表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三十一文字物語  作者: 京屋 月々
第二章 紅花栄
45/59

第十話「ぬかるみの春」

 『願はくは春嵐しゅんらんもと身罷みまかりぬ の月の卯の生日足日いくひたるひに』


 『春嵐のひなたが愛でし草木の熢下ほうかの花になみだそそぎぬ』


 空中でバチバチと詠力紋えいりょくもんが飛び散り合い、相殺されたその相聞歌そうもんかの後、賓客ひんかく蒼空そらの瞳を見つめていた。

 宝石のような瞳に吸いこまれるように、蒼空はその頬に手を伸ばす。


 ……嵐山で会ったあの賓客も、もしかしたら蒼空の瞳越しに私を見つめていたのかもしれない。そう思ったのは、光の玉を差し出した後も、ユポポが私のことを気に留めるでもなく、いつもの振る舞いに戻ったからだった。


 ユポポは確実に私を見ていた。それは間違いない。

 でも、私を見ていたわけじゃない? だとすれば、何を見ていた?

位置か……? それはつまり、座標ってこと……?


 私の頭の中には、答えの出ない疑問が押し寄せていた。


 これまで受け取った光の玉は、どう考えてもユポポ一人から受け取ったものではない。

 だって、ユポポが生まれてまだ、二年かそこらしか経ってないんだから。

 なら、誰が? いつ? なぜ?

 賓客か……? あの嵐山の賓客も……?

 知れば知るほど、私は混乱の海に投げ出され、溺れていく。


 思えば、私が意識を取り戻して、蒼空に初めて会った時、感情は乏しく、「力」もちっぽけなものだった。「力」に命令ができるとはいえ、あの時は友禅ゆうぜんに蒼空の危険を知らせることしかできなかった。


 光の玉を取りこむごとに、私の力は増していった。

 蒼空と夜鹿よるしかが戦った、第三短歌部の設立試験の副将戦では、「今際いまわノ歌」の力もあり、私は実体化し、さらなる力を発揮できた。

 今さっき、ユポポの光の結晶を受け取って、私は力がさらに上がったことを感じている。


 それはいい。それはいいが、気になるのは私の頭に流れこんだ記憶だ。

 私が住んでいた世界は、とんでもない大災害に見舞われたのか?


「短歌なら私が教えてあげるよ」


 あれは私の声だった。

 私が? 一体、誰に短歌を教えたんだろう。

 誰かに教えるほどの知識も技術もないのに……。


 あぁ! 考えても無駄だな。また光の玉が降ってくるのを待つか……。

 考えてみれば、ここ二年ほど、光の玉はほとんど降ってきてない。

 毎日のように降ってきた時期もあれば、半年の間を空けることもあった。

 突発的なことだからと気に留めていなかったけど、二年も降ってこなかったことはなかった。


 それに、ユポポは初めて、私を視認して光の玉を差し出した。それは、視認できる距離だったから? だとすると、嵐山の賓客も、私を視認しようとしていた?

 私、あれだな。考えを深く巡らせて問題を解決するタイプなんだな。前世では学者とか哲学者だったのかもね。

 とはいえ、もう疲れました。こんな体じゃ糖分も補給できないしね。


「ははは! いいぞユポポ! もっかいポーズ決めてくれ!」

「シャキーン!」

「うははは! すげーカッコいい!」


 能天気なくらいに明るい蒼空とユポポのやりとりが耳に入って、私は疲れた思考を停止させる。


 トリマー研究部によるトリミングの後、ユポポは学院の制服のデザインに合わせたオーバーオールをプレゼントされていた。

 

「ユポポちゃん、学院の生徒なのに制服がないなんていけないワ!」という、愛蘭あいらんの粋な計らいだった。


 オーバーオールに身を包み、ユポポは蒼空に煽られるまま、何度も得意げな表情でカッコいいポーズを決めている。

 ボサボサだった毛も、トリマー研究部によって綺麗にまとまった。

 この子の学院生活もいよいよ始まるんだな。


 苑紅そのべにの隠れ家改め、第三短歌部の部室となったこの部屋は、「隠れ家」という名がぴったりな、古い洋館の一室のようなしつらえだ。アンティーク家具と、部屋を囲むように設置された背の高い本棚が、厳格な空気感を醸していて、でもとても居心地がいい。

 前世は学者、なんて思いついた私は、重厚なデザインのハードカバー本ばかりがびっしりと並ぶ本棚をしげしげと眺める。


 なになに、『活眼の心構え』。ふーん。

 これは『科学世界と陽明学」か。面白そう!

