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三十一文字物語  作者: 京屋 月々
第一章 雷乃発声
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第二十話「憂国の戎士」

 滅多に出遭うことがないと言われていた賓客ひんかくに追われ、命からがら嵐山を下山した苑紅そのべに一行。おとどの働きもあって、無事に瑠璃孔雀るりくじゃくの羽を含む、全てのお使いを終わらせることができた。


 週が明け、月曜日の放課後になると、苑紅、福丸ふくまる蒼空そら琴葉ことはの四人は、成果物を持って絢爛装束部けんらんしょうぞくぶを訪れていた。


「本当に一日で終わらせたなんて、素晴らしいですわぁ。私たちが総出でも丸々二日はかかる量でしたのに。瑠璃孔雀の羽もこんなにたくさん!」


 絢爛装束部・副部長を務める紫乃しのは、頼んでいた品々を大机に広げ、丁寧にチェックしながらいちいち驚きの声をあげた。


「まぁ、うちの部員は全員優秀ですからっ!」

「まだ部として認定されてないだろ」


 苑紅は得意げに言ったが、四人は品物があっているか、内心、心配していた。福丸の突っ込みは、そんな不安の現れでもあった。

 紫乃はじっと目を凝らし、宝珠ほうじゅの一つをルーペで検品すると、ふぅっと愛らしい吐息を漏らし、四人に向けて花びらが開くようなやわらかい笑顔を見せた。


「宝珠の目利きも完璧ですわぁ。あのいやらしい店主のことですから、眉唾まゆつばものを掴ませられたらと心配していましたのよ」

「ははっ、実はですね……」

「ヴヴヴゥゥゥウンンン……!!!」


 地響きのような大きな唸り声に、一同は振り向いた。声の主である愛蘭あいらんは、机に向かって大きな身体をかがめている。かがめていてもなお、存在感のある大きな体格だ。


「愛ネェさん、大変そうですね」

「苑紅ちゃんからの依頼に全力で応えたいって、毎日ウンウン言っておりますの……。ショーも間近ですのに……」


 紫乃は困ったものだと言いたげに、愛蘭の背中を見ながら頬に手を当てる。


「えぇっ……? そんなに苦戦してるんですか」

「いつものことと言えば、いつものことなんですけれど。まぁ、部長は最後にはかならず帳尻を合わせてくれるんですけどねぇ」


 苑紅は恐る恐る、愛蘭の背中にそっと触れた。


「愛ネェさん、歌装束うたしょうぞくの進捗はどうかな……?」

「ア゛ア゛ア゛ァァアン?!!! アラッ! 苑紅! いたのアンタッ! やだもぅ、挨拶くらいしなさいヨっ!」

「いや、挨拶はしたんだけどさ。すっごい集中してたから、聞こえなかったみたいで……」

「あらやだっ! そうだったの?? アタシったらつい!」


 愛蘭はごつごつと太い手を口に当て、ホホホとしとやかに笑った。


「そうそう、ネェさん、歌装束はどんな塩梅あんばいかな?」

「ウウゥゥゥンン! それがねぇ、最後の刺繍の色が決まんないのヨ。この刺繍が歌装束のキモなのよねぇ~。二人に最っ高に合う色にしてあげたいじゃないっ!?」


 愛蘭の机には何十枚という紙が乱雑に散らばっており、それぞれにラフデザインが描かれていた。蒼空と琴葉は苑紅の背後から机を覗きこみ、思わず声をあげる。


「わぁ! カッコいい!!」

「琴葉! こっちもすげーカッコいいぜ!」


 二人は自分のものらしき歌装束のラフデザインを見せあい、互いに褒めあった。


「うふふ、ほんっとにカワイイ子たちねっ。絢爛装束部の名にかけて、とっておきの素敵な装束に仕上げるから、二人とも楽しみにしていなさいヨっ!」


 蒼空と琴葉は、はい! と元気な返事をした。愛蘭は二人を愛でるようにニッコリと微笑み、苑紅に、「装束のことはなぁんにも心配しなくっていいのヨ!」と念を押すと、また机に向き直り、唸り声をあげはじめた。

