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三十一文字物語  作者: 京屋 月々
第一章 雷乃発声
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第三十一話「勇花の開く」

福丸ふくまるさん、俺も「今際いまわノ歌」見たかったっす!」

蒼空そら……お前大丈夫なのか? 正直、少し不気味だったぞ……」

「おい福丸! 蒼空がたまに不気味なのはいつものことだろ! 普段はバカで時たま不気味! それでいいだろ!」


 場内は完全にさっきの一年が起こしやがった「今際ノ歌」でざわついてやがる。

 あんな面白いもんが現実にあるとはな。

 今度、第二のカス相手に試してやろう。「今際ノ歌」が発動するまで殺し続けるか? おっと、ゾクゾクしてきたな。


「今際ノ歌」の威力はなかなか捨てたもんじゃないが、俺にとっては基本的に倭歌神やまとうたがみとかいう、科学にビビったチキンが創りあげたこの世界がつまらねぇ。

 初等部の頃、親父の影響で夢中になった科学の本には、短歌を組みこまなくても、ボタンを押せば一瞬で街ごと壊滅できるような爆発を起こす兵器がごまんと載っていた。

 ウタなんて詠まずにだ。

 そんな、夢のような兵器の数々はすべて、倭歌神によって消し去られたらしい。

 どんな本でもそれは、平和を愛する倭歌神の偉業として讃えられている。

 馬鹿なのか? 勿体ねえことすんじゃねえよ。

 今でも、科学の兵器や演算機を作ろうとすると、ある一定まで形になった時点でウタの力が勝手に働き分解する。科学と短歌は、共生できない世界ということになっている、表向きには。


 高等部に入るまでは、何をするにもこの七面倒くせぇウタに頼らなきゃなんねぇのが不快だった。短歌部が第一と第二に分かれて、雪嶺ゆきみね率いる今の部活が始まってから、俺のクソみたいだった日常が変わった。

 短歌が必要なのは今も変わらねぇが、合法的に他人を破壊できるし、長年蓄積してきたストレスを発散すればするほど成績評価につながる。

 ま、及第点の生活だ。


 原歌に何の魅力もねぇと思っていた俺にとって、原歌もウタも短歌部特製の歌本を丸暗記すればオールオーケーな甲賀こうがの教育方針は気に入っている。

 適正に合った原歌を詠めば歌心は整い、詠力えいりょくも向上する。

 実力さえあれば第二を好きなだけなぶれるから、俺は満足、評価も悪くない。

 ちなみに俺の歌適正は物理と炎。物理では斬撃、刺突、打撃、全てに高い適正があるらしい。

 炎の適正については試しに第二の奴を焼き殺してみたが、あれは腹がよじれるくらい笑えた。次は串焼きにしてやろう。


 そんなわけで俺は、歌合うたあわせが性に合ってる。

 しかも雪嶺が俺を大将に選んでくれたおかげで、今日はいつもみたいに怯えるばっかしで逃げ腰の第二相手じゃなく、公衆の面前であの苑紅そのべにをぶっ殺せるのが楽しみで仕方ない。


 俺だって、苑紅に実力があることはある程度認める。だけどまあ、あいつの性格は俺との相性がすこぶる悪い。煽り耐性がゼロに近いから、ちょっと挑発をしてやればすぐに乱れる。

激昂すると短歌は単調になり、詠力を活かしきれない歌になる。「返歌ノことわり」の二秒間をタイムオーバーすることもあった。

馬鹿の相手は楽だし、あいつみたいに直情的な奴ほど、苦しみとか憎しみをすぐに出しやがる。「お前を許さねえ」とか、そういう正義の味方みてぇなこと言いながら殺されて敗北する姿を見せてくれる。苦しみながら殺される奴の顔は、ゾクゾクする。


