎖模様が巻き付いている足を動かして確認する。
「もう素早い動きは無理だ。この足じゃ、ゆっくり歩くくらいしかできない」
「すぐ治すっす!」
「待て。ウタえば詠力で場所がバレる。先手を取られる展開はまずい」
「どうするっすか?」
中庭から天羽の大声が響く。
「隠れて何か企んでいるようだが、このギガントYUKIMURAの詠力レーダーにかかれば、貴様らの位置なぞお見通しだッ! そのうえ、ギガントYUKIMURAの全兵装の再装填は完了済、貴様らの勝ち目はこれっぱかしもないッ! 神妙に降伏せよッ!」
「ウタわない限り、位置はバレないさ。さて、いいか? 二人とも」
「はい!」
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「苑紅は、あの強力な詠力弾を利き足に受けたようだね〜。あれじゃ歩くのが精一杯かな〜」
天月は普段、飄々としているが、歌合については誰よりも造詣が深い。建立連の天眼カメラに映っていなかった部分でも、詠力の質や強さから正確に状況を分析している。
さて、第三短歌部は北翼廊中央付近の手すりの影に隠れて、作戦会議をしているようだ。
「清治はどうなると思う〜?」
「鎧武者の位置取りは散開攻撃を警戒しているようだな。阿修羅バルカンとかいう連発式の詠力銃と、さきほどの大砲の他に、もう一つくらいは兵装があるだろう。苑紅の機動力が失われたのなら、第三短歌部は大火力の連携攻撃はできない。燻り出されて殲滅か、隠れつつジリ貧が続くかだな」
「そうだね〜。でも、きっと蒼空くんが、とんでもないことしてくれると思うんだよね〜」
「第三短歌部は部員が五名しかいない。三人の累計ダメージが規定を超えれば次の試合で即失格だぞ。苑紅が大ダメージを受けた今、危険な賭けを選択する局面では……」
言い淀んだ俺に、天月が笑顔で応えた。
そうだな。草凪がそんな細かい計算をして歌合をするわけがない。
それにあの装束、多重の封印解除ということは、まだ隠し球があるのかもしれん。
その時、手すりの内側から強い詠力が二つ生じた。
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「そこかッ!」
天羽の声に合わせ、後ろの絡繰装具部員が詠歌を行う。
『進むべし決死の時ぞ荒海に向かう敵陣 嗚呼なぐりこみ』
詠歌とともに、鎧武者の目から何本もの細い詠力のレーザーが放たれた。レーザーは空中で鋭く角度を変えながら、手すりを避けて突っこんでくる。
金属と詠力が弾けあう音が響き渡る。苑紅の鉄扇の羽根が回転しながら、レーザーを弾く。このレーザーの火力なら、鉄扇の防御で十分守れる。
無数の羽根に守られながら、苑紅が中庭に抜ける出入口に立った。
苑紅が鎧武者に向かって前進する。これで、もしさっきの般若砲を撃たれたら苑紅は逃げることも守ることもできない……。
「残りの二人で散開攻撃をするつもりだなッ! その手には乗らんぞッ! 苑紅ッ!」
手すりの内側に隠れている蒼空が詠歌する。
苑紅の覚悟を込めた作戦、どうか成功させてほしい。
蒼空は一首目を詠い終えると、即座に二首目を詠う。
「えぇいッ! 何やらウタを重ねがけしているようだなッ! 先に苑紅を始末せよッ!」
『散り勇め、尺余の銃に大和魂 放つ合図は非天の狼煙』
絡繰装具部員がバルカン砲のウタを詠む間も、ホーミングレーザーによる攻撃は続いている。
苑紅はバルカン砲のウタに返歌を詠む。
『押し花のように乾いた笑みでした 渇いた雨の降る朝でした』
鉄扇の羽根に宿っていた詠力の光が再び強く輝き、バルカン砲による詠力弾を防御しはじめた。
YUKIMURAの両腕から高速連射される阿修羅バルカンを、羽根が弾き落としていく。近くで見ると、その防御の正確さがわかる。こんな凄まじい攻撃を、苑紅は撥ね返していたのか。すごい勇気と集中力だ。
ホーミングレーザーが弾切れになると、鎧武者の頭上で部員たちが砲弾の入れ替えを行いはじめた。
その間もバルカン砲による攻撃は続く。とにかく間髪を入れずに攻撃しつづけるつもりだね。
手すりの内側では、蒼空が四首目を詠い終えていた。
そして、蒼空が大きく手を打った次の瞬間、中庭を取り囲む渡り廊下の手すりから、歌儡の大群がわらわらと出てきた。
「あはははは!」
大きな葉っぱや、どんぐりに手足がついた歌儡たちが、楽しげに笑いながら鎧武者に向かって一斉に突撃していく。
「来たぞッ! 迎え撃て!」
鎧武者はホーミングレーザーで苑紅を攻撃しつづけたまま、両腕の機関砲を巧みに動かし、周囲の歌儡たちを狙った。
詠力弾が当たり、消滅した歌儡も何匹かはいたが、大半が小さな体で素早く逃げ回っている。
「やー! やー!」
鎧武者の近くまで来た歌儡が、粘着性のあるものを投げつけはじめた。
「なんだこれはッ! えぇいッ! 蹴散らせッ!」
「副部長! 阿修羅機関砲の腕関節の動きがどんどん悪くなっています!」
「なにィッ!?」
歌儡軍団の樹液攻撃は確実に鎧武者の関節部分を狙っている。
でも、さすがにこれだけじゃ鎧武者の動きを抑えることはできなさそうだな……。
「いました! 草凪蒼空です!」
歌儡の大群に隠れて、蒼空が鎧武者に近付く隙を窺っていた。
鎧武者はすかさず機関砲の銃口を向けようとする。
「くっ。両腕の関節の動きが悪く、うまく狙えません!」
「仕方ないッ! 真・般若砲で苑紅ごと薙ぎ払うぞッ!」
「はい!」
『悠久の般若新武の天誅は無敵の巨砲、撃ちてし止まん』
天羽の詠歌とともに、鎧武者の大きな面が観音開きで開いた。中から出てきた能面は、さらに巧みな木工細工になっており、カシャカシャと動いて般若の面になる。般若は苑紅を見ると、落ち窪んだように見開いた両の瞳から血の涙を流しはじめた。相変わらず不気味なギミックだな!
