第十二話「わすれな草の鬼」
短歌連の敷地内に突如、謎の建物が出現してから数日が経つ。
この建物は、反省室で出会った不良集団、第三短歌部の連中が関わっていると伝網連サイトで報道されていた。
可憐で純真無垢な琴葉ちゃんが、あの連中に無理やり加担させられているのは明白だ。
全く。あいつらの悪行のおかげで、僕は反省室に半年も閉じこめられた。それも、六歌席のあのむさくるしい男と一緒にだ。
あの男ときたら、反省室だというのに自分の歌はそっちのけで、あろうことか僕に指導までしてきた。あの男はまず、反省とは何かを知るべきだな。
「葦船! その歌は駄目だ! 下句でもっと意表を突くんだ!」
「葦船! 表現が直接的すぎる! そこはもっと抽象的に不安を煽るのだ!」
「葦船〜〜〜! 惜しい! もっと、こう、儚く、消え入りそうな、みたいなもんを、こう! あぁぁぁぁ!!!」
数をこなしてなんぼの反省短歌で一首ずつ全力投球を促してくるなよな。うすらへっぽこバカが。
現実世界では一時間後の釈放といえど、体感では半年ぶりのシャバだったので、最初は久しぶりの自由を持てあまして右往左往していたが、ようやく僕の本分を思い出した。
そうだ、琴葉ちゃんが彼らに無理やり従わされている証拠を突き止めるのだ。
そのためには、あの謎の建物の様子を窺うこと、そして琴葉ちゃんの体重と身長などの情報が記された身体測定データが必要だ。
「葦船くん! 待って! どこに行くんだよ!?」
「しつこいな。このメガネ。僕がどこに向かおうと、何をしでかそうと、僕の勝手だろ。このメガネが」
「だめだよ、葦船くん! 反省室に一ヶ月以上いた人は、精神安定のサポートのため、生徒会の保護観察が必要なんだ!」
「同い年だと言うのに、いっぱしの保護者気取りで僕を観察する気か? 全く、君の思いあがりっぷりには言葉も出ないよ」
「でも! 葦船くん! これはルールなんだ!」
社会のお荷物の無能者は、有能な人間が作ったルールに従わざるをえないからな。しかし、有能側に立つ僕にそのルールを押し付けようとするのが、このメガネのメガネたる所以というところだな。
「本当にしつこいやつだ。僕はこの通り健康そのものさ。それが見抜けないなんて、君は全く未熟だな」
「そうだね! 僕はまだまだ未熟者だ! でも、葦船くん! 反省室から出て早々、身体測定データを不正閲覧するのは、精神が不安定なのではと思わせるんだ!」
チッ! と、メガネに聞こえるように舌打ちをする。
前回はデータベースを閲覧して罪に問われたから、今回は直接、紙の書類を盗み見したというのに、犯罪者扱いか。
無能な働き者というやつは、やれやれ、全くもって害悪だな。
メガネはぎゃーぎゃーと薄っぺらい正義感を振りかざし、ぺらっぺらの言葉を連ねながら付いていくる。
さて、ここだな。伝網連サイトにあった、あの不良集団が関わっている謎の建造物。
「葦船くん、ここは、例の第三短歌部が見つけた遺跡の建物じゃないか!」
「いいかい、メガネ。僕は今からこの建物と、この中にいる連中の調査をするんだ。邪魔をしちゃいけないよ」
「え! 一体何のために!?」
「全ては真の正義のためさ」
「え! 正義? ほんとに!?」
小姑のようにうるさいメガネは放っておいて、僕は建物の中庭を抜けていく。
建物からは、どうやら歌合をしているような、騒々しい音が聞こえてくる。どれどれ、すぐにでも証拠を掴み、不良集団の鼻先に突きつけてやろう。
「おい! メガネ! 一緒に覗くんじゃない!」
「でも! 葦船くん! 何を見ているのか把握するのも僕の仕事なんだよ!」
「チッ!」
メガネと一緒に窓から中の様子を見る。
建物の中央には試合場があり、ちょうど歌合をしていた。
あいつは、反省室で会ったクソ陽キャのあのクソだな。
もう一人は黙々と反省短歌を書いていた陰キャの女だ。
「夜鹿! また強くなったな!」
「そう」
短いやりとりが交わされると、陰キャの女がとんでもない速度の連撃を陽キャ男に繰り出す。
陽キャはその斬撃をすべて躱し、距離を空けると、空々しいくらいにニカッと笑った。
「は……速い。ほとんど見えなかった……」
「何だ、メガネくん。あんなのが見えなかったのかい?」
「え! 葦船くんは見えたのかい!?」
「当然だろ。あれとあれはフェイントで、あれとあれは、ま、アレだね」
「すごいよ! 葦船くん!」
距離を置いたままで、陽キャがウタを詠む。
『かげろうがゆらりゆらりと立つように彼岸花咲く 白き時間に』
陰キャも返歌を詠んだ。
『過ぎし日の夢をさまよう かげろうは短き秋の空見上げ去ぬ』