茅野かやの先生、大将戦は装具の制限解除試合としますので、そのつもりで」

「……え? ……制限解除ですか!? そんな、生徒に事前申告もなしにですか?」

歌人かじんたるもの、どんな状況にも即座に対応が求められる。これも教育ですよ」


さて、うちの馬鹿代表、甲賀が動き出した。

俺の入れ知恵を鵜呑みにするとは、どこまで馬鹿なんだろうな。ま、俺には好都合だが。

 雪嶺に「相応の者で完膚なきまで叩き潰せ」って言われたのに、ここまでの四戦で二勝二敗の接戦だからな。追い詰められて焦ってるのはわかるが、それにしても馬鹿だ。


加えて茅野は三年程度のキャリア。甲賀には逆らえない。

観客席の角田かくたあたりが乱入したら面倒だと思っていたが、静観を決めこむことにしたらしい。教師が馬鹿だらけで助かる。


「苑紅……奴はおそらく禁止装具を万全に準備してるぞ」


 馬鹿代表が群れただけの第三野郎が今になって神妙な顔になってやがる。

 禁止装具ありの試合なんて聞いてねぇもんな、拷問待ちの囚人みてぇな顔しちまって、あー、早くぶちかましてやりてぇ。

 絡繰装具部からくりそうぐぶが絡むと厄介な装具でも出てくるかと思ったが、奴らの姿も見えねぇし、いたところで制限解除の装具なんて、すぐに準備できるもんでもない。

 どうせ負けるんだから棄権したっていいが、あいつはきっとノコノコ試合場に上がってくるだろう。


「福丸、わかってるさ。ギリギリになれば何かしてくるとは考えてた。まぁ、何とかするよ」


そうそう。この馬鹿正直さが苑紅だ。


「何とかって……」


 優男が苑紅に不安げな視線を向けている。

はは、何ともならねぇし、本当は何にも考えてねぇんだろ。


甲賀の宣言を渋々承諾し、重い表情の茅野が片手を挙げた。


「大将戦は、装具の制限解除試合とする! 第一短歌部・加藤衝也(ひらなり)、第三短歌部・伊勢いせ苑紅! 前へ!」


結局そうなるんなら、さっさとそうしとけよ。

おーおー。

苑紅が試合場に上がりながら、いつも以上に俺を睨みつけてやがる。あー、こえーこえー。

俺は、六角棒を持って試合場に上がる。


開始はじめっ!」


苑紅が後方に距離を取り、扇子を片手に詠歌した。

錬成くらいは思い出に詠わせてやるよ。


 『翠雲すいうんの扇は時に あまつ風、鈴なり樹雨きさめ 勇花の開く』


苑紅の扇子が詠力を纏い、手の中で伸びて二回りほど大きな鉄扇となる。

俺は早速、懐から銃型の戎具を取り出し、苑紅に向けて引き金を引いた。


パンッと乾いた音が響くと同時に、苑紅の腹に弾が命中した。

思わず顔を狙ってしまったが、外れたか。ま、結果オーライだ。ゆっくり楽しまないとな。


苑紅は呻き声をあげながら、片膝をついた。俺の方を怯えた顔で見てやがる。いいねぇ。

ま、始まって一分と経ってねぇんだから、こっからだけどな。

それにしても、そんなに強力なもんなのか。これは。

河川敷で何発か試し撃ちはしたが、人間で試したのは初めてだからな。


「待て!」


緊迫感のある茅野の声が響いた。うっとうしいが、しょうがねぇ。


「療治班! 伊勢さんの負傷進行を停止させてください!」


療治班が苑紅の方へ駆け寄り、俺の元には茅野が険しい顔で近付いてくる。


「衝也君、その装具を見せなさい」


はいはい。どうぞ。


信じられない、いやまさか、生徒がこんなもの持ってるなんて、って顔してるな。甲賀の奴も驚いてるようだ。ま、奴もまさか俺の持ち札にこんなジョーカーが混じってるとは思ってなかっただろうからな。


俺が甲賀に制限解除試合のアイデアを出したのは、余計な詮索をされないためだ。おそらく甲賀の野郎はもっと一般的な禁止装具を使うと思ってたんだろう。ああ見えてあいつは浅はかで幸せなピュアピュア教師だからな。


 この学校でも工藝棟こうげいとうの奴らが日々、怪しげな装具を作っている。教師であってもそれらすべてを把握するのは不可能だ。


 俺のこの銃型の戎具だって、こういうものもあるかもしれないって思うしかないだろう?

 射出時の詠力や結界下での負傷進行の威力、全体を纏う複雑に入り組んだ不自然な詠力に違和感があっても、証拠がなきゃ俺を罰することはできない。

 どうだ? 初めて見ただろ? 茅野。文句があるなら言ってみろ。


 茅野は入念にブツを調べているようだが、どうせ何も出てこない。

いくら調べたってわかりゃしねぇよ。そういう細工だからな。

 苑紅は療治班の奴らのウタで、負傷進行停止と試合中断中の痛みの感覚を消してもらったらしく、すでに立ちあがり、険しい顔で俺を見ている。


 さぁ、さっさと続きをやろうぜ。時間をたっぷりかけて殺してやる。


それにしても、さっきから聡詠館の入り口あたりが騒がしい。

この複雑で静かな詠力は……。

やはり、学長の婆さんのお出ましか。

六歌仙ろっかせんの中でも最強といわれるチート婆さんが、「今際ノ歌」の詠力でも嗅ぎつけて来やがったのか。

俺も噂でしか知らないが、一首の詠歌で複数の効果を生み出したり、自らの体にやたらめったら能筆を行って、常人なら発狂するような歌心を常に生じさせているらしい。

 タイミング的には最悪だな。面倒なことにならなきゃいいが。


 ははっ、あの婆さん、屋台でりんご飴なんか買ってやがる。何しに来たんだ。


 茅野も気付いたか。助けを求めるように婆さんを見てやがる。

 一人じゃ何もできない新米ちゃんだからな。


 婆さんが両手に甘ったるそうな飴を持って試合場に近付いてくる。人語を話すクソ猫も一緒か。こいつらに比べれば、俺の持ってるブツなんて可愛いもんだろ。


「学長、これを……」


 茅野の奴、「今際ノ歌」以降うろたえっぱなしじゃねぇか。何でこんな奴が審判なんかやってんだ。


「あら、珍しい。それは、紛うことなき科学戎具ですよ」


 珍しい鳥でも見つけたような気安い婆さんの一言に、場内の空気が一変した。


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