第十四話「日々の木漏れ日」
「ホオジロの鳴き声に夏の気配を感じる今日この頃! 天気は晴天なれども波高し! 今始まらん、群雄割拠の大戦! 戦いの舞台はここ! 千詠万悦天満宮であります!」
部活対抗戦の時の実況が、マイクを握り、大声でわめく。
はぁ〜。この平等院みたいな建物は、そんな仰々しい名前なのか。
私たちは、千詠なんとか天満宮の前の広場に、出場するらしい部ごとに分かれ、列になって並んでいた。
「実況は私、工藝棟、伝網連三年、柿本馬時がお送りします! 解説にはおなじみ、週刊ジアマリ編集長、野口さんにお越しいただいております! 野口さん、こんにちは!」
「こんばんは」
「はい、こんばんは! さぁ! いよいよ雲雀倭歌学院の名物イベント、部活対抗戦が行われようとしています!」
「色モノイベントとして有名なだけですけどね」
「しかし、今回の大会には、例年を大きく上回る大物の部がいくつも参加していますよ」
「そうですね。哦獣術部なんかは、普段こういったイベントには顔を出さないのですが、珍しい参加となりましたね」
遠くの列では、体高三メートルはあろうという虎の哦獣が存在感を放っている。獰猛な目付きの虎の背にちょこんと跨がる女子生徒は、まるでサーカスの猛獣使いだ。高校の部活イベントで猛獣と戦う羽目になるとは、相変わらずめちゃめちゃな学校だな。
「何といっても今回は! 我が学院の花形中の花形! 第一短歌部が名を連ねています!」
第一短歌部の名が叫ばれると、屋台を冷やかしていた観客たちの間から歓声があがった。
見れば、列の先頭には、射的の屋台をむちゃくちゃにした鳴桧が立っていた。歓声には目もくれず、鳴桧はだらけた姿勢で興味なさげに爪をいじっている。
その後ろには、藍色の装束を着た生徒が二十人ほど並んでいた。
「苑紅さん、何か他の部、人数多くないですか? 第一短歌部なんて二十人以上いますよ」
琴葉が小声で質問した。
「部活対抗戦は出場登録者数が最大で七人なんだ。第一の余分な奴らは、まあ荷物持ちとかパシリとか、そういうのだよ」
「私たち、五人しかいないですけど大丈夫なんですか?」
「最低人数は三人だから問題ないよ。ただ、試合で一定量のダメージを食らうと、次の試合に出れなくなる。もちろん大会専属の療治班が、試合後に怪我は治してくれるんだけど、精神負担を考慮したルールってことらしいわ。で、この大会は三対三の団体戦だから、人数足りないと失格になる」
「え! 私たち五人しかいないから、もし一試合で三人ともダメージ規定量を超えたら……」
「次の試合で失格だね」
「えー!?」
「一人でも軽傷のまま試合を終えたらいい話さ。とはいえ、ギリギリの歌合で、次の試合のことも考えながら戦うなんて器用なことできないからさ、普段通りやればいいよ」
「わかりました」
緊張の表情を浮かべながら琴葉が頷いた時、列の中から不満めいた声が聞こえた。
「おいおいおいおい! あんなでっかい哦獣連れて戦うなんて反則じゃねえのかよ!」
野球部のユニフォームを着た坊主頭が、列に並ぶ哦獣をバットで指しながら言った。
虎の哦獣がゆっくりと坊主頭に目を向ける。
「う……」
坊主頭は怯んで後退りした。
大人しくしているとはいえ、あんなでかい獣に見られたら恐ろしくもなるだろう。
上に乗る女子生徒が哦獣の首元を優しくなでる。
「どうどう。平気だよー」
虎の哦獣は、ゴロゴロと喉を鳴らし気持ちよさそうに目を閉じた。
よく見ると、虎の哦獣の上には女子生徒だけではなく二匹の子犬がいて、坊主頭に向かってキャンキャン吠えている。
さらに、女子生徒の肩の上には眠ったフクロウが止まっていて、頭の上にはガマガエルがふてぶてしく乗っていた。
何だこれは。森に愛された少女じゃん。
「この子たちも七名の参加枠に入ってるよ。哦獣のみでは試合に出られないルールだけど、私が人間の登録者だから問題ない。ちゃんとルールに従ってエントリーしているよ」
女子生徒は哦獣を撫でながら、朗らかな声でそう言った。
「野球部、ルールはきちんと読んだほうがいい」
きれいな黒髪を後ろで縛った別の女子生徒がそう言った。白黒の袴姿に胸当てをつけて、桜柄の弓袋を背負った姿。これは弓道部だな。
「獣は狩れば良い」
弓道部女子の冷ややかな言葉に、哦獣を撫でる女子がにっこり微笑む。
「この子たち、強いんだよ~? 狩れるといいね」
うわ〜。何かもう戦い始まってるなあ。
一触即発のムードに観客たちもざわつきはじめる。
弓道部の列の近くでは、学ランを着た数人の生徒がヤンキー座りをしてタバコを吸っていた。うわ、この時代にもあんな裾の広がったズボン着たヤンキーいるんだ。この世界観で見ると袴に見えなくもないけど。
っておい。タバコ吸っちゃ駄目だろ!