『古代言霊論』、これも面白そうだな〜。

『古代科学戦争の顛末』。わー、これは読みたい!


 といっても、実体のない私は、本に触れることすらできない。

「力」で本を動かせば、読めるには読めるんだけど、完全にポルターガイストだし、大騒ぎになるしなぁ。蒼空が興味を持って、読んでくれたらいいんだけど……。

 肝心の蒼空はユポポと騒ぎまくって、「いい加減にしろ」と苑紅にたしなめられた。


「さて」


 定位置のソファーの上で、苑紅が胡座をかく。


「あたしらの装束は愛ネェさんに託した。あとは大会二日前に、あたしと福丸、夜鹿の戎具じゅうぐを愛ネェさんに預けて二重封印を行う。これは順調だろうな。残る問題は……」

「試合場」


 別のソファーに座り、文庫本のページをぺらりとめくりながら夜鹿が言った。


「だぁーー!! 結局最初の問題に立ち戻るんだよな!」

「苑紅、部活対抗戦はもう四日後だぞ。練習もしないで勝てるほど、相手はぬるくない」

「わかってるよ福丸ふくまる……。あたしも試合場持ってる部のヤツに声かけてみたんだけどさ……」


 そう。苑紅も動いてなかったわけじゃない。

 しかし、伝網連でんもうれんのサイトで、「第三短歌部に協力した部の絶望の末路 〜生徒会の暗躍〜」なる記事がアップされ、学院内で大バズリしてしまっていた。

 おそらく生徒会の差し金か、生徒会に癒着のある一部の伝網連生徒による忖度だろう。

 この記事が学院内に出回ったせいで、第三短歌部に試合場を貸してくれる部は皆無となっていた。

 愛蘭や天羽あもうなど、工藝棟こうげいとうの面々には気骨のある者もいるが、基本的に倭歌棟やまとうたとうの生徒は情報に踊らされ保身に走るか、そもそも最初から無関心かのどちらかだった。

