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三十一文字物語  作者: 京屋 月々
第一章 雷乃発声
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第二十八話「主の降臨」

 中堅戦で洲鳥すうどりに封印された福丸ふくまるは、第三陣営の面々が見守るなか、ようやく療治班員の肩を借りて立ちあがった。治療のウタが効いているのだろうが、その肩にもたれながら試合場を降りる福丸の顔色は、白皙を通り越してもはや青い。


「福丸さん、大丈夫ですか?!」


 琴葉ことはが駆け寄り、心配げに声をかけた。


「ありがとう。しばらく休めば大丈夫だ……」


 肩を貸す療治班の生徒が、第三陣営のスペースに座るよう、福丸を誘導する。


「何か、封印って思ったよりダメージでかいっすね」


 蒼空そらは琴葉とともに、福丸に手を貸す。


「封印されても痛みは感じるからな。療治班は治療と封印解除のほかに、メンタルケアのウタも使うけど、復帰直後の人間は、まぁこんな感じだね」


 苑紅そのべにはあっけらかんとした様子で答えると、福丸の前にしゃがみこむ。


「福丸、お疲れさま。やっぱりアンタすごいね」

「結果に繋がらず、すまない」

「いいさ。あとは任せて」


 苑紅の視線を感じ、蒼空は背筋を伸ばす。


「蒼空。アンタにかかってる。あたしに繋いでちょうだい」

「押忍!」


 蒼空は握った拳をもう片方の掌でパンッと受けて試合場に向かう。


「副将戦、第一短歌部・九条夜鹿(よるしか)、第三短歌部・草凪蒼空、前へ!」


 試合場の向かい側から上がってくるその少女に、蒼空は見覚えがあった。

 小柄な黒髪のその少女は、第一短歌部の見学へ行ったとき、圧倒的な実力で相手を倒していた同級生だ。


「草凪と在原、どちらが副将戦に出ようと問題はない。雪嶺ゆきみねが選出した「相応の者たち」で、完膚なきまで奴らを駆逐するにはこの布陣が最適だろう。草凪に底知れぬ力があることは認めるが、夜鹿に及ぶとは思えん」


 試合場に目をやる甲賀こうがの隣で、茨刀うばらとが眉根を寄せて頷く。


「えぇ、仰るとおりです」


 茨刀も甲賀の隣で試合場をまっすぐに見つめている。

 しかし、茨刀の瞳に映るのは、第三陣営の陣地にいる福丸だ。福丸は片手で頭を押さえ、蒼白の顔で試合場を注視している。


 はぁ。福様……。

 いつもの麗しさに加え、怪我男子属性プラスでカッコ良さ二倍増し! 母性本能キュン! とうとみ!


 甲賀は茨刀の心中などつゆ知らず、第一短歌部に取りこむことのできなかった蒼空を複雑な表情で見ていた。


「さぁ! まもなく副将戦が始まろうとしています!」


 馬時うまときの実況が会場に響き、試合場には両者が開始線に並ぼうとしていた。


「あのー、僕もう帰っていいですかー?」


 緊迫した場内に、怪訝な声色が響く。

 中堅戦でゲスト出演した福丸のクラスメイト・国満くにみちが、引き際を失っていたのだ。


「急に呼び出されたから何かと思えば福丸のことだし。そもそも、こういう歌合うたあわせイベント、興味ないんですよね。僕、野球がしたいだけなんで。はぁーーあ。じゃ、まあ僕はここで失礼しますね。あとは好きにやっててください」


 歌合自体を否定するような国満のコメントに、場内の温度が下がる。

 それを受けて、実況の馬時がマイクにかぶりつきになって話しはじめた。


「おぉっと! これはこれは、大変失礼いたしました! 在原君についての素晴らしい情報提供をしていただきました、青木国満君。彼は野球部の活動に専念する傍ら、エロゲーに関しても造詣が深く、所有ソフトは一万本を超えております!」

「ちょぉぉおいっ!」


 解説の野口も淡々とした様子で頷き、マイクを握りしめる。


「そうですね、二年前に発売された「奈良漬け工場の娘たちシリーズ」では、彼が独自に立ちあげた情報交換サイトが大変反響が高く、五百万PVを達成しましたね」

「ちょぉぉぉぉぉおおいっ!!」


 観客席からの非難めいた女子の声や、男子勢のざわつきが大きくなる。国満は自分の守ってきた世界の瓦解する音を聞きながらも、素っ頓狂な声をあげることしかできない。


「二次元への欲情は、日本が生んだ黒き侘び寂びか! 万年補欠、だけど僕は野球がしたい! 野球と奈良漬け工場の娘たちをこよなく愛するこの少年を、皆さん拍手でお見送りください!」


 馬時がサッと手を挙げると、伝網連でんもうれんの後輩らしき生徒が集まり、国満が座っている椅子ごと、御神輿おみこしのように持ちあげて退場させる。女子からはブーイングが、男子からは盛大な拍手が起こり、渦のようになって会場を盛りあげた。

 

