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三十一文字物語  作者: 京屋 月々
第一章 雷乃発声
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第十二話「天真の瞳」

 いかめしい南京錠なんきんじょうを指に引っかけて、苑紅(そのべに)は扉の中に入った。蒼空そら琴葉ことはも恐る恐るそれに続く。


「おぉー!」


 部屋の中は思ったより広く、教室の半分ほどの広さがあった。一歩足を踏みいれると、図書室のような古い本のほこりっぽい匂いに包まれる。それもそのはず、部屋の二方の壁が床から天井まで全て本棚になっており、大小様々な本がびっしりと詰まっていた。


 部屋の中央には見事なレリーフが入った猫脚のローテーブルが置かれ、それを挟む形で四人は座れそうな大きなソファと、ゆったりとした一人掛けのソファが置かれている。床には色褪(いろあ)せた模様の入ったペルシャ絨毯じゅうたんが敷かれていた。


「そこらへん適当に座って」


 二人にそう言うと、苑紅は羽織っていたドテラを脱いで一人掛けソファの背に掛けて、部屋の奥へ歩いていった。

 苑紅にうながされ、蒼空と琴葉は四人掛けソファに腰掛けた。年季の入った革のソファは柔らかく、座り心地がよかった。


 二人は学校らしくない空間が気になって、辺りをきょろきょろと見回す。部屋には雑多なものが収められた戸棚や、使ってない椅子やテーブルが置かれている。部屋の隅には、何冊も積まれた本や、大きな巻物が何本も立ち並び、薄汚れた木箱が置かれ埃を被っていた。中には、大きな狸の焼き物なども置いてあり、何に使われていた部屋なのか、さっぱりわからなかった。


 苑紅が窓にかかるカーテンを開けると、窓から光が入って部屋を照らした。

 苑紅は部屋の隅にしゃがみこむと、小さい冷蔵庫を開けて中から水の入ったボトルを持って戻ってきた。それをドンとテーブルに置くと、長ソファの後ろにある戸棚をガチャガチャと物色して、骨董品のような古びた鉄瓶と三人分の湯呑と茶筒、それに円盤状の鍋敷なべしきのようなものを取り出した。


 それらをテーブルの上に置いて、やっと一人掛けのソファに座った。人の重みにギシリとソファが音を立てる。


「お待たせー」


 円盤状の鍋敷きは、よく見ると詠力陣えいりょくじんのような模様が入っている。苑紅は鉄瓶てつびんにボトルから水を入れると、鍋敷きの上に置いて手をかざした。


 『八坂路やさかじ夕霜ゆうしもを解く燃ゆ石にこころ恋しき此処茶ここちゃの香り』


 苑紅の詠歌に反応して、円盤の模様が白くぼんやりと光る。しばらくすると三人が見つめる中、鉄瓶がコポコポと沸騰した音を立てた。苑紅は、円盤から鉄瓶を下ろすと、慣れた手付きで茶葉を入れ、しばらく待ってから湯呑にお茶を注いでくれた。


「さ、どうぞ」

「ありがとうございます」


 苑紅に勧められ、二人は湯呑を手に取る。温かく香ばしい茶の匂いは、二人をほっと和ませた。


「何ですか、この部屋?」


 周りを見回しながら興味津々の瞳で琴葉が聞いた。


「あたしの秘密基地ってやつ」

「えぇ??」

「まぁ、色々あってさ。この部屋の前の主人に託されたんだ。この学院はとんでもなくでかいからさ。こういう、わけわかんない部屋がいくつもあるんだよ。普段はあんまり他のヤツは入れないんだけどね」

