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第6話 絵師の道


 私は時間を忘れて絵を描き続けた。

 軍議の輪、武人ガゼル、燃える幕舎、暗闇の挟み撃ち、後衛の双子、指揮をとる青年、森での戦い、焼かれている敵兵の死骸、倒されていく陣、夕焼けの中のレソト。

 気付いた時には、木板をすべて使い切っていた。

 木板があればまだまだ描きたいものは山ほどあった。

「まだ描いていたのか、物好きだな」

 見張りの男が私に声をかけた。

 私は顔をあげて微笑んだ。

 見張りの男は朝陽の中にいて顔が見えなかったが、笑顔のような気がした。

 焚き火は消えて、朝陽が昇っていた。

 どうやら一晩中絵を描いていたようだ。

「見事な絵だ。木炭だけで描いているのに色がついている気がしてくる」

 見張りの男は一枚の木板を手に取った。

 指揮をとる青年を描いたものだ。

 昨日の昼、東の陣でエキドナル軍を蹴散らした時を思い出しながら描いた。青年の声や笛に合わせて、一塊の人間たちがまるで大きな獣のように動き、エキドナル兵というヒトを討ち破っていく。戦いの中、血が湧き立ち、心が高ぶる中、何事にも動じない巨大な岩のように青年は気迫に満ちていて、しかも冷静だった。

「これをもらってもいいか」

「何の役にも立たない」

「いや、何よりも心の支えになる」

 その言葉に驚いた私は、おかしな顔をしたのだろう。

 いつもいつも、絵は役に立たないと言われて育ってきた。しかし、あの時、青年に認められてから、もう何度目だろうか、私の絵が役に立つと言ってもらえたのは。

 私の喜びと興奮が分からない見張りの男は首をかしげた。

「クリシュナさまの絵なら当然だろう。連戦連勝、怪我人は少なく、今回は死んだ者が一人もおらん。あれだけ敵が多かったのに、だ」

「そうですね。どうぞ、その絵は差し上げます」

 ありがたい、と言って男は喜んだ。ありがたいのは私の方だった。

 あの、クリシュナさまと呼ばれている青年は、まだ十八歳だという。私よりは年上だが、それでも一軍の指揮官としては若い。しかも正規軍ではなく、寄せ集めのこの蜂起軍で指揮をしている。正規軍なら、貴人の子が年齢とは関係なく上位につくこともあるだろう。ガゼルやロナーという武人が臣従しているということもあるが、それだけで蜂起軍が意のままになることはないと思う。それどころか彼は、この一団の中では、ほとんど崇拝されていると言える。彼を「さま」、とつけて呼ばないのはあの双子だけである。

 聞いた話では、エクラの町が悩まされていた山賊を青年と双子、ガゼルとロナーが退治したところからこの行軍が始まったらしい。それはついひと月前のことだという。

 エクラから隣国エスタールのサーラという町へつながる街道に山賊が住み着いた。治安が安定しているエスタールから治安というもののないアイステリアへ移り住んだらしい。街道を通る者が何度も襲われ、サーラからエクラに来る者はいなくなったという。もともと混乱しているアイステリアを訪れる必要がないのであまり旅人はいなかったが、それがまったく来なくなってしまった。逆に、エクラの者にとって隣国エスタールは必要不可欠な存在であり、国内で入手困難になっている食糧を中心とした生活に必要な物品を手にするには、街道の安全が不可欠だった。

 そこへクリシュナたちの一行がやってきて、山賊を退治した。町の者が二人、手を貸したが、ほとんどクリシュナたちが戦った。山賊は八人いて、みな元はエキドナルの兵だったという。それだけでなくクリシュナは知り合いの商人をエスタールからエクラへ呼び、私財を投じて町の危急を救った。そして、このままでは何も変わらない、自分たちの力で国を建て直すのだ、とみなに説いた。その時の語り、身振り、そして心に、何も言わないが高貴なものが感じられたらしい。

