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第22話 対外戦争の終結



 三日後、クリシュナは講和を求める内容の文書を持たせて、五人の捕虜を解放した。

 残りの捕虜は人質だった。選ばれた五人は、捕虜の中でも、この三日間でアイステリアに傾倒した者である。この五人以外も、ほとんどアイステリアに傾倒していると思えた。そうなるように、クリシュナは丁重に捕虜を扱っていたのだ。

 三日前の突発的な戦いについても、捕虜の話から、およその様相がつかめた。

 とにかくラテ軍は、王都に敵が迫るという初めての経験に遭遇して、かつてないほどに混乱していたのだという。

 次々と町が降伏しているという知らせを受けて、王都でも降伏が議論された。しかし、王都は町と同じような扱いでは済まないだろうということで、降伏はしないと決まった。

 それなら王都に篭城するのがよいという意見が出たが、それでは王都に戦禍が及ぶのではないか、という意見と対立し、決断すべき王はどちらとも決めかねていた。

 ところが、王都の守備隊の隊長が勝手に篭城戦の準備を命じ、兵が動き始めた。それを聞いた全軍指揮官である第一王子スラーが怒って、平原に陣営を築くように命令を下した。どちらも、王の裁可のないものだった。

 廷臣たちは互いにそれぞれの主張を訴えたので、ラテ王はますます混乱した。どうすればよいのか分からなくなった結果、王が全軍に突撃を命じたのだという。

「愚かな王だな」

「愚か過ぎて話にならん」

 ガゼルとロナーは、まだ見たこともないラテ王に対して辛辣だった。

 その愚かな王は、クリシュナからの講和条件に応じなかった。王が不満だったのか、他の者が不満だったのかは分からない。

 講和条件はそれほど厳しいものでもないはずだった。


 一つ、ラテ国はエキドナル国に加担した事実を認め、謝意を示し、千メルカ(金貨千枚)を払う。

 二つ、ナーラとアルマを中心とするガラキア地方をアイステリア領として割譲する。

 三つ、千メルカのうち百メルカを即支払い、残りは毎年百メルカずつ支払う。

 四つ、百メルカが支払われた日にアイステリア軍は全軍撤退する。


 これが講和の条件だった。

 ラテ国の豊かさから考えれば、千メルカ程度であれば、全額一度に払っても問題のない金額である。また、王都にまで攻め込まれていることを考えれば、ガラキア地方のようなラテ国から見て辺境に位置する一地方の割譲など痛くも痒くもないはずである。

 それなのに、ラテ王は講和に応じなかった。

 クリシュナは平原へさらに進軍し、王都の間近に陣取った。朝夕は軍事訓練を続け、昼間は喚声を上げ、夜は必要以上に火を焚かせて、陣を明るく照らした。王都への威嚇だった。

 三日経っても、ラテ王は篭城したまま、何の返答もしてこなかった。私は、はじめに見た王都の陰りが一層暗くなっていくのを感じた。

 クリシュナ軍は、早朝から昼前までに、王都の外壁よりも高い櫓を二十組も組み上げた。その作業のすばやさに、ラテ軍はこれから何が始まるのかも気付かなかった。

 そしてその櫓の上から、油を詰めた小瓶をどんどん城内へと投げ込み、その全てを投げ尽くすと次は火矢を放ったのである。

 無数の割れた小瓶から飛び散った油に、火がついた。城壁のすぐ内側は、中央に位置する王宮からもっとも離れているので、貧しい者たちの住居が集まっていた。木や干草、蔓などとわずかな石で作られた質素な住居だ。燃えやすいことこの上ない。

 王都はあっという間に炎に包まれたのである。天空の太陽と張り合うかのように、炎は城内で暴れ回った。外壁の外まで、その熱気が伝わり、クリシュナ軍の兵たちも汗ばんでいた。

 櫓からの火矢は続けられていたので、それを止めさせるために王都の城門からラテ兵が飛び出してきた。そして、彼らは待ち伏せていた弓射隊の餌食になった。出撃したラテ軍が総崩れになると城門は再び堅く閉ざされ、逃げ遅れたラテ兵が次々に倒されていった。

