第十六話「水面の花弁」
絢爛装束部を訪れた翌日の土曜日、授業のない蒼空たちは愛蘭に頼まれた品の買い出しのため、市場へ行くことになった。待ち合わせ場所に指定された緋波座は寮のすぐ側だったので、蒼空は待ちあわせ時間の十分以上前に着いていた。
緋波座の建物の脇に立ち、人々の往来を眺める。田舎では雑踏の中で一人きりになるということがなかった蒼空は、胸がざわつき、何かを探すように辺りを見回す。と、琴葉が手を振りながら駆けてくるのが見えた。
「おはよう、蒼空くん!」
「琴葉、おはよ」
挨拶を交わし、二人はしばし緋波座を眺めた。
玄関扉や窓枠、欄干が朱や金に塗られたその建物は、城郭のような重厚な佇まいをしている。
「緋波座って、二千五百年以上も前からあったんだって」
「二千五百年って、千歳ノ毀律より前ってことか? すげーな」
蒼空は劇場という場所に足を踏みいれたこともなかったが、どっしりとしたこの建物が、長い間、京都の街を見守ってきたのだという威厳が感じられた。
「よっ。お待たせ」
九時ちょうどになると苑紅がやってきた。
苑紅はいつもの制服ではなくラフな私服姿だったが、その上からは見慣れた雅な柄の入ったドテラを羽織っていた。紫乃から預かった鞄を肩に引っかけ、片手をひらひら振って蒼空たちの元に歩いてきた。
おはようございます! と、朝から元気いっぱいの挨拶をする二人に、軽やかにおはようと返すと、苑紅は辺りをきょろきょろと見回した。
「福丸はまだみたいだな」
「そうっすね」
「何やってんだあいつ。おっせーなぁ」
などと話していると、周囲が俄にどよめいた。
「あっ! あそこ!」
琴葉が指差す方を見ると、白い光を放つ美麗な馬に跨り、こちらへと近付いてくる者がいた。道行く人々が避ける中、かっぽかっぽと蹄の音を響かせながら向かってくる馬に乗っていたのは……福丸だった。
手慣れた様子で馬を操り、唖然とする三人の前で馬を止めると、爽やかな笑顔を見せた。
「やぁ、みんな。待たせたかい?」
福丸は優雅な身のこなしで馬から降りると、おもむろに胸元から伝冊を取り出して琴葉に渡した。
「さぁ、これを」
渡されるがままに琴葉が受けとると、福丸は馬の顔に頬を寄せてポーズを決めた。
「よし、いいぞっ! 撮りたまえっ!」
「あ、はいっ」
琴葉が素直に伝冊のカメラを福丸と馬に向けてシャッターを切ったその瞬間。
「何してんだっ! オメーはっ!」
見事に苑紅の回し蹴りが決まり、福丸は吹っ飛んだ。
「ごはぁっ!」
突然の出来事にぽかんとする琴葉が構えた伝冊には、福丸が回し蹴りを食らう瞬間の、躍動感溢れる一瞬がフレームに収まっていた。
「さっ。無事に全員揃ったし、とっとと行くよ」
馬は掻き消え、道に倒れ伏す福丸を背後に、苑紅は何事もなかったかのような笑顔を一年生二人に向けてから、さっさと道路を渡っていってしまった。
「は、はいっ」
琴葉も苑紅を追いかけていってしまい、残された蒼空は、道に捨て置かれた福丸に駆け寄って手を差し伸べた。
「福丸さん。大丈夫?」
「うぅぅ……。すまないね……」
福丸は差し伸べられた蒼空の手を掴んで立ちあがると、蒼空が見守る中、よろよろと歩き出した。
緋波座のすぐ横には二つの川が流れており、車輌と人が悠々に渡れる幅広い橋が架かっていた。四人はのんびりと歩いてその橋を渡る。まだ朝だというのに、道には多くの人が行き交っていた。
「ほら、ここが有名な鴨川だよ」
苑紅は橋の中ほどで立ちどまり、緩やかに流れる川を示した。
