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動けない場所で君と出会った【4】



「あ、あ! いらっしゃいラウト!!」


 明るい月色の髪に新緑の瞳の少年。

 彼を嬉しそうに出迎えた少女。

 少年は青い軍服を黒いコートに包まれている。

 恐らく軍の支給品のコートだろう。

 昨日あれだけ怖い目に遭わせたのに、何故恐れも抱かず平然と名を呼ぶのだろう、この女は。

 ラウトの中には疑念と不快感しか浮かばない。

 しかし来た目的を果たさねば意味がない、とラウトは溜め息を吐く。


「ん」


 ずい、と突き出された四角い箱。

 中身もよく分からないまま受け取ってとりあえず……。


「ありがとう……」


 と頬を染め、礼を言う少女。

 なれば用は済んだとばかりに背を向けてバギーへ戻ろうとするラウトに慌てて、足元に居た弟達に箱を預けると腕を捕まえた。


「待って!」

「気安く触るな!!」

「ああ、ごめんなさいっ」


 手を振り払うとそれでも少女はニコニコと嬉しそうだ。

 腹立たしいその様子に、思い切り眉を寄せると立ち止まって睨み付けてやる。


「なんだ!?」

「あの、怒られなかった……?」

「そんな訳あるか!」

「……だ、だよね……」


 つい、昨日の話だ。

 ミシア軍の奇襲で、メイゼアの田舎基地は壊滅する事になったのは。

 しかし基地を奇襲した歩行型戦闘機は全て破壊される事になる。

 ラウトという偶然居合わせたパイロットと、輸送中だったブレイク・ゼロというギア・フィーネによって。

 この少女、マーテルを機体に押し込んで戦闘を行った為に、援軍として来た後続部隊の隊長にこってり絞られた。

 しかし彼女の安全を考えればあれは仕方なかったし、後続部隊が到着した頃には全てが終わっていたから叱られるのは心外だ。

 結局その隊長に「巻き込んだ民間人への謝罪」を命じられ仕方なく――手ぶらもまずいと思ったので途中でホールケーキを購入し――嫌なのを我慢して来ただけであり、この女と話込むつもりは毛頭ない。

