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三十一文字物語  作者: 京屋 月々
第二章 紅花栄
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第三話「花は咲くの草花は」

 紐状の詠力えいりょくの光が無数に現れ、茨刀うばらとの体を取り囲むように渦を巻きはじめた。

 まるで新体操のリボンのように。

 あれ? 何か、この演出、どこかで見たことがある気がする。何だっけな。


「ふはははは! これぞ第一短歌部の最新兵器だ!」

「これは!?」


 一帯が強い光に囲まれると、中から和装の歌装束うたしょうぞくに変身した茨刀が現れた。狩衣かりぎぬをさらに動きやすくしたような軽い素材の装束は、優美な装飾もなく、歌合うたあわせのために作られましたっていう感じがする。

 茨刀は、右手にもった刀をくるくるっと回転させると、ポーズを決めてドヤ顔を浮かべた。


「第一短歌部 二年! みや茨刀!」


 後ろに控えた第二短歌部の連中が姿勢を正して拍手している。蒼空そら琴葉ことはも釣られて拍手していた。


「おー! すげー!」

「ふふ……。ふふふ……」


 笑ってる。すごく褒めてほしそうな顔だ。


「見たか! これぞ第一短歌部の新兵器だ!」


 何か言いたげな苑紅そのべに福丸ふくまるを置き去りにして、蒼空が茨刀に詰め寄った。


「すげー! 変身した! これ歌装束っすか?」

「そうだよ!」

「歌で錬成れんせいしたってこと?!」

「そのとおり!」

「すーげ!」

「だろ! だろ!」


 嬉しそうに返答する茨刀に、蒼空は目を輝かせながら質問を重ねる。


「普通の歌装束と違って、すっげー必殺パワーがあるんすか?!」

「え……」

「何か、合体技は!?」

「え、いや……」


 琴葉も真剣な面持ちで会話に参加しはじめる。


「茨刀さん、その刀は魔法アイテムですか!?」

「え、あ、えーと……」


 言いよどんでいる茨刀を捨て置き、琴葉はくるっと振り返ると両手を組んで祈るよう語りだした。


「魔法少女は孤独なんですよね……。誰にも正体を明かせず、誰にも理解されず、でも戦わなくちゃならないの」

「え。でも正体わかってるじゃん。茨刀先輩が魔法少女なんだろ?」

「え」

「え」


 茨刀と蒼空、琴葉を除いて、周囲はとっくに呆れた空気になっている。

 第二短歌部の面々はもはや悟りの境地みたいな表情で黙ってるけど……。

 まぁ、わかるよ。高校生にもなって魔法少女エフェクトで変身して、本気で ポーズ決めるのはちょっと、対象年齢的に厳しいよね。

 蒼空と琴葉は、純粋すぎるからあの調子だけど、子供っぽいくせに敏感な茨刀にとってはあの二人の相手をするのは辛いだろうな。


「茨刀先輩が魔法少女なんだろ? 正体わかってるじゃん!」

「蒼空くんの考え方は乱暴だよ! 正体バレバレだけど、わからないみたいな演出は周囲の協力も必要なんだよ!」

「そういうもんなの!?」


 茨刀に苑紅が近付く。


「あの……、ちょっといいかな? 魔法少女」

「んーー! 苑紅ぃ!!」


 顔を真赤にしながら苑紅に振り向く。


「もう行っていいかな? 歌錬成の装束が新兵器ってことはわかったし、うちらも忙しいんで」

「ぐ……! これはすごい技術力なんだぞ! うらやましいだろ!」

「あー、どうだろうね?」


 苑紅が第三の部員たちを振りあおぐと、蒼空、琴葉、福丸は涼しい顔を浮かべている。

 