「真・般若砲、撃てッ!」
般若砲が来る!
苑紅は身じろぎもせず、腕組みをしながら般若の顔を見据えていた。
「おし! あとは任せたぞ!」
直後、詠力の極大レーザーが苑紅を飲みこんだ。
「薙ぎ払えッ!」
そのままレーザーは中庭全体を横薙ぎに回転する。
歌儡の大群はすべてレーザーに飲みこまれ、中庭を逃げ回っていた蒼空も、高速で追ってくるレーザーから逃げようと必死で走るが、あえなく飲みこまれる。
「よしッ! 残り一人だなッ!」
その時、本殿側の廊下の屋根から蜘蛛の糸のようなものを伸ばし、素早い振り子の動きで鎧武者の頭上に蒼空が着地した。
「わッ! 貴様ッ! ここは土足厳禁だぞッ!」
「般若砲が直撃したはずなのに!」
「すみませんっす! すぐ終わるんで!」
蒼空は腰にいくつも付いた小さなバッグから、三センチほどの種子を取り出し詠歌した。
『徒にぽつんと落ちた庭先の春、やわらかい風に吹かれて』
詠歌とともに、種子はみるみると成長し、蔓性の植物が鎧武者の関節をがんじがらめにする。
「機関砲、動きません!」
「琴葉ー、出番だぞー」
蒼空の呼びかけに応じ、琴葉が正面の手すりの影から現れた。その右手は十倍ほどに肥大し、巨人のようになっている。腕の先、拳の部分には赤いスマイルマークの鉄球となり、いかにも凶悪そうな鉄のトゲが何本も生えていた。
腕がかなり重いのか、ズシン、ズシンと一足ごとに重い音を立てながら鎧武者に向かう。
「わーッ! 貴様ッ! それでブン殴るつもりかッ! 真・般若砲の弾を再装填せよッ! 迎撃だッ!」
「はい!」
「あ、駄目っすよ。その砲弾、預かるっす」
「貴様ーッ! 危険装具取扱免許、甲種を取得してから取り扱えッ!」
鎧武者の頭上で天羽と蒼空が弾の取りあいをしているうちに、琴葉が鎧武者の眼前に立ち、巨大な手を後ろに振りかぶった。
苑紅が自ら犠牲になる覚悟で立てた作戦だ! とどめの一撃、頼むぞ! 琴葉!
「わーッ! やめ……」
金属同士がぶつかる時の轟音は、天満宮の空間全体が振動するほどだった。
鎧武者は、琴葉の強烈な一撃に弾き飛ばされ、本殿の壁に激突すると、全身から煙を噴きはじめている。さすがに壊れたよね……?
天羽たちは、今の一撃の衝撃で目を回して気絶している。
蒼空は攻撃が当たる瞬間に蜘蛛の糸を使って避難していた。
「勝負ありっ! 勝者、第三短歌部!」
白逢の勝ち名乗りとともに、蒼空と琴葉が苑紅の元へ駆け寄った。
あの般若砲を直撃で受けたんだ。絶対にやばい……。
「苑紅さん!」
苑紅は全身に、痛々しいまでに青い鎖模様を浮かべている。
規定ダメージは累計だから、次の試合には出れないものと覚悟しての作戦だったけど、こんなダメージだと療治酔いもすごいことになるはず……。
「どいてーー!」
設立試験の時に苑紅たちを治療した尚尚たちが飛んでやってきて、苑紅を囲むようにしゃがみこんだ。
「尚尚さん! 苑紅さん、大丈夫っすか!?」
「呪詛がらみの詠力は出てないけど、ダメージが大きすぎるよ! 下がってて!」
蒼空と琴葉が一歩下がり、心配そうに見守る。
苑紅は自分を犠牲にすることを厭わない選択が多い。歌合のルールのうえで適した作戦だったとは思うけど、こんな戦い方ばっかりしてるようじゃ、この先が心配になるよ……。
それに、次の第三短歌部の試合。あのすごく強い剣術部相手に、苑紅抜きで戦わなきゃいけないんだよね……。