 噂では、あくまでも噂でしかないが、クリシュナは王都の貴人の御曹司だと言われていた。学が高く、財をもち、屈強な武人を従えているので、それは間違いないことだと半ば事実として語られていた。本当のところ、ガゼルやロナーが何も教えてくれないので、クリシュナが何者なのかは誰も知らなかった。ただこの噂はあたらずとも遠からずというところだろう。

 エクラで数人の者がクリシュナに賛同して町を出た。その時、オーハはエキドナル軍から食糧を出せ、出さないと攻撃すると脅され、実際にエキドナル軍の一部隊が町の近くまで来ていたという。オーハからエクラのクリシュナに助けを求める使者が訪れ、クリシュナたちはすぐ出発し、到着した途端にエキドナル兵を討ち果たした。エキドナル兵は十人程度で、山賊とあまり変わらないか、それよりも弱かったとガゼルが豪語したらしい。ここでさらに人は集まったという。そのほとんどが食べ物を求めてやってきた者だったのだろう。

 ノルスクの町はエキドナル軍によってすでに落とされて、町は荒らされていた。難民となって逃げた者がクリシュナたちに町を取り戻してほしいと訴え、クリシュナ軍はノルスクに向かった。犠牲も出たが、ノルスクは再び町の人の手に戻った。

 そして、クリシュナはまたエクラに戻った。噂が広まり、ナント地方各地の農村から人が集まってきた。ノルスクの人々も、荒らされ、崩壊した土地に住むことをあきらめて再び合流していた。いつの間にかクリシュナ軍はエクラの町よりも大きな一団となっていた。

 エクラの町に、一隊から五隊まで総勢五十を数えるまでに膨張したクリシュナ軍はおさまりきらないようになったので、今では、軍とその家族を支え、行軍しているのだという。どこかに定住すればすぐナント地方最大の、いや、この国最大の町ができるだろう。




 突然、激しい音と大きな声が湧き上がった。

 振り返ると、カゼル、ロナー、そして双子に兵たちが打ちかかっていた。

 まさか、と思ったがよく見るとみな味方で、そしてみな手に木の棒をもっていた。

 一人ずつ打ち込んでいくが、あっさりあしらわれている。

 しかし交代で次々挑んでいく。みな必死で、それでいて楽しそうだ。

 クリシュナもそこにいたが、立って見つめているだけだった。そして私を見つけ、私の方へ歩いてきた。

「引き止めてすまなかった。もう足止めする理由はない。いつでもここを離れていい」

「私は戦えませんが、ここに、いや、この中に残ってもいいものですか」

「戦闘員ではない女、子どもも本営には多いからそれは構わない。レソトの町の者かと思っていたが、そうじゃないようだな。家族はいいのか?」

「連絡が取れるなら共に。しかし、私がいなくなると家族は一人分食事が楽になりますから」

「そうか。ここに呼べば家族全員の食事が楽になるが」

 背の高い青年の顔が曇った。「この国の民はみな貧しい。それが戦争のせいだと王都の連中は誰も気付いていない。それで徴兵や徴税ばかりだ。このままでは国が滅ぶ」

「国が、滅ぶ。そんなことが」

 本当にあるのだろうか。

 私には想像できなかった。

 そもそも国など、民にとってもともと必要なものなのかどうかさえ分からない。国が民から奪い、民を殺しているではないか。

「ついつい、歳が近いと口が滑らかになる。残ると聞いて嬉しく思った。それに、また絵を描いてもらいたいものだ」

「必要があれば、いつでも」

 私は胸を張って言った。

 私の絵がここでは役に立つ。

 私の絵がここでは認めてもらえる。

 私の絵がここでは必要とされている。

 こんなに素晴らしいところは他にないはずだ。

 絵師としての道を私は心に決めた。

 この時、私は賢王の絵師となったのである。

 後に、クリシュナは本当にアイステリア国の王となった。今はまだ蜂起軍の指揮官だが、それは、そう遠い未来のことではなかった。




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