 苑紅たちが愛蘭と話している間にチェックを終えた紫乃は、ツインテールの髪を揺らし、こちらにやってくる。


「苑紅ちゃん、買い物は完璧でしたわ。スピードと言い、これならまたお願いしたいくらいですわぁ」

「それなら! 僕がモデルをやるって条件はなかったことにしてもいいのでは!?」


 福丸はここぞとばかりに身を乗り出して言った。


「それとこれとは話が違いましてよぉ?」

「そうだぞ、福丸。約束はきちんと守らないとな!」

「ぼ、僕はやるなんて言ってないのに……紅ちゃんが勝手に約束したんじゃないか……」


 紫乃と苑紅から総スカンを食らい、福丸は消え入りそうな声で言って肩を落とした。


「そうだ! 紫乃さん。甲賀のことなんだけど」

「えぇ。伝冊でんさくでお話ししましたけど、甲賀先生が部に訪ねてこられて、苑紅ちゃんから装束の依頼がないかとしつこく聞かれましたわ。嗅ぎ回られていますわよ」


 苑紅は右手で握りこぶしを作り、じっと見つめる。甲賀を殴ったときの感触はまだ生々しかった。


「今はまだ誤魔化せますけど、部で作る歌装束は全て、申請が必要ですから、いずれはバレてしまいますわよ」

「そっか、紫乃さんたちに迷惑がかからなきゃいいんだけど……」

「あら、私たちのことはいいんですのよ。苑紅ちゃん、やるからには勝つ、それだけですわ」

「わかった。そうだね。ありがとう、紫乃さん」


 苑紅たちは絢爛装束部をあとにし、作戦を練るため、苑紅が隠れ家にしている部屋へと移動することにした。苑紅は両手を頭の後ろに組み、工藝棟こうげいとうの廊下を歩く。


「歌装束は愛蘭ネェさんが何とかしてくれるとして、う~~ん。あと一人なんだよなぁ」

「部の設立に必要なメンバーですか?」

「そ。うちの学院ってさ、ほとんどが何らかの部に所属してるから、二年、三年で探すのは難しいんだよ。無所属のやつには声かけてみてるんだけど、みんな理由があるみたいで。アンタたち、同級生でめぼしい子っていないの?」


 蒼空と琴葉は考えてみるが、適任そうな人の顔は浮かばない。


「だいたいみんな入部しちゃったよね……。蒼空君、心当たりある?」

「う~ん」


 正面からドタドタドタ、と慌ただしい足音が近付いてきて、大きなダンボールを持った人がやってくる。蒼空は頭を悩ませていたが、すれ違いざま、あれー? と声がして、その人の方を向いた。


「蒼空君? どうして工藝棟にいるのー?」

籠持みこもち! そうか、籠持は工藝棟だったな。俺たち、歌装束を作るために装束連しょうぞくれんに行ってたんだ!」


 籠持はえぇーっ? とびっくりした声をあげて、ダンボールを床に置き、額を拭った。通常、歌装束は合同授業で作ることになっている。


「ここにいる先輩たちと新しい部を作るから、早めに装束を作ることにしたのさ」


 苑紅ははじめまして、と爽やかな笑顔を見せ、蒼空に「彼は?」と聞いた。


山部やまべ籠持っつって、寮で同室なんすよ」

「籠持くん。あたしは伊勢いせ苑紅。このたび新しく第三短歌部を立ちあげることにしたんだけど、君も入部しない?」

「第三短歌部ですかー?」

「そう。君が向こうからやってきた時、まるで福の神が降臨したようだって思ったんだ。我が第三短歌部は生徒会長を倒し、歪んだ短歌教育を撲滅し、この学院に健全で新しい風を吹きこむ。さぁ、共に新たなフロンティアを目指そうじゃないか!」

「え〜、あの~、ごめんなさい……。僕もう部活入ってるんです……」


 籠持は困ったような笑い顔を浮かべ、申し訳なさそうに言った。


「そ、そっか……。残念だけど、ありがとう」

「こちらこそ、誘ってもらったのにすみませんー」


 ダンボールを持ちあげ、籠持は全員に会釈をして去っていった。


「福の神だと思ったんだけどなぁ……」


 その後ろ姿を、苑紅はガッカリしながら見送った。


 隠れ家に到着すると、苑紅はドスンと一人掛けのソファに腰を下ろし、あぐらをかいた。


「こうなったらもう、しらみつぶしだな!」

「苑紅。甲賀のこともある。さっきの籠持への演説みたいなことを続けてると、目立つぞ?」


 福丸は、わざわざ絢爛装束部にまで探りを入れにいく甲賀のやり口に、薄気味悪いものを感じていた。


「だけどさぁ! 少なくともメンバーは揃えないと、戦うまでもなく負けちまうよ!」


 四人は黙りこみ、妙案はないかと天を仰いだ。


 キュラキュラキュラ、と耳慣れない音が聞こえたので、一同は顔を見合わせた。音は隠れ家の扉の前まで来て止まった。かと思うと、ポーーーッという汽笛きてき音が響いた。苑紅はそっと懐に手を入れ、扇子を握る。