陽キャの周りに、まるで絵本に出てくるようなステレオタイプの、つるっとした白いお化けが何匹も生まれてきた。
こいつ、これで攻撃する気なのかよ。
「うらめしやーー」
複数のお化けが向かっていくと、陰キャは祈るように刀を両手で持つ。その瞬間、陰キャの後ろから、警察の格好をした小さな犬が何匹も出てきた。
「御用だ! 御用だ!」
犬のお巡りさんが、あっという間にお化けを縄でがんじがらめにすると、お化けも犬も粒子になって消えていった。
「それまで!」
この声は、例の不良グループの頭目、苑紅の声だ。
「蒼空」
「押忍!」
「お前、相手が女子でも勝てる方法編み出したつってたよな?」
「押忍! 幽霊殺法で怖がらすやつ、効かなかったっすね!」
「お前! 明日が大会本番なんだぞ! 大丈夫なのかよ!?」
「大丈夫っすよ。まだ本命の戦法いくつかあるんで! 図書館で色々学んだんすよ!」
「ほんとかよ……」
陰キャの女は、そんなやりとりを聞いてるのか聞いてないのか、さっさと試合場を降り汗を拭いている。
「苑紅」
「何だ、福丸?」
「おとどのウタのロウソクの火が、もう消えようとしてる」
「そうか……。じゃあ、この試合場でできる練習は、これが最後だな」
こいつら、まさか遺跡の試合場の結界で、寿命間近まで練習してたのか。死んだらどうするんだ。頭がどうかしているな、こいつらは。
「明日は、部活対抗戦の本番だ。もうこれ以上、ここで歌合はできない。やれることはやったと思う。皆、大丈夫か?」
「あぁ……、すでに誓いは立てている……」
「大丈夫です」
「俺も大丈夫っすよ!」
「……頑張ります!」
あ、琴葉ちゃんだ。すげーかわいい。はぁ。かわいいなぁ。
はぁ……。かわいぃ……。
「葦船くん!」
うるせぇよバカ。いま、感慨深く琴葉ちゃんをじっと見してるんだよ。バカが。はぁ、かわいい。
「葦船くん!」
「チッ! 何だ、君はほんとにうるさいやつだな」
「これ! 覗いている意味がいまいちわからないんだ! すごく健康的な部活じゃないか!」
「こういった覗きができるような脆弱性があるっていうことが問題なんだよ。君はあいも変わらずていたらくだな」
「そうだね! でも!」
メガネが反論しようとした時、中で苑紅が高らかに話し始めた。
「うし、じゃあ明日本番だから、みんな、気合い入れろよ! 今日の練習は終了!」
「お疲れさまでした!」
ふふ、終わったようだな。僕の読み通りだ。
この館の間取りは伝網連サイトの情報から吸い上げている。
このあと、琴葉ちゃんは更衣室で着替えるはずだ。
「葦船くん! 練習が終わったよ! とても見応えがあったね!」
「そうだな。じゃあ、君はこのまま真っ直ぐ家に帰るべきだね。おやすみなさい」
「葦船くん! 脆弱性があることがわかったんだから、きちんと先生に報告しないと!」
「それじゃ、全幅の信頼を寄せる君に、先生への報告は任せたよ」
「え、葦船くん! それじゃ君の評価につながらないよ!」
「いいのさ、僕はただ正義を追求しているだけで、名声には何のこだわりもないからね」
「葦船くん……!」
よし。ようやくメガネを撒いたか。ずいぶん時間を食ったがまあいい、この裏手の壁のこの部分が更衣室だ。調べはついているんだ。
結局、琴葉ちゃんの身体測定データは手に入らなかったけど、実際に目で見る現実にかなうものはないだろう。
その時、キリキリキリと乾いた音が背後に響いた。
振り向くと、顔面蒼白のメガネが僕に抱きついてきた。
「何だ君は。気色が悪いな。いったい何のつもりだい?」
「ち、違うんだ! 保護観察中の君が帰路とは真逆の裏手に回ったから、生徒会として……ってそうじゃない! 葦船くん! の、呪いの人形がっ!」
「は?」
メガネの後ろから、金色の美しい巻き髪と、レースをふんだんにあしらったゴシックドレスを着た西洋人形が、緑色の目を僕たちに向けていた。
「……ふ、バカだな、メガネくんは。こんなのウタで動いてるに決まってるだろ」
メガネくんに軽口を叩いたものの、たしかに得も言われぬ危険を感じる。こいつはおそらく、セキュリティを目的にした人形だろう。
「君は不勉強だから、こういうのに馴染みがないんだろう。こいつはただのセキュリティ人形さ。僕はこういうのの対処には慣れているから安心するといいよ」
メガネが目を見開き、僕に期待を寄せるような眼差しを送る。
全く、無能の働き者は、いかに有能な者から学びを得るかが人生の糧になるって話だな。
さて、セキュリティ人形め。僕をやりこめることができるかな?