「俺たちが入ってよかったんですか?」


 何の気なしに蒼空が聞くと、湯呑を片手に苑紅は優しい目で笑った。


「言ったろ? アンタの詠力が好きだって。あんなにまっすぐな想いが込められた詠力を感じたのは久々だったよ」

「ははっ、嬉しいっす」


 率直に褒められて、蒼空は照れて頭をいた。


「それに元後輩が迷惑かけちまったからね」


 一瞬、苑紅の表情に翳りが差す。


「それで? 何が聞きたいの?」


 すぐに元の声音に戻った苑紅は、ソファに深く座り、背もたれに寄りかかった姿勢で尋ねた。

 蒼空と琴葉は真剣な顔で苑紅に向き直る。


「とりあえず、さっきのエラそーな先輩な何者なにもんなんですかね?」


 いくつもの疑問がある中で、蒼空が口火を切る。


「さっきのヤツは、短歌連三年の宗雅そうが 雪嶺(ゆきみね)。この学院の生徒会長、兼短歌部部長だよ」

「あの人が短歌部部長……!?」


 琴葉が驚きの声をあげる。


「そっ。二百人以上もいる短歌部をまとめあげる絶対的な部長サマだね」

「部長なのに、何であんなひどいこと言うんですか!? 第二短歌部って一体なんなんですか!? 教化って?」


 琴葉が身を乗り出して矢継やつぎ早に質問する。


「おいおい、急かすなって。一つずつ答えるよ」


 苑紅の困惑した声に、はっと気づいて琴葉はソファに座り直した。


「短歌部は、元々第一も第二もなくて、一つだったんだ」


 昔を思い出すようにゆっくりと苑紅は話し出す。


「去年、あたしが高等部の短歌部に入った時は、歳いった爺さん先生が顧問でね。人数は今より少なかったけど、割りかし和気あいあいとした雰囲気の部だったんだ」


 苑紅は膝に置いていた南京錠を指でなぞる。


「それが夏の終わりに、爺さんが身体を悪くして引退することになってさ。それまで副顧問だった甲賀ってヤツが顧問になった。そのタイミングで部長の雪嶺ゆきみねが突然、部を強化するために短歌部を二つに分けるだなんて言い出した」


 神妙な面持ちで、蒼空と琴葉は話に聞き入る。


「それからすぐにメンバーが発表された。反対する意見は多かったんだけど、甲賀のやつが雪嶺に同意してさ。結局は短歌部は二つに分かれてしまったんだ」


 語る苑紅は悄然とした面持ちだった。蒼空は眉をひそませる。


「誰も何も言わなかったんすか?」


 苑紅が俯いて首を横に振る。


「雪嶺の親はこの学院の理事長なんだ。その後ろ盾があるから、甲賀は雪嶺に頭が上がらない。けど、短歌部顧問といえば、学院内なら幅が効く。雪嶺自身も生徒会長だけあって、かなりの権力を持っている。そんな二人に目を付けられたら相当厄介だ。だから、逆らえないやつが多いのさ」


 苑紅は冷たい錠前を強く握りながら、眉根を寄せていた。


「第二のメンバーは、表向きは実力で分けたなんて言ってたけど、実際にはあまり裕福でない家庭のやつらが選ばれているんだ。この学院の短歌部出身であれば、進学でも就職でも有利に働く。だから、短歌部を辞めるわけにはいかない。さらに、推薦で入ってきてるやつは退部をチラつかされたら黙るしかない」


 苑紅は手に持った錠前をポンと上に放り投げた。落ちてきた錠前を受けとめて、それきり口を閉じた。

 部屋に一時の沈黙が流れる。

 苑紅の話をじっと聞いていた蒼空は、顔を上げて問いかける。


「雪嶺は何で第二短歌部なんて作ったんだろ」

「それはさっきアイツが言ってた通りさ。意図的に弱者を作りあげ、それをいたぶることで優良種とやらに自信をつけさせる。犠牲になるやつは溜まったもんじゃない。歪んだ教育論だよ」


 教育論と聞いて、蒼空は雪嶺が言っていたことを思い出す。


「“教化きょうか”っていうのも、それに関係あるんすか?」

「教化ってのは、甲賀が考えた指導法だよ。ひと言でいえば蛇の生殺し。実力差のある第一部員と第二部員を組ませて歌合うたあわせをさせるんだ。第一部員は封印されない程度にうまく手加減しながら、第二部員をただ痛めつける」