蒼空は京都についた初日、駅から学校まで歩いていったので見覚えがあった。その時は、迷わないよう地図を見ながらだったので、あまり景色を見る余裕がなかったが、こうして改めて見るとのんびりと美しい風景だった。
苑紅と福丸は見慣れた景色なのか、あまり興味がない様子だったが、蒼空と琴葉は欄干から身を乗り出してまっすぐに伸びる川を楽しそうに眺めた。
「ふわぁー、綺麗ですねー」
「苑紅さん、あれは?」
蒼空が指差したのは、川沿いの建物の二階部分が川へ迫り出して並んでいる様子だった。
「あれは“床”っつってな。鴨川を間近に眺めて、涼みながら飯が食えるっつー料理屋だよ。確か、正式名は納涼床だったかな。夜になると明かりが灯って綺麗なんだ。京都の夏の風物詩だね」
「へぇ〜、見てみたいなぁ」
納涼床は川の奥の方までずっと続いていた。夜になれば提灯の灯りが水面に反射して、さぞや綺麗だろうと思われた。
「まだ朝なのに、けっこう人がいますねー」
欄干から下を覗いていた琴葉が感心したように呟いた。
目を向けると、綺麗に整備された遊歩道には、朝の散歩やジョギングを楽しむ人が見えた。川縁には並んで座るカップルの姿もあった。
「夕方になるともっと人が増えて面白いよ。なぜかカップルが皆、同じ距離を空けて座るんだ。アレってどうしてなんだろうな」
「ははっ、不思議ですね」
言われてみると、今も何組かのカップルが同じ距離を空けて座っていた。
ゆったりと流れる爽やかな朝の空気を、四人はひと時味わう。
琴葉の隣で景色に見入っていた蒼空の口から、ふと、短歌が衝いて出た。
「水清し鴨川に吹く春の風 水面にゆらり 君と花弁」
それを苑紅が聞き留めて、笑顔を向けた。
「へぇ〜、いいね!」
そして、じゃあ私も、と言って人差し指を一本ピンと立てた。
「鴨川の水面に映る春の恋 夏の水面に映るは誰か」
「ははっ! 面白い短歌っすね」
苑紅の短歌に蒼空が声を立てて笑った。
「琴葉も詠みなよ」
「え、私もですか? ううーーーん」
腕を組んで難しい顔で考えこんでしまった琴葉に、苑紅が声をかける。
「おいおい、そんなに考えこむなって。こういうのはさ、景色見てスッと心に浮かんだことをそのまま出せば、すんなり決まるもんだよ」
「そ、そうですかっ! やってみます! うーーーんっ!」
そう言われて琴葉は、川にじっと目を向けて考えこんでしまった。
「フッ。では、僕が一首詠もう」
考えこむ琴葉の後ろで、欄干に片足を上げてポーズを決めた福丸が、遠くを見つめて詠歌する。
「鴨川の風光明媚な景色さえ 僕を彩る舞台に過ぎぬ」
「はい、もう行くよー」
福丸の短歌を聞いた苑紅は、一年生たちを促して早足で行ってしまった。一人取り残された福丸を通行人がチラチラと見ながら通りすぎていく。福丸は欄干からそっと足を下ろす。
「紅ちゃん、置いてかないでよーっ!」
涙目になって、苑紅たちのあとを急いで追いかけた。
市場までは橋からほど近い距離らしい。蒼空たちは沢山の店が並ぶ大通り沿いの道を並んで歩いた。
幅広い通りは車道と歩道に分けられて、どちらも人や車が盛んに行き交って賑やかだ。車道の中央には線路が敷かれて、二両に連なった路面伝車がゆっくりとした速度で通りすぎていく。線路の両側の道路には、ウタを動力に走る車の他に、哦獣に牽かれた貨車が大きな音を立てて走り、道の端では観光客相手に、客車を哦獣が牽く人力車、ならぬ哦獣車などもゆったりと行き来していた。
「おぉー! すげーっ!」
蒼空はキョロキョロとよそ見をしては人にぶつかりそうになる。
バサッという大きな音に驚いて上を振り仰げば、人を乗せた哦獣が大きく翼を広げて風を切り飛んでいった。