「ガタガタうるせぇんだぜ〜? 良い子ちゃんたちは、おうちに帰ってママのおっぱいをおねだりしたらいいんだぜ〜?」
「へっへっへ。耳の穴から指つっこんで奥歯がーたがた言わせたろかだぜ〜?」
「うるさいぞ、ヤンキー部」
え、ヤンキーの部活動なの。あ、よく見たらあれ、タバコじゃなくて、何かチュッ◯チャップス的な飴じゃん。
短歌の対極にいそうなジャンルだけど、そんな部まであるのか。
「ヤンキー部じゃねえんだぜ〜! 俺たちゃ泣く子も黙る、邪悪同盟☆魔亜瓶立苦だぜ〜」
何だそのネーミングは。
「お前さんたち、やめるんじゃ」
ヤンキー部と弓道部に割って入ったのは、中世の絵画に出てきそうな農夫の男だった。あごにはたっぷりとしたヒゲがたくわえられている。貫禄あるけど、この人も高校生なんだよね……。
「見なさい。この豊かな大地を。いずれここは一面の麦畑になるんじゃ」
何言ってんだこの人……。
「ははっ! 苑紅さん、何かおもしれー人多いっすね!」
「色モノって言ってた意味、わかってきただろ?」
なるほど……。何か少し理解できた気がする……。
「えぇい! 貴様ら! 静まらんか!」
列の前方に設置された朝礼台の上に、いつの間にか誰かが立ってるな。
あ、あれはあれだな。えーと。
「部活対抗戦、開会のご挨拶は、生徒会副会長、宋雅細雪さんに行ってもらいます! 副会長! 張りきってどうぞ!」
そうそう、細雪だ。ユポポにぶっ殺されそうになった女だ。元気そうで何よりだね。
実況からの紹介を受け、細雪は小さく咳払いして朝礼台のマイクに近寄った。
「「貝塚のごとき芥の吹きだまり貴賤競うも あくたはあくた」とでも詠もうかのう。貴様ら、こんな出外れた催しといえども、違反があればすぐにしょっぴくつもりじゃ。せいぜい気をつけることじゃの」
相変わらず不遜な物言いだな。
「特に貴様らじゃ。第三短歌部」
細雪は自信たっぷりな表情でこちらを見た。何だよ。また第三に言いがかりつけるつもりなのか。
「ふっ……ふっ……」
細雪は唇を震わしながら、瞬きひとつせずこちらを凝視している。何か息遣いが荒いな。
「おい、ユポポ。あいつ、何かこっち見てんぞ」
「ん〜? なんだし?」
ユポポが細雪に視線を移したと同時に、細雪は「うぇえ!」と情けない声をあげて朝礼台から飛び降り、そのまま走り去った。
取り巻きの特殊部隊風の生徒たちも後を追う。
「生徒会副会長、宋雅女史による素晴らしいご挨拶でした! 続きまして、第一・第二短歌部顧問、甲賀教諭による開会宣言を行います!」
お、甲賀が喋るのか〜。設立試験で捨て台詞吐いた以来じゃん。
実況に呼ばれると、甲賀がいやらしい微笑みを浮かべながら朝礼台に上がった。後ろにはいつもどおり、茨刀が両手を後ろに組んで控えている。
甲賀はマイクの前で咳払いを一つした。
「えー、木々の新緑、美しい草花が初夏の日差しに映えております。この生気がみなぎる美しい日に……。お……多くの若人たちが一つの目標に向かう事の素晴らしさぁぁぁ! 諸君はたゆまぬ努力を怠らないことが重要でずぎぎぎぎ!」
甲賀は淡々と挨拶をしていたが、感情が溢れ出たのか、後半は歯を食いしばって怒りを孕んだ声に豹変した。
「特に! お前だ! 苑紅!」
甲賀は食いしばった上下の歯をむき出しにしながら、怒ってるのか笑ってるのかよくわからない顔で苑紅を睨みつけた。
早くも開会の挨拶から苑紅への個人攻撃になったよ。何て感情のコントロールが下手なんだ……。細雪といい甲賀といい、公私の見境ないな。
「うはは、すげー顔。苑紅さん見て」
「ひひひひ、アイツのあんな顔はじめて見たわ」
苑紅と蒼空が甲賀の顔に指を差しながら悪そうに笑う。またそんな、相手を逆撫でするような態度を取って……。
「ぐぎぎぎ! そんな態度取ってられるのも今のうちだからな!」
