第十九話「月の鹽」
「……賓客だ」
純白の鹿は、翡翠石のように輝く深い緑色の瞳で琴葉を見据えていた。鬣が風に揺れている。その一本一本にまで神経が通っているかのように、鹿の佇まいには一寸の隙もない。琴葉はただ、鹿の顔に浮かぶ幾何学的な紋様を見つめることしかできない。
おとどは琴葉の全力疾走に目を回し、ぐったりとしたままリュックにしがみついていた。
『賓客の一番の特徴は、戦化粧と宝石の目』
苑紅の言葉を思い出し、琴葉は大きく唾を飲みこんだ。ゆっくりと片足をずらし、後ろに一歩だけ下がる。
草を踏むかすかな音がして、刹那、辺り一面を強烈な詠力が満たし、地面が引き裂かれるように震えた。震源は、目の前の鹿だ。琴葉は全身を突き刺すほどの詠力の強さに怖じ気づき、足がすくんだ。
少し離れた場所で様子を見ていた苑紅、福丸、蒼空の三人にも、痛いほどの詠力が襲いかかる。
「やばい……。詠う気だ……!」
苑紅が呟いた瞬間、表情の読めない翡翠の瞳がカッと見開かれ、賓客の体に厚い詠力がみなぎる。凄まじい詠力は、キィィンと耳鳴りのような音を響かせ、一同の動きを鈍らせた。
『射す月の白い暴風に伏しにける蟻の骸に溢れたる鹽』
寸陰ののち、深くしわがれた声で詠んだ賓客の顔の前に五句体が現れる。白く輝いた文字はビリビリと放電するように細かく揺れ、ありあまるほどの力の強さを知らしめる。文字は急激に縮み、白い光の玉となった。
「マズい!」
福丸が叫んだときには球体はギュルリと渦を巻き、正面に立ちすくむ琴葉に向けて、まばゆいほどの光線を放った。
「琴葉っ!」
強い光から目を庇った福丸が次に見たものは、鹿の正面にひとすじの道ができ、その道の上にあったものが全て、暴力的に抉られた痕だった。抉られた道は白く変色しており、かろうじて根元が残った木は、塩の結晶となってボロリと崩れ落ちた。
一瞬の出来事に、福丸は言葉を失った。
「福丸!」
苑紅の声が聞こえたが、福丸は琴葉がいたはずの場所から目を離すことができない。
「おい! 琴葉を頼む!」
その言葉に振り向くと、苑紅が塩の道をわずかにそれた場所でしゃがみこんでいた。その腕の中に、繊細な刺繍の入ったドテラで庇うようにして、琴葉を抱いている。苑紅が琴葉を突き飛ばしたのを見て、福丸は慌てて前へ飛び出し、両手で琴葉を抱える。腕の中で琴葉の体は小さく震えた。
「逃げろ! 少し時間を稼ぐから!」
苑紅は懐から扇子を取り出し、賓客に向かって構えた。
しかし、賓客は苑紅ではなく、別の方向を見据えていた。その目線の先には、賓客に向かってゆっくりと近付いている蒼空がいた。
「……あの、バカ……!」
蒼空があと数歩というところまで近付いたとき、賓客は再び強烈な詠力を纏った。
『願はくは春嵐の下身罷りぬ 卯の月の卯の生日足日に』
詠歌に呼応して、再び白い五句体が現れる。
蒼空はすぐさまその五句体に手をかざした。
『春嵐の陽が愛でし草木の熢下の花に泪濺ぎぬ』
蒼空の手の前に五句体が現れる。賓客の五句体は再びギュルリと渦を巻くと白く発光する球体となり、詠力紋が火花のように飛び散っている。蒼空の五句体は形を崩しモヤとなり、賓客の白い球体をなだめるように包みこんだ。
「蒼空!!」
バチバチと激しく詠力紋を飛び散らせていた賓客の白い球体は、モヤに包まれて混じりあい、ひと際、白く輝いたかと思うと弾け、ダイヤモンドダストのようにきらきらと霧散した。
