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動けない場所で君と出会った【5】



 ガーディラに連れられて入った、メイゼア軍新造戦鑑『ゴルディバイト』。

 かつて、メイゼア軍内で名を馳せた『蒼海の虎』の愛機から名を受け継いだ最新鋭鑑であった。

 ラウトには、それが過去の栄光にしがみついたかのようにしか思えない。

 広い艦橋の入り口から真上に位置する艦長席から見下ろしてくる若い青髪の女。

 彼女がにこりと微笑むと、ガーディラも嬉しそうに笑む。

 明らかに空気が甘い色を含む事態にラウト他、艦橋クルー達が微妙な表情になる。


「いらっしゃいゴルディバイトへ。歓迎するわ、ギア・フィーネの登録者の坊や」

「…………」


 立ち上がった彼女が左右に設置された階段からにこやかに降りてくる姿を睨み付けながら、窺う。

 下段へ降りてくると、彼女は微笑みを崩す事なくラウトを上から下まで見て。


「私はこの鑑の艦長、エマ・ザドクリフ。あっちに居るのが副艦長のクロード・シェット、よろしくね」

「…………」

「ロウロッグ艦長から聞いていたとおり問題児みたいね。挨拶も出来ないのかしら」

「ラウト・セレンテージだ」

「あら、やればちゃんと出来るんじゃない。その調子でうちの隊の子達とも仲良くしてあげてね」

「エマは若いが元戦闘機パイロットだ、つい先日まで私の秘書官だった程有能な、な。この新造鑑ゴルディバイトは、艦長が一個小隊の隊長も兼任している。君は私の直属の部下であり、彼女の部下という訳ではないが同じ任に着く事が多くなるはずだ」

「…………」


 エマ・ザドクリフ。

 ラウトも聞き覚えがある名前だ。

 メイゼア軍ガーディラ・マーベックの秘書官。

 元は最前線で戦い、共和主義連合国群が初めて二足歩行型戦闘機を投入してきた戦闘で、その半数近い数を撃破し出鼻を挫いた女パイロット。

 彼女の存在に憧れ、女性の入隊希望者が跳ね上がった事でも有名だ。


「それにしても遅いわね。時間には遅れないようになさいって、いつも言ってるのに」

「部隊の者達か? いつ来るように言ったんだ?」

「えーと、何時だったかしら」

「………………」


 クルー達の生暖かい笑み。

 苛立ちを覚えるラウトを余所に、ガーディラもまた優しそうな笑みで仕方ないな、と彼女のいい加減さを甘受してしまう。

 甘い、コイツ等甘すぎる。


「でも朝には絶対来るように、言っておいたから多分そのうち来るわよ」

「そうか」

(そうかで済ますな!)


 甘ったるく適当な上司たちの会話に苛々しながらも、珍しく声に出さなかったラウト。

 二人の微笑み合いは明らかに特別な関係性を周囲に見せびらかしている……ような気がする。

 次第に言葉ではなく見つめ合いに発展してくる二人の上司。

 片や限りなく優しげに、片や限りなく慈愛深く。

 幻覚だろうがピンク色のオーラまで見え始めた。


「エマ、君に会えない日々は正直辛かったよ」

「私もよ。なんだか物足りない日々で寂しかった」

「今日からまた君の顔を見ながら一緒に仕事が出来るんだね」

「ええ、また一緒に頑張りましょう」


 手まで握り始めた。

 ラウトの苛々が頂点に達しそうになった頃だ。


「失礼致します」


 三人の若い青軍服の兵が入ってきた。

 二人の男と、パンツをミニスカートに改造した女の三人組。

 内一人には見覚えがない事もなかった。

 男もラウトの姿を眼にした瞬間表情を驚愕に染める。

 すぐに嫌悪に満ちたものに変え、喧嘩腰に構え。


「なんでお前がここに!」


 怒鳴り散らした男は多分記憶違いでなければ同期の……名は確かガリッツ・パージャッド。

 名家の出でやたら威張り散らしていた。

 隣の青年もそうだ。

 同じく同期生のシドレス・リション。

 ……女は知らない。

 見た事もない。


「あら、貴方達いつ来たの?」

「ああ~! 艦長が男の人と手握ってる~!?」

「はっ!?」

「で、こっちの超美少年は!? 艦長、この美少年は何者ですか!? もしかしてもしかしなさりますか!?」


 眼をキラキラさせてラウトに近付く少女を睨む。

 まさか睨まれるとは思わなかったのだろう、口元を引きつり、離れる少女。

 艦長エマが三人を制して、ラウトとガーディラを紹介し、経緯を簡潔に説明すると同期の二人は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 奴らの考えなどせいぜい「平級市民出のくせに」や「年下のくせに」などそんなところだろう。