 大体そこまで考えて訪ねる時間帯を夜にしたのに。


「あ、あのラウト」

「勝手に呼び捨てるな!」

「う、うん、ごめんなさい。あの……それであの……」

「…………」

「も、もし良かったら、連絡先とか教えてもらえたらなぁって……」

「……なんでお前にそんな事教えなきゃならないんだ」

「あっ、あ、じゃあ、これからどうするの?」

「新しい任務に就くに決まっている」

「新しい任務って、どこ?」

「宇宙だ」

「え?」


 怪我の功名と言えばいいのか、ラウトはギア・フィーネ『ブレイク・ゼロ』の正式なパイロットとして登録された。

 従来機とギア・フィーネは全く異なる構造をしており、現在も解析中だ。

 ただ、ギア・フィーネは登録者と呼ばれる専属パイロットを一人選出し、そのパイロット以外を受け付けない。

 事実ラウト以外のパイロット・整備士がコクピットに入り、機体を調べようとしたところ不可思議な現象が起きた。

 ある者は幻覚を見たり、またある者は気分が悪くなったり、別な者は幻聴を聴いたり……特に非道い者は気絶までしたのだ。

 結局三分以上ギア・フィーネのコクピットに滞在出来た者は居ない。

 ギア・フィーネに搭乗し、起動させる事が出来る者は世界にギア・フィーネの数だけしか存在しないという。

 ラウトはその内の一人。

 元々居た部隊が今回の襲撃により壊滅したのも要因の一つとなり、前線行きが決まった。

 アカデミーを卒業してからずっと望んでいた場所。


 これで心おきなく存分に闘える……殺せる。


 背筋がゾクゾクと慶びに奮える。

 知らず口許に笑みが浮かぶ。


「そっか、宇宙か……」

「……」

「ってああぁっ! まだ待って!」

「だから触るな!!」

「あの、あの、ラウト、また会える?」

「…………は?」


 何を言っているんだこの女は。

 意味が分からない。


「なんでお前みたいなのとまた会わなきゃならないんだ」

「え! そ、それはそのー……あ、そういえばオリバーさん大丈夫だった……?」

「………………」


 多分、今眉尻が引きつった。

 あの時、この少女を抱えて降りた場所はオリバーの遺体からは多少離れていたのだ。

 とはいえ……。


「……あのー?」


 気持ちが悪い、この女。

 溜息が少し白いのに、ふと女を見た。

 両手で腕をさすりながらもごもごしている。


「…………」


 やっぱりイライラした。

 したのでコートのファスナーを下ろす。


「うわ!?」

「フン……」


 俯いてまだ何か言いたげだった少女にコートを放り投げて被せると、視界を奪われてあたふたしている隙にバギーへ戻った。

 現状を理解したらしい少女の呼びかけても、もう歩みを止める事はない。


「あ、ありがとうラウト!」

「…………出せ」


 振り返る事もなく乗り込み、一言だけそう言う。

 隣は年上だろうがただの一般兵だ。

 動き出す車に、肌に当たる風が冷くて痛い。



***



「何か話す気になったかね?」

「いや~、残念ながら全然なんにも全くこれーっぽっちも思い出せないんですよねぇー」


 初老の男が牢の外側から威圧的に睨んでくる。

 しかし金色の髪の男は飄々と躱す。

 正直この爺手前の男より、あの時ギア・フィーネに乗り込んだ少年の眼力の方が強烈だった。

 思わず一番下の実弟に睨まれた瞬間を思い出して身を引いてしまう程に。

 とは言え男――ブレイク・ゼロを乗せた輸送機のパイロット、イクフ・エフォロンは色々な意味で途方に暮れていた。

 ミシアを撒く為にメイゼアの田舎基地に補給がてら立ち寄ったのが不味かったか。

 しかし地上に降りて真っ先に一番近く、一番国籍審査や貨物チェックが緩いアスメジスア基国内で補給が出来る場所といえば、あのメイゼアの田舎基地だけだったのだ。仕方ない。

 敵国の真っ直中でもあるあの基地なら、そう易々とミシアも攻撃出来ないだろうと踏んだのだが……甘かった。


「まだしらを切るのかね? 貴公がミシアの軍人である事は既に裏が取れている。 時間の無駄だとは思わないかい?」

「だぁからぁ、わっかんないって言ってんじゃないのよぉ、わっかんない人だねぇ」

「まだやっていたのか?」


 暗い地下牢通路に響く足音。

 青いアスメジスア軍服の少年。


「よぉ、坊主! 少女との逢瀬は楽しんできたかぁ?」

「…………」

「ちょっとその冷たい眼差し結構お兄さんの心に痛いんだけど〜」

「君は機体のデータ採取を最優先にせよと……」

「貴様等の指図は受けん」

「なっ!?」


 紛れもなく年上の上官相手になんという尊大な態度だろうか。

 さすがのイクフもちょっとばかり背筋が寒くなった。

 一番下の弟――シズフにもこういう尊大……とは言え本人にそのつもりがないからまた質が悪いのだが……な態度を取る事があり、いつもそのフォローを行っている身としてはこの少年、イクフに複雑な感情を抱かせる。


