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三十一文字物語  作者: 京屋 月々
第二章 紅花栄
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第十三話「羽蟲の願い」

 学院を縦断する大通りには、左には蒼空そらが通う倭歌やまとうた棟、右には工藝こうげい棟がある。

 その奥には、部の設立試験があった第一・第二短歌部の聡詠館そうえいかんや、職員がたまる社など、色んな建物が建っていた。

 何のための建物かわからないものもあるけど、どれも品のいい寺社仏閣って感じで、何だか見ているだけでありがたい気持ちになる。


 起伏の激しい学院内をさらに進んでいくと、神木しんぼく級の木々が何本も生える森に差しかかった。

 マイナスイオンはでっちあげって、私が生きてた時代に誰かが言ってたけど、そういうのとは無関係に私はこういったパワースポットが好きだ。

 しかし、まぁ歩くな。まだ着かないの? 例の部活対抗戦の場所。


「ほら着いたよ。ここだ。みんな行くよ」


 私の心を読んだかのように苑紅そのべにが話した。

 そこは澄んだ湖と、十円玉の裏? 表? に刻まれた平等院鳳凰堂びょうどういんほうおうどうによく似た建物が見えた。何だこれ美しい! 進学校とはいえ、金かかってんなぁ。


「でかー。広っ! あ、苑紅さん、屋台あるっすよ!」

「おし、昼飯とおやつ、ここで買っていこうぜ」


 お堂の前の広場には、前回の部設立試験の時と同じように様々な屋台が出ていた。聡詠館よりも敷地が広いので、さらにバラエティに富んだ屋台があるようだ。


「うおっ! 金魚すくいある!」

「なにこれ! 魚! 魚、赤いし! 蒼空! 変な魚!」

「ユポポ、お前これ知らねーだろ。金魚すくいっていう遊びなんだぜ。何匹すくってもいいんだぜ!?」

「ほんと!? すごいし!」


 蒼空とユポポの、兄妹のような無邪気な会話に心が和む。


「おいおい、昼飯買うんだろ」

「私もやりたいです!」


 苑紅の冷ややかなツッコミをスルーして、蒼空と琴葉ことはは金魚がたくさん入った青いコンテナの前にしゃがんだ。その間にユポポが割りこんでしゃがみこむ。


「いらっしゃい。一回300円だよ」

「うお……。そこそこ高いな……」

「蒼空君、頑張って!」

「蒼空! 100匹すくうんだし!」


 いつの時代もお祭りの屋台はテンション上がっちゃうよね。

 はぁ、微笑ましいな。


「はい。これポイね。破れたら終わりだから」

「了解っす!」


 蒼空はニッと笑うと詠力を纏う。


 『井戸の底、海を知らない僕たちに』


「おい。ウタ使うんじゃねえよ」

「えっ! だめなんすか!?」

「当たり前だろ。普通にやれよ」

「うっ……」


 ま、ウタ使ったら、何でもありだからね。屋台のお兄さんの言い分もわかる。

 蒼空の田舎の村では、こんな大規模な祭が行われたことはなかったから、テンション爆上がりなのもわかるけどね。

 私の記憶が確かなら、蒼空は金魚すくいをやったことがない。何かの本での知識はあるんだろうけど……。

 あぁ、そんな手付きじゃ……。


「あーっ! 蒼空君! もう破れたよ!」

「あっ……。くそ……」

「なにやってるんだし! 蒼空!」


 コツが必要な遊びだし、いくら蒼空でも仕方ないか……。


「あ。夜鹿よるしかちゃん」


 ふと、青いコンテナの隅を見ると、夜鹿が一枚のポイを器用に扱い、すいすいとアルミの器に何匹もの金魚をすくいあげていた。


「すげーな! 夜鹿!」


 夜鹿の器には、金魚がてんこもりになっていて、ピチピチと跳ねている。


「すごいし! 夜鹿! 金魚いっぱいだし!」

「おいおい〜〜。プロは困るよ〜〜。とりあえず三匹はあげるから、もう勘弁してくれよな」


 店主はビニール袋の中に、金魚を三匹入れて夜鹿に手渡した。


「いいじゃん、夜鹿。さ! 昼飯買いに行くぞ!」

「これ、昼飯……」

「怖いこと言うなよ……」


 夜鹿は口数が極端に少ないけど、中身は割と女の子だ。茨刀うばらとの魔法少女演出にときめいたりとか、設立試験後にすぐ第三に入部申請しにきたりとか、無邪気で情熱的だ。それを感情表現するのが苦手というか、その必要性も感じていないのかな。

 私はそれなりの大人だから感じ取れちゃいますよね〜。夜鹿ギャグの奥深さにも。

 うん。金魚の昼飯か。……ギャグだよね……?


