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動けない場所で君と出会った【6】



 アスメジスア基国。

 宇宙コロニー『エラセル』――。


 宇宙への開発は、全ての勢力が最急務としている事柄である。

 無論それはアスメジスア基国にもいえた事。

 アスメジスア基国で問題もなく稼働しているコロニーは二十五基。

 ここはその中の一つ。

 月面寄りのエリアAで稼働するアスメジスア基国が所持しているコロニー『エラセル』に、新造鑑『ゴルディバイト』は碇泊していた。

 主な理由はギア・フィーネ『ブレイク・ゼロ』の起動実験、能力調査、パイロットの身体実験などである。

 その責任者となっているのは民間技術研究機関から派遣されたC.N『レオ・スミス』氏。

 彼は兵器を研究する研究者であり、フェンスゲイム社ではギア・フィーネの調査の第一人者であった。

 アスメジスア基国より要請されゴルディバイトに同乗する事になった彼は、ギア・フィーネのパイロットを人間だとは考えていない。

 何故ならギア・フィーネ選ばれた時点で、ソレは部品なのだ。

 青い顔をしてやってきたラウトを気遣う事なく、ギア・フィーネに乗せた。


「私アイツ嫌いだわ」

「エマ」


 不満そうに座席の肘掛けを指でコンコン叩き続ける艦長に、ガーディラは心配そうな表情を向ける。

 彼女はあまり、あからさまに他人への不平不満を口にはしない。

 暗に口出ししてきたとしても大概ガーディラも彼女と同じ意見だ。

 それがあの男、レオ・スミスに関しては堂々と言い放った。

 もっと驚いたのはCICの女性や索敵を担当する男が頷いた挙げ句。


「本当ですよね、あんな明らかに体調悪そうな子どもを実験に使うなんて」

「フェンスゲイム社は、人間味のない組織なんですかねぇー」


 と同意して会話を進めた事だ、

 しかも手は全く止めずに。


『起動異常なし。修正、電動貯蔵システム、三%上昇』

『パイロット変調確認できません』

『貯蔵システム起動異常ありません。Gエンジンの始動、開始します』

『開始十秒前』

『十、九、八、七、六………』

『警告。警告。実験中止。未確認熱源多数確認。データ照合を開始します』

『熱源データ照合確認。熱源識別、共和主義連合国群ミシア軍宇宙戦用戦闘機と断定』

『鑑一、数三』

「艦長! 本部から出動要請が出ています!」

「……囮だな」

「そうね。いいわ、実験中止了解。ブレイク・ゼロをすぐ収容して」


 艦内艦橋から基地内施設で行っていた実験中止。

 それにいい顔をしない研究者を無視し、艦長エマは腰を上げる。


「ガーディラ」

「ああ、狙いはこの艦か『ブレイク・ゼロ』だろう。ゴルディバイトの実践データ収集もしたかったからな。ちょうどいい」

「ではみんな、許可も出た事だし……ゴルディバイト、初陣出るわよ」




「中止だと?」

『ミシアの機体が接近していると通信が入った。恐らく、ギア・フィーネを狙った強襲ではないかと予測される』

「…………」

『外の敵は囮だろう、ギア・フィーネは我が国にとって希望だ。奪われる訳にはいかん。事態が収拾するまでそこで待機だ』

「…………了解」


 言いたい事は分かるが腹が立った。

 せっかくの力。

 せっかくのギア・フィーネ。

 シートに身を沈め、短く返事をして目を閉じる、。

 実験場とゴルディバイトは同じ基地内だ。

 移動も収拾にもさほどの時間は要しないだろうに待機指示とは。


(つまらん)