 「青空と白いボールはどこへやら エロゲーの主 ここに降臨」

 「君と僕 この日この時この星で 出会えた奇跡 エロゲー貸して」


 盛大な拍手のなか、原歌による声援が高らかに詠いあげられた。


「くそ! 伝網連! 覚えてろ! くそ! バカ!」


 語彙力のない罵声を吐き出しながら退場させられる国満を、場内の全ての者たちが見守っていた。


「苑紅さん、何ですかあの実況の人たち……」


 琴葉が唖然とした顔で国満の醜態を見届けている。一方の苑紅は平然とした様子だ。


「ははっ、あれがあいつらの本性だよ。伝網連てのはつまり、情報のプロだからな。政府の機密サイトでウタをハッキングして問題になった奴もいるし、腕を買われて政府の諜報機関に就職した奴もいる」

「うーん、すごいような怖いような……」

「そうだなぁ、伝網連は性格悪しって言われるくらいだからな」


 国満の姿が見えなくなると、苑紅は琴葉に笑いかけた。


「連によって性格が違うんですか?」

「まぁね。装具連そうぐれんはネアカと根暗の双極性だし、建立連こんりゅうれんはガサツな体育会系が多い。戎具連じゅうぐれんは職人気質で気難しくて、鳥獣連ちょうじゅうれんは牧歌的で平和志向な奴が多いかな」

「へぇーー! じゃ、短歌連はどうなんすか?」

「短歌連は、そうだな、って! おいおい! 蒼空、何してんだよ!」


 自分で自分を匿うように腰を低くした蒼空が、にやにやと笑いながら会話に紛れこんできた。


「いや、すげー面白そうな話してたんで、ちょっとくらい、いいかなと思って」

「バカか! 何してんだよ! もう始まるだろうが!」

「草凪君! 戻りなさい!」


 第三陣営の賑わいに、白逢しろあいが凜とした声で一喝する。蒼空はへへ、と笑いながら立ちあがった。


「短歌連はアンタも含め、バリエーション豊かなバカばっかりだよ! さっさとぶっ飛ばしてこい!」

「任せろって!」


 胸をトンと叩き、蒼空は足早に試合場へとあがる。そして、開始線に立ち夜鹿と向き合うと、自信に満ちた笑顔を浮かべた。

 対する夜鹿は感情の読めない表情で蒼空を見据え、横髪につけていた銀色の髪留めを、すっと外した。


準備ができたことを確認し、白逢が片手を挙げる。


開始はじめっ!」


 開始の合図とともに、夜鹿はすり足で数歩下がり、詠歌する。


 『雪原の末葉すえばが示すあけの道 白き小花が咲きしひいらぎ


夜鹿のウタを聞くなり、蒼空も両手を合わせ、詠歌した。


 『冬枯れに阿檀あだんつるは柊の枝に身を寄せ夏を待ちいる』


 夜鹿は詠力陣えいりょくじんを輝かせ、髪留めを横に振るう。銀の髪留めはすらりとした白い刀身の日本刀へと姿を変えた。一方の蒼空は、現れた詠力陣を、円を描くように両手で巻き取る。詠力えいりょくを纏い、両手は白く光っている。


「へへっ。お前の戦い方は部活見学で見たからな! 俺なりに対策してきたぞ!」

「そう」


 自信たっぷりの蒼空に静かに応えると、夜鹿は刀を翻し、身を低くして駆けだした。


「速いっ!」


 観客席が沸き、観戦していた琴葉も驚きの声をあげた。

 苑紅は夜鹿の実力を知っているからか、ただ黙って試合を見守っている。


 高速の斬撃が、清流のように淀みなく幾度も繰り出される。

 蒼空は「へへっ」と楽しげに笑いながら、のけ反り、しゃがみ、トリッキーな動きを繰り返しつつ、全て躱していく。


 緊迫感のない蒼空の様子を、夜鹿は相変わらず無表情なままで捉えている。


 とめどなく続く斬撃を捌く合間に、蒼空が柏手を打った。夜鹿は不意な動きにも焦らず、攻撃を続ける。蒼空は斬撃に合わせ、即座に両手を広げる。手と手の間に輝く木の弦が伸び、振り下ろされた夜鹿の刀を絡め取り、動きを止めた。


「よーっし! 捕まえた!」


 弦は蛇のように刀に巻きつくと一層強く輝き、刀の詠力を吸収しはじめる。


「刀もーらいっ」


 悪ガキのようにニヤリと笑う蒼空と、依然、表情の変わらない夜鹿が、一本の刀を挟んで対峙する。夜鹿は蒼空の茶番に付きあう気などさらさらないというように華麗に身体をねじり、絡めとられた刀を持つ手に力を込める。

