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動けない場所で君と出会った【2】



 初めて引き金を引いた時、オリバーは恐くて震えが止まらなかったと言う。

「ラウトは恐くなかったの?」と聞かれ逆に顔が自然に笑ってしまったのを覚えている。

 初めて引き金を引いた時、自分は気分が良かった。

 ようやく始められると思うと堪らなく高揚した。


 そう、ようやく始められた。


 罪もない民間人を巻き込んだテロリストの殲滅作戦。

 住んでいた国に殺された母。

 平級市民出の兵を囮に使い、敵のギア・フィーネを自国のものにしようとしたこの国。

 囮に使われた父を殺したミシアのギア・フィーネ。


 憎い、憎い憎い、憎い。


 だから嬉しかった。

 ようやく復讐を始められた気がして。

 戦える事に、殺していける事にこの上なく喜びを感じる俺には―――――。





「なんでお前まで一緒に居るんだ!?」

「まぁまぁそうがなり散らすなよ」

「煩い黙れ!! お前には言っていない!!」

「ご、ごめんっ」

「…………」


 ぽかんと二人のやり取りを眺めていたが、先にオリバーと名乗った青年が音を上げるとあっさり青い制服に着替えた彼は先に歩いていく。

 ほんの二、三日であんなに元気になるなんてやっぱり軍人さんはすごいなぁ、と感心するマーテル。

 この場合怪我の治り具合は軍人民間人無関係である。


「大体軍基地に民間人を入れるのがおかしい!!」

「し、仕方ないだろう……お前を見つけた子達じゃ、ちっちゃくて事情説明が上手く出来ないんだから。状況を聞かなきゃいけないって艦長が」

「分かっている!!  そんな事!!」

「ひぅっ! だ、だから怒鳴んなよぉ」

「俺は医務室に寄ってから行く。その女の相手はお前がしろ」

「あ……」


 見事なまでにきっぱり言い捨て、角を曲がって見えなくなる。

 つい脱力してしまう青年を、マーテルはついクスクスと笑ってしまう。


「ヒドいよお嬢ちゃん」

「あ、ごめんなさい!」

「それより君はラウトに何も言われたりされたりしなかったかい? アイツ、人間嫌いだからさぁ」

「ラウト……」

「?」

「ラウト、って言うんですか、彼……」

「え? ああ、ラウトの奴名前も名乗らなかったのか? もーホント困った奴だなぁ」


 ラウト……と名前をもう一度繰り返す。

 それが彼の名前なのだと。


「あ、ちなみに俺はオリバーっていうんだけど!」

「私はマーテルといいます」

「よろしくね!」


 じゃあ、事情聴取なんて早く終わらせよう!

 と広いホールへ案内される。

 空港のような大きな滑走路。

 戦闘機や、物資輸送用の飛行機などが停まっている。


「わぁ……!」

「これでもめっちゃめちゃちっちゃいんだけどね、この基地」

「え!? そうなんですか!?」

「そうだよー。あぁ、でも今日は凄いのが来てるよ、ほら」

「どれですか?」


 オリバーが指差す先。

 ガラス張りのホールから見えたのは、黒く巨大な輸送機。

 確かにかなり大きい。


「何を積んでるんですか? あんなに大きな……」

「さぁ? でもただの補給で立ち寄っただけみたいだからね」

「へぇ~、なんか凄いんですね」

「ね。じゃあ、行こうか」

「あ、はい」


 促されてガラスから離れると、マーテルはオリバーの後ろに付いて歩き出す。

 見るもの全てが目新しい。

 普通なら見られないだろう、軍事基地内なんて。

 オリバーが簡単な説明を付け足してくれるのでまるで、見学に来たかのようだ。


「ホントは簡易な部屋でちらちらって聞いちゃうんだけどさ、ラウトってアカデミーから問題児で……」

「アカデミーからご一緒なんですか」

「うん、ラウトは凄いんだよ。アカデミーは卒業までずっとトップだったから! ホントなら俺らみたいな田舎配備じゃなくて最前線に出てるもんなんだけど、アカデミーで暴力騒ぎとか起こしたりした事あるし。だから前線から外されちゃったんだよね……」

