表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/39

第10話 人々の役割



 朝は双子によって訓練に連れ出され、昼はのんびりと空を眺め、夜はガゼルやその他、たくさんの人と話した。日中は近従としてクリシュナのそばにいたが、クリシュナは考えごとをしている場合が多く、話す機会はあまりなかった。ある日、クリシュナは私に画材を渡してくれた。商人から買ってくれたものらしい。何色かの顔料も入っていたので、色絵も描くことができそうである。

 それを使って、私は毎夜一枚の色絵を描いた。描きたいものは多かったが、画材に限りがあるし、色絵には時間もかかる。夢中になってしまうと、一晩で大切な画材を全て使い切ってしまうだろう。私は絵を描くことを懸命に我慢していたのである。

 剣や槍は、人並みに扱えるようになったと感じる。そうは言っても、まだ本物の剣や槍を使ったことはなかった。訓練用の棒を扱えるようになっただけである。それでもガゼルやロナーから一本を取れるようなことはなかった。いや、私よりもずっと長い間、この訓練を続けている他の人たちもガゼルやロナーから一本を取れるようなことはなかったので、それは無理な願いなのかもしれない。


 ここにいる人たちは、生きる力に溢れていた。それも、したたかな強さではなく、正々堂々とした強さをもって、生きていた。私の生まれた村の人たちも強かったが、それはしたたかな強さだ。忍耐強く、身を守るだけの強さだった。戦おうとするのではなく、逃げようとすることで身を守る強さ、いや、強さと呼ぶより、賢さと呼ぶべきものかもしれない。

 この陣にいる者は戦おうとする強さがあった。虐げられることから逃げるのではなく、立ち向かおうとする強さがあった。朝の訓練で、男たちが汗を流しながらも笑顔に見えるのは、自分たちを守る自分たちの力を信じ、また、その力が強まることを感じているから、その苦を苦と思わないのだということに私は気付いた。その訓練に共に参加することで、そのことをいっそう強く考えさせられた。


 民は、決して弱い存在ではない。軍も元々は徴兵によって集められた民である。一人一人の力は小さいが、それが集まることによって、想像以上の大きな力となる。その力が味方のうちはともかく、敵となった時、国は国としてその形を続けることができないのではないか、続けることに意味がないのではないか、そう考えた。

 以前、クリシュナから国が滅ぶということを聞かされて驚いた。今では、国を滅ぼすことも可能だと思えるようになった。しかし、国を滅ぼした後、どうすればいいのかは分からない。新しい国を作るのだろうが、その国でも民は戦うのだろうか。それでは人は生きられない。大地を耕し、穀物を育て、食を得る努力は欠かせないものだ。

 今、我々はクリシュナという一人の富豪の力で生かされているだけなのではないか。

 そう考えると、ここの人たちから感じられる、生きる力の本質が、国の形の真実を私に教えてくれた。民を集め、その力を強めるにはそれを導く者も必要なのだ。それが、王という存在なのだろう。国の指導者としての王も、国を支える者としての民も、どちらも必要なのだ。

 クリシュナが食糧の不安を取り除いているから、ここの人たちは戦うことができる。いずれ、クリシュナが軍を率いて戦い、人々を守るようになれば、ここの人たちは大地に帰り、クリシュナから食糧の不安を取り除くだろう。国と民とは、それぞれに支え合うものだ。そういう結論に達した時、今、私が生きているこのアイステリアという国は、本当の意味での国ではない、と感じた。また、隣国であるエキドナルもまた、国とは呼べないものだ。

 それとは別に、もう一つの結論に私は気付いた。

 私は、民の中にいるが、民とは言えないのではないか。私は絵を描くが、大地を耕すことに力を注いでいない。絵が役立つと言われ、その言葉に喜んで今ここにいるが、私はこの一団の支えにもならないし、この国の支えにもならない。私は農夫の子だが、私がしていることは絵師、芸士と呼ばれる乞食の仲間の仕業でしかない。昔、母が芸士である絵師への対応に困惑していたことを思い出した。

 芸士は蔑視されている。それが何故なのかはずっと分からなかったが、それは国を支える大切な力として大地を耕す人々と比べ、果たしている役割が大きく異なり、また大きく劣るからなのだ。芸士は国を支えるために役立っていると言えない。少しは役立つと言えても、その役割は大地を耕す人々の力と比べることができるようなものではない。

 どれだけの名手だったとしても、世間で芸士は差別される。だから、母は私が絵に熱を上げていくのが気に入らなかったのか、と今になって私は気付いた。しかし、母はあの絵師と出会ってから、私が絵を描いてもそれを止めさせようとしなくなっていた。私が絵師への道へ進んだとしても、それは仕方がないとあきらめていたのだろうか。

 私の絵は役に立つ、と私自身も少しは思えるようになった。あの夜襲の前に描いた絵は、間違いなくあの勝利に何かの力を与えていたと思う。そしてあの時、自分の絵を他人に見てもらう喜びを知った。自分の絵が人の役に立つ喜びを知った。絵を描きたいと心の底から湧きあがる想いを知った。だから、絵師として絵をこれからも描き続けることに不安は感じない。

 ただ、今の私は、絵を描くだけでは何かが足りないと感じていた。絵を描く意味が、大地を耕す人々の働きと、その活動そのものの違いはあったとしても、同じ目的であるべきだということを感じていた。

 しかし、私に何ができるのだろうか。国を支える民と国を率いる王の間で、私のような絵師が果たせる役割、絵師が国を支えるためにできることはあるのだろうか。

 考えても考えても、それは分からない。そして、私が国というものを真剣に考えることにそれほど意味はないだろう。今は一人の絵師として、その役割が何かという答えはなくとも、絵を描き続けることが、今の私にできることなのだと思う。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