 ドスドスドス、という大きな足音とともに、ひぇぇえっという情けない悲鳴があがる。

 足音が隠れ家の前まで来たかと思うと、バンッと勢いよく扉が開かれた。苑紅は立ちあがり、扇子を構える。


「誰だ!」


 初めに見えたのは小さな靴の底で、カギもかかっていない扉を、闖入者ちんにゅうしゃは蹴って開けたようだった。


「苑紅ッ! 貴様ァ!!!」


 闖入者は蹴りあげていた脚を下ろし、怒鳴った。目にはゴーグル、黒髪のおかっぱ頭、制服の上には少し汚れの目立つだぶだぶの白衣を着込み、小柄な身にそぐわない大きなカバンをたすき掛けにした女子生徒を見て、苑紅は扇子を持つ手を下ろした。


天羽あもうじゃん……」

「うぇぇ~。一体どうしたんですかぁー?」


 天羽と呼ばれた女子生徒の右手はなぜか、籠持の襟首をむんずと掴んでいる。先ほどの悲鳴はどうやら、引きずられるようにしてここまで運ばれた籠持の声だったようだ。


「何でここに……!?」

「苑紅! 貴様のいる場所なぞ、我が絡繰装具部からくりそうぐぶの「人物探知ロボ たずねびとくん」を使えば、難なく探せるわッ!」


 天羽は籠持の襟首を掴んだまま、足元をあごで指した。そこには両足がキャタピラになっている、小さなロボットがいた。背中の煙突えんとつからシュンシュンと白い煙を吐き、その都度、小刻みに体を揺すっている。


「ろ、ロボット……?」


 蒼空が困惑した声をあげた。

 天羽は蒼空を一瞥いちべつすると、ふん、と鼻を鳴らし、ロボットに向けて左手をかざす。


 『憂国ゆうこく戎士じゅうしの忠は赤々と網打あみうはがねで朝敵をす』


 詠歌に呼応し、ロボットの頭上に詠力陣えいりょくじんが渦を巻く。ロボットの四角い目に光りが灯り、キュラキュラキュラ、とキャタピラを回しながら、苑紅の方へと近付いていく。