甲賀がパチンと指を鳴らすと、白装束の生徒たちが参加部の生徒や観客席に紙を配りはじめた。
福丸が紙を受け取ると、皆に見えるように紙を開いた。
「トーナメント表か」
「第三短歌部はっと……」
苑紅がトーナメント表に記載された参加部の名前を指で追った時、全員が「え!」と声を上げた。
「絡繰装具部がうちらの一回戦の相手……? エントリーしてたのか」
朝礼台の上の甲賀が、こちらを見ながらニヤニヤと笑っている。
「このトーナメント表は甲賀が考えたのか。仲間同士で潰しあわせようって腹かよ。甲賀の考えそうなことだね」
「苑紅、それにここ。壬辰流剣術部がエントリーしている」
「壬辰流か……」
苑紅と福丸が緊張した声で言った。
「この部、強いんですか?」
「剣術系の部活でもトップクラスに強い部だ。いつもは部活対抗戦なんかに出るタイプの部じゃないんだが……」
「甲賀が出場の依頼をしたんだろうね。うちらを削るために」
てことは、一回戦は仲間同士で削りあわせて、二回戦では最強格の武道系の部活をぶつけ、三回戦で第一短歌部がとどめを刺しに来るって作戦なわけか。よく見ると第一短歌部は一回戦免除のシード枠だ。人材豊富な第一短歌部と消耗の差がある状態で戦うってことか……。
「第一短歌部の出る幕があればいいのだがね! ふはははは! まあ、せぇぇぇいぜい励み給え」
悪の組織の幹部のような言葉を吐きつけ、甲賀は朝礼台を降りていった。
「設立試験での雪辱を晴らす時! 甲賀教諭による、私怨に満ちた素晴らしい開会宣言でした!」
「十分に器の小ささを感じさせましたね」
実況と解説が開会式を進めるなか、福丸と琴葉はまだ心配そうにトーナメント表を見ていたが、苑紅と蒼空、夜鹿はいつも通りの涼しい顔をしていた。
「ま、目標は優勝一択だし、誰が相手でもやっつけるだけだよ」
「天羽さんたちがどんな戦い方してくるかも楽しみだし、壬辰流剣術部ってとこ、すげー強いんでしょ? 楽しみっす!」
夜鹿は黙して語らずだけど、相も変わらず落ち着いた様子だ。
「ところで、絡繰装具部の姿が見えないな」
「んー。また変な装具をギリギリまで調整してんじゃないかな」
そういえば、設立試験の時は暴走した呪いの甲冑を、試験開始直前まで追いかけ回していたな。
今回はどんな変な秘密道具を使ってくるんだろうか……。
「それでは参加部の皆さんは、所定の控えスペースに移動してください!」
実況の指示に従い、列の生徒たちがわらわらと動きだした。
***
「……副……長……!」
「副会長!」
ふぅー。ふぅー。深呼吸。深呼吸。
そうだ。兄様の体操着で作ったハンカチを吸おう。
すぅーー。すぅーーー。はぁ……落ち着く〜〜。
やっぱ兄様の香りはリラックス効果満点〜。
(まいにちがエブリデイです、あのひとのお膝のうえで浴びるこもれび)
な〜んてね。うふふ。
「副会長!」
それにしても、くそー! あの猿! 子どもの猿の賓客! すごく怖かった〜〜。ぴえ〜ん。
今はまだ見るだけで怖いけど、はやく克服してあんな小猿やっつけてやる〜。
そして、兄様に頭なでなでしてもらうんだ〜〜。えへへ〜〜。「ささめ、いい子だ。さすが我が妹。自慢の家族。今夜は宴だ。ぱーりない」なんて言ってくれるかな〜〜。ふわぁ〜〜。頑張らないとな〜〜。えへへ〜〜〜。
「副会長!」
「なんじゃ! うるさいのう! 聞こえておるわ!」
「す、すみません! 何やら取り乱しておられたように見えたもので……」
「馬鹿者。取り乱してなどおらんわ。あの小猿を見て、少々怒りがこみあげただけじゃ。次に彼奴らが罪を犯せば、悪即投獄じゃ」
「なるほど! さすが副会長!」
苑紅め~~。今度なにかしたら、またいちゃもんつけて反省室に入れてやるんだから~。ぷんすこぷん!