「おー! 苑紅さんアレ! 人が乗ってる!」
蒼空が上を指差して驚くのを見て、苑紅も空を見上げる。
「あぁ、警歌隊つって歌人の一種だよ。そんなに珍しいか?」
「初めて見たっすね!」
アレはコレは、と次々投げかけられる蒼空の質問に答えながらの行き道はあっという間だった。
「さーてと、着いたよ。ここが市場通りの入り口だ」
苑紅が立ちどまった通りの入り口には、太い柱に支えられた門が建ち、"新京極”の文字が書かれた扁額が掲げられていた。
大通りを横に逸れたその通りは、車は進入禁止らしく、徒歩の買い物客でごったがえしている。
「うーん、どっから行くかなー」
苑紅は肩掛け鞄から、昨日紫乃に渡された紙束を取り出してペラペラとめくった。
「やっぱ、一番近いところからかな」
そして、行くよ、と言って歩き出した。四人は、人混みの中をはぐれないように近付いて歩く。
さほど広くない通りの両側には、雑多な店がずらりと並び、奥まで続いている。店の前には様々な商品が出され、店員が威勢の良い声で客を呼びこんでいた。店頭で食べ物を売る店からは、何とも香ばしい匂いが漂ってくる。
祭りのような賑わいを見せる通りを、四人は人の流れに乗って進んでいく。
そうしてしばらく歩くと、苑紅はそんなに広くない間口の店の前で立ちどまり、手にした紙面と店の看板を見比べた。
「ここだ、湯川商店」
店頭には色とりどりの布や反物が置かれている。どうやら生地屋らしい。
苑紅は、カラカラと軽い音を立てて入り口のガラス戸を開け、中に入っていく。
「こんにちはー」
店の中は狭い通路を残して所狭しと棚が置かれ、そのどれもにみっちりと布類が詰まっている。色彩豊かな布達は、どれ一つとして同じものはないように見えた。
「はいはい、いらっしゃい」
苑紅の声を聞きつけて、店の奥から腰の曲がったお爺さんがよぼよぼと出てきた。
「すみません。ええと、この紙に書いてある布が欲しいんですけど」
「ああーん?」
苑紅が渡した紙を震える手で受けとると、お爺さんは目を細めて眺めた。老眼らしく、眼鏡を外して、紙を近付けたり遠ざけたりしている。しばらくして、焦れた苑紅が声をかけようとしたところで、お爺さんは顔を上げた。
「あぁ〜、こりゃ紫乃ちゃんのお使いかね?」
「そうです! 雲雀の絢爛装束部の使いです!」
うんうん、と承知した様子でお爺さんは何度か頷いた。
「だったら聞いとるよ〜。ちょっと待ってなさい」
そう言って、お爺さんは紙を片手に、またよぼよぼと店の奥へと行ってしまった。
「さっすが紫乃さん、連絡してくれてたんだ。段取りがいいねぇ」
苑紅が指をパチンと鳴らした。
しばしの間、店内を物色して待っていると、先ほどのお爺さんが、どこにそんな力があるのか、小さい身体が隠れてしまうほどの大量の布を積み重ねて持ってきた。
ドサッと広い机の上に置くと、ひと息ついて腰をトントンと軽く叩いた。
「うわっ……すげー量だな」
「ふぅ〜。まだまだあるからの。もうしばし、待っといておくれよ」
「えぇ、まだあるんですか!?」
それからお爺さんが何往復かすると、机の上は大量の反物や、布の山で埋め尽くされた。
「はい、お待たせさん」
「ありがとうございます。これで全部ですか?」
「そうじゃよ。こんなに沢山、四人で持てるかのう」
山のように積まれた商品を見て心配するお爺さんに、苑紅は困った顔で笑った。
「うーん、何とかしますっ」
そして、蒼空と琴葉を振り向くと、二人の背中を指差した。
