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三十一文字物語  作者: 京屋 月々
第二章 紅花栄
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第二話「柔の炎」

 苑紅そのべにが、余った畳を何枚も重ねた高座のような台に扇子片手に、仁王立ちになっている。


「はーい、勝った人だけが残るシステムだからね! あいこもだめ!」


 柔道部員たちは高台の下から苑紅を見上げて、ざわざわと列を作る。

 みんな、とても真剣な顔で握りこぶしに力を込めている。


 第三短歌部の女子三人と戦うメンバーは話し合いではまとまらず、結局苑紅の提案で、大じゃんけん大会で決めることになった。


数人の柔道部員が両手を組んで回転させ、手の中を覗きこむ。

ほかの部員たちも、土地土地のじゃんけん必勝のおまじないの儀式をしていた。


「こいつ、不正しています!」

「なっ! ちがう!」

「縛り上げろ!」


 おまじないのふりをして詠歌しようとした部員がいるらしい。

 不正を働いた部員は柔道着の帯で縛りあげられ、観念したように肩を落とした。そしてその場に座りこむと、静かに涙をこぼしはじめた。


そうか。泣くほどのことなんだな。

男子高校生の、女の子への欲求は凄まじいな。


 戦いを見守ろうと思っていたけど、うちの部の女子生徒たちに、こんな野獣を相手にさせられない。一番弱い三人がじゃんけんで勝つようにしよう。


私が「力」を使おうとした時、蒼空がぼそっとつぶやいた。


「あぁーあ。俺がやりたかったのにな。せめて、すっげー強いヤツらを苑紅さんたちが、コテンパンに倒すとこ見たいなあ〜」


あぁ! うちの蒼空は、何てピュアで、そして何て残酷なんだろう!

苑紅たちが勝つって信じて疑わず、かつ強い人たちに当たることを望むなんて!


私が浅はかだった。

そうだ、これは大きな目標を達成するための通過点に過ぎないのだ。

よ~し、蒼空。私に任せとけ〜。


「よし! じゃあ行くぞ! じゃーん! けーん!」


 私は「力」に命令する。


 『えらべ』


「ぽん!」


 苑紅が高々とピースサインを掲げている。

 一瞬ののち、崩れ落ちるほとんどの柔道部員たちのなかで、三人の猛者もさたちが握りこぶしを挙げていた。


「お! あいこは〜〜。いないみたいだね。一発で決まったな!」


部員たちはどよめき、口々に驚きの声をあげる。


「うちのトップ3だ!」

「まさか……。柔道の実力だけでなく運まであるなんて……!」


 負けた部員たちがおとなしく武道場の端に下がると、苑紅と話していた部長の道方みちかたと、二人の屈強な部員がその場に残った。


「苑紅! しくもうちの三強だ! 手加減はせんぞ!」

「ふふ。望むところだよ」


蒼空~、どうよどうよ~?