 どうやら頭の中はまるで成長していないらしい。

 それを察した瞬間すでにラウトの中から二人への興味は失われた。

 元から大して抱いていなかった彼等への感情はまさに跡形もなく消えたのだ。

 ゆっくりと、確かにまた一つ。

 ラウトの中の何かが消えた。

 進んでいく周囲の会話も耳に入らない。

 ぼんやりと艦橋のガラス越に見える青い海と空を眺める。

 境界線も曖昧な世界。

 醜く薄汚く、終わりも見えない。

 こんな世界無くなればいいと思った。


「さ、それじゃ宇宙へ向かいましょう。L2にある建設中の軍用コロニー、ベーニック、そこで貴方の能力とギア・フィーネの性能を徹底的に調べるわ」

「…………」

「貴方には……多大な負担を掛ける事になるけれど、了承してもらうわよ。ラウト・セレンテージ」

「俺は殺す為にここに居る」


 周囲の息を飲む音に目を閉じる。

 興味はない。

 世界に対して抱くのは―――憎悪のみ。

 奪われるばかりで得るものなどないのだ。

 強化ガラス越しの蒼海も、ラウトにすれば巨大な血の池。

 だから、もっと心を自分だけのものにしていこう。

 誰にも踏み込ませないように孤独になろう。

 二度と喪失感など感じなくて済むように。


(もっと邪悪で、強かであろう。孤独と共に歩もう。俺は力だけあればいい。ギア・フィーネという力だけで……)


 そうすれば、ただ純粋に世界を憎んで生きていける。

 憎しみだけが自分を生かす糧となる。


 それでいい、それで。



***



「ラウト、出掛けないの?」

「…………」


 ハァイ、と手を振りながら来た女はメルサ・ビルリノ。

 この艦の歩行型戦闘機パイロットの一人。

 移動になってから何かと絡んでくる女だった。


「ね、それならみんなと話さない? 貴方この艦に来てからほとんどみんなと話したりしてないでしょ? コミュニケーションって大切だと思っ……」

「…………」


 フリーフィングルームに居るとこの女の話につき合わされそうで、それが嫌で女を通り過ぎると通路に出る。

 毎日毎日飽きもせず話しかけてきて、鬱陶しかった。

 何度来られようが誰かと話したいとは思わない。

 関わりたいとも思えなかった。

 一方的に絡まれて、少しでも気を許せばまたあんな想いをする。


(オリバー……)


 気持ちに行き場がない。

 ギア・フィーネを手に入れた後はこの宇宙軍事ステーションで毎日調査だテストだと、共和主義連合国群との大々的な戦闘もなく、ただ憎しみだけが纏わりつく。

 許せない。

 その気持ちだけが今の自分を生かす糧だというのに。


「なぁ、どこ行く?」

「なにが?」

「一応上陸許可下りたじゃん……」


「………………………」


 通り過ぎた整備士達の会話。

 ふと立ち止まってから、足を自室へ向けた。

 そうか、下りたのか、上陸許可。

 艦内にいるとどうしても気が滅入った。




「…………」


 別段代わり映えもない、似たような街並み。

 整備された道路に、つなぎ目が丸見えの天井。

 でも艦内にいるよりはずっといい。

 緑の草のにおい。

 人工的なものであっても、風が気持ちよかった。

 ほんの一時でいい。

 思い出に浸りたかった。

 懐かしい、まだ母さんや父さんの生きていた頃。


「〜〜♪ 〜〜♪」


「…………」


 ぴたりと足が止まる。

 聞き覚えのある歌声に、子どもの笑い声。

 激しく嫌な予感がした。

 軽い頭痛までしてくるほど。

 眉が勝手に寄っていく。

 鬱陶しい……この歌は――。


「あれ? ねぇ、あれ、兵隊のお兄ちゃんじゃない?」

「あ! ホントだー! ケーキのお兄ちゃんだー!」

「マーテルお姉ちゃーん! ケーキのお兄ちゃんだよー!!」


(なんだそれは!?)


