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声を聴かせて



「私より……長生きして頂戴ね」


 二十七歳という若さで亡くなった母の最期の言葉に、希望と期待に……我々兄弟は添えられないだろうと各々、口に出さずとも思っていた。




「お薬は飲みましたか?」

「飲みました飲みました」

大和たいわの新薬が早く完成すれば良いのだけど」


 ふむ、と不気味としか思えないぬいぐるみを腕に抱いた婚約者は、なんだかんだ心配してくれているらしい。

 真っ黒な髪を撫でてほんの少し肩を寄せ合う。

「婚約者!」と、聞いた時は父親をぶん殴ってやろうとも思ったが、今こうしてホテルのベッドの上で寄り添いあっていると感謝してもいいように思えた。

 政治家同士の交渉材料にされた仲だが、彼女は自分には過ぎるいい女だ。

 中性的であまり女性に見えない上かなり考えの読めない人物だが、こっそりとよく尽くしてくれる。

 先に逝ってしまうのが実に惜しい。

 手を繋いで、思う。


(嫌だな。お前には幸せになって欲しいけど、他の野郎に渡したくねぇよ)


 笑えているだろうか?

 眼を閉じていると微かに漏れる笑い声。

 なんだ、と眼を開ければ妖艶で意地悪い笑みが見上げていた。


「心配しなくても、僕を好きになる物好きな男は君くらいなものだと思うけど?」

「……お前はエスパーか何かなのか?ナルミ」

「どうかな? どうだと思う?」

「お前なら有り得ると思う」

「じゃあそうなんじゃないですか?」


 あっさり言ってのけるものだ。

 敵わないな、そう思った事も見透かされているんだろう。


「イクフ、君の死はもう少し引き延ばす事が出来る。君が僕より早く死ぬ運命は変えられないけど」

「……ああ……分かってる。心残り多過ぎてどうしよう、だけどな」

「例えば?」

「それを俺にわざわざ言わすか?」

「うん」

「……お前、俺が死んだ後も浮気するなよ」


 卑怯なのは理解していたんだ。

 でも、どうしても。


「そうだね、君の事嫌いじゃないし……まあ考えておくよ」

「俺もお前の事嫌いじゃないよ……。会えて良かったと思ってる」

「僕はあまりそうは思っていないんだけど」

「あっはっはっ、そうだろうな」


 何を考えているか分からない。

 だが言葉にはきちんと表してくれる。

 世界で、一番嫌いじゃない。

 自分がいなくなった後、出会った事を後悔するくらい悲しんでくれる。

 それが嬉しい。

 抱き締めた細い身体。

 堪らなく愛しい人。


「ナルミ……お前の事、世界一嫌いじゃねぇよ」

「奇遇だね、僕もです」


 抱き締めているから表情は伺えない。

 それでも声で彼女が笑っているのが判る。

 ありがとうと、なにかに感謝したくなった。






***




「こんにちはナルミ特佐、仕事が終わってからどうです? 一緒にお食事でも」

「ガルト、お兄ちゃんの婚約者にいきなり口説きかかるとかどうなのお前」

「結構本気ですよ? 私は」


 相変わらず穏やかだが、底がまるで見えない実弟の微笑みと言動に頭を抱えた。

 急にお忍びで話があると呼び出してきたから、何事かと思えば……。


「まさかお前、ナルミに会いたくて火急の知らせがあるとか連絡寄越したわけじゃあるめーなー?」

「まさか。それが目的なら兄さんがついてくると分かっているのに軍に正式依頼なんかしませんよ」

「……………………」


 オブラートに『プライベートで誘うなら個人的な連絡先を使いますよ』と言われた。

 教えたのか連絡先、と眼で隣に立つナルミを見下ろす。

 いやぁ、君の弟だし一応交換しといた方が便利かと思って……という眼が見上げてきた。

 明かに自分の顔が歪んだのが分かる。

 いつの間に……。


「立ち話もなんですし、中へどうぞ」