「おー! 最強の三人が相手とか、最高っすね!」

「おいおい、蒼空。喜ぶことか?」


 福丸ふくまるはいつもの気弱が出てるみたいだけど、部員を信じようよ。

 苑紅は畳台からぴょんと降りると、腕のストレッチをしながら第三短歌部陣営に参集した。


「あんたたち、準備はいい?」

「苑紅、歌装束うたしょうぞくはいいのか?」


 不安げな表情の福丸に、苑紅はあっけらかんと笑った。


「用意がないからね。制服のままでいいよ」


 夜鹿よるしか琴葉ことはも制服のままで、すでに戦闘モードに入っている。そこに、道方がやってきた。


「苑紅、さすがに制服のままの女学生を投げ飛ばすというのは、やわらの道に反する」

「あぁ、あたしら、ただの女学生じゃなくて、短歌部員ですから」


え~。何そのセリフ! かっこいい。

「それがしは武士でござる」みたいなノリのやつだー。

私も言いたい。

よーし、いずれ言おうっと。この世界なら言っても良いよね。


えっと、何だっけ。


「私は短歌部員だ! 手加減なしでかかっておいで!」


 って、相手に向けて手をクイッてすればいいんだ。

 はー。夢の広がる世界だなぁ。


「琴葉、夜鹿、行くよ」

「はい!」

「はい」


 試合に出場する六人が、試合場へと上がっていく。

どの顔も、気合いは十分って顔つきだ。

短歌部と柔道部、どうやって戦うんだろう、楽しみ~。


審判役を担う柔道部員が片手を上げる。


「三対三戦! 開始はじめッ!」



 『翠雲すいうんの扇は時に あまつ風、鈴なり樹雨きさめ 勇花の開く』



 『雪原の末葉すえばが示すあけの道 白き小花が咲きしひいらぎ


 開始宣言の直後、苑紅と夜鹿はそれぞれ歌戎具うたじゅうぐの錬成をした。

 ほぼ同時に、柔道部の三人も詠う。


 『轟と鳴く柔の炎がしんを打つ 熱き決意を締める黒帯』


 『叡山に昇る朝陽の眩しさの 清きを胸に使命を誓う』


 『洗いたて白い道着に袖通し 感謝の気持ち やわらか仕上げ』


詠力えいりょくの粒子に包まれた柔道部員たちの体は赤黒く変色し、蒸気をあげる。

苑紅は鉄扇を手の中で回転させると閉じ、親骨に指を当てて相手に向けた。


「あいつらの歌は、多分、限定特化だ」

「了解」


夜鹿はすんなりと返事をする。

限定特化って何?


「え? え、限定特化って何ですか?」


 琴葉はいつも私の心を代弁してくれる。


「二人は一旦距離を取れ」


 私たちの疑問には答えず、苑紅は一人、道方の方へと突進していく。


 『散りゆくがままの寡黙な秋の風 一輪草は夢路に吹雪く』


 組み付こうとする道方の手をフェイントでかわした苑紅は、回転しながら鉄扇を側頭部に叩きこむ。

 決まった! 苑紅の鉄扇は痛いはず!


 と、道方は即座に苑紅の腕を取る。その顔には一切のダメージが感じられない。


「……やば」


 苑紅が呟いた刹那、道方は強烈な速度で体を回転させ、苑紅を背中から畳に叩きつけた。かに思われた次の瞬間、苑紅の体は無数の紙吹雪になり、きらめいて散った。


「危ねえな。やっぱ、そうか」


 紙吹雪になってしまったはずの苑紅は、道方から距離を取って身構えている。

さっきの短歌は、身代わりの術的なやつかー。


苑紅は後方に跳ね、琴葉と夜鹿に伝える。


「あいつらがウタったのは、柔道でのみ決着をつけるっていう歌心うたごころだ」

「え、どういうことですか?」


 む。福丸の試合の時に、歌心に忠実であればあるほど強くなるって言ってたっけ?


「つまり、相手の柔道技じゃない攻撃はダメージを通さないけど、自分たちも柔道技しか使わないって誓約の歌心だな」

「えー! 私たちも柔道の技しか使えないってことですか?」

「そうだね。ちょっとやそっとの攻撃じゃ効かない。戎具の攻撃も通らないけど、持ちこみはセーフってとこかな」


 理解の追いつかない琴葉が質問を重ねようとした時、柔道部員の一人が雄叫びを上げながら突っこんできた。


「琴葉! 来たぞ!」

「わっ! えっと……柔道……? えぇーーーっ?」


 困惑している琴葉に向かって、鼻息を荒くし、目を血走らせた柔道部員が猛然と近付いてくる。勢いに圧され、頭が真っ白になった琴葉に柔道部員が掴みかかろうとした時、白い影がヒュンと音を立てて走り、柔道部員の両腕を弾いた。