「夜鹿ー! これ刺身にして食うんだし!」

「だめ。揚げる」

「わーい、からあげだしー!」


 ユポポの受け応えをしながら、金魚が入ったビニール袋を片手に持つ夜鹿の足取りは、気のせいか、いつもより軽やかに感じる。


「くっそ……。負けた……」

「蒼空君、あの屋台、ウタありっぽいよ」

「おっ! どれだ!」


 二人の視線の先には「射的ゲーム」の屋台がある。よく見ると看板の横に「ウタ使え〼」の文字がある。いいじゃん。


「いいな! ウタありなら楽勝だ! 琴葉、好きなの取ってやるよ!」

「ほんと?」


 蒼空と琴葉が射的ゲームの屋台に入る。


「おめーら、もう入時間だからな。これ終わったら昼飯買って会場入るぞ」

「了解っす!」

「はーい」


 屋台の店主をしている生徒が、蒼空を見て指を差した。


「お、第三短歌部じゃん。お前、「今際いまわノ歌」の奴だろ」

「押忍! 「今際ノ歌」の奴っす」

「はは。お前らのファンクラブできてんだぞ。俺も入った」

「マジすか!」

「あぁ、お前らは色々と胸がスッとすることしてくれるからな。ま、それはそれとして、うちの射的は難易度高いぞ。やんのか?」

「へへっ。もちろんっすよ」

「じゃ、200円」

「うっ、高いなあ……」

「蒼空君、お小遣いどうしてるの?」

「親父に最初に渡された金でやりくりしてる。そろそろマジでバイトしなきゃな……」

「じゃあ、これコルク銃な。こっちもそれなりにウタで防御してるから、好きに詠っていいぜ」


 蒼空はおもちゃのコルク銃を受け取った。

 ウタありなら、うちの蒼空が負けるわけない! 行け! 蒼空!


「蒼空君、どれ取るの?」

「おーし、あの一番でっかい人形を取る!」


 蒼空の指差す先では、目が潰れるほどでっぷりと太ったクマの人形が、ぼんやりと虚空を見つめていた。ウタありだし、あれだけ的が大きければ余裕で取れちゃいそうだね。よしよし。

 蒼空が銃を構えたまま詠力えいりょくを纏った。やっちまえ!


 『日輪の黒点さえも射抜くのは与一のかぶら とどろきわたる』


 蒼空の詠力が銃全体を包みこむ。


「行けっ! バズーカ砲だッ!」


 蒼空が引き金を引くと、小さなコルク銃に見合わない轟音ごうおんが響き、コルクの弾丸が飛び出した。

 コルク弾は、目にも留まらぬ速度でクマを撃ち落とす。……と思いきや、どこからか、瞬時に屋台内に現れた仁王像が、クマを守るようにコルク弾を片手で受け止めた。

 仁王像はコルク弾の勢いでザザザッと後ずさりしたが、クマに当たるよりも前に停止し、コルク弾を握り潰して地面に落とすと、役目を終えたように霧散した。


「マジかよ!」

「うちの射的はガチだからな。ただ強い威力ってだけじゃあ取れないぜ。毎度!」

「くっ……!」


 悔しがる蒼空の横に、小さな女の子が割りこんだ。


「射的、一回」


 その顔を見た店主が青ざめる。


「……あんた、マジか……。あぁ、200円だよ。一回だけにしてくれよな……」

「ああ、弾だけちょうだい」

「……ほらよ」


 女の子は手渡された銃を遮り、コルク弾だけ受け取った。


鳴桧なるひ……」


 腕組みしたままの苑紅がそう呟いたのを一瞥して、鳴桧は受け取ったコルク弾を手で遊ばせる。


「うぇ! 先輩! 銃、使わないの?」


 蒼空が無邪気に声をかける。蒼空……。多分この女、第一短歌部の偉い人だよ……。苑紅の緊張感を感じ取ってよ。


「あんた、ウタありで銃なんて使ってたの?」

「うぉ……。そうっすね! 先輩、何狙うんすか!」

「え……。んー。じゃあ、あのでかい人形」

「あれ、俺も狙ってたやつっす!」

「じゃあ、私があれもらうから」

「マジすか! くそ! はずせ〜〜!」

「は?」


 鳴桧はコルク弾を手で遊ばせながら詠歌する。


 『火から火へ叫びちらかす羽蟲の 願いしごとき死にようならば』


 コルク弾は意志を持ったように、鳴桧の掌でくるくると回りながら浮き、空中で静止した。鳴桧は狙いすまし、指で弾く。

 強烈な勢いで景品に向かっていくコルク弾を、また先程の仁王像が出てきて掴もうとした。しかし、掴まれそうになった瞬間、弾は急激に角度を変える。屋台の壁に当たり、予測できない軌道で飛んでいる。

 仁王像は翻弄され、体勢を崩した。コルク弾はその様子を見ると空中で静止し、意地の悪い生き物のように口を開いた。


「うぇーはははは! ださ! くさ! どんくさ! つかまえてみろよ!」


 まさかの出来事に皆が閉口するなか、鳴桧がぼそっと言う。


「うるさい。行け」


 主人の命令に従うように、コルク弾は屋台の壁を何度も跳弾する。当たるたびに壁に傷や穴を付けていくその様は、荒れ狂う雷のようだった。仁王像は翻弄され、身動きも取れないまま、コルク弾は見事、でっぷりとしたクマの人形に命中した。

