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三十一文字物語  作者: 京屋 月々
第二章 紅花栄
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第八話「八重雲の鳴神」

「もう嫌い!! お前らなんか死んじゃえ!!!」


 ユポポが詠力えいりょくを吸いこむ波動を感じた。

そして声が響く。


 『みんな死んじゃえ! みんな死んじゃえ! もう嫌い! みんな死んじゃえ! みんな死んじゃえ!』


駄々をこねる子どものようなその声の波動は、狂暴な山嵐のように吹き荒れた。

うごめいていた凄まじい詠力が、パキンと音を立て、一斉に整列した気がした。

 

 それはたとえば、大通りを行き交うすべての人が停止し、一斉に敵意ある目を一点に向けるような、痛いほど冷たい詠力だった。そして、彼らの視線の先には、細雪ささめゆきさんがいた。


「なっ……」


 抗うように薄く目を開くと、そばかすだらけだったユポポの顔には、立ちのぼる紫煙しえんのようにゆらめく優美な戦化粧いくさげしょうがはっきりと浮かびあがっている。それは、賓客ひんかくの詠力の強さを示すものだ。


 ユポポの前に、虹色に輝く五句体ごくたいが現れる。

 人のものではない文字でできた五句体は、バチバチと火花のように強く弾ける詠力紋えいりょくもんまで生み出している。とてつもなく巨大な五句体に、私は言葉を失った。

 細雪さんも、異常を察したのか、目を見開いている。


「ウタ発生確認! 自由律、無属性!」

「防御じゃ!」


生徒会隊員の一人が細雪さんを守るように前へ出て、片手をかざし詠歌えいかした。


 『繭ごもり 羽化を待つ身の我なれば山の嵐も遠ざかりける』


 うたい終わると同時に、生徒会隊員の前に五句体が生じる。

 さすがは生徒会の精鋭、素早い返歌だ。

 

 ユポポの五句体が収束し、見えなくなったかと思うと、ユポポの頭上に巨大な白い球体が出現した。

 波打つ球体からスライムのように液体がゆっくりと落ちる。ボトン、と音を立てて大きな塊が地面に落下すると、中空に残っている塊は霧散した。

 白いスライムは瞬く間に肥大し、私たちの何倍もの高さになって影を落とす。目だけで上を見ると、それは巨大な両手を持つ異形の大猿だった。虹色の目は禍々(まがまが)しく回転し、渦を巻いている。顔のパーツは不自然に吊りあがり、不気味な笑顔をしていた。


歌儡かぐつじゃ!」


 生徒会隊員の五句体も収束し、格子状のドームに形を変える。生徒会メンバーたちは全員、ドームの中に身を隠した。


「攻撃を防御! 後、各員散開し、拘束のウタを展開じゃ!」

「はい!」


 はじめ、それが笑い声とはわからなかった。

大猿は、「ウキャ!」という声だけで人を殺してしまいそうな衝撃波を放つ。


ズダンッ!


 耳が破れるほどの爆音がして、次に目を開けると、ウタのドームは猿の打撃で半壊しており、細雪さんの半身が赤く染まっている。

 大猿はニィッと笑うように口を引きつらせると、ドームを叩き潰した右手を上げる。赤く染まったその手からは、赤いねっとりとした液体が糸を引いて切れた。


 え……。死んだ……? あの大猿に潰された……?


「ひ……」


 その様子を至近距離で見ていた細雪さんが、声にならない悲鳴をあげる。攻撃することはおろか、動くことすらできないのだろう……。

 詠力が切れたのか、私たちを拘束していた白い鎖が消えた。体に力がみなぎってくる。


 生き残った数人の隊員たちは戦闘を放棄し、恐ろしさのあまり狂ったようにわめきながら撤退しはじめた。しかし、巨大な猿の歌儡の笑声は山にこだまし、また手を振り上げたかと思うと、強烈な風切り音がつんざく。