「大丈夫。防御は通る。掴まれないようにして」


 夜鹿は払った刀を構えなおすと、琴葉を守るように前に立ち、柔道部員と対峙した。


「夜鹿! ありがとう! そっか、相手の腕を払うのは柔道でもあるもんね」

「そう」


 どんな気持ちで入部したのかわからないけど、夜鹿もけっこう第三短歌部に馴染んできたなあ。


もう一人の柔道部員が夜鹿への距離を詰めている。

名前がわからないから、こっちの柔道部員がA、さっき琴葉に襲いかかった方をBって呼ぼう。きっと彼らはモブだろうし。


 琴葉は両手で顔を叩くと、柔道部員Bに向かって構えた。気合いを入れ直したみたいだ。

苑紅は道方に対峙したまま後輩二人に指示を出す。


「こっちも手一杯になる。二人とも任したよ」

「はい!」

「はい」


苑紅と夜鹿には策がありそうだけど、琴葉は大丈夫かなあ。

柔道の技しか効かないってことは、琴葉の空手技も効かないってことだよね。

 そんなこともできるなんて、ウタは反則的だな。


先に夜鹿が動いた。いつものようにキレのいいステップで、連続の斬撃をAに放つ。Aは少しも慌てずに両手でブロックしただけで、ニヤリと笑っている。

あんな鋭い刀の斬撃も効かないなんて、いくら夜鹿でも苦戦してしまう。

身長差だって三〇センチ近くあるのに、あんなやつを投げ飛ばすなんて、絶対出来ないじゃん。


 Aは夜鹿を掴もうと高速で両手を伸ばす。夜鹿は冷たい視線であしらい、斬れない刀でAの腕を弾いていく。


 『高垣の枝は鋭く冬の香の 空を貫く枯れいくままに』


 刀で防戦を強いられながらも夜鹿はウタを詠んだ。そして、後ろに大きく跳ねると、空中に向かって刀を突き刺すように勢いよく掲げる。


「うぉ!?」


 夜鹿の動きに合わせて詠力のやいばが空中に現れる。無数の刃はA本体ではなく、その柔道着を刺した。


 そうか。攻撃は効かなくても、服は刺せるんだ。 


 夜鹿はそのまま両手に持った刀をひるがえし、後方に回りながら振り下ろした。


詠力の刃もその動きに同調し、柔道着ごと相手を空中に舞いあげたかと思うと、背中から地面に叩き落とした。


「一本!」


審判の声が響く。

 やったー!

試合場の端で観戦している柔道部員たちからはどよめきが起こる。へへーんだ。


「やりぃ! 夜鹿!」


蒼空が身を乗り出した。

さすが夜鹿。うちの蒼空と、あれだけの死闘を演じただけのことはある。

 夜鹿は相変わらずクールな感じで琴葉とBを見守っている。


福丸と蒼空も、釣られるように琴葉を見た。

琴葉は実戦でウタが使えないし、柔道の技も多分使えない。


 琴葉は夜鹿に教わったように相手の腕を払って、まずは負けないようにと粘っていた。

 Bはだんだんとイライラしたような表情で近付く。琴葉は冷静な顔のまま身構えていて、闘志の表れた立ち姿をしている。


「琴葉! 来るぞ!」


 福丸が警告したと同時に、柔道部員Bが片手を伸ばした。

 琴葉は瞬間的に突きと蹴りを立て続けに放ち、衝撃でBは後ずさる。しかし、またすぐに身構えると、琴葉に迫った。


「おんなのこぉぉお!!!」


 Bの掛け声に、外野の柔道部員たちも盛りあがった。

 試合に出られなかった全員の願いをその身に背負っているんだね。


「琴葉! 柔道の技じゃないと!」

「打撃は効かないぞ!」


蒼空と福丸の声を聞き、Bとの距離を測りながら琴葉が応えた。


「大丈夫! 苑紅さんからアドバイスを受けたから!」

「え……。アドバイスって……?」


 そんなのあったっけ?