「お前、ミシアのギア・フィーネのパイロットと兄弟らしいな」

「さぁてねぇ~?」

「……っ、ならあのギア・フィーネはミシアの機体だったのか?」

「…………」


 ―――冷えた眼だ。

 先程の冗談を軽蔑する眼差しとは懸け離れた、闇を映す眼。

 顔形も綺麗に整っているし、この国には比較的珍しいイクフと同じ金髪碧眼の少年。

 美しく深い緑の眸に宿るのは底の見えない憎悪。

 見たところ正規の軍人の様だ。

 アスメジスア基国は十三歳から軍に志願出来る。

 恐らく一回り以上歳は離れているだろう。

 だからこそ、それなりに歳の離れた弟の居るイクフには胸に苦い想いが滲む。

 この若さで兵士になる道を選んだ、彼の眼に宿る深い負の感情。


「なったのか? 登録者に」

「ああ、残念だったな。 敵国の軍人が登録者になって」


 嘲笑すら浮かべイクフを煽ろうとする。

 だがイクフの胸には先程よりもずっと深く、少年への憐れみや悲しみが広がっていった。

 彼はこの若さで……幼さで弟と同じ場所に放り込まれてしまったのだ。

 絡め捕られてしまった、果てなき戦いの運命に。

 彼は若い。

 だからまだ気付いていない。

 ギア・フィーネのパイロットになるという事は、権力者達の醜悪な飽くなき欲望と邪心に自由も命も貪り尽くされるという事。

 憐れむなという方が無理な話だ。

 しかし少年はもう登録者になってしまった。

 登録を解除する術は―――ない。


「……そうか……」

「……?」


 相当感情が顔に出ていたのだろう、少年が怪訝な表情になる。

 慌てて、取り繕って笑う。


「あははははっ。なんつぅかなぁ……」

「……なんだ」

「……いや、俺は確かにミシアの軍人だった。でも軍に裏切られた。もう国には戻れない」

「!」


 ふと、少年の見開かれた眼に炎が灯ったのが見えた。

 あれは、怒り。

 初老の上級軍人が眼を細める。


「それは交渉かね?」

「あのギア・フィーネの出所が知りたいなら、俺を使ってみないか? 坊主」

「…………」


 上級軍人を無視して少年へ問い掛けた。

 ギア・フィーネの登録者となった少年へ。

 彼はこちらを探るように睨み付け、数秒後。


「……いいだろう」

「な!? セレンテージ!?貴様何を勝手な!?」

「お前、この艦のクルーでも何でもないんだろう? 一々俺に指図するな」

「わ、私はこのメイゼアを管理するガーディラ様に……」

「そのガーディラにさっき会った。 俺の直属の上司になるからしばらくはこの艦に搭乗するそうだ。 俺は子どもだからな、多少の我が儘は聞いてくれるだろうよ」

「!!」


 確信犯だ。

 挑戦的な笑みで上司を見上げた少年は、既に十分過ぎる力と権力を手にしている。

 これは敵を増やしそうだ。


(それにしてもガーディラといやぁ五将の一人じゃねぇか! さすが、ギア・フィーネのパイロットを野放しにはしとかねぇか)