 ビチャッ、という音がして、隊員たちが木々に打ちつけられ、潰れる様子がスローモーションで見えた。


 まただ……。

 狂気じみた世界では、罪のない人々が簡単に命を落とす。

 そしてそんな悪夢は、人生で幾度でも、繰り返し起こるらしい。


 巨大な猿は、不気味に歪んだ笑顔を浮かべながら、硬直した細雪さんを見た。


 『庭園のフォリーは愛し君のため、雨が上がれば春を歌おう』


 『藤づるの丸天井は編まれゆく 雨滴も木漏れ日も見えぬまで』


 『八重雲の夜に閃いた鳴神は貫き照らす かくも静かに』


 福丸ふくまるさんと蒼空そら君、苑紅そのべにさんが次々に詠歌する声が聞こえた。

 

 歌儡は巨大な腕を振り上げ、細雪さんめがけて振り下ろした。

 腕が細雪さんに直撃する寸前、中世ヨーロッパ風の鉄のドームが出現すると同時に、地面から木々が生え出す。木々はドームを補強するように絡まり、細雪さんを守るとりでとなった。

 

 最初の一撃を受け止めたドームは、しかし連続して振り下ろされる腕の強さに早くも綻びはじめ、メリメリと苦しい音を立てる。


「苑紅さん! 今だ!」


 大猿がドームの破壊に執心しているうちに、苑紅さんが体中から詠力紋をほとばしらせ、ドームの中にいる細雪さんを抱えると、目にも留まらぬ俊足で私たちの元に戻った。


 『くずの葉の小径こみち歩かば小つまずき秋の夕べに酔いも覚めゆく』

 

 夜鹿よるしかちゃんの詠歌が聞こえた。

 巨大な猿の歌儡は細雪さんの方向を見ようと体を捻ったが、つまづいたように不自然に体が突っ張った。夜鹿ちゃんの掌の先、ウタでできた草の弦が、歌儡の片足をがんじがらめにしているのが見えた。


「……持たない! すぐ千切られる!」


「キヒヒヒャヒャヒャ」と、猿はけたたましく笑いながら、弦でがんじがらめになった片足に力を込める。ブチブチと音を立てて、草の弦が切れていく。


琴葉ことは!」


 ドクン、と体内に血液が流れるのを感じた。


 何をしていた。

皆がすぐさま対応しているなか、私は何をしていた。


この先へ……!


 私はグッと力を込めて起きあがると、猿の軸足に駆け寄る。

 猿が力一杯、片足を上げて、草の弦を全て千切った瞬間、渾身の力を込めた一撃を、その軸足に放った。


「オラァァァァ!!!!」


 猿の足が跳ね上がり、巨体が宙を舞った。

 ドスゥゥンと大きな音を立て、猿の歌儡は倒れた。

土煙が巻きあがるなか、私たちは細雪さんを抱えた苑紅さんを守るように集結した。


「福丸! 生存者は!」


 すでに何らかのウタを詠んでいた福丸さんが、十字架のネックレスを手から垂らし、反応を見ていた。明らかにもう、息をしていないはずの生徒会隊員たちに向けた十字架の先端は不自然に揺れている。


「……これは……」


 困惑する福丸さんを見ていると、今さらになって体が凍りついたように動かなくなった。

 細雪さん以外の隊員たちは、全員死んでしまった。それも、これ以上ないほどの残忍な方法で……。


 恐ろしさに体が支配されかけていた時、細雪さんを守ろうとする皆の表情に気付いた。私はまた気付かされる。


「この先」は、体を鍛えることじゃない。

「この先」は、ルールに則った安全な環境で勝ちつづけることじゃない。

「この先」は……。


 皆の覚悟を決めた表情を見ていると、あの日の歌人の顔が重なった。

 私は覚悟を新たに、皆とともに身構える。


 大猿が、「ケヒャヒャ」と狂ったように大笑いをしながら、身を起こそうとしていた。

 戦いはまだ終わっていない。

 もうこれ以上、悲しみも死も必要ない。

 私が、守る!