詠力の粒子が漂う中、蒼空は賓客と目を合わせる。賓客はよく磨かれた宝玉のような眼で、探るようにじっと蒼空を見つめた。と、賓客が蒼空の方へ歩き出す。
受けいれるように蒼空が待っていると、突如、蒼空の体が分身した。
「おぉ? 何かすげーな!」
蒼空の両隣に、何人もの蒼空がいた。全ての蒼空は、少しの遅れもなく同じ動きをし、同じように戸惑っている。
賓客は眼を細めて蒼空から距離を取りはじめた。
蒼空が自分の分身に困惑していると、腕を強く引かれる。足をもつれさせながら、引かれるままに走った。
「蒼空! 今のうちに逃げるぞ!」
「苑紅さん、今のは……?」
「幻覚のウタだ! たいした時間稼ぎにはならないから急げ!」
福丸は、苑紅と蒼空が走ってくるのを見て、へたりこんだままの琴葉の背中を叩く。
「琴葉、走れるか?」
「はい……、なんとか……」
体全体の震えが止まらず荒い息をしていた琴葉は、空元気で福丸に笑顔を見せる。よろめきながらも両足に力を入れて立ちあがると、福丸に背中を押されながら走り出した。
福丸に追いついた苑紅は、併走しながら話しかける。
「福丸! 反動はない?!」
「ないわけないだろ! あれだけ足に負担がかかるウタを使ったんだ。でも、走るしかない!!」
「あたしもだ! 登りで調子乗りすぎたよ! 足が重いぃぃ!」
苑紅と福丸はウタで一時的に超人的な身体能力を使ったため、普通に走ったよりも数倍の疲労感が押し寄せていた。重い足を力づくで動かしながら下り坂を走る。福丸は琴葉を支えるのに精一杯で、苑紅と蒼空にも後ろを見る余裕はない。
賓客から逃げるため、でたらめに走るしかなかった一同は、行きとは別のルートをひた走った。
ふいに、四人の背後にひたひたと詠力が忍び寄ってきているのが感じられた。
「来たぁぁぁ! おめーらコケんなよ!」
しんがりを走る苑紅の足が、地面に深く沈んだ。
「うわぁ! なんだこれ!」
前を走る三人が、苑紅の声を聞いて振り返った。
草が生えていたはずの地面が、黒いドロドロの液体に浸食され、沼のようになったところに苑紅の足が埋まっていた。ドロドロの液体は苑紅をそこに置いたまま、坂道を滑るようにして三人に迫っていく。
その後ろをゆっくりと、賓客が透き通るように白い鬣をたなびかせながら歩いてくる。
「苑紅さん!」
すぐに蒼空が両手を合わせて詠歌する。
『睡蓮の下に広がる冥き池 垂れる蜘蛛糸 天助の導べ』
顔の前に現れた五句体は、糸が紡がれるようにうねりながら蒼空の両手に巻きついた。
蒼空は勢いよく片手を振り、苑紅の頭上にある太い木の枝に向かって、白い糸を飛ばした。糸は枝につくとネバネバと絡みつき、蒼空はその糸に向かって跳びあがる。縮んでいく糸が蒼空を引き寄せ、あっという間に枝の上まで辿り着いた。
枝の上から蒼空は、今度は両手を合わせ、一本の太い糸を苑紅に向かって飛ばす。
苑紅はもう、膝の上までずぶずぶと黒いドロドロに沈みこんでいた。蒼空のウタの意図に気付いた苑紅は必死の形相で腕を上へ伸ばし、両手で糸を掴む。糸は苑紅の腕に絡みついていった。
蒼空は両手に力を込め、糸を引っ張りあげる。
「う……。重っ……!」
白い糸はみるみる縮み、蒼空がいる太い枝の上へと苑紅の体を運んでいく。苑紅は枝に着地すると、蒼空の頭にゲンコツを一発、ゴンッと振り下ろした。