 これも前に苑紅が言っていた、連による性格の違いってやつなんだろうか。

 皆が頭を抱えていると、「ふぁーーーあ」という軽いトーンのあくびが聞こえた。


「ん? 何だ? って、おとど!」


 いつの間にか本棚の上に、香箱こうばこ座りになったおとどがいた。眠たげな目で皆を見下ろしている。


「やっと気付いたか」

「何してんの? おとど」


 おとどは本棚からジャンプし、軽やかに着地した。


吉乃よしのの使いじゃ」

「猫だしー!」


 ユポポはおとどを捕まえようと、嬉しそうに近付く。おとどはひらりと跳ね、それを躱した。


「猿ごときが。無礼な」

「む! なんだし、この猫ー!」

「覚えておけ、猿。わしは黒豹じゃ」

「猫だしーー!」


 ユポポは逃げたおとどを捕まえようと、もう一度駆け寄る。だが、おとどはまたも軽やかに飛び、ユポポの頭を飛び石にして、本棚に飛び乗った。


 『井戸の月捉えしものは囚われむ井戸の玉水枯れてゆくまで』


 おとどが短歌を詠むと、ユポポの足元に輝く詠力陣えいりょくじんが発生した。


「わっ! なんだし!?」


 詠力陣が羽衣のように舞いあがり、一瞬でユポポの体を包みこんだ。

 詠力陣でできた巾着袋に入れられたようなユポポは、顔だけ出してジタバタと動いている。


「動けないしー!!」

「しばらく、そこで頭を冷やしておれ」


 おとどは、もがきまくるユポポを一瞥すると、本棚から飛び降りる。苑紅の対面にあるソファーに乗ると、前足を揃えた。


「おとど、学長先生の使いだって?」

「そうじゃ」

「あのさ〜〜、気になってたんだけどさ。前に新京極の広場で偶然会ったけど、あれって偶然じゃないだろ」

「察しがいいの」

「やっぱな……。あれから続けざまに色々あったし、今ここにおとどがいるとなると、そうとしか考えらんないよ」


 何でもお見通しのレベルがカンストしてる学長のことだし、諸々わかったうえで、おとどをスパイとして送っていたってことか。

 第三短歌部自体に問題はないだろうし、おそらく調査していたのは……。


「蒼空を見張ってたのか?」

「……ふぅ……」


 おとどは普段の気丈な振る舞いからは珍しく、少し疲れた表情で溜め息をついた。


「入学して一ヶ月も経っておらんのに、父親から固く禁じられていた自分の出自の秘密もペラペラ話し、あまつさえ、猿の賓客を学院に連れてくる始末」

「やっぱ学長先生は、蒼空が賓客ってこと知ってたのか」

「当たり前じゃろう」

「え! 蒼空、賓客なのー?」


 巾着袋の中でもがきながら、ユポポが嬉しげな声をあげる。そういえば、ユポポはまだ知らなかったか。


「そうだ! お前と一緒だな!」

「やったしー!」


 無邪気なやりとりに、おとどはまた溜め息を吐いた。

 おとどは意外と常識人の部類なのかもしれないな。


「蒼空がこんな様子では間諜かんちょうも意味をなさん。まぁ、吉乃は蒼空の破天荒っぷりに大喜びじゃがな」

「へー! 学長先生、喜んでくれてるんだ!」

「……わしの任は間諜から、お主らの支援となった。最早、身を隠す意味もあるまい」

「え! 支援してくれんの! あたしらを? マジで?」


「ほんと!?」と、エプロンをつけた琴葉ことはがカウンターテーブル越しに言った。


「おとちゃん、私たちのこと支援してくれるんだ!」

「支援というよりは、お目付け役じゃな。とはいえ、どんな大事件が起こっても吉乃は喜ぶだけよの。わしはほとんど傍観してるのみじゃ」

「嬉しい! ありがとう、おとちゃん!」


 おとどは「ふん」と鼻を鳴らしたけど、琴葉のことを気に入ってるんだろう。悪い気はしないって雰囲気がある。ツンデレってやつだな。


「じゃあ、早速支援してよ! おとど」

「傍観のみと言ったばかりじゃろうが」

「練習する試合場がなくて困ってるんだよ。試合場持ってる部活からは総スカンだしさ……。学長のコネで何とかなんないかな?」