 そう心に誓った瞬間、雷鳴とともに、周囲の地面に詠力紋が迸った。


「「さきがけノ歌」……!?」


 ザッザッと、山道を歩く足音とともに、厳格な詠歌が聞こえる。


 『とうもなく心割れゐた稚児を抱く、輪郭消ゆるこゑなき涙』


 別れたばかりの念乗寺の住職が、詠歌しながら近付いてくるのが見えた。

 大猿はケタケタと笑い、足を踏ん張ると跳びあがる。そして、中空で粒子となり、きらきらとあたりに霧散した。


「……住職」


 細雪さんを抱えたまま、苑紅さんが住職に声をかけた。だが、住職は苑紅さんを見ることもなく、周囲を見渡している。


「オラァ! ユポポ!!」

「ひぇー!」


 声の先には、木の陰に隠れて顔を少し出しているユポポがいた。

 住職は足早に近付くと、ユポポの首根っこを掴んで、小脇に抱えた。


「感情に任せて詠うんじゃねえと、いつも言ってんだろ!」


 住職は力一杯ユポポのお尻を叩いた。


「いだぁぁーい!」


 住職は何度かお尻を叩くと、そのままユポポを地面にぼとんと落とした。

 ユポポは呻き声をあげ、うつ伏せになって泣いている。お尻は赤く腫れ、じんじんと疼いているのがわかる。


 戦いは終わった。

苑紅さんがほっとしたように溜め息をついても、抱えられたままの細雪さんは茫然自失といった状態で、瞬き一つしない。


 皆に出遅れ、住職に守られ、私は何をしていたんだろう。

 理不尽に奪われる命を救いたい、二度と悔し涙を流す人がいないようにしたい。守られるんじゃなく、守る側になりたい。

 そう言いながら、私は今日、またここで、いくつの命を救えなかったんだ。恐怖に支配される体が、体よりも弱い心が許せなくて、惨状を直視することもままならない自分に腹が立つ。


「住職……」

「おめぇらよ、いくらユポポの詠力がすごいからって、それだけで全てを判断するのはよろしくねぇな」

「え?」

「詠んだ歌は聞いてねえが、詠力から察するに、子どもの駄々だ。「死ね」なんて安直に詠ったんだろう。でも、あいつには人を殺す根性なんてねえよ。短歌もどうせ稚拙なもんだったんだろ」


 その時、大猿がいた周囲から複数の呻きが漏れ聞こえた。

 振り返ると、大猿に潰されて死んだはずの生徒会隊員たちが、満身創痍の様子で座りこんでいる。


「え……? 幻覚だったってこと……?」

「違げぇよ。一旦本当に死んだんだ。ユポポは、目の前の敵がむかついて仕方ないけど、殺すほどの根性もないくせに、安易に「死ね」と詠ったんだろう。本当は死んでほしくないくせによ。ユポポの強烈な詠力なら、相手を殺して生き返らせるぐらいのことはできる。それでも短歌は稚拙だし、全ての詠力を活かしきれていないがな。せいぜい二割ってところか」


 小さくすすり泣いていたユポポが、「うわーーん!」と大声をあげ、森の奥へと走り去っていく。


「お前らよ、歌心うたごころはちゃんと読まないと駄目だぜ。俺の詠力なんざ、ユポポに比べりゃ屁みたいなもんだが、それでも今みたいにちゃんと相殺できる。ま、歌の実力が違げーからな。詠力の質から歌心は読める。それを忘れんようにな」