「痛だぁっ!」
「何が「重っ」だ! この野郎! ありがとう助かった!」
福丸は苑紅の無事を確認すると、懐から取り出した一輪の薔薇を顔の前にかざし、詠歌する。
『地に捧ぐ薔薇の荊棘のロザリオは我らを護るくろがねの門』
福丸の手の中にある薔薇が、うっすらと光を纏った。その薔薇を、迫りくる黒い地面の手前に勢いよく投げつける。
薔薇が刺さったところから、黒いドロドロを防ぐように詠力陣が広がり、地中からズズンと地響きを立て、荘厳な黒い鉄の門が現れた。門は勢いを増し、一同が見上げるほどの高さにまで伸びた。
真っ黒の鉄門に薔薇と茨のレリーフが施され、無数の茨が鉄門の両脇から飛び出し、ぐんぐん伸びていく。茨は手近な木の幹に絡みつくと、さらに先の幹に向かって伸び、木と木が結ばれ大きな輪を作る。茨の輪は賓客を囲いこみ、正面には福丸たちとの間を隔てるように、重厚な門扉が立ちはだかった。
「これで少しは余裕ができただろう! みんな逃げるぞ!」
苑紅と蒼空は頷きあい、枝から飛び降りる。着地すると、福丸、琴葉と合流して一斉に下山方向へと走り出した。
「すげえじゃん! おめー薔薇をいつも持ち歩いてんのかよ?!」
「ふふっ……。当然だろう……」
福丸は得意げな顔で髪の毛を掻きあげた。
その時、鉄門の向こう側から、吐き気のするような腐敗臭が漏れ出てきた。感じたことのない不気味な詠力に、福丸は思わず振り返る。
『炭田にしづかに鉄は溶けゐつつ獄屋の門は腐敗に沈む』
鉄門の向こう側から、ウタが聞こえた。
福丸がゴクリとつばを飲むうちに、鉄門のいたる所に茶色の斑点が浮かびあがる。斑点は鹿の顔に浮かぶ戦化粧と似た模様を作り、どんどん広がっていく。斑点の大きくなったところから、鉄門が腐り、穴が開いた。その穴の先から、深いグリーンの眼が、はっきりと福丸を見ていた。
「おい、福丸! 見るな! 走れ!」
苑紅の声にハッとして、福丸は青ざめた顔で前を向いた。もう、足の感覚はほとんどなくなっていた。
「何やっても、ほんのちょっとしか足止めできねえな!」
死んだような顔をしている福丸に、苑紅が声をかける。
坂道を下ってはいたが、道があっているという自信はなかった。
「苑紅さん! 前! 崖だ!」
蒼空の声で全員が顔を上げる。左右に逃げられる道もなく、引き返すこともできない。
背後からまた、刺さるような詠力と、キィィンという高音が耳をつんざいた。
「ヤバい! 飛べ!」
苑紅はめいっぱい両腕を伸ばし、全員の背中を強く押した。
背中を押され、崖を落ちる寸前、福丸が叫んだ。
「やっぱり紅ちゃんに巻きこまれると、ろくなことがないよぉぉ、って……うわぁぁ!!」
一瞬ののち、崖の上にひとすじの光線が放たれた。
四人は頭上を走る白い光に目を眩ませながら、落ちた。
(動くんじゃねえぞ……)
崖の上から蹄の音が聞こえる。
四人は崖下の窪みに身を隠し、息を潜めていた。
落ちた崖の高さは三メートルほどしかなく、全員ケガもなく無事だった。
しばらく息を殺していると、強力な詠力の気配がゆっくりと遠のいていく。
(行った、かな……?)
(動くな)
無防備に立ちあがろうとした琴葉を苑紅が制する。
しばらくじっとしていると、崖の上から、人の声がした。
「おーい おーい」
男の声は、迷子を探しているみたいに優しい。
(人だ! 助かったかも!)