 おとどは苑紅の猫なで声を聞くと、眉をひそめた。


「お主……。この部屋は暮猟ゆうかりから受け継いだんじゃろう……?」

「ん? そうだけど」

「……」


 おとどは眉をひそめたまま黙ってしまった。


「暮猟さんって、どなたですか……?」


 湯呑の並んだお盆を運びながら、琴葉が聞いた。


「ああ、第一第二に分かれる前の短歌部の顧問だよ。あたしと仲良かったんだよ。エロいことばっか言うのが玉に瑕のじーさんだったけど」

「へぇ〜。前に言ってた方ですね。引退されたんですよね?」

「そう。余生を楽しむんだとさ。全然元気だったけどね」

「なるほどー」


 琴葉は相槌を打ちながら、テーブルに湯呑を並べ、鯛焼きの乗ったお皿をおとどの前に置いた。

 おとどは目を見開いて前のめりに鯛焼きを見つめた。


「たまたまお昼に購買で買ったんだ。おとちゃん好きでしょ? どうぞ」

「良い心がけじゃ!」


 おとどはテーブルに飛び乗り、鯛焼きにかぶりついた。

 一心不乱に食べているおとどを、琴葉はニコニコしながら撫ではじめた。


「あー! おやつーー!」


 おとどは鯛焼きに夢中で、ユポポを完全無視している。


「んーー!! ずるいしーーー!!!」


 ユポポは顔を紅潮させ、強烈な詠力えいりょくを放ちはじめる。


「わっ! ユポポ! やめろ! 詠力は出さないって約束だろ!!」

「だって、ずるいしーー!」


 ユポポの詠力は留まるところを知らず、みるみるとその力を高めていく。

 これは……、比叡山の時と同じか、それ以上か……。

 おやつの恨みだけでこんな強烈な詠力を放つなんて、やっぱりこの子は癖が強すぎるな……。

 苑紅たちがユポポに詠歌えいかさせないよう抑えこんでいると、詠力の波動とは違う、地響きのようなものが聞こえてきた。


「……これは、地震か……?」

「地震ぽくないですけど……。何だか、部屋の外から振動が伝わってるような……」


 おとどはすでに鯛焼きを平らげ、前足で顔を洗っている。


「詠力が強すぎて、ベランジェールが反応したんじゃろう」

「は? ベラン? 何?」


 おとどは苑紅の問いに答えず、ぴょんとテーブルから降りると、奥の本棚の前に立った。


「お主、暮猟から何にも聞いておらんのじゃな」

「え、マジで何?」


 数秒の沈黙の後、おとどはふわりと詠力を纏い、短歌を詠んだ。


 『紅梅に染まる水面の笹舟は波紋をひらく海をめざして』


 詠歌に呼応し、本棚の木枠が白く輝きはじめる。

 壁一面に広がる本棚は、ガタガタと音を立てる。中央の本棚が奥へと下がり、横にスライドしていく。そこに、奥へと続く通路が現れた。

 これって! まさか!


「すげーー! 秘密基地への秘密通路だ!」


 蒼空がスーパーハイテンションで私の言葉を代弁してくれた。

 アニメやゲームでこういう演出はよく見たけど、実際見るのは初めてだ。


「付いてこい」


 通路内に入るおとどの後を、苑紅たちがついていく。

 巾着袋の中のユポポは、琴葉に抱えられ、持ち運ばれている。


 秘密通路と言ったものの案外広いその道は、学院の廊下とも遜色ないくらいの幅がある。両脇にはずらりと本棚が並んでいて、ここもぎっしりと本が詰まっていた。


「隠れ家の本棚の後ろに、こんな秘密の通路があったなんて……」


 苑紅が周りを見渡しながら言った。


「別に秘密でも何でもないわ。昔は普通に使われておったんじゃ」

「昔っていつ?」

「さぁな。忘れたわ。50年か60年くらい前かの」

「ごっ!?」


「着いたぞ」と、木造の扉の前でおとどが止まった。

 苑紅が扉を開くと、木が擦れる重い音が鳴った。


「うわ、真っ暗」


 中は暗いが、広い空間があることを感じる。いくつかある窓がうっすらと光を受け、きらきらと埃が舞っている。窓の外はびっしりと植物で覆われているのか、ほとんど明かりを得ることができず、映写室のようなほの暗さだ。