「へ、へぇ……トップなのにこんなところに配備されちゃうなんて……よっぽどマズい事したんですね」

「うん、凄いマズい事したよ~。器物損害とかしょっちゅうだったし」

「カルシウムが足りないんでしょうか」

「魚はよく食べてたんだけど……」

「じゃあミルクでしょうか?」

「あーそうかも、アイツ牛乳嫌いだし。クリームシチューとかは好きみたいなんだけどさ。あ、でもシーフードカレーとか残さず食べてる」

「魚貝類が好きなんですね~」


 エレベーターを待ちながら、そんな平和な会話をしていた二人。

 周りの兵がそれとなく笑って通り過ぎていく。

 上から降りてきたエレベーターの扉が開き乗り込んで、三階のボタンを押した。


「でも最近は物壊したり、怒鳴り散らしたりは凄い減ったんだよ」

「そうなんですか? でも……」

「戦闘でストレス発散してるのかも」

「……ラウトってやっぱり戦うのも強いんですか?」

「強い強い! 先輩達圧倒しちゃうくらいだよ!」

「……そう、なんだ」


 やっぱり凄いんだなぁ、と天井に視線を上げた時だった。

 突如昇降ボタンの側のランプが赤く点滅を始め、警報が鳴り響く。


「な、なんだ!?」

『緊急配備発令、緊急配備発令。接近する戦闘機らしき熱源を数機確認。パイロットは搭乗機にて待機して下さい。繰り返します……』

「!! オリバーさん……!」

「嘘だろ……こんな何もない基地に、襲撃だなんて……!?」


 タイミング良くエレベーターの扉が開くと、既に兵達は慌ただしく移動を始めている。

 不安げに見上げると、こちらも不安げにひきつった笑みを返してきた。


「オリバーさん、あの……私どうしたら……」

「と、とにかくシェルターに案内するよ! 敵の数とかまだ全然分かんないけど……こっちの戦闘準備の方が敵が到着するより早いし! た、多分……」

「多分!?」

「ああいや! き、きっと!」

「…………」

「とにかくこっち! こっちに来て!」


 手を引かれて走り出す。

 ふいにエレベーターの方を振り返った。


((ラウト、大丈夫かなぁ……))


 二人が同時にそう思った瞬間、他人の心配などしている場合ではなかったと思い知る。




 ガラガラと大きな音をたてて降り注ぐのは天井。

 鉄筋に危うく押し潰されそうになり、苦虫でも噛んだかのような顔でラウトは舌打ちする。

 外では既に三機の二足歩行型戦闘機――ゴーゾンによって、もとより大して配置されていなかった機体が次々に破壊されていく。

 いくら前線ではないとはいえ、これほどあっさり基地への攻撃を許すとはなんという体たらくか!