「じゃあ、蒼空と琴葉。リュックに入るだけ詰めて。残ったらあたしたちが持つから。シワにならないように気をつけて」
「はーい」
会計をする苑紅の後ろで、蒼空と琴葉は机の上にリュックを置くと、次々と積まれた商品を鞄に詰めていった。途中、何度か重さを確かめるように鞄を持ちあげては商品を入れてを繰り返して、いつしか積まれた山はすっかりなくなっていた。
精算を終えた苑紅が振り返ると、二人は店の狭い通路をギリギリ通れるほどに膨らんだリュックを背負って、平気な顔で立ってた。
「うおっ。全部入れたの!?」
「はいっ!」
二人は重さを感じさせない顔で返事をすると、棚にぶつからないように気をつけながら入り口まで行き、大荷物を心配するお爺さんに礼を言ってから店を出た。
「二人とも、ホントに大丈夫かよ? 琴葉も重くないのか?」
店の前でもう一度、苑紅が心配して二人に声をかけた。
「はい! ちょっと重いけど、これぐらいなら全然平気です!」
元気に言って、琴葉はその場でピョンピョンと軽く跳ねた。
琴葉の背後に立っていた福丸が、何の気なしに琴葉が背負ったリュックの上部についている取っ手を上に引っ張ってみると、ずしりと重い感触が手に伝わった。ぎょっとして更に力を入れて引っ張ってみても、リュックはまったく持ちあがらなかった。
「嘘だろ……」
福丸は恐ろしいものを見るように、はしゃぐ琴葉を後ろから見つめた。
「じゃあ、次行くか」
苑紅は再度、紙束をめくると次の店に目星をつけて歩きはじめた。それから数店舗を回り、細々《こまごま》した品を買い集めていった。どの店舗にも紫乃が予め連絡をしてくれていたようで、買い物は円滑に済んだ。
そうして時間が過ぎ、少し開けた場所に行きついた。広場はちょっとした休憩所のようになっており、ぽつりぽつりとベンチが置かれて何人かの買い物客がひと息入れていた。四人は空いたベンチを見つけると、荷物を下ろした。
「ふぅー、あとちょっとか。一旦腹ごしらえだな。あたしら、なんか買ってくるから、蒼空と琴葉はここで荷物を見といてくれる?」
「了解っす」
下ろした荷物を一箇所にまとめて、蒼空と琴葉はそれを挟むように座った。苑紅はすぐ戻る、と言って福丸を連れて広場の周りの露店に向かっていった。
しばらくの間、通りを眺めながら蒼空と琴葉が待っていると、言葉通りすぐに苑紅と福丸が戻ってきた。二人はおいしそうな鯛焼きを片手に、モグモグと頬張りながら歩いてきた。
「おまたへー」
「鯛焼きを買ってきたよ。たくさんあるから、遠慮なく食べたまえ」
「わーい!」
苑紅は福丸の持っていた紙袋から鯛焼きを二つ取り出すと、琴葉に一つ渡して、二個めを蒼空に差し出した。礼を言って、蒼空が手を伸ばして受けとろうとした、その時、二人の間に黒い影がサッと横切った。気付くと苑紅の手から鯛焼きがなくなっていた。
「は!? なんだッ!?」
とっさに黒い影を目で追うと、四人から少し離れたベンチの上に、黒い小さな塊が鯛焼きを咥えてこちらを窺っていた。よく見ると、それはビロードのように艶やかな毛並みをした黒猫だった。奇妙なことに、頭部の毛のひと房が赤く染まり、まるでモヒカンのように逆立っていた。
「あっ! おとど!」
苑紅が驚いて指差すと、黒猫は返事をするように、まっすぐに伸びた長い尻尾をゆるりと一度振った。そして、鯛焼きをぽとりとベンチの上に落とすと、顔を近付けてむしゃむしゃと食べはじめた。
「おい、おとど! 無視すんなって!」
苑紅が鯛焼きを食らう黒猫に近付いて話しかけた。
「ふんっ。“様”をつけぬか。この無礼者」