***



 ギア・フィーネの輸送機に乗っていた男は、しばらく監視下に措かれる事になった。

 爆破装置を首に装着させられ、ようやく牢から出された男は背伸びをし、欠伸までしてから監視役に選ばれたらしい青年を振り返る。

 モカ色の髪、色の違う眼のかなり顔の整った青年だ。

 ラウトとはまた違った美しさ、威圧感と近寄り難さがある。


「名前は?」

「俺か? ディアスだ、ディアス・ロス」


 あっさり先に名乗ってくれた辺り、見た目の近寄り難さとは裏腹に話しの分かる相手なのかもしれない。


「お前は確かイクフ・エフォロンだったな」

「おう、イクフでいいぜ」

「なら俺の事もディアスでいい。といっても俺の方が一回りも年下だからな。普通か」


 冗談めかして笑む姿に親近感が湧く。

 思っていたよりずっと話しやすい人物が監視役に選ばれてくれたようだ。

 しかし“ロス”。

 いやいやまさかな、と考えを振り払って青年を見下ろす。


「しっかしその制服はベイギルート所属だろ? てっきりメイゼア所属の堅物が来ると思ってたぜ」

「うむ、俺もまさか軍に入って早々捕虜の監視なんぞ任されるとは思わなかった」

「…………」


 近寄り難さの正体が何となく掴めた気がする。

 堅物ではない様だが喋り方が堅物くさい。

 先程振り払ったはずの予感が再び頭を擡げる。


「お前さん、まさかアトバテントスの『無欠の紅獅子』と血縁かなんか?」

「!? 何故分かるんだ? マーベック少将とキーマ少将にも即座に言い当てられたんだ」

「そりゃ無理もなかろうよ……」


 “ロス”の名に上級貴族らしい気品や振る舞い、口調。

『蒼海の虎』や『隻眼の黄金竜』と肩を並べるアスメジスア基国三本柱の一角『無欠の紅獅子』と言えば軍学校で真っ先に習う。

 特に『黄金竜』と『紅獅子』は現役。

 現在は双璧として扱われ、翼将と呼ばれているはず。

 名だけ聞けばピンとくる。


「って、待て! キーマ!? まさかベイギルートのソレイヴ・キーマか!?」

「うむ、俺の上官だ」

「なんでベイギルートが関わってくんだよ!?」

「国境が近かかった事を良い事に、ギア・フィーネとそのパイロットを見に来たんだ。 あわよくば手に入れる為にな」

「っ」


 素直なのか、罠なのか。

 あっさり告げるディアスに表情が引きつる。

 予想以上に手回しが早い。

 さすがは五将と言ったところか。

 恐らくイクフにベイギルートのディアスがあてがわれたのもソレイヴの差し金。

 しかしベイギルートはアスメジスア基国七大主要軍事都市の中で、最も領地が狭く抗争意欲の少ない比較的温厚な勢力のはずだ。

 それもベイギルートの都市総司令官、五将ソレイヴ・キーマが王家に対し極度の不忠である為に。

 その背景もありメイゼアの最北端……あの田舎基地の規制の緩さがあった。

 いくら隣勢力のメイゼアがギア・フィーネを手に入れたからといって、早々に動くとは思えない。


「……意外だな、ベイギルートは共和主義連合国群との戦いにも滅多に参加しない、保守的な勢力だと思っていたが……やっぱりギア・フィーネは魅力的ってか?」

「いや、キーマ少将がパイロットの容姿をやけに気に入ったらしくてな、俺が貴方付きになったのも少将が貴方をダシにしてあのパイロットと接触を増やす為だ。ま、体の良いサボリの口実だろうがキーマ少将には年端もいかぬ少年少女にいかがわしい事をするという、良からぬ噂があるので楽観視は出来ん!」