 それにまた更なる苛立ちを覚えながら、母艦を目指して移動していた時だ。


「ラウトーー!」

「!?」


 呼ばれた方向に振り向くと、オリバーがあの少女を連れて手を振っていた。

 ガラス張りの螺旋階段越しに見えた二人の姿に安堵と同時に腹立たしさが一気に噴き上がる。


「お前!! パイロットがこんな場所でなにをやっている!?」

「いっ!?」

「搭乗機にて待機していろと、放送があっただろう!?」

「うっ……」


 ラウトの機体は壊してしまった。

 それなのにまだ機体があるオリバーが、こんな非常時にのろのろしているのが許せなかった。

 カツカツと丸い螺旋階段の周りを迂回して、二人に近付いていたその時。


「きゃあ!?」

「うわぁ!?」

「っ!?」


 床が抜けるような衝撃と揺れに、立っていられなくなる。

 みしみしと嫌な音を立てた床と壁は、次の衝撃で爆発音と共に吹き飛んだ。

 突然の浮遊感に、背筋に寒いもの感じる。


「きゃあぁっ」


 あの女の悲鳴が間近で聞こえた。

 しかし確認も出来ない。

 自分の身を安定した場所に置く為に、螺旋階段の手すりらしいものに掴まると浮遊感は止む。

 息を吐いて痛む全身に唇を噛み、痛みが引くのを待ちながらゆっくりと目を開く。

 天井はひび割れて、いつ崩してくるか分からない状態。

 足元は無く、階段もあちこちが抜けて歩く場所ではない。

 仕方なく足場になりそうな取っ掛かりを頼りに下へ降りる事にした。


「…………」


 ふと、下の方がどうなっているのか確認の為に見下ろす。

 ――――絶句した。


「オリバー……」


 自分のものではないかのようなか細い声。

 真下にはうつ伏せに横たわった彼の背に鉄筋の一部が数本、なんの容赦もなく落下していた。

 飛び散った赤い液体と変わり果てて、動く様子もない彼に胸が熱くなる。


「くっ……」


 目を逸らし、瞼をきつく閉じてこみ上げる吐き気をしのぐ。

 少しだけ気持ちを落ち着かせて、手すりを伝いゆっくり床を目指した。

 そういえば、名前を呼んだのはこの時が初めてだったかもしれない。

 そう少しだけ後悔しながら、今は生き延びる事を考えるように頭を切り替えた。


「!」


 降りる途中、はみ出て鉄筋に引っかかった形で気を失っている少女を見つけた。

 死んだのか、と目を細めると微かに手が動いたのが見え。


「ぁ……おい、おいお前!」

「う……」


 呼び掛けると少女はゆっくり瞼を開く。

 そして――。


「ぇ……ええぇ!?」

「ばっ!」

「きゃあぁっ!!」

「動くな!!」


 余りの高さに驚いて落ちそうになる少女に怒鳴りつけ、ようやく得た足場に降りる。

 と言ってもやはりはみ出した鉄筋と階段の残骸でしかない。

 しかしそれでも十分彼女の元まで近付く事は出来る。

 バランスを取りながら、まだ揺れる建物の様子を伺いつつ慎重に。

 落ちたとしてもラウトなら着地は容易い高度だった。


「掴まれ」

「ラウト……」

「死にたいのか早く掴まれ!」

「あ、うん……」


 歪んだ手すりに掴まり手を伸ばすと、少女もゆっくり近付いてその手を握る。

 ぐいと引っ張って引き寄せ、膝下に腕を回すと彼女を抱き上げた。


「えっ!?」


 思わず頬を染めるマーテル。

 気にも留めずにそのまま地面に飛び降りる。


「ひゃあっ!?」

「っ! 耳元で大声を出すな!」

「ご、ごめん……」

「ふんっ」


 無事床に足を付けると放るようにマーテルを降ろす。

 体がズキズキ、ミシッと鳴ったが耐えた。

 それをごまかすようにフンと顔を背け、スタスタと周りを見回しながら歩き出す。


「ま、待ってよラウト」

「……」


 付いて来るマーテルに見向きもせず進む。

 一階のフロア跡地らしき場所に出ると、ぐちゃぐちゃになった壁や散らばったガラスを踏み潰しながら真っ暗になった室内に目配せする。

 逃げられそうな……外へ出られそうな扉などは全て塞がっていた。

 しかし、見覚えのない黒い扉がある。


「?」

「これ、ラウト……」

「…………」


 今にも落ちてきそうな取れかかった蛍光灯が微かに灯った時、再び凄まじい爆発音と轟風が室内を襲った。

 天井を見上げてると皹がどんどん広がっていく。


「ちっ……ここしかないか」

「え!?」


 どうなるか分からないが、ここに居ればすぐ天井の下敷きになる。

 黒い鉄の扉の側にはレバーとボタン、数字の書かれた画面。

 舌打ちしつつ、レバーを下ろす。

 反応はない。

 さすがに蹴破れそうにないので数字を適当に押していると、ジジ……と画面に砂が走り、ロックが解除される。

 上に向かって開く黒い鉄の扉。


(……? なんだ? 今の……)


 不思議に思うが時間はない。

 暗闇の中に飛び込む。

 ラウトの後を追ってマーテルも中に入ると、彼らが居た場所は天井だったものに消された。


「……く、暗いね……ここ何の部屋?」

「……! ……ば、かな……これは!?」

「?」


 闇に慣れてきた目が見たのは巨大な足のようなもの。

 よくよく見るとそれは横たわった――……。


「歩行型戦闘機、か!?」

「ここ、もしかしてさっき外にあった大きな輸送機……?」

「輸送機? ……新型の輸送機か……?」


 マーテルの呟きに振り返るがすぐに機体に目を戻す。

 機体を覆うような盾を持ち、槍のような剣が同じように横たわり側に固定されていた。

 闇に覆われたその機体の真の姿はまだ分からないが……。


「…………」


 機体を見つめるその瞳は、すでに自らがやるべき事を理解していた。





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