(琴葉、駄目だ)
動こうとする琴葉を今度は蒼空が止めた。暑くもないのに、蒼空の横顔には汗がにじんでいる。
「おーい おーい」
「おーい おーい」
「おーい おーい」
男の声は次第に増えていく。声のする方向は違うのに、どれも同じ男の声に聞こえる。優しげだが、抑揚のない低い声だ。聞いているうち、琴葉はだんだん怖くなり、逃げ出したいような気持ちに駆られた。
今度は崖の上を、たくさんの人が歩き回る音が聞こえる。十、三十、五十と増えつづける足音が、ザ、ザ、ザ、と規則正しく歩いている。
そのうちの何人かは、歩きながら喋っている。誰かと話しているのか、独り言なのかはわからない。狂ったように高く笑う女の声が、山びこのように反響した。
琴葉が目に涙を浮かべているのを見て、蒼空が肩に手を置く。苑紅と福丸は緊迫した顔で、じっと上方の様子を窺っていた。
十分以上は経っただろうか、徐々に足音が減り、呼ぶ声が遠くなっていった。周囲は静寂に包まれ、斜陽が差している。
詠力がまったくなくなったことを感じとった苑紅は、ふぅーっと長い息を吐く。
「行ったみてーだな」
「そうっすね……」
蒼空が小さく応え、苑紅はそろりと動き出す。
「みんな、賓客は去ったみたいだけど、麓に降りるまでは注意しよう」
「苑紅さん……。リュックの上にいたおとどちゃんがいません……」
泣きそうな顔で琴葉が言った。
「えぇ……? うーん、まぁ……きっと大丈夫だよ。あいつのことだから、うまく逃げたんだ。あいつはあたしらよりよっぽど強かさ」
「そうですか……」
「そうだよ。さぁ、急ごう」
四人は周囲を警戒しながら下山を続けた。麓から終始走りっぱなしだった。膝は笑い、全身が鉛のように重い。動きたがらない体を引きずるようにして歩いていると、麓の小道が見えた。登山道からいくつかに分岐したうちの一つを、四人は戻ってきていたらしかった。
登山道の入り口を示す看板が見えたとき、苑紅は安堵の溜め息をついた。
「結界ラインだ。ここまで来れば安心だな」
苑紅が地面に腰を下ろすと、他の三人もぐったりした様子で地面に座りこむ。苑紅は頭を掻き、福丸、蒼空、琴葉の顔を見た。
「ヤバい目に遭わせて悪かったよ。みんな、ごめんな」
「若い時の苦労は買うてでもしろと言うからの。気にすることはなかろう」
苑紅の隣に、いつの間にかおとどが前足を立てて座っていた。
「おとど! いつの間に……。つーか、お前なぁ……」
涼しい表情のおとどを見ていると、苑紅は安心して、どっと疲れが出てくるのを感じた。琴葉がおとどに近付き、赤いモヒカンのようになった頭頂部を撫でる。琴葉がようやく微笑んだことに蒼空は安心した。福丸はまだ恐怖が残っているのか、走ってきた道をじっと見つめている。
「まさか賓客に遭うとは、お主ら、相当な強運の持ち主じゃな」
「嬉しくねぇ強運だな!」
悪びれないおとどに呆れながら突っ込み、苑紅は空を仰いだ。
「あーぁ、瑠璃孔雀の羽、もう少しだったのになぁ……」
四人が何となく沈黙したとき、おとどが突然むせはじめた。琴葉が不安げな表情を浮かべる。
「ケホッ、ケホッ……」
おとどは地面に顔を向けると、口から黒い毛玉を吐き出した。
「おとどちゃん、大丈夫?!」
毛玉を吐ききると、おとどはいつものすました顔で全員を見た。
「嵐山まで来させておいて、手ぶらで帰すわけにもいかんじゃろう」