「はい……」


 突如、色んなことが起こりすぎて、頭の中がついていけてないけど、生徒会の人たちは全員無事だったようだ。


 でも次こそは、誰も一度も死なせない。

 何度も崩れた覚悟でも、崩れるたびに立て直していく。今の私にできることはそれだけだ。


「住職」

「何だ、坊主」


 蒼空君が住職に歩み寄る。


「さっきの、「魁ノ歌」っすよね?」

「そうだな」

「あの歌は、ユポポの歌儡を相殺するための歌だから、即興で作ったんじゃないんすか?」

「そうだよ。即興だよ」

「「魁ノ歌」って、一首か二首くらいを一生かけて練習して、ようやく昇華させるもんだと思ってたっす」

「ふへへ。俺はそれなりにすげーからな。ま、それは置いといて。「魁」なんざ別に普通に詠えるんだよ。歌心さえ整えばな」

「でも俺、いつも歌心には忠実なつもりっす!」

「じゃ、お前、さっきのユポポの歌心、完全に理解してたか?」


 蒼空君は痛いところを突かれたような顔をして黙ってしまった。


「お前なら、ま、ある程度わかってんだろうけど、完璧に理解してるとまではいかんだろ?」

「そっすね……」

「相手の歌心を心底理解するように努めろ。お前だけじゃねえ。全員だ」


 全員と言われ、ハッとした私たちは慌てて「はい!」と返事をした。


「さて、アイツらはどうすんだ?」


 住職の視線の先には、グッタリと座りこみ、茫然としている生徒会隊員たちの姿が見えた。


「あ、俺が何とかするっす」


 タタタと走り、蒼空君は隊員たちを抱えて、一箇所に集めだした。


「うし。苑紅さん」

「あぁ」


 苑紅さんは隊員たちを集めた場所の中央に、細雪さんを下ろした。


「細雪、あんたたち全員安全な場所に送るから。わかった?」


 細雪さんは未だショックから抜け出せない様子だったが、苑紅さんの言葉に小さく数度、頷いた。


「蒼空」

「押忍」


 蒼空君は懐から花火を取り出し、生徒会の皆に向けて短歌を詠んだ。


 『朔月に華やぐ空の花詞はなことば「最後の夏の終わりの合図」』


 手に持った花火は詠力を吸いこみ、導火線がバチバチと火花をあげる。


「うお……。よし」


 蒼空君が、花火の筒を細雪さんの足元に投げた。

 不安げな顔の細雪さんの足元で、花火が弾けた。

 すぐに、バンッ! と音を立て、大量の白い煙が発生する。煙が晴れはじめると、生徒会隊員の中心に大きな柱のようなものが見えてきた。

 よく見るとそれは、大きな打ち上げ花火に手足が生えた、異形の生きものだった。

 

「たまやたまやぁあぁぁぁ!!!」

 

 花火の魔人は筋肉隆々とした両手で、軽々と生徒会の人たちを小脇に抱える。

 反応も薄くなっていた隊員たちが悲鳴をあげたが、魔神からは逃れられない。

 例外なく細雪さんも、花火の魔人の小脇に抱きかかえられた。


「やめ……」

「たまやたまやぁぁぁあ!」


 花火魔人はお尻の導火線から火花を撒き散らしながら、空を見上げた。


「たまやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 そして、生徒会の隊員全員を抱えたまま、ロケットのように飛びあがる。


「いやぁぁぁぁ!!!!!」


 細雪さんの断末魔のような悲鳴を響かせつつ、花火魔神は空高くへと消えていった。


「おい……。あれ大丈夫なのか?」


 福丸さんが花火の軌跡を見送りながら聞く。


「大丈夫でしょ。うちらで使うことがなくてよかったよ」


 他人事のように苑紅さんが言った。


「さて……と」


 山に斜陽が差している。もう下山しないと、私たちも危険だった。

 素材は燃やされ、ユポポもどこかへ行ってしまった。目的は達成できなかった。


「住職、私たち行きます」

「おう、そうだな。ああ、そうだ。えーと」

「何ですか?」

「手紙書いたからよ。ま、読んでくれや」

「わかりました」


 私たちは散乱した荷物をまとめ、リュックを背負った。


「ん?」

「蒼空君、どうしたの?」

「んー。ううん、何でもない」


住職に向き直り、頭を下げる。


「すみません! お世話になりました!」

「おお、いいぜ。これからもユポポのことよろしく頼むわ」

「はい、また来ます!」


 ケーブルカーの駅へ向かいながら、福丸さんが焦りを見せる。

 

