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三十一文字物語  作者: 京屋 月々
第一章 雷乃発声
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第十八話「月読の明かり」

 瑠璃孔雀るりくじゃくの羽を手に入れるため、苑紅そのべに一行は嵐山に向かう路面伝車ろめんでんしゃに乗っていた。京都市を東と西に分けるように縦断する路面伝車の車窓からは、街並みがゆっくりと流れている。

 蒼空そらは、入学のために初めて伝車に乗った日、二頭の哦獣がじゅうかれた夜行列車がやってきたときの興奮を鮮やかに思い出していた。


「苑紅さん! この伝車は哦獣がいないのに動くんすね! すげー!」

「今ドキ哦獣列車の方が珍しいよ」


 靴を脱いで座席に膝を乗せ、子どものようにかぶりついて車窓からの景色を眺める蒼空に、苑紅は呆れ顔で返答する。


「あっ! あの店! あんなに着物が飾ってある! おー! 苑紅さん! パン屋、パン屋!」

「うるせぇな。小学生かオメーは」


 隣で無邪気にはしゃぐ蒼空に、苑紅は愛想のないツッコミをした。

 苑紅の隣に座る琴葉ことはは、床に置いたリュックの上で眠たげなおとどをニコニコしながら撫でている。琴葉の隣には、何やらブツブツとつぶやきながら額に手を当て、どんよりとうつむく福丸ふくまるがいた。


 市街地らしい街並みは段々と遠ざかり、四十分ほど経つ頃には新緑と桜が美しいコントラストを織りなす山並みが見えた。伝車が橋を渡ると、蒼空がまた歓声をあげた。


「次は嵐山、嵐山です」


 アナウンスが車内に響き、しばらくすると伝車はゆっくりと減速し、停止した。


「さぁ、降りるよ」


 苑紅の号令で四人は伝車を降りたが、他に乗降する人は少なく、何となく寂しい雰囲気の駅だ。


「嵐山駅って、けっこう小さな駅なんすね」

「まぁな」

「おい、苑紅」

「ん?」


 喋りながら改札へ向かう四人は、苑紅の名前を呼ぶ声で振り返った。駅構内だけに住むという、小さな歌儡かぐつ、キッピーが両手をズボンのポケットに入れて四人を見ていた。

 蒼空にとってキッピーは、伝車の乗り方を教えてくれた恩人だ。


「キッピー! 久しぶり!」

「よぉ、蒼空。久しぶりだな」


 相変わらずのぞんざいな話しぶりに、蒼空は思わず口元をにやにやさせた。


「キッピーは本当にどこの駅にもいるんだな!」

「言っただろ。俺は全国どこの駅にでもいるが、脳味噌は一つだ。だから蒼空、お前のことももちろん覚えてるぜ」


 そう言ってキッピーは煙草をふかす真似をする。蒼空は、キッピーが自分のことを覚えてくれていたことがとても嬉しかった。


「それはそうと蒼空。お前、不良には気をつけろって言っただろう?」

「え?」

「よりにもよって苑紅みたいな不良とつるむとはなぁ、残念だぜ蒼空」

「おいおいキッピー、人聞き悪いこと言うなよな!」


 苑紅は二人の間に割りこんでいく。


「苑紅、お前、嵐山に何の用だ?」

「え? しゃ、社会見学に決まってんだろ? 新入生のために。もちろんふもとまでだけどさ!」

「ふーん……? また何か悪巧みしてんのか?」

「悪巧みなんて、ひでぇ言われようだな。あたし、新しい部活を作るんだよ、ここにいるのはみんなその部員なんだ」


 瑠璃孔雀の羽欲しさに山の中腹まで行くとは言えず、苑紅はしらを切る。キッピーはうたぐりの目で苑紅を見上げて言った。


「お前、また俺を騙すつもりじゃねぇだろうな?」


 まっさか~? と、苑紅は軽い調子で両手を広げ、身の潔白を訴える。

 キッピーがちらりと他の三人を見ると、蒼空と琴葉は激しく頷き、福丸はやれやれという顔をした。


「お前らさすがに知ってるだろうが、嵐山の登山道には結界がねぇ。絶対に入山するんじゃねえぞ。それにここいらはあまり柄のいい土地じゃねぇ。日が落ちるまでには戻ってくるんだぞ、いいな」