 だが突然、頭上から衝撃。

 更には天井の一部が落ちてくる。


「!? ……チッ、本当に五将か、あの野郎。勝手に自己防衛させてもらうぞ!?」




 同じ頃ゴルディバイトの艦橋にはディアスを伴ってイクフが乱入し叫んでいた。


「ちょっと貴方!?」

「コロニー破壊だ!」

「!?」

「なんだと!?」

「ミシアはギア・フィーネを……あの機体を手に入れるためならコロニーも落とす! フォードオリオン本社はあっさりぶち壊された!」

「バカな、フォードオリオン社の本社があったステーション崩壊は人的ミスによるものだと……」

「!? そりゃどこの公式情報だ? フォードオリオンの新社長か!? 奴さんはミシア寄りの人間だ! 大方なんかの取引をして、情報を誤魔化したんだろう!」


 イクフの脳内を掠める。

 自分の婚約者の顔。

 フォードオリオン社の副社長が共和主義連合国群との繋がりを深める為、自分の息子を共和主義連合国群の上層部に推し婚姻相手を募っていたのは最近だ。

 大和の前元首の一人娘――。

 軍にあってもその知謀は伝説となるほどに著名だ

 ミシア軍との繋がりの為、自分の婚約者となっていたがあの事件で自分が死んだ事になっているとしたら。


(ああ、クソ! それどころじゃねぇの分かってんのによ!)


 国も軍も捨てた時、彼女の事も捨てたはずだ。

 それでも忘れられないのは彼女を本気で想っているから、

 自分の身が永くないと分かっていた時から、こうなる事を何より望んでいたはずなのに。


「指揮官は最悪の事態を常に想定して動くもんだろ!? 民間人の避難を最優先させて、GFの回収も急がせろ! ノーティスパイロットの機体が投入されれば予定になかったとしても、このコロニーはぶっ壊れるぞ!」

「っ……! 貴方に言われなくてもわかっているわ……! 管理局に通伝! 民間人を急いでシェルターへ!」

「ラウト・セレンテージとの通信開けるか?」

「はい!」


 ディアスがCICに訪ねれば元気のよい声。

 その後、ブレイク・ゼロ内の通信器が鳴り響く、

 鬱陶しく感じながら、サブウィンドウをラウトは開いた。


「なんだ?」

『ゴルディバイトを出航させる。急げ』

「ふん、そうしてやりたいのは山々だが、今手が離せん」

『なに?』

「戦闘機が蠅のように頭上を飛び回っている。ワイヤーを引っ掛け回されて、コイツ等をどうにかしなければ無理だ」

『戦闘機ごときに手を焼いているというのか!?』

「馬鹿か貴様、場所を考えろ。ここは格納庫だぞ、コロニー内のな」

『……!?』


 目的が鹵獲である事は想像が付いた。

 機体に絡むワイヤーも、切ろうと思えばギア・フィーネには容易い。

 だが迂闊にワイヤーを切ったところでこの鬱陶しい戦闘機が基地内で暴れまわればたかが戦闘機などと馬鹿にも出来ないのだ。

 ギア・フィーネでは入れないところに戦闘機ならば入れる。

 そうなれば――。


(……オリバー……)


 あの情けない顔が浮かぶ。

 気まずそうに、誤魔化すように、呆れるように、慌てたように笑う同期のパイロットの無残な死。


「っ!」


 燃える。

 何もかも燃える。

 圧倒的な力の前に、平伏す。

 何も守れず、痛みが与えられ、命を奪われるだけの。

 そんなものはおかしい。

 自分は力を手に入れた。

 そうだ、奪われた。

 何もかも全て。

 今更何も奪われるだけのものが自分の手にあるというのか?

 無い、なにも無い。

 ここは戦場だ。

 あの戦闘機のパイロット達にも命がある。

 先程自分で言った言葉があまりにも甘ったるく感じた。

 コロニー内?

 それがどうしたというのだろう。

 自分が憎いのは『全て』だ。

 敵はもとよりこの国も、全てなくなってしまえばいいではないか。

 何を今更生ぬるく、生易しい事を。


「…………」


 そうだ、別段なんの問題もないではないか。

 ここは戦場なのだから。

 圧倒的な力で、今度はお前達が奪われればいい!