「うぇぇ? なんだ?」


 ロボットが苑紅を正面に捉えると、目の中に真っ赤なランプが灯り、パラボラアンテナの形をした両手首がパカッと開いた。


「やべっ」


 慌ててその場から動く一瞬前に、ロボットの手首から白い網が飛び出てきて、そのまま苑紅を包みこむ。


「おいおいおい! 何すんだよ天羽!」


 苑紅は網を解こうとするが、あがけばあがくほど絡まり、罠にかかった獣のようになっている。蒼空、琴葉、福丸は、それぞれそろりと立ちあがり、身構えた。

 天羽はドスドスと遠慮のない足さばきで隠れ家へ入り、四人の前に籠持を突き落とす。ゴーグルを外すと、ロボットを拾いあげ、肩掛けカバンの中に無造作に突っ込んだ。


「痛ててて……。副部長~、どういうことですかー?」

「副部長? この人、籠持の部の人なのか?」


 蒼空が籠持に訊き、琴葉もまだ警戒を解かないままで苑紅を見る。

 籠持が答えるよりも前に、本人が口火を切った。


「我が名はみなもと天羽! 工藝棟、装具連そうぐれん二年! 及び、絡繰装具部、副部長を務める!」

「琴葉。天羽は工藝棟との合同授業で顔馴染みなんだ。装具関係では色々と世話になってるんだ。……で! 天羽! これは一体、何の真似だよ!」


 網からの脱出をなかば諦めて、苑紅は天羽に訴える。その顔を天羽は憎しみのこもった目でギロリと睨んだ。苑紅は少したじろぐ。


「苑紅ィ! 貴様、我が絡繰装具部、新入部員である籠持を勧誘したそうだが……?」

「あ、あぁ~~、そういうこと……。それならさっき、本人からきっぱり断られたよ」

「馬鹿者ッッッ!!」


 天羽のよく通る声が、隠れ家の壁に反響する。仁王におう立ちになったかと思うと、苑紅に掴みかからんばかりの勢いで近付いていく。


「貴様ッ! 生徒会の転覆てんぷくを狙っていると聞いたぞッ!」

「え……? あ、いや、それは、言葉の綾っていうかさ」


 苑紅は、籠持に演説した時の勢いをすっかり失い、しどろもどろになった。


「その意気や、よしッ!!」

「…………は?」


 天羽は苑紅の目の前に立ち、固く握ったこぶしで胸を叩き、雄弁ゆうべんを振るいはじめた。


宗雅そうが雪嶺ゆきみねが生徒会長の座を占めてからというもの、「歌人育成に総力を注ぐ」などという美辞麗句びじれいくを並べ、第一短歌部の部費は三倍にも膨れあがった。そしてそのしわ寄せにッ! 我々、工藝棟系の部費は例外なく削減されたッッ!! こんな圧政がまかりとおってなるものかッ!!」