 改めていらっしゃい、と続けた弟に促されて奥へ招かれた場所は宇宙コロニー『ヘリオス』内部。

『ヘリオス』はフォードオリオン社所有の最先端コロニーだ。


「君の弟、相変わらずよく分かんないね」

「お前がそう言うって相当だよな」

「なんでアイドル顔なのに会社の社長なんか続けているんだろう」

「そこに行き着いた過程を詳しく聞いても大丈夫か?」


 弟、ガルト・ホルオルは幼少の頃養子に出され数年間音信不通だった。

 ある時耳にしたその名前と肩書きは、民間軍事機関代表格フォードオリオン社社長というぶっ飛んだもの。

 自分とは三つしか歳が離れていないにも関わらず、信じられない若さで信じられない地位についていたのだから。

 仕事柄の縁で再会した時、心配していたような確執はなく昔のような仲の良い兄弟として接していられるのは嬉しかった。

 だがそれと、婚約者への度重なる問題発言については話が別である。

 どこまで本気か分からないから厄介だ。

 地位的にも、政治家や上層部が自分との婚約を解消させ改めて弟と……と考えられなくもない。

 周囲には心配のし過ぎじゃないかと言われるが、弟の美形ぶりと優秀さを思うと心配にもなる。

 金髪碧眼の超実業家の美青年と書けばどんな女でも食いつくに決まっているだろう。


「兄さん?」

「え!? あ……なんだ?」

「ずっと難しい顔をしていますが、どうかしたんですか?」


「私でよければ相談に乗ります、兄弟なのですから遠慮しないで下さい?」なんて本当に心配したような表情で言われれば首を横に振るしかない。

 そう、弟は正真正銘のイイ奴なのだ。

 もう一人の弟シズフにも言える事だが、どうしてこうも自分の弟は容姿端麗で色彩兼備なのだろう?

 圧倒的なまでに完璧な存在を見るとなんだか悲しくなってくる。


「ちょっと弟離れできないだけさ……」

「はぁ? そうなんですか?」


 婚約者の眼差しが心なしか冷たいのはなぜだろう。

 まあ、そこは気を取り直して……ナルミが切り出す。


「それで、話というのは?」

「それは実際見て頂いた方がいいでしょう」

「?」


 結局案内された先は開発部の戦闘機用ドッグ。

 ガラス越しのエレベーターから見えた代物に息を飲む。


「あれはまさか……ギア・フィーネか!?」


 イエローとホワイトを基調にした独特の機体には見覚えがある。

 弟、シズフの愛機にひどく似ていた。

 胸部部分に掛かった橋を歩きながら近付いて見ると『GF-05』の記載。

 この機体ナンバーは間違いない。


「……『05』……五号機ですか。……どこでこれを?」

「我社所有のデブリ帯で発見されたのです。登録者はまだいません。コックピット内部も調べたのですがやはりデータの吸い出しは不可能でした。従来機と同様登録者でなければシステムを起動できないようです」

「デブリ……やはりギア・フィーネは宇宙製造という事か。しかし、何故この機体だけ宇宙に?」

「さあ……? デブリ帯は再調査させていますが恐らく何も分からないでしょう。ジークフリートも言っていましたが、機体そのものの製造は現在の科学でも可能です。……問題は……」

「Gエンジン。ギア・フィーネがギア・フィーネと言われる由縁……か。さすがのジークフリートもGエンジンは造れないか?」

「ジークが言うには三百年後の科学水準でも難しいのではとの事でしたよ」

「神の手を持つ悪魔もお手上げですか」

「………………」


 誰が、何故、何の為に……。


 突如世界に現れた超科学兵器ギア・フィーネ。

 どこからともなく単機で現れ、登録者と呼ばれるパイロットを選び出し、世界戦争の火に油でも注いでいるかのような高い性能を曝す。

 各国はギア・フィーネを欲しがる。

 どこの国も負けたくはない。

 例え得体の知れないモノだとしても、それが使える力ならば利用する。

 八年前『凄惨の一時間』で圧倒的な力を見せ付けた“一号機”が全てのきっかけだろう。


(シズフ……)