 ブレイク・ゼロのメインカメラが煌めく。

 その瞬間、ワイヤーは引き千切られ戦闘機が二機叩き落とされた。




「基地内格納庫炎上! 非戦闘員の退避間に合いません!」

「AブロックからDブロック崩壊! コロニー内への被害が出始めています! あっ、民間ブロックへの高濃度圧縮粒子砲の展開確認! 艦長! このままではっ!」

「ガリッツ達は!?」

「現在宇宙空間でミシア軍艦隊と交戦中です!」

「くっ!」

「外の数が予想よりも多いな……。エマ、私が出る」

「ガーディラ!?」

「やむ負えまい。このままでは八年前の二の舞だ」

「!? か、艦長!」


 ゴルディバイトが宇宙へ発した途端だった。

 コロニー基地内の格納庫が、ギア・フィーネブレイク・ゼロによって崩壊したのは。

 圧倒的な火力でもって、五機の戦闘機は消し炭にされた。


「な、なっーーー……なんて事……」


 エマが立ち上がって、粉々になっていく軍用区画を眺める。

 敵影は消滅していた。

 にも関わらずギア・フィーネは攻撃を止めない。

 明らかな暴走だった。

 パイロットへの呼びかけには応答はなく、破壊だけが続く。

 これはまるで八年前、メイゼアで起きた『凄惨の一時間』を彷彿させる。


「……坊主の扱いを誤ったな、ガーディラさんよ」

「!」

「……あの坊主は憎しみに支配されている。憎しみってのは厄介な感情だ。あれは機体の暴走じゃねぇぜ」

「…………。……理解、している……」


 艦橋から出て行くガーディラを見送って、イクフはメイン画面に映し出された白金の機体を苦い顔で見詰めた。

 これは、防げる事態だった。

 あの少年の心がもう少し安定していたなら、精神的にもう少し、余裕があったなら。


「何故敵国の軍人であるお前がそんな顔をするのだ」

「…………」


 いつの間にか横に立っていたディアスの真っ直ぐな眼を見る事は出来ない。

 唇を噛むイクフを一瞥し、ディアスはエマを向く。


「…………どちらにしてもこのままではコロニーが保たぬな。艦長、コロニー内の民間人への避難指示は?」

「もうとっくに出しているわ。まさか自国のギア・フィーネがコロニーへ攻撃するとは思わなかったけれど……」

「後は時間の問題か。俺も機体があればっ……」

「……せめてガリッツ達が戻って来てくれればっ」


 基地は瞬く間に火の海となった。

 ゴルディバイトでは恐らく、コロニー内に侵入していたミシア軍の戦闘機まで補足していないのだろう。

 無表情のままにラウトは索敵システムに映し出された三機のミシア軍の戦闘機を眺めた。

 こちらに向かっている。

 いつ頃ゴルディバイトが補足するか。

 開きっぱなしの通信から呼び掛ける甲高い女の声を忌々しく思いながら、その奥で交わされる声に集中する。


『艦長! コロニー内にミシア軍宇宙戦用戦闘機の反応! 三です!』


 ようやく補足したか。

 これでやっと自分が基地を潰した理由が“理解”してもらえるだろう。

 逃げ遅れた自軍の兵など知らない。

 そもそも“お前達”は自軍の兵すら、捨て駒にするではないか。

 ラウトの父親のように。


「……ふふ」


 接近する三機の鈍足な宇宙戦用。

 そんなにこのギア・フィーネの力が欲しいならくれてやろう。

 まだ試験もしていない胸部にあるエネルギー砲にチャージを開始する。

 まだ、もっとだ。

 引き付けて…………。


「死ね」


 チャージ率が100パーセントになった時、迷わずに引き金を引いた。

 なのに何故だろうか。

 モニターの角に、極太の熱量に飲み込まれる民間人の姿をーー確かに見付けてしまったのだ。


「…………」


 子どもだ。

 子どもと、シスター服の――。


『私ラウトが好きです! 初めて会った時からっ』


 唇が、震えた。

 無意識だった。




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