 私がこれまでの会話を思い出そうとしていると、あっ……と、蒼空と福丸が顔を見合わせた。


「まさか……」

「柔道の技しか効かないってところじゃなくて……」


迫り来る相手を睨みつけながら、琴葉が叫んだ。


「ちょっとやそっとの攻撃じゃ効かないなら!」

「そっちかよ!?」


福丸と蒼空の声が武道場に反響した時、Bの体に速射砲のような連撃が叩きこまれた。

しかしBは数歩、後退したものの、態勢を整え身構える。

 Bはなかなか女の子が思い通りにならない憤りを増幅させたのか、雄叫びが止まらない。


「ぅぉおおおんんなのこぉぉぉぉ!!!」


集中状態に入ったらしい琴葉は、周りの音も聞こえない様子で呼吸を整えている。


「……もっと。ありったけを……!」


琴葉は咆哮ほうこうし、体に気を入れる。

柔道部員Bが瞬時に踏みこみ、琴葉の襟袖えりそでを掴もうとしたとき、閃光せんこうが巻いた。琴葉の後ろ回し蹴りは、柔道部員Bの顎を確実に捉えた。


さすがのBも気が遠のいたのか、後方に二、三歩たたらを踏む。さらに琴葉は体を回転させ、ダメ押しのボディーブローを相手のみぞおちに叩きこむと、そのまま相手を上空に殴り飛ばした。


キラキラキラ……


Bはキラキラと光る何かを口から散らしながら上空を舞うと、畳に落下した。審判が近寄ると、Bはぴくぴくと痙攣けいれんし、白目をいていた。


「い……いっぽん!」


審判の宣言のあと、居心地の悪い間があって、それから柔道部員たちがざわつきはじめた。


「打撃……で、倒した?」

「うそだろ……」


蒼空と福丸は思わず立ちあがり、歓声を上げる。


「やったぜ! 琴葉!」

「嗚呼! 相手の信念すら叩き壊す暴力! 神よお許しください」


 やったー! と、私も声にならない声を上げた。

 体格が大きく上回る相手をぶん殴って倒すなんて最高だ。

 私は子供のころから喧嘩なんてしたことがなかったけど、強い憧れはあった。

 コンビニの前でたむろしているヤンキーたちにおびえて、少し遠いコンビニに行ったことを思い出す。

私に琴葉と同じくらいの腕っぷしがあれば、あいつらをボコボコにして、チョコモナカジャンボを買わせていたと思う。


「苑紅さん!」


 蒼空の声でハッとした。

そうだ。試合はまだ終わりじゃない。

苑紅の相手は柔道部部長。AとかBとかのモブとは実力が違うはずだ。

苑紅が負ければ、夜鹿と琴葉が道方の相手をしないといけない。


「苑紅! お前の部の奴らは凄まじいな! 素晴らしい交流試合だ!」

「ふふ、どうも」

「もとより手加減するつもりはない! 行くぞ!」


苑紅はふっと笑うと、構えた鉄扇を閉じ、くるくると回すと腰にしまった。


「来い!」


 苑紅が素手で身構えるやいなや、道方が襲いかかる。

 えー。武器出さないの? 効かないのわかってるけど、不安になる〜。


 二人はお互いに投げやすい位置を掴もうと組み手争いをしている。

 一瞬の勝負は道方に軍配が上がり、苑紅の奥襟を掴むと、体を巻きこみながら片足で苑紅の足を跳ねあげた。


「内股だ!」

「決まる!」


ヤバい!

内股って聞いたことある! オリンピック中継で言ってた!