 力は───。

 醜悪な欲望と野心を肥大化させていく。

 確かに自分達兄弟は軍人だが、それは他の選択肢を最初から与えてもらえなかったからだ。

 自分の地位を確固たるものにする……そんな下らない理由の為に生み出された、強化ノーティスである自分達兄弟は────。


「しかしまた何故これを我々に? 貴方は一応中立でしょうに」

「ジークフリートに相談したところ、ここに置いておくのは危険だろうと言われました」

「なんだ、くれんのか?」

「兄さん、我社は中立ですよ。そうではなくて、ナルミさんならご存知かと思ったんですよ」

「なにを?」

「この機体は五号機です。ならば間にもう一機……ないとおかしいのでは?」

「……! ……四号機か」


 頷いたガルトは再びイエローとホワイトの機体へ眼を向ける。

 今世界で確認されているギア・フィーネはこの機体を含め四機。

 一号機は八年前『凄惨の一時間』を起こした後行方不明になっているが、二号機はミシア軍が所有している。

 三号機は所属不明。

 だがその存在だけは各軍が確認していた。

 アスメジスア基国と共和主義連合国群の両勢力に追いかけ回されているが、一向に捕まってくれる気配はない。

 世界が欲しがっているのだ、ギア・フィーネという力を。

 そして今目の前に佇むのは“五号機”。

 確かに。では“四号機”はどこなのか。


「残念ながら僕は知らないね。というか……ジークフリートすら分からない事を僕が知っているわけがないよ」

「……そうですか」

「けどホントにどうする気だ? アスメジスアと共和主義連合国群相手にオークションでもするか?」

「それは儲かりそうですね。しかし両勢力共に、金を積むくらいならば奪い取ろうとするでしょう。特にアスメジスア基国は手段を選ばないと思います」


 それには同感だった。

 テロリスト殲滅の為に、無関係な民間人すら平気で殺す国だ。

 まあ、それを言うと自国、ミシアも似たり寄ったり。

 ここは口を噤む。


「しかしだからと言って共和主義連合国群に加担する訳にはいきません。我社がどちらかに傾くという事は、民間軍事機関そのものが中立でなくなるという事。そうなれば支援機関や研究機関と摩擦が生まれる。それだけは絶対に避けなければいけません。我々の均衡が崩れれば、世界はより巨大な混乱と不幸に見舞われる」

「ではこの機体、どうするんです?」

「……ジークフリートに預けるつもりです。預かってもよいと先日わざわざ申し出てくれたのでお言葉に甘えようと思っています」

「なるほど。彼……いや、彼女かもしれませんね……神の手を持つ悪魔は徹底した秘密主義者。ジークフリートなら安全に保管してくれるという事ですか」

「ええ、ジークになら安心して任せられます。それに、ジークは以前からギア・フィーネがどこから来たのか、誰が造ったのかを調べたいと言っていました。この機体はその調査に使用されるでしょう。見返りとして多少技術提供して頂ける事にもなっていますし……」

「お前ちゃっかりしてるのな」


 例によって柔らかく微笑むガルトに脱力を覚える。

 世紀の天才メカニックと知り合いらしいというだけでもすごいというのに、更に協力までしてもらえるのだから。


「ガルト、ジークフリートって美女か?」

「美人な方ではありますね。兄さん好みかはわかりませんが」

「(真顔でなに聞いてんのかねこいつ)」

「さて、話はこれで終わりですね。ナルミさん、どうです? これからお食事でも」

「ガルトォォ!?」

「悪いけど僕、この後日本に帰らないといけないから」

「えっ!? ナルミちゃん帰っちゃうの!?」


 じゃ、と不気味なぬいぐるみを兄弟に押し付けて、なにやら不機嫌そうに背を向けた婚約者。

 兄弟仲が良すぎて嫉妬されたなど、想像もしていない。

 ナルミに呼び出され軍に一週間の休暇届けを出した手前、帰りには大和かミシアのコロニーでゆっくりバカンスでも……と思っていたイクフとしては相当残念な結果だ。

 もちろんナルミもそのつもりはあった、ギア・フィーネの件から始まって、ジークフリートの事で予想以上に兄弟が仲良く盛り上がっていかなければ。


(なにがジークフリートは美人か、なのやら……!)


 なんだかんだ、好きな相手が性別すら不明な相手に妄想を膨らますのが面白くなかったので、すっかり臍を曲げたのである。

 ただ最後に――。


「それじゃあガルト社長、永遠にさようなら。残りの余生頑張ってください」


 にこり、とそれはそれは綺麗に微笑まれた。


「……なんだあれ」

「……なにやら絶望的な事を言われてしまったような気がします」

「き、気にするなよ? あいつ結構いつでもああだから」

「は、はぁ……」

(とはいえ、冗談にしてはブラックすぎるような……)


 振る言葉にしてもきつすぎる気はした。

 好きな相手に言われたら相当ダメージでかい、あれは。

 力無く溜息をついて、兄弟は互いに肩を落としながらコロニー内部へ戻る羽目になった。


「兄さん、休暇取ってきたんですか?」

「そー。ナルミとイチャイチャしたくってさぁ」

「いいなぁ、兄さんは恋人がいて……。私は出会いがありません。周りは老け込んだメタボリックの脂ぎったオジサンばかりです」


 なんでもない事のように言うが、うっかり通り過ぎていく風景の中に油まみれになって機械いじりをするオッサンや役員らしいオッサンを見付けてしまうと……。


(きついな…)