「ま、俺、魔法少女よりヒーロー戦隊の方が好きだし」

「理解はできますけど、さすがにもう魔法少女は卒業したんで」

「僕の美しさの前には、どんな魔法も覚めてしまうからね……」

「茨刀、まあ、そういうわけで」


 苑紅が話を切りあげようとした時、隅にいる夜鹿よるしかが目に入った。

 夜鹿は、頬を赤らめ口をぽかんとあけながら、茨刀の装束を凝視していた。両手はスカートをギュッと握っている。


「まさか……」


 苑紅が何か言おうとしたとき、蒼空が頭に両手を組みながら夜鹿に歩み寄った。


「なーんだ。夜鹿、あれ欲しいの? 魔法少女のやつ」

「い……いらない」


 夜鹿はふいっと顔を背ける。


「何で? 欲しそうじゃん? 魔法少女のやつ。魔法少女なりたいんじゃないの?」


 『雪原の末葉すえばが示すあけの道 白き小花が咲きし柊』


 一瞬光が輝くと、夜鹿の右手に刀が握られていた。

 夜鹿は躊躇ちゅうちょなく、蒼空に斬りかかる。


「死ね」


 蒼空は、あはは、と楽しそうに笑いながら夜鹿の斬撃を避けまくる。


「おい! 結界外でのウタは生徒会に感づかれるから、やめとけ」


 苑紅が語気を強めると、蒼空は、はーいと渋々といった返事をし、夜鹿は何も言わず刀をしまった。


「茨刀、第一短歌部は部活対抗戦に出るのかよ?」

「ふふ……。普段なら眼中にない大会だけど、甲賀こうが先生は貴様らに執着しているからね。覚悟したほうがいいかもね」

「あっそう。設立したての部に随分ご執心なようで。じゃ、うちら、もう行くから」


 行くよ、と第三陣を促し、苑紅は廊下を歩き出す。

 茨刀から見えなくなると、苑紅はさっと片手に伝冊でんさくを持ち、忙しそうに操作を始めた。


「苑紅。茨刀のあれは」

「わかってる。歌戎具うたじゅうぐと歌装束の同時錬成だ」


 福丸と苑紅の会話は少々の緊迫感があった。


「え、苑紅さん、さっきの茨刀さんのやつ、やばいんすか?」

「錬成前の歌戎具は、依代よりしろの装具の中で、常に詠力えいりょくに浸かっている状態にある。その状態を保ち続ければ、戎具はウタが通いやすく、多くの詠力をまとった状態をキープできるように成長する。歌装束も同じことが言える」

「なるほど。よく漬かってる漬物みたいなことっすね」

「まぁ、そういうこと。歌装束も練成は可能なんだけど、歌合でウタと連携が多いのは歌戎具だ。そして、試合開始直後にウタえるのは一首で限界。二首目をめば、すぐに物理攻撃がくる」


 でも、と蒼空が言う。


「茨刀さんは一首で戎具も装束も錬成してたっすね」

「そう。一首で同時に錬成するのは、封じこめる装具に特殊な素材が必要になる。それは、学院内では手に入らない」

「新京極の市場で買えるものでもないってことっすか?」

「そうだね。とにかく、あいつらは二首目のリスクなく、歌戎具も歌装束もベストの状態で歌合できるってことさ」

「錬成版の歌装束って、すごいんすか?」

「ま、防御力30%増しって考えるといいよ」

「そりゃ、ずるいなあ」


 まぁ、とにかく。と、苑紅は伝冊を懐にしまった。


「第一短歌部のやつらが、希少素材のルートを確保してるのは間違いない。ひとまずプロに相談だ」


 苑紅が古い建物の前でピタッと立ち止まる。建物からは機械油の匂いが漂っていて、ちょっと頭がくらくらしそうだ。苑紅の半分ほどしか背丈のない絡繰からくり人形が、出迎えるように立っている。


 「花は咲く 十月待つのはのちうたう」


 人形は機械音で原歌げんかの上の句を詠う。


 「の輪のつま きつと草花は」


 苑紅は小声で上の句を復唱してから、続けて下の句を詠んだ。連歌れんが遊びだ。懐かしいなぁ。私も短歌部時代、よくやったなぁ。


 絡繰人形が「照合イタシマシタ」というと、ガララと音がして、「絡繰装具部」と筆で殴り書きされた看板のすぐ隣にある引き戸の扉が自動で開いた。苑紅がズカズカと部室に踏みこんでいく後ろを、蒼空たちが追った。