 確かにホールケーキを買って置いてきたがあれは詫びと礼の意味を込めたものである。

 非常に不本意だが上官に言われ行った行動であるからして「ケーキのお兄ちゃん」などと認知されるようなものではない。

 断じてない!

 歌声が止み、慌てたような声のあと残念ながら予想を裏切らない少女が駆け寄ってきた。


「ラウト!!」

「…………っ」


 嫌悪感を隠すつもりもない、そんな顔を、自分は絶対していたはずだ。

 思わず身構える。

 この少女は、どうして……いや、それ以前になぜコロニーに?

 宇宙だぞ、ここは!


「うれしいな! まさかまた会えるなんて……」


 全くだ。

 まさかまた出会す事になるとは夢にも思わなかった。

 さっさと立ち去りたいラウトを、マーテルは必死に引き留めながら付いて来る。

 ついてくるなと怒鳴っても無駄だ。

 せっかく会えたから、と言われても聞く耳はない。

 ラウトは二度と会いたくなどなかったのだから。

 そして聞いても居ないのに自分の身の上話をしてくる。

 戦災孤児で、弟と二人あの孤児院にやってきてたくさんの新しい兄弟と巡り会った事。

 戦争の激化でその孤児院がなくなってしまった事

 シスターの伝を頼りにこのコロニーに移住できた事。

 別に興味はなかったがたまたま耳に全部入ってしまった。

 基地手前まで彼女は喋りっぱなしだったから、自然入ってしまったのだ。


「あああのラウト! もしかして戻る?」


 当たり前だ。

 すでに軍施設の前まで戻ってきていたのだから。

 睨むと彼女は悲しげに俯いて、そして意を決したように顔を上げる。


「また、会えるかな?」

「……二度と会わないだろうな」

「じゃあ、言います!」

「?」

「私ラウトが好きです! 初めて会った時からっ」

「…………」



***



「お? なにやら悩み顔だなぁ少年」

「うるさい」


 部屋に戻ると、待ってましたとばかりにニヤニヤしたイクフが絡んできた。

 そもそもどうしてこの男が自分の部屋に堂々と居座っているのか。

 お目付役のベイギルートの……なんとかというやつは何をしている?

 ベッドを占領した男を一瞥し、私服を脱ぎ捨てた。

 ポーカーフェイスには自信があったが、あっさり見破られたことに僅かながらショックを受ける。


「…………ぐっ」



『私ラウトが好きです! 初めて会った時からっ』



 耳に残る歌声と想いの詰まった言葉。

 インナーとハーフパンツに戻ってから、備え付けのトイレへ真っ先に向かう。

 胃の中の物が全て、喉を焼きながら水溜まりへ落ちていく。

 最中に耳障りな電子音が響き、便器から頭を上げたラウトは、まだ胸を燻ぶる吐き気を押さえ込み部屋に戻る。

 テーブルの上にある小型のプラズマディスプレイに触れ、画質のみオフにし音声だけの状態にして通信相手を確認した。


『ラウト・セレンテージ、戻っているな?』

「……何か用か」

『直ぐにDブロック格納庫に移行しろ。今からギア・フィーネの性能テストを始める』

「……分かった、すぐに行く」


 声の主はガーディラだ。

 通信を切り、直ぐに制服を纏う。


「その顔で行って大丈夫なのか? お兄さんあんまオススメ出来ねぇな」

「貴様にそんな事を言われる筋合いはない」

「心配してんだよ。……気分が悪かったり体調が優れない時にギア・フィーネに乗るのは危険だぜ。あの機体は登録者の精神と生命を何より優先するからな。人死が出かねねぇぞ」

「…………」


 真面目な表情で言う男の言葉を無視した。

 それでも男は諦めない。


「憎しみの先には自滅しかないぞ、坊主!」

「…………」

「……!」


 頭の可笑しな男だと思った。

 肩越しに省見た男へ浮かべたのは笑み。

 年若い少年が初めて見せた底のない憎悪に満ちたそれに、男は口を噤む。


「手遅れなのかね? ガキにあんな顔をさせちまうくらい、この世界は……」


 ラウトが自室を出た後、男が小さく呟いた。




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