ダンッ! と音がして、畳の上に背中を叩きつけられたのは、道方だった。


「一本!」


審判が片手を上げた。


「内股すかし……」

「マジで……?」

「まさか、柔道で勝つなんて……」


観客の柔道部員たちは唖然として、言葉少なに呟いた。

部長は爽やかに「はっは」と笑いながら起きあがる。


「俺の内股を返すなんて……」


何か知らないけど、返し技が決まったのかな。全然見えなかったけど。

苑紅は全力のドヤ顔で道方と柔道部員たちを見下ろしている。


「苑紅、内股が来るとわかっていたのか?」

「わかるわけないじゃないですか。ひとまず集中して、何がきても対応するつもりだったんですよ」

「俺の内股を警戒もせずに返したのか? まさか……」

「だから。言ったでしょ? 私たち、ただの女学生じゃなくて」


短歌部員ですから! わーい! やったー!

私はばたばたと床を悶え転がる。


「短歌部、ていうか、第一短歌部は武道全般ひと通りやらされるんですから。うちの学校の短歌部は伊達じゃないですよ?」

「ぬぅぅ……。そうか」


道方はうなだれる。部員たちもシクシクと泣いているようだ。

何だか、少し可哀想な気がしてきたな。部員たちはともかく、部長は見るからに柔道一直線の人なのに、まさか本業で負けるなんて。


「甘ったれるな!」


 いつの間にかまた畳の高座に上がり仁王立ちしている苑紅の声が、武道場いっぱいに響き渡る。


「貴様ら、「女の子、女の子」と! 欲求丸出しの上! その女の子に柔道で負けてどう感じているのだ!」


嗚咽おえつをあげてうなだれる部員たちに向け、苑紅が続ける。


「男子の本懐は強さである! 腕っぷしである! 柔道部員よ立て! 君たちは柔道を選び、柔道に選ばれた者たちなのである!」


おぉ……と、部員たちが頭を上げた。頬にはまだ、涙の乾いた跡がきらりと光っている。


「女の子にモテるには練習あるのみ! 柔の道は始まったばかりだ!」


おぉ! と部員たちは声を揃えた。


「ジーク、柔道部!」

「ジーク、柔道部!」


苑紅の謎の掛け声に、柔道部員たちが続く。


「さぁ、君たち。こんな優秀な我々に是非とも試合場のレンタルを……」

「うぉっしゃあああ! お前らぁあ! 聞いたか! 練習だ! 稽古だ! 始めるぞぉぉ!!!」


振り切ったような道方の叫びに、苑紅の声はかき消されてしまった。


「貴様らぁ! 今日は日が暮れるまで休みなく乱取りだ!」


押ッッッッ忍! と部員たちの大きな声が合わさる。


「あれ……」


 苑紅は無観客ライブみたいに、ポツンと高座に取り残された。


 武道場ではすでに稽古が始まり、第三短歌部のことなど忘れてしまったかのような熱気に満ちている。

苑紅は高台をぴょんと飛び降り、道方のもとへと歩み寄る。


「あの……。道方先輩」

「おう! 苑紅! 此度こたびの交流試合、糧となったぞ! 俺たちはどこか甘えていたのかもしれない。いつかは柔道が最強と証明する。その強い気持ちがいつしか惰性になっていた」