 うわぁ。めっちゃ絡繰がある。あ、あれ、籠持が使ったYUKIMURAだ。

ごちゃごちゃと部品類が散在する室内で、天羽がゴーグルをかけて機械いじりをしていた。散らかってるみたいでどこに何があるかわかってるって感じの趣味部屋だなこれは。


 あちこち見回していると、鳩時計やオルゴール、歯車など、絡繰に関連しそうなものから、試験官や一升瓶、ギターや手錠など、何に使うのかよくわからないものまである。


 ペンキやスプレーなど塗装のものやオイルもたくさんあるせいか、町工場のような油っぽい匂いが染みついている。


 「朝ぼらけ りんごみたいな太陽がきらり光っておはようコケコッコー」


 天羽あもうがトサカを押すと、トタンかアルミみたいな素材でつぎはぎされた鶏は、高らかに原歌を詠んだ。


「うむ、これで詠力波えいりょくはチェックは完璧だなッ!」

「お~い」


 喋る機械をいじりながら、ブツブツとデカイ独り言を呟く天羽に苑紅が声をかける。


「おお、苑紅、やっと来たかッ!」


 天羽は絡繰を足元に置くと、いつも通りの態度のデカさで丸椅子に座り、腕組みをした。

 同じテーブルには、猫背のメガネ男子が座っている。至近距離でノートパソコンをいじってて、さらに目が悪くなりそうだ。ああ、この世界ではノートパソコンじゃなくて、ノート伝冊かな。


「要件はさっき伝冊で伝えたとおり」


 苑紅も木の丸椅子に座り天羽と対面する。第三の面々は苑紅の後ろに立った。


「生徒会と第一短歌部はついに禁止素材にまで手を染めたかッ!」

「装束と戎具の同時錬成だ。素材は何を使ってると思う?」


 メガネ男子が伝冊の画面から顔を上げないまま、早口で喋りだした。


「おそらく、賓客ひんかく由来の素材。装具に使う強度なら、鹿の賓客の角や、虎の賓客のひげ、猿の賓客の爪など」

「調達できそう?」

「これについてはヤバいルートしかない。そして、禁止素材の条件をクリアした素材が必要。うちの空想素材研究部が総力で動いても難しい」


 緊迫感のある空気のなか、気の抜ける声で蒼空が口を挟んだ。


「あ、絡繰装具部からくりそうぐぶの人じゃないんすね〜」


 メガネ男子は、画面から目線を蒼空に向け、顔を確認するとまた画面に目を向けた。

 苑紅が補足する。


伝網連でんもうれん二年、空想素材研究部の曳縵えかづらだよ。あんたらの先輩なんだから、きちんと挨拶しな」

「すいませんっす! えかづら先輩! こんちゃっす!」

「こんちゃーっす!」


 蒼空と琴葉が腕をクロスしながら挨拶した。


「えかづら先輩、空想素材を研究してるんすか?」

「昔はそのような部だった。今は調達の難しい素材の情報を集めルートを確保するのを主な活動としている」

「へぇ〜〜。そんなんもあるんすね」

「で、苑紅。第一は条件を満たした素材を独自ルートで、部内で独占しているんだろう。流通は開かれないと考えたほうがいい」

「抜け道ある?」

「禁止素材ルートで調達。これがバレたら生徒会による拘束は必至。生徒会の詠力ソナーをかい潜る必要がある。手っ取り早いのは、賓客を懐柔かいじゅうして素材をもらう」

「なるほど。山で賓客を説得して、爪切ったり、髭を抜いたりするってわけか」

煩悩ぼんのうの数だけ命が必要であるなッ!」


 苑紅は扇子をパチッと鳴らす。


「まずは、第一の素材調達ルートの調査が必要だね」

「時間が掛かる。第一のお抱えの部は、倭歌礼装やまとうたれいそう部と千日装具せんにちそうぐ部。この部の素材ルートは生徒会による学園公式ルートだが、公開はされていない」