 コテン、と鈍くさい感じでクマが後ろに倒れると、仁王像は砕け散るように霧散した。


 たった一発のコルク弾は、屋台の中をひどい嵐にでもあったように変えてしまった。遊びでここまでやらなくてもと思うけど、この女にとっては、これが遊びなのか……。

 色モノイベントに乗じて一儲けしようくらいにしか考えてなかったんだろう屋台の店主は、涙目を通り越して青ざめている。


「くそ……。まさか六歌席ろくかせきが来るなんて……」

「はい、も~らい」

「すげー! 先輩すげーっすね!」


「はぁ? ウタありなのに銃なんか使ってるあんたが素人なだけじゃん」

「くそー」

「あんたもしかして、第三短歌部の奴?」

「そうっす。第三短歌部の奴っす」


 鳴桧が後方で腕組みをしながら見守っていた苑紅の顔を見た。


「苑紅、面白いの飼ってんね」

「うーす。でも、犬とか猫じゃないんで。そいつ」

「あーそ」


 言葉のやりとりの空気からして、そんな仲悪いわけじゃない気もするけど……。

 とにかく蒼空は悔しそうだ。


「先輩、第一短歌部の人っすか?」

「まぁね。私はたわら鳴桧。あんただれ?」

草凪くさなぎ蒼空っす!」

「聞いたことある。あー、印南いんなみが何か言ってたな」

「印波先輩は反省室で一緒っした!」

「あ、それか」


 鳴桧は頭を掻きながら、くあっとあくびをした。


「部活対抗戦出るんでしょ? まあ、せいぜい頑張ってよ」


 あ〜。蒼空、これは舐められてるね。気に入らないね。


「先輩もマジで気合い入れないとヤバいっすよ。俺ら、ちょっとガチでやるんで」

「……はぁ?」


 鳴桧が怒りを滲ませた顔で睨みつけた。

 煽り耐性低いな。いいぞ。やっちまえ、蒼空。


 突如、鳴桧から凄まじい詠力が溢れ出した。


「すごいねあんた、一年のくせに。第一短歌部の六歌席にそういう態度なんだ?」


 その詠力にも、蒼空は動じない。


「いやぁ~、俺、よくわかってないんすよ。第一とか第二とか六かせき……? 何すかそれ? 歌詠むのに関係あります? 詠力、無駄にだだ漏れっすけど?」


 うぇーい! いいぞ! 蒼空! いい煽り方だ!

 やったー! 鳴桧、すげーピキッてるじゃん。


「うん? 関係ないけど? 何あんた? だれ?」

「草凪蒼空っす! さっき言ったっすけど?」

「はぁ?」


 あー、鳴桧って、口喧嘩下手なタイプだな。

 蒼空のナチュラルな物言いでダメージ受けてるじゃん。


「あんな簡単な射的すら負けてる奴が、私に勝てるわけないから」

歌合うたあわせとこんな遊びの射的を一緒にするなんて、先輩どーかしてるっすよ〜?」

「は?」


 口喧嘩下手な蒼空に、ここまでやりこめられるなんて、この女子かわいそうだな。プライドは高そうだし、大変そう。


「あ~、お前ら、すまねんだけど、喧嘩はよそでやってくれねぇかな?」

「あー、はいはい」


 傷心の店主が言いづらそうに頼むと鳴桧は、決して可愛くはないクマの人形を後ろにいた取り巻きに持たせ、去っていく。


「一年、お前ボコボコのコテンパンにするから」

「押忍! 楽しみっす!」


 鳴桧はふんっと鼻を鳴らしながら屋台を後にした。

 すっごく、口喧嘩下手だったなぁ。ボコボコのコテンパンってマジなテンションで言うなんてすごいわ。ジャイ◯ンの言い草だよ。

 何かこの世界、口下手が多いな。


 短歌好きって、基本的に口下手が多いのかもな。


「苑紅さん、まずかったすかね?」

「いや? 全然。つーか、普通に面白かったよ」

「部活対抗戦だというのに、六歌席が出てくるのか」


 福丸ふくまるはいつもの心配性が出てきているらしい。


「おおかた甲賀こうがが点数と引き換えに出場してくれってお願いしたんだろうさ」


 その時、広場の入り口から、雅楽の音色が聞こえてきた。

 神社とかの結婚式で流れるタイプの音楽だ。

 音のしてくる方を、皆が一斉に見る。

 そこには、雅な和装に身を包み、篳篥ひちりき龍笛りゅうてきなどの楽器を鳴らしながら行進してくる一団があった。

 一団の真ん中には小さな神輿みこしがあり、中央に大きなかまどが乗せられていた。

 何だ、この集団は。


「苑紅! これは!」

「……あぁ。間違いない……」

「え、何すか?」

「あんたたちも覚えておくといいよ。学院の部活でも最強と言われていて、こういった大きなイベントでも、奴らが気の向いたイベントじゃないと参加してこないレアキャラの部だよ」


 え。そんなすごい集団なのか。彼ら。

 部活対抗戦は色モノイベントって聞いてたけど、何か大きな波乱が起きそうだね。








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