「う……うん」


 道方は目をらんらんと輝かせ、青春を凝縮したような汗を全身に掻いていた。


「我々も部活対抗戦に出場する! 柔道こそが! じゅうよくごうを制すこの武道こそが最強であると証明するために!」

「な、なるほどね。で、レンタルの……」

「おらぁ! 次は俺が相手だ!」


 道方は試合場へと一直線に走り去っていく。その耳にはもはや、苑紅の声など入らないようだった。


「…………あれ?」


苑紅の背中に、夜鹿がポツリと言い放つ。


「無計画……」

「……う」


 取りつく島もない柔道部に見切りを付け、第三短歌部一行は部室に戻ることにした。


「よぉ! 苑紅! 部活対抗戦出るんだって! 頑張れよ!」

「苑紅! 部活対抗戦頑張って!」


通りすがる生徒たちほぼ全員から、そんな声をかけられる。


「苑紅……。何故、皆が知っているんだ……」

伝網連でんもうれんだろ。もう情報かぎつけてやがるんだよ……」

「あ、苑紅さん。伝冊でんさくの学園情報サイトで、私たちの特集上がってます」

「うぇ……。はえーって」

「京西高附属卒の空手部元エース、我が校の柔道部員を打撃でしとめる! ってこれ、私のことですよね! やったー!」


私も琴葉の伝冊を覗きこみながら、やった! と手を挙げる。

でも、うちの蒼空をノーマークとは。伝網連もまだまだ甘いな。

琴葉と蒼空の伝冊を回し見していると、見覚えのある声が一同を呼び止めた。


「おやおやおやおや。皆さん、どこへお出かけですか?」


白装束の学生たちを引き連れる彼女は第一短歌部の……、えーと、誰だっけ?


「なんだ、茨刀うばらとじゃん」


そうだ。愛蘭あいらんに本性見破られてアイドルコスプレして大恥かいた茨刀だ。


「ひょうろくの玉が小さく咲く空に うすら明るい 昼の行灯あんどん、ってね。うふふふ……」


こいつ、権威主義で、毅然と振る舞ってるけど、福丸に恋してるのバレバレなんだよね。

うちの部員たちは恋愛に無頓着だから気がついてないっぽいけど。私にはお見通しだもんね~。

その証拠に、見下すように偉そうに皆を見てるけど、福丸の顔だけは見ようとしない。

むむ。ちょっとムカつくかも。


「はっはっは! 聞いたところによると、この学園でもイロモノ中のイロモノイベント、部活対抗戦に出るそうだな! あーっはっはっは! 切羽詰まると背に腹は変えられんよな!」


宝塚の舞台かってくらいの大仰な身振りで高笑いする茨刀に、私はイライラっとする。


 『寄せろ』


両手を広げて高笑いしていた茨刀が態勢を崩す。


「あれ……っと、っと」


ガシッと、そのまま福丸にしがみついた。

うへへへ、恋始まっちまえよ〜。


数瞬、その態勢のまま硬直すると、茨刀はガバッと福丸を引き離した。


「な、なに、なにをするぅ!」


その顔はまっかっかに紅潮している。

「なにをするぅ!」だって、かわい~。

コンマ数秒の幸せ、どうだった。かわいいなぁ。ほらほら、もっと幸せになってください。


 『すがれ』


「おっ……と、……っと」


再び、たたらを踏んだ茨刀が福丸の胸に飛びこんだ。

茨刀が見上げた先に、福丸の麗しいご尊顔がある。


「大丈夫かい……?」


一瞬で茨刀の顔は真っ赤になった。

福丸の声。福丸の匂い。福丸のまなざし。福丸のぬくもり~。


「んーーーーー!!!」


茨刀は両手で福丸を押しのけると、胸に手を当てて荒い呼吸をする。そのまま、今度は膝に手を置いてうなだれた。


「茨刀さん! 大丈夫ですか!」

「チッ」


 心配する白装束の部員たちを両手で押しのけ、茨刀は呼吸を整えた。

 わっかりやすい~。

あー、面白いなー、この人。


「あ〜。もう行っていいかな?」


苑紅が言うと、茨刀は荒い呼吸のまま叫んだ。


「ま、まてえぇ! バカ!」

「何だよ……」

「今日はな、第一短歌部の最新兵器をお前らに特別に見せてやろうと思って来たんだ!」

「なにぃ!?」


急いで喋ったからか、茨刀はエホンエホンと咳が止まらない。


「えっと……。この! とくとみろ!」


 『鮮やかな赤が煌めく唇に 魔装現象 満月の闇』


詠歌とともに、茨刀の足元が白く輝いた。


「うっ……。これは」


無数の紐状の詠力の光が、茨刀の体を取り囲むように渦を巻きはじめる。

それはまるで、新体操のリボンのように優雅だった。

あれ? 何か、この演出、どこかで見たことがある気がする。


「ふはははは! これが、第一短歌部の最新兵器だ!」


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