癒着ゆちゃくを引き剥がすには、生徒会の転覆が最優先事項だッ!」

「この話をしていること自体もヤバい。禁止素材の調達の話題はご法度はっとだ」

「茨刀が満面のドヤ顔を浮かべるわけだ」


 あの、と蒼空が小さく手を挙げた。


「禁止素材で何とかするか、仲良しの賓客から提供してもらうかの二択なんすよね?」

「ま、そうなるな」


 蒼空、何を言う気なの……。

 まって……。蒼空! それだけは言っちゃいけない!

 あれだけ友禅から言われてきたでしょ!

 誰にも言っちゃいけないって!


ーそうだな! 今後、お前が一番信頼できる仲間が出来たと思った時なら、言ってもいいぜ


 数年前、友禅が言った言葉が鮮明に私の記憶に蘇った。

 そうか。

 蒼空なら、そう思うよね。

 今がその時だって……。


「俺、賓客っす」


 全員が蒼空に向けて、じっとりとした目を向けた。

 曳縵は伝冊の画面から目を動かすことすらしなかった。


「はいはい。アホひとり」

「いや、ほんとっすよ。ほら、これ」


 蒼空が制服をめくりお腹を出して、詠力をこめる。

 すると、筆で書いた複雑な模様と文字が浮かび上がった。


「これ、俺を封印してる能筆のうひつっすよ」


 じっとりした目で見ていた天羽が目を見開く。

 苑紅も言葉を失っていた。

 曳縵も横目で一瞬見て、そしてゆっくりと二度見した。


 あーあ、言っちゃった……。


 その時、絡繰装具部の部室内の窓ガラスが大きな音を立てて同時に全て割れた。

 なにごと!?

 割れたガラス窓から、黒い服に身を包んだ特殊部隊がロープで何人も入ってきた。

 SWATだ!  スペツナズ部隊だ! この世界にもあるのか!

 というか、何の御用だよ!


 その時、稲光が落ちたような音とともに、床に無数の詠力紋が弾けた。

 それを合図に、その場にいた全員にウタの鎖が伸び、両手を拘束した。

 特殊部隊たちが、拘束された全員にライフルを向ける。

 彼らの背後から、女性の特殊部隊員がゆっくりとこちらに近付いてきた。


 『束ねられ ならびし首の吊りざりし 生命いのち凍りて その声はもう』


 女性の特殊部隊員は詠いながら、苑紅の前に立ちはだかり、ニヤリと笑う。


「生徒会じゃ。神妙にしてもらおうかのう」


 そう言った女性の特殊部隊員に、両腕を拘束された蒼空が一瞬で詠力をまとい飛びかかった。


「あれ……」


 飛びかかったはずの蒼空は姿勢を崩し、そのまま地面に倒れこんでしまった。


「お前じゃな、「今際いまわノ歌」を詠んだという小僧は。元気がいいのう。仕置きが必要そうじゃ」


 蒼空は力が出ないようで、地面に横たわったまま呻いている。

 苑紅がリーダーと思わしき女子生徒を睨みつける。


「蒼空、抵抗するな。生徒会の禁止装具を使ったウタは、通常のウタじゃ太刀打ちできない」

「禁止装具とは聞こえが悪い。生徒会標準の装備じゃ」

「はいはい。で、何の用だよ。細雪ささめゆき

「お主らを禁止素材調達準備罪の容疑で連行する」

「手回し良すぎるだろ。てか、あたしら何の準備もしてないんだけど?」

「お主らはすでにじゅうぶん兄様あにさまに楯突いておるからのう」


 連れていけ、と細雪が言うと、特殊部隊たちが乱暴に苑紅たちを連行し始めた。


「苑紅さん!」

「大丈夫だ、琴葉。ひとまずこいつらに従え」


 琴葉の悲痛な声に苑紅が答えた。


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