 王都からは無数の悲鳴と怒号が響いていた。

 クリシュナはついに、兵士ではない民を巻き込んで戦ったのである。

 翌日、櫓と陣を撤収し、クリシュナ軍は高台の陣へと後退した。櫓の上から見えた王都の惨状は目を覆いたくなるものだった。

 クリシュナは再び五人の捕虜を解放し、講和を求める内容の文書を持たせた。千メルカが二千メルカに書き換えられたという。

 今度は、すぐに返答が届いた。

 しかし、返答はラテ王からではなく、全軍指揮官でもある第一王子スラーからだった。王は、王子によって殺されたのだという。

 王子の返答は、講和を受けるが少し条件を変えてもらいたいというものだった。


 一つ、ラテ国はエキドナル国に加担した事実を認め、謝意を示し、王の命をもってこれを償う。

 二つ、ナーラとアルマを中心とするガラキア地方をアイステリア領として割譲する。

 三つ、ラテ王の遺体が届いた日にアイステリア軍は全軍撤退する。


 これがスラー王子からの条件だった。クリシュナは少し不満そうな顔をしていたが、この条件を受け入れることに決めた。これで、ラテとアイステリアの講和は成立した。カイラルトの和約である。

 その日のうちに、スラー王子が数人の護衛を伴ってラテ王の遺体を運んできた。私はスラー王子を見て、王都カイラルトに見えた暗い陰りと同じものを見た気がした。

 気のせいだろうか。

 スラー王子はにこやかにクリシュナに近付いた。クリシュナよりは年長だが、まだ三十歳にはなっていないだろう。死体となって運ばれてきたラテ王は、ロナーが狙ったあの太った指揮官だった。クリシュナは少しスラー王子と言葉を交わし、残りの捕虜を解放するとすぐに全軍を後退させた。

「手強い王子が王になってしまうが、これも仕方のないことか」

 クリシュナの言葉に、ホラズムが首を傾げた。

「父王殺しの、圧政者になるのではないですか」

「そうなってくれれば助かるが、そうはならないだろうな」

「殿下のお考えは、臣の届かぬところにあるようですが」

 ホラズムは遠回しに、クリシュナの考えを尋ねた。

「スラーはシュライザルドの上をいく。父王を殺して王位を奪ったように見えるが、殺した王に戦争終結の名誉を与えた。王がその尊い命でアイステリア軍を退けた、とね。どのように愚かな王でも、王は王。その命は千メルカ程度の端金をはるかに上回る価値がある。これで金は支払わず、しかも自分の父殺しの大罪を正当化して国民を納得させ、堂々と王位につくだろう。実質、あの愚かな王がいなくなってくれた方が、ラテ国にとっても都合がよい。ひょっとすると、スラーは我々の見えないところで、こうなることをずっと企んでいたのかもしれない」

「なんと」

「これから、アイステリア、エキドナル、ラテはそれぞれ新たな王の時代になる。騎士団も気を引き締めないとな」

「はっ」

 ホラズムの神妙な面持ちを軽く受け流して、クリシュナはどこか遠くを見つめていた。私にはクリシュナが未来を見つめているような気がした。

 王都カイラルトからクリシュナ軍はガラキア地方へと引き上げてきた。ここは、カイラルトの和約によってアイステリア領と定められた地方である。

 クリシュナはナーラとアルマの二つの町に、カイラルトの和約を知らせた。その上で侵攻時に提出させた食糧を倍にして返還した。この温情溢れる支配方針がクリシュナの本質だった。

 ガラキア地方はラテ国から見ると辺境なのかもしれないが、戦乱に苦しんできたアイステリアにとっては豊かな大地だった。クリシュナはガラキアという呼び名をクリステルと呼び改める布告を出した。クリシュナの大地、という意味があるらしい。

 こうして、大きな混乱もなく、ガラキア地方はクリステル地方となり、アイステリア領となった。レキサムの和約とカイラルトの和約によって、エキドナルもラテも、もはや敵国ではなかった。アイステリアの五十年以上に及んだ対外戦争は、結果だけなら、いくつかの新しい領土や大量の食糧を手に入れて、大戦果に終わったのである。










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