 と、思ってしまう。

 自分の職場も軍艦である。

 当然堅苦しいむさいおっさんばかり。

 しかし幸いにも、シズフの部下には(男勝りだが)女がいる。

 弟、シズフの親友カイ・マカベは人望厚い人物である為、艦内の若者に絶大な人気があり、おかげでぴっちぴちな若人達に囲まれた生活を送れている、と思う。

 そんなイクフとしては確かに……もう一人の弟、ガルトの周囲状況には同情を覚えた。


「そりゃご愁傷様だ。けどだからって人の婚約者に手ぇだそうとするなよ」

「うーん……まあ、そう、ですよねー?」

「……ジークフリートって美人なんだろ?」

「美人な方ですが私は嫌われてるらしいです」

「なんで?」

「…………」


 不意にガルトは足を止める。

 ガラス張りのステーション。

 開発ドッグを遠目に眺めながら、彼は何を想い馳せているのだろうか。

 押し黙る弟の言葉をただ、待つ。


「……世界は、本格的に変わろうとしている」


 ぽつりと呟くように、漏れた。

 憂いを帯びた眼差し。


「ギア・フィーネが世界を変える」


 細まった碧眼。

 しかし、どこか決意めいたものを感じる。


「ギア・フィーネという圧倒的な力が世界を変える。私はギア・フィーネが世界に平和を齎すと信じています。……しかし、その為に登録者は争いの運命に絡み取られる」

「…………」


 ――分かる。

 弟を、シズフを見ていれば嫌という程に。

 しかしギア・フィーネが世界を平和にすると、イクフには思えなかった。

 事実シズフがギア・フィーネに乗るようになった後、アスメジスアとの戦いは激化いていっている。

 最前線で戦わせられる末っ子の疲弊具合は、日に日に酷くなっているというのに。


「世界は、争いでしか変われない。ジークは嫌なのですよ……そうやって全てをギア・フィーネと登録者に押し付けようとする、私の考え方が。無力ぶって何もしない私という人間が」