「苑紅、大会はもう来週だ。比叡山に来るような、まとまった時間はもう取れないぞ」

「そだね。でも、まあ、もういいよ。仕方ない」


 苑紅さんの顔に曇りはなかった。


「素材は手に入れられなかったけど、すごい良い経験ができたと思う。あたしは満足しているよ」


 夕日に輝く苑紅さんの顔を見て、福丸さんは優しい笑顔を浮かべる。


「そうだな」

「さ、あいつらとの約束通り、ケーブルカーに乗って、バスに乗って、キッピーの小言を聞きながら国営伝車で帰るとするか」

「はーい」


 帰り道、ヒエイもミヤコも、無事に戻ってきた私たちを温かく迎えてくれた。

 特に興味があるわけではないのか、ユポポの話はせず、まるで観光客に対応するように、車窓から見える右や左の景色にまつわる歴史的背景をハイテンションで説明してくれた。


「どーせ、あんたらまた来るんやろ?」

「何でわかんの?」

「顔に書いてますねんもん」


 国営伝車に揺られ、私たちは京都駅を目指す。

 口数は少なく、それぞれが車窓の景色を見ていた。


「わ! 苑紅さん! 見て! またあの道路飛び出そうとしてる子どもの看板ある! 何あいつ! 危ねぇな!」

「うるせぇ!」


 京都駅に到着した私たちは、ロータリー側の出口に出て荷物を下ろし、一息ついた。


「ふあーー。疲れた!」


 もう、とっぷりと日が暮れていた。

 苑紅さんはペットボトルの水をぐいぐい飲んでいて、福丸さんが伝冊でんさくを触っていた。

 束の間の休憩を取っていると、福丸さんが「あっ」と言った。


「おい皆……。これ……」


 福丸さんは青ざめた顔で、伝冊の画面を皆に見せた。

 そこに映っていたのは、学院の校庭だった。生徒会の隊員たちが散らばるように倒れ、その中央で、あの花火の魔神が地面に頭から突き刺さり、空中で足をバタつかせている動画が再生されている。

 細雪さんも尻もちをついて茫然としており、花火魔神は地面から顔を引き抜くと、全身に力を込めたみたいに顔を紅潮させた。


「なに……なに……」


 パーン! と打ち上げ花火が破裂し、花火魔人は儚くも美しい夜空の花火となって散った。


 そして、白煙が晴れると、至近距離で花火が打ち上がったため、すすにまみれた細雪さんと隊員たちが現れた。

 そこに、伝網連でんもうれんらしき生徒が駆け寄り、マイクを持って喋りはじめる。


「突如、学院の校庭に生徒会隊員が振る恐ろしい怪異! 真相をたしかめるべく、渦中にあると思われます、生徒会副会長の宋雅そうが細雪氏にインタビューを行いたいと思います!」


 リポーターはマイクを細雪さんに突きつけ、「宋雅さん! これは一体、何事でしょうか?!」と聞いた。

 煤にまみれながら、細雪さんが体をふるふると震わせると、絞り出すように「苑紅ィィ!!!!」と叫んだところで、動画は終わった。


「気の毒に……」

「あたしらがアレ使わなくてホント良かったよ」

「苑紅さん、これじゃ余計に私たちを敵視してくるんじゃないですか……?」

「せっかく助けたのに、細雪さんすげー怒ってたっすねー」

「自業自得……」


 生徒会の無事を確認できたことで気が緩んだのか、蒼空君がクスクスと笑い出し、釣られて皆も笑った。 

 と、その時、一箇所にまとめていた荷物がゴソゴソと動いた。

 一斉に注目すると、蒼空君のリュックの口から、ユポポが顔を出した。


「着いた?」


 皆の顔が一瞬で青ざめ、いち早く、苑紅さんがガバっと近付いて、ユポポの頭をリュックに押しこむ。蒼空君だけがその様子を、両手を頭の後ろに組んでニヤニヤしながら見ていた。


「お前……! 何してんだ……!?」

「痛いしー! 痛いしー!」


 ユポポはリュックの中でゴソゴソ動くと、隙間から紙を持った手をすっと出した。


「手紙……?」


 苑紅さんは手紙を受け取り、中を確認した。


「住職からだ」


 皆が手紙を覗きこむ。


「風薫る爽やかな季節となりました。さてさて、ユポポの奴がどうしてもお前らについて行くって聞かなくってよ。まー、良い機会だし社会勉強がてら旅に出るのも良いかと許可したよ……って、オイ何だこれ! ユポポ!」


 苑紅さんがリュックの口を広げると、おまんじゅうの包装紙やおやつ昆布の空き袋が散乱していた。


「あー! 俺のおやつが!」

「そこは問題じゃねぇよ。おい! ユポポ!」


 ユポポは悪びれた様子もなく、膨らんだお腹をポンと叩いた。


「よろしく頼むし!」




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