「もちろんだよ。ありがとキッピー。じゃあね!」


 苑紅はキッピーに向かって元気よく手を振り、その後ろを蒼空たちがついていく。

 四人が改札を通る後ろ姿を見ながら、キッピーは小さく溜め息をついた。


「あまり、良い雰囲気ではないですね……」


 駅から出て閑散かんさんとした街を歩きながら、琴葉が呟いた。道のそこここに、うち捨てられた廃材や、錆びついて字の読めない看板がある。人気ひとけはないのに時折、視線を感じて振り返りたくなった。


「これでも千登世ノ毀律(ちとせのきりつ)以前は有名な観光地だったらしいけどね。今じゃ見る影もないな」

「嵐山から哦獣や賓客ひんかくが下りてこないとも限らない。ぼくは住みたくないね」


 苑紅が琴葉に向かって言い、福丸があとを引き継いだ。

 四人は消えかけた“嵐山登山道”の案内を頼りに進み、山の麓まで辿り着いた。


「これから登山道に入る。そこから先は結界が切れるから、先に注意点を挙げておくよ」


 苑紅の真剣な様子に釣られ、三人は顔を強張らせる。


「福丸の言ったとおり、嵐山にはまれに、哦獣や賓客が出る」


 一年生二人は頷いた。福丸も、覚悟を決めたように黙って聞いている。


「もし哦獣が出たら、あたしか福丸がウタで追っ払うから安心して。ただ、問題は賓客だ」


 苑紅はそこで一度、言葉を切った。


「哦獣と違って、賓客はウタが詠める。それも、あたしらレベルの詠力では歯が立たないくらい、強いウタだ。だから、万が一、賓客が出たら、とにかく下山方向に逃げること。瑠璃孔雀の探索はもちろん、即刻中止。逃げることだけ考えてほしい」

「賓客って、見ればわかりますか?」


 琴葉が聞いた。顔には薄っすらと緊張の色が浮かんでいる。


「あたしも本でしか知らないけど、賓客の一番の特徴は、顔の模様と眼だ。賓客は顔に、「戦化粧」って呼ばれる複雑な紋様がある。そんで眼だ。賓客の眼は総じて宝石のように輝いているらしい。戦化粧と宝石の眼。まずはそれを覚えておいて」


 わかりました、と一年生二人は声を揃える。


「それと、賓客は警戒状態に入ると、強力な詠力を纏う。「刺さるような」って言われるくらいだ。顔の戦化粧も、高すぎる詠力を持って生まれたせいで、詠力陣がそのまま模様になったからなんだって」


 賓客が、この山のどこかにはいる……。琴葉はそう思い、少しだけ不安になりながら山頂を見上げた。


「賓客って強えーんだなー」


 目を輝かせてる蒼空を見て、福丸が正気か? とばかり目を見開き食ってかかる。


「おい、今回の目的は賓客探しじゃないぞ?」

「わかってますよ!」

「賓客は」


 蒼空と福丸を尻目に、おとどは琴葉のリュックの上で香箱座りのまま話しはじめた。


「賓客は、ただ捜し物をしているだけじゃ。それが物なのか人なのかわからぬが、千登世ノ毀律(ちとせのきりつ)からおよそ二千年。ただただ、捜し物をしているだけで、人に進んで危害を加えるようなことはせぬわ」

「それって大昔の御伽話じゃん」


 苑紅はおとどの話に横槍を入れる。


「御伽話ではない。賓客たちは、何を捜しているのやら、自分たちでもわかっておらぬが、それを見ればそれとわかる。ただただ、それだけが賓客の行動原理じゃ。憂うでない」


 苑紅は腰に手を当てておとどの話を聞いている。


「ただ、突拍子に出会うと賓客も驚いて攻撃してくるから気をつけるんじゃぞ」

「やっぱ、危ねーんじゃんか! 何が憂うでない、だよ!」


 苑紅がかぶせ気味に突っ込んだ。


「まぁ、わかったよ。とにかく、おとど。瑠璃孔雀への道標みちしるべ、よろしく頼むわ」


 おとどは眠そうな顔を持ちあげ、優雅に前足で顔を洗った。


「……うむ。心得た」


 おとどは琴葉のリュックの上で起きあがり、山の頂を見上げて詠歌する。


 『月読つくよみりし明かりは静かなる荒洲あらすの山の瑠璃るりを照らせり』


 五句体はおとどの前に立ちのぼって、ゆらりと形を崩し、白い粒子となった。粒子はこよりを作るようにねじれながら集まり、一本の光る糸となって伸びはじめる。山頂に向かって、細く照らす光の道標ができていった。