「あぁ……。聞いてはいるよ。雪嶺は工藝棟の連中からかなり嫌われているらしいね」

「何をぬかすかッ! 好きや嫌いの次元ではないッ! あんな暴君は一刻も早く玉座から引きずり降ろさねばならないのだッ!」


 天羽は人差し指をビシリと苑紅に向ける。


「苑紅ッ! 貴様の革命、我が絡繰装具部も加勢するぞッ!」


 四人は呆気に取られたままで天羽の大演説を聞いていた。

 天羽は、床にペタリと座りこみ、事態の重さをわかっていない籠持をキッと睨む。


「籠持! 貴様は本日付で絡繰装具部を退部せよッ!」

「え……? えぇぇぇ???」

「そ、それは、本人が決めることでは……」


 他人に巻きこまれる辛さを誰よりよく知っている福丸が口を挟むが、天羽に睨まれ、発言を撤回するように、慌てて両手をぱたぱたと振る。天羽は籠持へと向き直った。


「命令だッ! 貴様は今日より第三短歌部、部員として、生徒会を転覆させることに心血しんけつを注げッ!」

「えぇ~~~??! そんなこと言われても~」

五月蠅うるさいッ!! 革命に犠牲と流血は付きものだッ!」


 天羽は取りつく島もないほどピシャリと言い放ち、籠持を黙らせた。


「おいッ! 苑紅ッ!」


 隠れ家の中は完全に天羽のペースになっている。今度は苑紅をめつけた。


「いいかッ! 籠持はあくまでレンタル移籍だッ! 革命成りしあと、かならず返してもらうぞッ!」

「ははっ! いいねぇ! 乗ったよ天羽! ……じゃあ、なんであたし、こんな網に絡まってんだよ!?」


 琴葉のかいがいしい助けにより、苑紅はようやっと上半身だけを網から出していた。


「目標発見! 即拘束! これがロボット製作のロマンではないかッ!」


 なるほどなぁ、と蒼空と籠持が頷く。


「うなずいてんじゃねぇよ」

「天羽先輩、これ、ビームとか出ないんすか?」

「ビームは最新型のロボに実装予定だッ!」

「おぉ! すげー!」

「おい蒼空、感心してんじゃねぇ!」


 福丸と琴葉の手を借り、苑紅は網から全身を抜け出させ、ふぅっと息をついた。そのまま天羽に歩み寄り、勢いよく片手を伸ばす。

 天羽はにやりと口の端を上げて、差し出された手をぐっと掴み、力強く握手した。


「それじゃ、約束通り、籠持はしばし我が部でお借りするよ」

「よかろう! 籠持のみならず、我が絡繰装具部は、貴様の革命にその豊富な人材と技術をもって支援することを誓うッ!」

「天羽! 心強いよ! ありがとう、恩に着る」


 二人はがっちりと肩を組み、その肩を揺らしはじめる。

 苑紅と天羽は音楽フェスさながらに片手を振りながら歌いだした。


八坂路やさかじは〜、ゆたけく実るうるわしき〜〜!」


「ん……? この歌って……」

「これかい? 雲雀ひばり倭歌やまとうた学院の校歌だよ。うちの校歌は長歌なんだ」


 琴葉は歌詞に聞き覚えがあるらしく、福丸の返事に合点がいったようだった。


「雲雀舞う空、学舎まなびやの〜! 朱塗りの門をいざくぐり〜〜! 曙の鐘、鳴り渡る〜! 祇園しだれの花の色〜〜!」


 隠れ家に二人の大合唱が響く中、福丸は苦笑いを浮かべ、未だへたりこんだままの籠持に手を伸ばす。


「君も大変だね……。これも何かの縁だ、よろしく」

「はぃ……ありがとうございます……」


 籠持は福丸に手を引かれ、立ちあがる。


「籠持! これからは部活も一緒だな! よろしく!」

「うぅっ……蒼空君、よろしく……」


 肩に乗せられた蒼空の手に、そっと自分の手を重ねる。籠持は複雑な気持ちのまま、第三短歌部への入部を余儀なくされた。


「さて、と。部員も集まったことだし、設立届を書いておこうか」


 苑紅の言葉を聞いて、以前もらっていた設立届の用紙を福丸が取り出す。


千歳ちとせの歌を究めんと〜! 学徒の胸を鴇色ときいろに〜〜! 染めて抱くは愛郷の〜! こころざし発つ雲雀の子らよ〜〜!!」


 苑紅と天羽は窓の外を見ながら互いの拳を突きあげ、高らかに校歌を歌いあげた。そして顔を見合わせると、肩を組んだまま二人三脚で福丸へと詰め寄る。


「おい! もっとうやうやしく持ってこいよ!」

「その通りッ! 血判状けっぱんじょうへの署名は神聖な儀式だぞッ! 貸せッ!」


 天羽は福丸から用紙をもぎとった。苑紅はそれを、トロフィーでももらうかのように厳かな雰囲気で受けとり、隠れ家の中央に置かれた猫脚テーブルの上に置いた。


「よし、じゃあ一人ずつ名前を書くよ」

「よかろう! この源天羽が見届け人だッ! おのおの誓いを胸に署名せよッ!」


 まず苑紅がペンを持ち、自分の名前を書いた。そのペンを蒼空に渡す。


「おっ、二番目は俺っすか」

「第三短歌部は、アンタがあたしを焚きつけて設立が決まったんだ。二番目は蒼空、その次が琴葉だ。いいな」


 蒼空、琴葉の順に、設立届に署名する。


「俺は最後でいい」


 福丸は琴葉から回ってきた用紙を籠持に渡す。半べそをかいている籠持は、ちらりと天羽を見て、諦めたように用紙を受け取った。籠持は思いのほか達筆な署名をし、福丸に用紙を回す。福丸はカウンターテーブルの上で素早く署名し、紙を折りたたむと苑紅に差し出した。



「よしッ! しかと見届けたッ! 貴様らッ! 誓いを破れば八咫烏やたがらすと共に吐血して無間むげん地獄を彷徨さまようことになるからなッ!」


 根拠のない天羽の脅しに、籠持は素直にヒィ、と悲鳴をあげる。それがおかしくて、琴葉がぷっと吹き出すと、つられて全員に笑みがこぼれた。


「さて、みんな、忙しくなるぞぉー!」


 一時はどうなることかと思われたが、無事に第三短歌部は、部の設立に必要なメンバーを揃え、苑紅はその日のうちに福岡教諭に設立届を提出した。


 翌日、放課後のチャイムが鳴ると、蒼空と琴葉は隠れ家へ向かうため、荷物をまとめていた。


「苑紅さんが、今日から私にもウタの特訓をしてくれるって!」

「よかったじゃん琴葉。俺も試験までに鍛錬しておかないとなー」


 蒼空と琴葉が席を立ったとき、教室の扉が開いた。


「おい。草凪くさなぎ


 二人が顔を向けると、扉にもたれかかるようにして、真砂経まさつねが蒼空を見ていた。


「おう、真砂経、どした?」


 真砂経は手招きをし、こっちへ来いよ、と声をかけた。

 琴葉が少し心配そうな表情を浮かべたが、蒼空は扉の方へと歩いた。


「ちょっと顔貸せ」


 真砂経はなぜか、蒼空の耳に口を寄せるようにして話した。


「先生がお前のこと呼んでるんだよ。ついてこい」


「……おう」


 蒼空は琴葉を振り返り、安心させるように笑った。


「琴葉、先生が俺を呼んでるらしいから、先に行っといてくれ」


 真砂経は蒼空を指で招き、ついてくるよう促している。

 教室を出て行く二人の後ろ姿に嫌なざわめきを感じながらも、琴葉は蒼空の言葉と笑顔を信じ、見送った。


「真砂経、どこへ行くつもりだ?」

「黙ってついてこい」


 真砂経は蒼空に一瞥をくれることもなく、足早に廊下を歩いた。



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