***
先程まで開会式をやっていた広場を取り囲むように、いつの間にかひな壇の観客席が設置されていた。
席にはすでにぎっしりと人が埋まっていて、ざわざわと盛り上がっている。
広場には、ふんどし姿の建立連の面々がベンチを運び入れて新たな観客席を作っており、「参加部控え場所」と書いた看板を設置していた。
参加部の生徒たちはそれぞれ近くにあるベンチに荷物を置いて陣取っている。第三短歌部の面々も、近くのベンチに荷物を下ろした。
「すご。続々と人が集まってますね。でも、ここからじゃ建物の中の様子、見れないんじゃないですか?」
「こういう武道場でイベントが行われる時は、あれを使うんだよ」
苑紅が指差した先には、建立連の面々が整列していた。先頭にいるのは、たしか建立連、北原組の大国先輩だ。
大国先輩の前には、何本もの反物がピラミッド状に高く積まれている。
「わ、また巨大な紙人形出すんですかね?」
「いや、千詠万悦天満宮は広範囲だから、結界強度検査は事前に済ませてるはずだよ。今からやるのは……」
苑紅が言おうとした時、大国先輩が大きな音の柏手を打った。
「天眼一越縮緬の儀! 開始めッ!」
大国先輩の掛け声に合わせて、整列した建立連の面々も柏手を打った。
『種々のきぬの織り目は水面凪ぎて静かに時のうつろう』
北原組全員が詠歌すると、周囲に詠力陣が発生し眩しく光りはじめる。
光が高く積まれた反物に注ぎこまれると、それらは一斉に布を広げながら空中に飛びあがった。
無数の反物は、青海波やら牡丹やら、美しい色とりどりの模様を見せつけながら空中を舞いはじめる。
「すげーー!」
「すごい綺麗!」
「なんだしあれ! なんだしなんだし!」
蒼空たちが無邪気に喜びの声をあげる。
私も声にならない歓声をあげた。
ホログラムでもないのに、こんな派手なことができるなんて! 私が住んでた世界にもなかったよ!
無数の反物は布を広げ、観客席を取り囲み、ゆっくりと静止した。
すると、布地にノイズが生じ、色や紋様を切り抜くように黒塗りになった。直後、その黒い部分に建物の内部の様子が映しだされる。
これは、ライブカメラか!
観客席から大歓声があがった。
「すげー! これ、あれの中っすか? 色んな角度の映像が見えるっすね!」
「そ。こういう中に入れないタイプの武道場の観戦はこの形で行われるんだ。それにしても、建立連の儀式は毎度、派手でいいねぇ〜」
ドドンッ! と太鼓の音が響いた。
「審官、昇殿!」
広場側の長椅子に座っていた青い装束姿の三人が立ちあがった。
一人は、設立試験の審判をしていた美人の先生だ。
今回は建物内部が広いから審判が三人いるってことかな。
「白逢先生ー! 結婚してくれーー!」
お堀のような池に囲まれた天満宮へは、広場から赤い太鼓橋で繋がっている。男子生徒からの下世話な声援を浴びながら、三人の先生たちは橋を渡って天満宮の中に入っていった。
「さぁ! いよいよ! 部活対抗戦が開幕します!」
実況席の馬時ががなりはじめる。
私もワクワクしてきたぞ!
「第一試合! 健康美部! 対! 邪悪同盟☆魔亜瓶立苦! 昇殿!」
控えスペースの長椅子に座っていた生徒たちが立ちあがる。
「健康ビブ……? って何すか……?」
「よく知らないけど、健康美について研究してる部だとか……」
先ほどの変なヤンキーたちが、わざとらしいガニ股姿で歩きはじめる。
一方、反対側で立ちあがったのは、規則正しく制服を着こなし、黒髪を後ろできちんとまとめた上品そうな女子生徒たちだ。
「おいおい〜だぜ〜? こんな可愛こちゃんたちが相手かよだぜ〜?」
「おんどれ〜? 鼻の穴から指つっこんで頭の先までぴーこぴこだぜ〜?」
女子生徒たちは、顔を覗きこみながら因縁をつけるヤンキーたちを一瞥し、ふんっと鼻を鳴らすとさっさと太鼓橋を渡り、天満宮に入っていった。
健康美を追求する部とヤンキーが短歌で戦うのか……。
「琴葉はどっち応援する?」
「えー、そりゃ健康美部でしょ。ヤンキー部の人、下品だもん」
「じゃ、俺、ヤンキー部応援する。名前かっこよかったし! まあべりっくだぜ〜?」
変なヤンキーの口調を蒼空が真似し始めた。
くっ! あいつらは蒼空の教育上、大変よくないな!
「おい、ユポポもヤンキー部応援しようぜ!」
「いいだぜだし〜〜! やんきー部がんばるんだぜだしーー!」
ユポポまで変な口調に!
くそ! 頑張れ! 健康美部!
大声援の中、大太鼓の音が轟いた。
「開始めッ!」