「この糸の先に瑠璃孔雀がおる」

「この糸の先って……すげえ険しそうだけど……」


 糸は登山ルートから大幅にはずれ、木々のうっそうと生い茂る、道なき道へと伸びている。


「ふむ。これが最短距離じゃ。若者には良い運動じゃろうな」

「おいおい! いくら何でもこの大荷物では無理じゃないか?」


 福丸が蒼空と琴葉を指差し、抗議の声をあげた。

 しかし、琴葉はすでに腰を深くかがめ、屈伸を始めている。おとどが乗ったまま、リュックが上下に揺れた。


「福丸さん、私、スポーツ推薦なので。これくらいの荷物で山を走るのはへっちゃらです!」

「俺も山育ちなんで!」


 蒼空も琴葉に並び、入念な準備運動を始める。福丸は神に祈るように両手を組み、天を仰いだ。


「おぉ……、神よ……! 僕の美しさに免じて、向こう見ずな子羊たちをどうかお赦しください……!」


 福丸の芝居がかった所作には反応せず、琴葉は腰を落とし、クラウチングスタートの姿勢につく。


「蒼空君、競争しようよ!」

「ははっ! いいぜ」


 蒼空が地面に両手を着くと、琴葉がよーい、とかけ声をあげる。二人は前傾姿勢になり、どん!の声で勢いよくスタートを切った。


「ははっ、うちの部の一年はずいぶん元気がいいな」

「元気ってレベルじゃないだろう、苑紅」

「まあまあ。さて、福丸。あたしらも行こうか」

「わかった」


 苑紅は顔の前に両手を合わせ、詠歌する。


 『吹きあげる嵯峨野さがのの山の春疾風はるはやて 影曳かげひくものを乗せてのぼれり』


 福丸も苑紅に続き、詠歌する。


 『保津峡ほづきょうにひらりひらりと天衣あまごろも 渡月とげつの空の雲居くもいける』


 二人の顔の前に、それぞれ五句体が現れる。五句体は苑紅の顔の前でひゅうっと音を立て、弾けた。粒子は竜巻のように舞いあがり、苑紅の体を包む。福丸の前でも五句体が弾け、粒子は光る羽衣となり、福丸の体を纏った。


「おーし、一年坊主に負けんなよ! 福丸!」

「やれやれ」


 二人も白い糸を目印に、スタートを切った。


 その頃。


「ニャー!!! もう少し優しく走れんのか琴葉あぁ!!」


 苑紅と福丸があとを追う中、琴葉は背の高い草をなぎ倒しながら、重戦車のように斜面を突き進んでいた。おとどは琴葉のリュックから振り落とされないよう、爪を立ててしがみついている。


「おとどちゃんが、良い運動になるって言ったんだよー?」

「ニャアアアアアア!!!」


 木々を避けるように左右に体を振ると、そのたびにおとどは枝葉に触れた。

 並んで走る蒼空は、ぴょんぴょんと軽い足取りで駆けている。蒼空のリュックも激しく上下に揺れていたが、当人はたいして気にしている様子でもない。

 入山から十五分ほどが経った。二人の勢いは衰えず、駆けた後には土煙があがっている。


「ん?」


 土煙を飛び越えるようにしてやってきた一つの影が、二人の頭上を暗くした。蒼空が顔を上げると、ピンク色の花びらと共に、仰向けで腕組みをしながら、福丸が舞い降りてくるところだった。