 皆が手探りで中に入っていく。

 古い木造の床は、ミシミシと、今にも底が抜け落ちそうな音がしている。


「ここ、何なんすか?」


 私には実体がないが、明るい場所から突然暗い場所に来ると、目が慣れないようだ。

 背後霊的存在なんだから、そんな人間的機能はオミットしてくれたらいいのに。

 おそるおそる、室内を探ってる間に、皆と同様に目が慣れて、ぼんやりと部屋の中が形付いて見えてきた。


「苑紅さん、あれって!」

「うお! これ……試合場だよな……?」


 広い空間の中央に、聡詠館そうえいかんで見た試合場と同じような縁が見えた。

 苑紅が境界線に歩み寄り、すっと手を伸ばす。パリパリと音を立て、詠力紋が広がった。


「結界、生きてるじゃん……」

「苑紅さん! あそこ! 人!」


 緊張感のある琴葉の声を聞き、全員が指し示された方を見る。

 試合場の真ん中であり、部屋の中央でもあるそこは、窓からの光が届かずかなり薄暗いが、明らかに人の形をした何かが座っている。

 えもいわれぬ恐怖に皆が肩を寄せあうなか、蒼空は両手を頭の後ろに組みながら、試合場に上がっていった。さすが蒼空、こういう時、頼りになるなぁ。


「わ! 蒼空君!」

「ははっ。なーんだ。琴葉、人形じゃん?」


 胸を撫で下ろし、よく目を凝らす。たしかにそれは、西欧風の人形だった。金色の長い髪が乱れている。

 少し近付くと、試合場の床に座りこんだ人形の膝の周りには、パサパサに乾き、風化した何かが散乱していた。どうやらかなり長い間、放置されていたみたい。


「いや~、皆びびりんだな〜。俺ら高校生っすよ〜〜?」


 蒼空が、試合場の外にいる皆に余裕の笑みを向けた直後、琴葉が声にならない悲鳴をあげた。そして全員が、震える手で蒼空の背後を指差す。


「ん?」


 蒼空が振り返ると、そこには立ち上がった人形がいた。一メートルほどの背丈の人形は、キリキリキリと音を立てながら、首を蒼空に向ける。乱れた髪の毛の間から、青い瞳が光った。

 そして次の瞬間、片腕がボトリと落ち、床に叩きつけられる音が反響した。


「うお……」


 さすがの蒼空も、不気味さに面食らったようで後退りする。

人形の、残った方の手には木の枝が握られており、花が風化したものか、枝先にパサパサした黒いゴミが付着していた。


 「ぬかるみの、なずなの草を摘む指につたわる春はあるのでしょうか」


 どこを見ているか定かではない目で、人形は短歌をむ。ひずんだ声は、油の足りない機械のようだ。


「詠った……。げ……原歌? ウタで動いてんのか……?」

「お……おとど! これ何なんだよ!?」


 苑紅がおとどを問い詰める。

 おとどは入り口の扉で座ったまま、皆の様子を見ていた。


「さぁな」

「……んだよ」


 蒼空が人形の様子を伺うため、さらに近付こうとした時、またもキリキリキリと高い音を立て、人形の首が回った。人形は、顔で蒼空を追っているようだ。


 「ぬかるみの、なずなの草を摘む指につたわる春はあるのでしょうか」


 人形は短歌を再び詠むと、少し俯く。


「何だよ。歌を返せばいいのか……? んー、じゃあ」


 「ぬかるみに、君の手取りて踏みいれば 春きたるらし なずなささやく」


 蒼空が原歌で返歌した。

 歌を反芻するように、人形の動きがピタリと止まる。

 が、次の瞬間。

キリキリキリキリ! と先ほどの数倍の速度で蒼空に顔を向けたかと思うと、人形はあっという間に蒼空の顔に飛びかかり、そのまま蒼空を試合場の外まで蹴り飛ばした。


「うわ! 大丈夫かよ! 蒼空!」


 壁際に飛ばされた蒼空の元へ、皆が駆け寄る。

 蒼空は「痛ってぇ〜〜」と言いながら、ゆっくり立ちあがった。


「んだよ……。返歌が気に入らねえのか? 上等だよこの野郎……」


 蒼空が指を鳴らしながら再び試合場に向かおうとした時、苑紅が肩を掴んだ。


「待て、蒼空」

「何すか?」

「不確定なことが多すぎる状況だけどさ。一個だけ言えることがある。ちゃんと聞け」

「……押忍」


 頭に血が上っていた様子の蒼空は、苑紅の制止で少し落ち着きを取り戻したようだった。


「蒼空。こないだ住職に言われたばっかだろ。「相手の歌心うたごころを心底理解するように努めろ」って」

「……」


 蒼空はまた、痛いところを突かれたような顔になった。

それから、気持ちを切り替えるように「ふー」と大きく息を吐き出すと、両手をくるくる回して、肩をリラックスさせるように落とした。


「了解っす」

「おし。行ってこい」

「押忍」


 蒼空が再び試合場に上がる。

その気配を察知したのか、人形はまた、キリキリと音を立て、ゆっくりと蒼空を見据えた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