「そんなのひどい……!」


 あまりの話に、琴葉が顔を歪める。


「アンタたち、短歌部の見学に行ったんなら、歌合を見たんだろ?」

「はい、見ました! すごかったです! 刀でバンバン斬りあって!」


 コロッと表情を変えて、琴葉はやや興奮した調子で言う。


「封印される様子も見た?」

「はい! 青い鎖が巻きついて、額に“封”って、バンッ!て出るやつですね!」


 琴葉は夜鹿の歌合の様子を思い出した。


「そう。本当はさ、それが歌人を育てるための正しいやり方なんだよ」


 苑紅の言葉に、蒼空も強く頷く。


「結局、あたしはアイツらのやり方についていけなくてね。二年になる直前の練習中にブチ切れて、甲賀のやつをぶん殴って辞めたんだ」

「そうだったんですね……」


 部屋にまた少し静寂せいじゃくが流れた。窓から入る明るい光が部屋に舞う埃をキラキラと照らす。そんな中、寂しげに苑紅がポツリと呟いた。


「辞めたことに後悔はないんだ。あたしは、正しく歌人を目指したいだけなんだ」


 そう言うと、苑紅はソファにもたれかかってうーん、と大きく背伸びをした。


「そんで、好きな時に自由に短歌を詠みたいだけなんだよね……。そんな場所があればいいんだけど……」

「じゃ、作っちゃいましょうよ」

「え?」


 唐突な蒼空の言葉の意味がわからず、苑紅は聞きかえす。


「雪嶺は、第二短歌部を勝手に作ったんでしょ? だったら苑紅さんも勝手に第三短歌部を作っちゃえばいいんすよ」


 苑紅は目を丸くして蒼空の顔を見た。


「そうか……。いや、何で思いつかなかったんだろう。そっか、そうすればいいのか……」


 腕を組んでブツブツと呟く苑紅を、一年生二人はじっと見つめる。

 いや、でも! と、苑紅が顔を上げて渋い顔をする。


「でも、新しい部を作るには最低五人の部員が必要なんだ。あの生徒会長を敵に回してもいいってやつがあと四人……」


 蒼空と琴葉の二人は、苑紅の言葉に思わずきょとんとして、顔を見合わせた。


「え? 蒼空君は第三短歌部に入るでしょ?」

「ああ、琴葉もだろ?」

「もちろん。だからあと二人ですよ」


 あっさりと言う二人に、苑紅は困惑した。


「ちょ……、アンタたち、あたしの話聞いてたの?」

「聞いてましたよ?」


 きょとんと見返してくる二人に、苑紅は思わず頭を抱える。


「相手はあの雪嶺と甲賀だ。目を付けられたら平穏な学院生活は送れなくなるかもしれないんだぞ?」

「ははっ。俺、雪嶺の言ってることにぜーーんぜん賛成できないんで。苑紅さんと同じ気持ちっすよ。短歌は自由に詠んでこそです」


 二人のまっすぐな瞳に見つめられ、苑紅は軽く俯いた。


「……アンタたち、本当に面白いね」


 呟いて苑紅は顔を上げた。その瞳はもう覚悟を決めていた。


「二人とも、名前は何ていうの?」

「短歌連一年、小野琴葉おのことはです!」

「同じく、草凪蒼空くさなぎそらっす」


 苑紅はパァンッと大きく膝を叩くと、ソファから立ちあがった。


「あたしは伊勢いせ苑紅そのべに


 苑紅はソファの背にかかっていたドテラを掴んで、右肩にバサッとかけた。


「よし! あたしが第三短歌部を作る。アンタたちも手伝いな!」

「ハイッ!」

「うっす!」


 二人は返事をすると、勢いよく立ちあがった。その表情は明るい。


「よーし! じゃあ、何から始めましょう?」

「そうだな、まずはあたしが担任に新しい部の作り方について聞いてくるよ」


 そう言うと、苑紅は制服の上着のポケットから伝冊(でんさく)を取り出した。


「とりあえず伝冊に友録ともろくして」

「ともろく?」

「友達登録すると、伝冊で連絡が取れるんだよ」


 聞き慣れない単語に蒼空が疑問の声をあげると、琴葉が教えてくれた。

 蒼空は寮で籠持、梓弓と友達登録したのを思い出した。やり方はなんとなく覚えていたが、まだ慣れない操作にもたつく。それを横から見ていた琴葉が指を伸ばして画面をちょいちょいと操作した。三人は互いに友達登録しあうと、苑紅がよしっと扉へ向かう。


「部員になってくれそうなヤツに一人、心当たりがある。また連絡するけど、とりあえず明日の放課後は空けておいて」

「了解っす」

「じゃあまた明日! 解散!」


 はい! と元気な返事を残して、蒼空と琴葉は部屋を出ていく。

 一人部屋に残った苑紅は、開いた錠前を手に弄びながら、微笑みを浮かべて二人を見送った。


「はは……、ほんと、面白いね」


 苑紅は誰にともなく呟いた。


 蒼空と琴葉は教室に戻ると、荷物をまとめて帰路についた。二人とも、目標ができたことが嬉しくて、はやる気持ちが抑えきれず、どちらからともなく足早になっていた。

 女子寮に向かう琴葉と途中で別れると、いよいよ蒼空は男子寮に向かって走り出した。

 男子寮の大扉をバンと開いて、蒼空は帰宅を告げる。


「ただいまー!」


 その声に、ロビーのソファに座る天月が、読んでいた本を閉じて蒼空を見る。


「やぁ、おかえりー。ねぇねぇ、蒼空君。どこの部に入るか、もう決めた? まだだったら、僕が入ってる部に……」

「もう決めたっす!」


 被せ気味に天月に返すと、蒼空はそのまま自室へと走り去っていった。


「あらら……。フラれちゃったね……」


 天月は苦笑すると、頬杖をついた。


 「天真な君の瞳は移り行く 空虚くうきょはしで君に手を振る」


「……なんてね。ふふ」


 天月は原歌を詠むと、膝に置いた本を再び開き、微笑みを浮かべて頬杖を付いた。



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