少しの不機嫌さを滲ませた、その落ち着いた女性の声は、明らかに黒猫から発せられていた。
「なーにが、無礼者だよ。それ、あたしが買った鯛焼きなんだけど?」
「ふむ。中々の美味じゃ。褒めてつかわす」
ムッとして苑紅が言い返すが、黒猫はどこ吹く風で、はぐはぐと鯛焼きを食べ続けている。
「わぁ、猫が喋ってるー」
苑紅の後ろから琴葉たちがやってきて、黒猫を取り囲んで物珍しげにじろじろと眺めた。黒猫は視線を気にするでもなく、鯛焼きをすっかり平らげた。
「珍しいだろ? こいつはおとどって言ってさ。うちの学長の飼い猫だよ」
「なんと無礼な。わしは猫ではない」
ツン、と黒猫が言い返すと、琴葉が目をキラキラさせておとどに迫った。
「かわいいっ! おとどちゃんって言うんだね! 私は琴葉、よろしくね!」
撫でようと伸ばした琴葉の手をするりと避けて、おとどは近くにあった石像の頭にぴょんと飛び乗った。そして目を細めて四人を見下ろした。
「わしは命婦のおとどと申す。下賤な猫などではなく、気高き黒豹である」
おとどは人を寄せつけない態度で名乗るが、琴葉は気にせずに鯛焼きを持った手をおとどに伸ばした。
「ふわぁぁ、かわいい〜。おとどちゃんおいで〜。私の鯛焼き食べていいよ〜」
おとどは琴葉の声が聞こえていないかのように無視していたが、鼻の前に鯛焼きを近付けられると、スンスンと匂いを嗅いで、パクリと食いついた。
鯛焼きを咥えたまま像から飛び降りると、またベンチの上で鯛焼きを食べはじめた。
「かわいい〜っ!」
琴葉は鯛焼きを食べるおとどの背中を優しく撫でた。おとどは無言で鯛焼きを食べ、撫でられるがままになっている。他の三人は、その様子を鯛焼きを食べながら眺めていた。
おとどは二匹目の鯛焼きをあっという間に平らげてしまうと、ちょこんと座り、満足げに前肢で顔を洗いはじめた。
同じく鯛焼きを平らげた苑紅が、改めておとどに向かって話しかける。
「で、何の用だよ? あたしら忙しいんだけど」
「ほう? これからどこに行くのじゃ?」
苑紅の質問には答えず、おとどは問いかける。
「あん? 装束の材料の買い出しだよ。お前に構ってる暇はないよ」
「わからん娘じゃの。どの店に行くのじゃ、と聞いておる」
生意気なおとどの言い様に、苑紅は少々ムッとするが、猫相手に怒ってもしょうがないと思い直す。
「次は、宝珠屋だよ」
「ふむ。では、わしもついて行ってやろう」
「えーっ!? おとどちゃん来てくれるの!?」
「いや、何でだよ!」
おとどの提案に琴葉は喜ぶが、苑紅が焦った表情で遮った。
「こう見えても、わしはお主らより長く生きておるでな。品定めしてやろうと言うておるのじゃ」
「え〜? 猫のくせに〜〜?」
「豹じゃというとろうがッ!」
疑る調子の苑紅に向かって、おとどはぴしゃりと言い返す。
「苑紅さん! おとどちゃんかわいいし賢いから、絶対役に立ってくれますよ!」
困惑した表情の苑紅に向かって、琴葉が拳を握って力説する。
「えぇー……面倒くせぇなぁ……。大体猫って店の中入れんのかよ」
「大丈夫です! ホラ、こうやって! リュックに乗ってれば誰も本物の猫だなんて思いませんよ!」
琴葉がリュックを背負うと、心得たようにおとどがぴょんと飛び乗って香箱座りになって落ち着いた。
「はぁー、マジかよ……」
「お願いしますっ!」
祈るように手を組んで哀願する琴葉に、苑紅は諦めた様子でため息をついた。
「しょうがないな……。わかったよ」
「わーい! やったー!」
喜んでぴょんぴょんと跳ねる琴葉のリュックの上で、おとどは目を細めてゴロゴロと喉を鳴らしていた。