「……え?」
おとどはふわりと詠力を纏うと、にわかに短歌を詠んだ。
『しづかなる荒州に落ちる赤き陽に瑠璃の錦が燦らかに舞う』
地面に落ちた黒い毛玉が詠力を帯び、内側から光りはじめる。
毛玉はみるみるうちに膨らみ、パチンッと音を立てて弾けると、宝石のように鮮やかに光る、青色の羽が辺りに舞った。それは、大量の瑠璃孔雀の羽だった。
「おぉぉ!!!」
喜びの声をあげながら、全員が立ちあがる。舞い落ちる羽は、夕日の光を受けて幻想的に輝いた。
「お主らが賓客に追われているうちに拾っておいたわい」
「おとどちゃん、すごい!」
琴葉が手を叩いて跳ねる。
福丸は瑠璃孔雀の羽を一枚拾って指の間に挟み、顔に寄せてポーズを取った。
「おとど、すげーな! すげーけど、汚えな!」
「ウタで包んだから汚くないわい!」
苑紅が笑いながら羽を集める。
「よし! これで全部揃った! 買い物はコンプリートだ!」
やった! と蒼空と琴葉がハイタッチをした。
一行は帰路につくため、嵐山駅に向かう。
夕日は嵐山の後ろへと沈んでいき、空はピンクや紫のグラデーションを織りなしている。見上げる四人の顔は、どれも満足げに光っていた。
「おせーぞ! ワルガキども!」
嵐山の改札を通ると、キッピーが仁王立ちをして四人を迎えた。
「ははっ! キッピー、ごめんね!」
「おい、お前ら、泥だらけじゃねえか。やっぱり入山しやがったな!」
「まさか~? 元気に遊んでただけだよ~?」
飄々と答える苑紅にキッピーは舌打ちする。
「この不良どもが!」
キッピーから不良の烙印を押されても、蒼空は楽しげにしている。学院生活はまだ始まって間もないが、すでに蒼空には、仲間と呼べる人々がいる。蒼空はそのことを強く感じていた。
四人は東へ向かう伝車に乗りこむ。
おとどはリュックの上で香箱座りになり、大きな欠伸をした。そんなおとどを琴葉はニコニコしながら撫でている。その隣で福丸は薔薇を一輪手に持ち、香りを楽しんでいた。
「福丸さん、どんだけ薔薇、持ってんすか?」
「ふふっ……。美しい者には秘密が多いものさ……」
蒼空は行きと同様、靴を脱ぎ、座席に膝を乗せて車窓から見える景色にかぶりついていた。
暮れなずむ街の明かりを瞳に映す蒼空の横顔を、苑紅は不思議そうな顔で見る。賓客に襲われた時、蒼空を助けるために無我夢中でウタを詠んだ。その時、一瞬、蒼空は賓客をなだめているように見えた。
「どうしたんすか? 苑紅さん」
窓枠に手を乗せたまま、蒼空が苑紅に顔を向けている。苑紅は、きょとんとした蒼空の顔を見ていたら、考えごとをしているのが馬鹿らしくなった。
「ははっ、何でもねぇよ。あっ、そうだ。買い物コンプリートしたことを、愛ネェさんと紫乃さんに報告しとかないとね」
苑紅は懐から伝冊を取り出す。
「おい、伝車内だぞ」
「小声で話すさ」
苑紅は福丸をいなし、伝冊を操作すると、受話口を耳に当てた。
「おつです! 苑紅です! 全部揃いましたよー。……そう、全部。すごいでしょ? 瑠璃孔雀の羽? そりゃもう大量に!」
伝冊の向こうから、紫乃の驚きが聞こえた。福丸、蒼空、琴葉は笑いあう。
苑紅が黙り、紫乃の話を聞いている。その顔がみるみる曇りはじめた。
「甲賀が……?」
第一短歌部の顧問教諭の名前を口にした苑紅の表情と声は、不穏な色を帯びていた。