「おいおいおいおいおいおいそれちょっとどーなの!? そういうの罷り通っちゃう国なのここ!?」

「大丈夫だ、もしそんな現場を目撃するようなら俺があの人を粛清する! 叔父上とリーマルド公に許可は貰っているしな」

「おっ、叔父上?」

「ああ、シェロー・ベル・ロスは俺の叔父上だ」

「……三本柱……翼将のリアル身内……」


 もしかしなくても自分の監視役はとんでもないのでは……。

 自分もなかなかにとんでもない身の上でありながら、横を歩く青年から一歩引いた。

 ディアスがイクフの状況を知ってか知らずか立ち止まり、エレベーターの扉へカードキーを通す。


「一度基地から出てギア・フィーネが収容されている艦に貴様の身柄を移す。首輪に付いている起爆装置は俺から半径五メートル以上離れると即座に爆発するから気を付けろ」

「五メートル? 随時近いな。他には?」

「まあ、裏技がある故距離はあまり気にしなくていい。そうだな、あとは起爆スイッチがある……が場所までは教えられない。悪いな」

「いいえいいえ。律儀だねぇ、お前さん」

「それと、両手首に着けられている腕輪だが発信機とGPS機能が着いている。強制拘束具にもなるから忘れない事だ」

「へいへーい」


 エレベーターから出るとうっすら青みがかった通路に出る。

 先へ行くディアスに付いて進めば、ややこしく入り組んでいた。

 ぼんやりと眺めながら、思うのは残してきた弟と婚約者の事だ。

 恐らく自分はヘリオスで死んだ事になっているだろう。


「祖国に帰りたいとは思わなかったのか?」

「んん? まぁ、そうだなぁ……」


 考えを読まれたような言葉に苦く笑う。

 青年の左目は澄んだ紫。

右側は角度的に前髪に隠れてよくは見えないが、同じくとても澄んだ綺麗な青だ。

 二十歳前後でこの眼はなかなか出来ない。


「もちろん残してきたものは多いけどな、でも今は弟との約束を守りたい」

「弟?」

「頼まれたんだ。あの機体を」


 それは弟の最期の頼みになった。

 皮肉な事にギア・フィーネは敵国のものになってしまったが、だとしてもせめてあの最期の頼みくらいは聴いてやりたいと思う。

 ガルトには家の事情で全く構ってやれなかった。

 だからせめて―――。


「そうか、弟か……」

「ん?」

「俺にも弟が居る。 そうか、それじゃあ頑張らないとな」

「……ははは、お前やっぱイイ奴だなぁ」

「?」


 普通そこはギア・フィーネについて聞き出そうとするところだろう。

 心底不思議そうな顔をする青年は、どうやら本当に軍人としてはドブの素人らしい。

 今のチャンスを日常会話の断片として処理してしまった。

 ベイギルートは、やはり平和ボケしているようだ。

 頭をポンポン、と叩くとセットが歪むと叱られる。


 そう、頑張らねばいけない。

 自分には時間がないのだから――――。



***



 今でも鮮明に覚えている。

 悲鳴、血、耳を塞いでも聞こえる爆音、粉塵、肉の塊、痛い。

 手にしたクッキーが割れて。

 目を覚ました時には終わっていた。

 何もかも全て。

 何もかも、全て無くなっていた。

 人だったものがそこら中に転がっていて、生きている自分が異質で。

 何も感じない程凄惨な光景。

 瞬きも忘れなくなった道を進む。

 砕けたテントの柱の下に大きな穴を空けられて、あちこち肉が千切れた母親を見つけ出した。

 顔半分が残っていたお陰だった。


 ――あの時、自分は吼えた。

 でも、涙を流したかは覚えていない。


「―――――っ……!!」


 暗い部屋。

 自分にあてがわれた艦の一室。

 隣を見れば二人部屋にも関わらず誰もいない。

 前に居た艦なら脳天気なオリバーが寝ていた。


 ……あの場所じゃない。

 あの、母が殺された難民キャンプ場じゃ――ない。


 額に腕を乗せると汗で張り付いた髪が擦れた。

 上半身を起こすと軽く眩暈がする。

 あの夢の後は大体いつもこうだ。

 ……そして、夢の後は朝まで寝付けなくなる。

 冷える身体。

 反対に沸々広がっていくは憎悪。




 翌朝、怒り冷めぬまま軍服を纏う。

 とりあえず朝食を取り、ギア・フィーネの所へ行こうと思い、部屋を出ようとする。

 そのタイミングで呼び鈴が鳴り、来訪者の存在を告げてきた。

 こんな早朝に、と怪訝に思いつつドアを開けると……。


「おっはよ~」

「…………。何か?」

「そうあからさまな顔しないの」


 部屋の前に居たのは波打つ赤銅色の髪と濃紺の眼を持つ紫の軍服。

 五将の一人、ベイギルートの――ソレイヴ・キーマ。

 厭らしい笑みを浮かべたその男には、昨日初めて出会った。

 同じく五将の一人、メイゼアのガーディラ・マーベックと共にラウトの目の前に現れギア・フィーネの性能を見たいとか言っていた。

 この男は初めて会った時から、絡み付くような眼でラウトを見る。

 感じるのは嫌悪。


「朝、まだだろ? 一緒に食べよ?」

「丁重にお断りする」

「あ」


 男の横を通り過ぎ、食堂に向かう。

 無視しても付いて来る男はどんな変態だとしても上官。

 文句は言えない、と我慢した瞬間だった。


「イイねぇー……クールで」

「っ!?」


 肩に触れた男の指が首筋と耳をなぞる。

 触れられたのだと思った瞬間、先程の妥協は消え失せ思い切り腕を振り払う。


「俺に気安く触れるな!」

「おっと……ふふ、若いねぇー」


 絡むような視線。

 目一杯の殺意を込めて睨む。

 笑んだままの男は一歩、一歩とラウトに近付く。

 ここで後退るのはプライドが許さない。

 再び伸びた手を振り払おうとした瞬間、逆にその手を捕まえられる。


「今日天秤座は恋愛運一位。少し積極的になるくらいが丁度いいでしょう」

「っ!」

「ソレイヴ!」


 絡む視線と歪んだ口許に気分が悪くなった。

 強く睨みつけ改めて手を振り払おうとした時、ラウトの背後から怒気を孕んだ声が響く。

 それはあの男――もう一人の五将、ガーディラ・マーベックのもの。

 ソレイヴがラウトの後ろからカツカツと近付いてくる男の姿に、質の違う笑みを見せる。

 どこか邪悪で、そして嫌悪を含んだ笑みだ。


「おはよう生真面目さん、早いね」

「そちらもな」

「分かった分かった、今日は帰るよ。怖い顔でそんなに睨むなよホントに」

「…………」


 手を離したソレイヴが肩を竦め、仕方なさげに笑う。

 そうしてラウトから離れてガーディラが現れた方へ消えていく。

 なんとなくソレイヴに掴まれた手を撫でる。

 思いの外強い力だった。

 微かに痛みが残っているほど。

 ガーディラが見下ろし気遣ってくるが、ラウトはソレイヴが去った方向をただ睨む。


 吐き気がした。



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