「やあ、君たちの脚力には恐れいったよ。だけど」


 福丸は空中で体をひねり、体操選手のような美しいフォームで地面に着地すると、両足で地面を強く蹴って、天女が空を翔けるように跳躍する。


「先に行かせてもらうよ」


 散った桜の花びらを伴いながら、くるくると中空を舞い、後ろにいる後輩たちに手を振った。


「あれもウタの力……?」


 驚いていると、背後から蒼空と琴葉を殴りつけるような突風が吹き抜けていった。


「お先!」


 苑紅の声が聞こえたときには姿は見えず、白い光の糸が見えているだけだった。


「ははっ! やっぱ先輩たちすげーな! おーし! 俺も本気出す!」


 蒼空が急ブレーキをかけて立ちどまると、一瞬遅れて琴葉が踏んばり、急停止した。


「ギャッ」


 おとどが苦しげな声をあげ、へなへなとリュックに寄りかかる。


「蒼空君、何するの?」


 蒼空は両手をパンと合わせ、ウタを詠んだ。


 『猩猩しょうじょうは嵐の山の木々を跳ね歓呼かんこ響かせ尾上おのえを目指す』


 蒼空の顔の前に浮かびあがった五句体は、渦を巻いて白く光る塊となり、パンッと弾ける。無数の白い粒子は蒼空の全身を包む。粒子は手足にいくらか集まり、そこで白く発光した。


「よーし……!」


 蒼空は腰をかがめ、両足に全体重を乗せる。ぐっと力を込めて、次の瞬間、跳んだ。

 近くの幹を蹴り、また別の木の幹まで軽々と跳躍する。


「わおぉぉぉぉお!!」


 蒼空は猿のような鳴き声をあげながら、数メートル近い木と木の間をぴょんぴょんと跳び、身長よりもずっと高いところにある枝を掴むと、ブランコから飛び降りるように、ぶんっと体をしならせ、大きく跳んだ。

 蒼空は重い荷物をものともせず、あっという間に琴葉の目の前から、はるか先へと消えてしまった。


「ええーっ。みんなずるいなあ! よーし、私も負けないんだから!」

「ほう、お主もうたうのか?」

「違うよ! 普通に本気出す!」


 琴葉は再び斜面を走り出した。ひと蹴りごとの力は先ほどよりずっと強く、登り坂の山道を弾丸のように駆けていく。


「にゃー!!! お主、まだ本気を出しとらんかったんかー!!」


 後ろ足がリュックからずり落ちてしまったおとどは、前足だけで何とかしがみついた。


 その頃、疾風しっぷうのごとく先陣を切って走っていた苑紅は、おとどの白い糸の先を見据えていた。と、ウタで勢いづいた脚力に急ブレーキをかけ、立ちどまる。


「おーい! ストップストップ!」


 あとを駆けていた福丸と蒼空は、苑紅がこちらに向かって手を広げているのを見て、速度を落とした。


「苑紅、どうしたんだ?」

「シッ、身をかがめて」


 言いながら苑紅も姿勢を低くする。苑紅はおとどがウタで出した白い糸の先を指差した。そこには、宝石のように光る真っ青な羽を扇状に開き、ゆっくりと歩いている孔雀の姿が見えた。羽の長さは優に二メートルを超えている。


「あれが瑠璃孔雀か……。何とも美しいな」

「よし、近付くよ」


 福丸と蒼空は、苑紅に続く。茂みに身を隠して、瑠璃孔雀に気付かれないように距離を縮めたい。

 そこへ、雄叫おたけびが近付いてきた。


「……ぉぉぉぉおおおおおお!!!!」


 静寂を切り裂く猛々しい声に三人が振り返ると、もうもうと土煙をあげながらこちらへ向かってきたのは、琴葉だった。


「あのバカ……! おい、琴葉! 静かにしろ!」


 苑紅は口元に人差し指を立ててジェスチャーしたが、琴葉は一心不乱に走っているせいか、気付かない。白い糸の途切れているのが見えたらしく、そのままの勢いでブレーキをかける。琴葉は瑠璃孔雀の目の前に、なぜか両手を広げて停止した。途端、瑠璃孔雀は甲高い鳴き声をあげ、羽をばたつかせて茂みの中を逃げていった。


「あ、あれ……? 今のって……?」


 琴葉は瑠璃孔雀を目で追った。しかし、目に飛びこんできたのは別のものだった。それは、一同の目からは瑠璃孔雀の羽で死角になっていたのだ。


「あ……」


 琴葉は言葉を失った。

 そこには、全身が光るように真っ白な毛並みの、鹿が立っていた。鹿は空に向かって伸びる雄々しい角を持ち、獅子のようなたてがみが顔の周りを覆っている。

 苑紅はザッと血の気の引いた顔をして、そろりと立ちあがった。


「……賓客だ」


 光るように白い鹿の額や頬、耳には、悪魔の刺青いれずみのような黒い紋様がある。ぎらぎらと輝く翡翠色の瞳が、琴葉を見据えていた。



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