 ブツブツと詠力の弦が千切れはじめ、蒼空は弦と刀を見比べる。


「あれ? どーなってんだ?」


 夜鹿は答えることもなく、さらに力を込めて刀を払う。木の弦は全て千切り捨てられ、詠力の光となって霧散してしまった。


「っかしいなぁ。詠力は上回ってたんだけどなぁ」

「私とひいらぎの絆は、そんなウタに封じられるほど弱くない」

「絆?」


 刀を構える夜鹿から、蒼空は即座に距離を取った。


「蒼空! 歌戎具うたじゅうぐは詠み手の愛着が深いほど、潜在的な詠力が強くなる!」


 苑紅が蒼空に助言を送る。


「夜鹿の刀の潜在詠力せんざいえいりょくはかなり強い! 短歌で錬成の無効化を狙ってるなら無意味だと思った方がいい!」

「へぇ〜〜。歌戎具って深いんだな。俺も欲しくなってきたな」


 腕組みをして夜鹿の歌戎具を観察する蒼空の首元に、ひゅっと白い影が迫る。

 夜鹿は「柊」と呼んだその刀を喉元に狙いすましたが、一瞬速く、蒼空が後方に回避した。


「……っぶねぇ!」


 夜鹿は連撃を繰り出すが、蒼空は軽い身のこなしでこれらを捌いていく。その表情は、まるでチャンバラ遊びをしている子どものようで、とても真剣勝負には思えなかった。

 蒼空は、夜鹿の足さばきの空白を捉え、ふたたび間合いの外に出る。

 数瞬の睨みあいののち、夜鹿はとうとう手を緩め、刀を下ろした。


「あなた、なぜ攻撃しないの? 反撃のタイミングは何度かあった」


 空気と空気の間をすーっと通り抜けていくような涼やかな声に、観客席の前方に座る生徒たちがどよめいた。


「え、反撃のチャンスなんてあったか?」

「俺にははっきり見えたね! あそこと、えーっと、あれと、あれだな!」

「嘘つけ」


蒼空は答えに迷うこともなく言ってのけた。


「え? だって、女の子だろ。女の子に乱暴なことするってのはどうかと思うぜ? そう、村のばーちゃんたちに教わったし」


 そう言ってから蒼空は、はっとしたように、「あ、でも、勝つけどな」と言い足す。


やりとりを聞いた前列観客席から声があがった。


「は? 歌合だっつってんのに、なーにが女の子には乱暴しない、だよ!」

「なんだお前! カッコつけてんじゃねーぞー!」

「しかも相手は中等部第二席卒業の九条夜鹿だろ? 調子こいてんじゃねーぞチビ」

「一年が生意気言ってんじゃねぇよー!」


 観客席から蒼空に向けて、野次が飛びはじめる。


「アイツはほんっと、トラブルメーカーだな……」


 呆れたように溜め息をつき、腕組みしながら苑紅が言った。


「でも、なんだか蒼空君、歌合してると楽しそうですよね」


 まだまだ詠歌えいかに自信のない琴葉は羨ましそうに、観客に噛みつく蒼空の姿を見ている。


「んだよ! 女の子に乱暴したらダメに決まってんだろ!」

「チービ チービ」

「うるせぇよ! 成長期なんだよ! これから伸びるんだよ! 数センチの差で威張んじゃねーよ!」

「チービ チービ」

「ぐぬぬぬぬぬ……」

「なぁなぁ、ちょっと見てくれよ。『女の子にランボウしたらダメェ!』キリッ」

「ぎゃーはははは! 似てる似てる! ちょ、もっかい!」

「『女の子にランボウしたら』」

「がぁぁぁ!!」


 歌合の途中だというのに、完全に相手に背を向け、程度の低い口喧嘩に熱中している蒼空を、夜鹿は攻撃もせず、眺めていた。

 

「あの」

「んだよ?!」


 あまりに埒が明かないので、夜鹿がか細い声をかけると、蒼空は口喧嘩のトーンのまま、振り返る。


「乱暴しないで、どうやって勝つつもり?」

「ん? ま、そうだな~」


 蒼空は試合場で腕を組み、自然体のままで頭をひねる。


「そーだな、うん、やっぱ、その刀を奪う! で、勝つ!」

「無理」

「無理じゃねえよ」

「無理」


 取りつく島もない夜鹿の答えに、蒼空は一度、ふぅと息をついて、試合場の中央にゆっくりと歩きだす。


「無理じゃねえって。証明してやる」

「『ショウメイしてやる』キリッ」

「ギャハハ! もっかいもっかい!」

「だぁー! うるっせえよお前ら!」


観客席に叫ぶと、蒼空は夜鹿に向き直った。

夜鹿は表情を変えないまま、刀を下段に構え、身を低くする。

「もう、終わりにする」

「そうだな、俺が勝って、終わりだ!」


両者はさらに詠力を強める。蒼空はまだ、笑っていた。


「夜鹿―! さっさとやっちまえー!」

「ランボウしちゃイヤよ~!」


 夜鹿への声援と蒼空への野次が混ざり合い、場内はこれまでにないほどの盛りあがりを見せていた。


「相変わらず草凪は騒ぎを起こすのが得意だな」


 天月あまつきの隣で、腕組みをしながら観戦していた清治きよはるが言った。


「彼はみんなから愛される素質があるんだね~」

「お前には世界がどう見えてるんだ? ところで、どちらが勝つと予想している?」


 う~ん、と天月はいつになく鋭い目付きで試合場に目をやった。


「どちらもとんでもなく強いからね~。でも……」

「でも?」


 天月は清治に屈託のない笑顔を向けた。


「蒼空君、死んじゃうかもね~?」



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