人形はキリキリキリと音をたてながら首を回し、僕を見据えた。
「ふりむけば勿忘草が朽ちていて、私は鬼であなたをさがす」
ふふ、オーソドックスなパスワード提示の原歌か。芸のない。
さて、おそらくこの歌は、僕たちを敵かどうか、見極めているってところだな。
全く。簡単な初心者問題だ。
こうとでも詠おうか。
「鬼ごっこ ぼくの逃げ足はやいから、君はあたふた「参った」と言うよ」
人形は、キリキリキリと音を立て、俯いてしまった。
ふふ、こちとら伝網連でそれなりに勉強してきたんだ。人形風情には理解できないかもしれないけどね。
ギンッ! と両目を赤く光らせて人形がこちらを見据えた。
人形が片手を掲げる。その手は精密な絡繰りの木工細工のようにカタカタと形を変え、ドリルになると、超高速回転を始める。
そして、人形は明確に殺意を持った目で僕を睨みつけた。
ふふ。なるほど。僕の短歌はお気に召さなかったってことだな。
「ここにいる、このメガネが悪いんです! こいつは最悪の人間で、産業廃棄物とかを撒き散らしますし、背の順が一番後ろだし、反社会勢力側の人間です!」
「な! 葦船くん!」
人形がほんのり笑ったような気がした。
良かった。
メガネくん。ありがとう。さようなら。君のことは忘れない。名前覚えてないけど。
人形は、タンッと軽快に跳ねると、僕に一直線に向かってきた。
「……うわぁ」
*****
「ん? 何か外で悲鳴が聞こえなかったか?」
「聞こえましたね」
「ドリルが回転してるような音も聞こえないか?」
「あ、また悲鳴聞こえましたね」
「何か、聞き覚えあるっすよ。この声」
この武道場にはまだまだ秘密があるってことなのかな。
とにかく、明日は本番だ。
愛蘭さんと天羽さんが作ってくれた新しい歌装束、手甲の部分の強度が増して、夜鹿ちゃんの刀を受けてもびくともしない仕様になった。重量があっても私なら使いこなせるってことらしいけど……。装束を強くしてもらっても、それに見合わない自分がいるような気がしてしまう。
「あれ? いつの間にかベランジェール、帰ってきてるっすよ」
蒼空君が武道場の隅にあるソファーを指差す。
ベランジェールは、涼やかな表情でソファーに座っていた。
「わ、何か、返り血浴びてないっすか?」
「マジで? 服が黒いからわかんないな。顔に返り血っぽいのがついてるけど……」
ベランジェールの顔を覗きこむと、確かに血のような斑点がついていた。
でも、とても健やかで穏やかな表情だ。
私は汗を拭く用のタオルで、ベランジェールの顔を拭ってあげた。
そうだ、ベランジェールが守ってきたこの武道場を生まれ変わらせるためにも、私たちは頑張らないといけない。
もう二度と、後悔しないために。「この先へ」行くために。私はもっと、強くなる。
「よし! みんな! 明日は頑張りましょう!」
「うお。琴葉、突然どうしたんだよ」
「気合い十分です!」
明日はとうとう、部活対抗戦の本番だ。