 少し、意外だった。

 ジークフリートと知り合いという事は少なからず仲がいいのだろうと、好意的なのだと思っていたからだ。


「お前は無力じゃないだろう?」

「無力ですよ。私は兄さんやシズフと違って、母さんのブラッティ・オブ・シリーズのノーティスナノマシンに適応出来なかった。だから養子に出されたんです」

「ガルト!!」

「エフォロン家に必要とされなかった理由くらいちゃんと知っていますよ、兄さん」


 全て理解した上で生きてきたのだと微笑ままれれば、嫌でも父親の所業に怒りを覚える。

 特別な強化ノーティス用のナノマシンの被験者にされた母。

 儚く微笑む姿は幼いながらに見ていて悲しくて悔しかった。

 そうだ、ちゃんと知っている。

 自分達兄弟は、実験用のマウスでしかない。

 父親が権力者だからたまたま人権を与えてもらえた強化ノーティスが、自分達の本来の姿。

 戦う為だけに生み出された兵器、


 だからシズフは───。


「最もジークが私を嫌いな理由は他にもあるらしいですが、ね」

「他の理由?」

「どうも私の存在が癪に触るんだそうです。顔やら性格やらがムカつくのだと……よく意味が分からなかったんですが……」

「……………(それは……ある意味……無理もなかろうな)」


 兄である自分すら劣等感を抱くのだ。

 神の手を持つといわれるジークフリートも、どうやら例に漏れなかったらしい。

 そういえば、その神の手を持つ悪魔はいつギア・フィーネを取りに来るのだと問えば近々、だそうだ。

 もしかしたら会えやしないだろうか? と期待したのを感じたのか、ガルトがにこりと……。


「ジークは当日来ないと思いますよ。多忙な方ですから、代わりの者を寄越すと思います」


 と綺麗に打ち砕いてくれた。

 ギア・フィーネの機密輸送なんて大事じゃないか。

 しかしそこは正体不明と謳われたメカニック。

 何がなんでも姿は見せないらしい。


「お前どうやって知り合ったんだ……?」

「強いて言えば直感……ですかね?」


 爽やかな笑みでむちゃくちゃな事言った。


「どちらにせよ、会ったとしても兄さんには分かりませんよ。ジークは軍人が大嫌いですから」

「軍人嫌いなのか」

「ええ、かなり……」


「社長!!」


 血相を変え、駆け寄ってきたのはこの会社の社員だろう。

 ガルトもさすがに笑みを消した。


「なにかトラブルですか?」

「奇襲です! 所属は分かりませんが歩行型戦闘機が四機……!!」

「なっ!?」

「! ……それは困りましたね。もう嗅ぎ付けられてしまったんですか」

「しゃ、社長?」


 兄を振り返った弟の表情は相変わらずの笑み。


「じゃあ、行きましょうか。兄さん」

「は?」



 部下へ「降伏しておいてください」とだけ指示を出し、ガルトは兄を引き連れ、再びギア・フィーネのもとへと戻った。

 いいのか社長、とイクフが声を掛ければ振り返って返されるのはあの微笑みだけ。

 何を考えているのか分からないが、過ぎるのは婚約者の不気味な言葉。

 騒々しくなっていく社内に響く足音は、増えていくばかり。

 そして聞こえてきた“報告”。


「ミシアだ! 間違いない! ミシア軍の歩行型だぁ!!」


「っ」


 すでに一機、ギア・フィーネを手にしているというのに。

 自軍の欲深さに果てはないのか。

 幹部クラスしか入れないエレベーターに入り、二人きりになると改めてガルトに問う。


「どうする気だ? 部下を見殺しにするつもりか?」


 だとすればいくら弟とはいえ見損なう。

 自軍のえげつなさは理解しているつもりだ。

 戦争の一貫とされ、きっと……。


「渡すわけにはいきません」

「ガルト!」

「ここでミシアにあの機体が渡れば、世界はあの国の物になってしまいます」


 だから渡せません、とはっきり言い切られた。

 それは、つまり部下の命すら――。


「っ! お、おいおい嘘だろ……いくらなんでも……!」


 ぐらりと片寄った床と唸りを上げる壁。

 遠くに響き始めた爆音。

 あっさりとコロニーに穴を空けたらしい。

 不可侵の条約をこうもあっさり無視して攻撃するとは思わなかった。


「どうやら、ジークフリートに連絡をする時間もなさそうですね」

「ガルト……」

「兄さん、お願いがあります。あの機体を、ジークのもとへ届けてください」

「は……?」


 なんだって?

 ミシア軍の自分に何を言うのか、という意味で聞き返す。

 だがガルトの目は至って本気だ。

 そもそも自分はジークフリートがどんな人間で、どこに居るのかすら知らない。

 それにどうやってギア・フィーネを運び出すというのか。

 詰まっていた疑念は弟の言葉で片付けられる。


「これを。ジークフリートに預かった輸送機の起動キーです。これで彼のところへ」

「彼……」


 男かよ! と突っ込みたい気持ちは近付いてくる振動に飲み込んだ。

 ギア・フィーネを固定する柱がミシミシ音を立てている事からも、敵の接近が思いの外速いと分かる。

 いや、これはもはや異常だ。

 嫌な予感はしたが、やはり歩行型を使った強行作戦だろう。

 不可侵条約もギア・フィーネが絡めばこうも簡単にうち破られるものなのか。


「…………」


 父が知らないはずはないし、いつか弟の耳にも入るだろう。

 まさか婚約者はこの事態を知っていたのか?

 疑ったが、それなら彼女は意地でも自分を連れ出すなりしただろう。

 何より彼女はこの機体の存在を知らなかったと言っていた。

 婚約者が自分の前で嘘をつくとは、きっと多分恐らくはしないと思うので別なところから情報が流れたに違いない。


「兄さん」

「俺は、ミシアの軍人だぞ。なのに俺に頼むのか?」

「はい、兄さんならきっと守ってくれると信じていますから」


(…………ああ、くそ)


 頭の上には、父の軍。

 目の前には実の弟 。


「シズフにはお前が謝れよな」

「ええ、伝えておいて下さい」

「笑って言うなよ……」


 キーを受け取ってギア・フィーネの脇に設けられたエレベーターに乗る。

 分かっていた。

 弟が命を懸けるつもりだと。

 それでも言わずにはいられない。


「死ぬなよ」

「出来る限りは」


 結局最後まで笑顔しか浮かべない弟。

 ギア・フィーネの足下まで下ると巨大な扉を見付けた。

 恐らくはあそこに輸送機があるんだろう。

 駆け寄ってカードを差すと、扉は開いてカードが戻ってきた。

 どうやら万能キーらしい。

 前を向き直ればやはり大型の輸送機が一機、そこにある。

 貨物部分が中央から割れて折り畳み式になるタイプ。

 これならスピーディーに積み込みが出来そうだ。

 ただ、固定や何やらはしている時間がない。

 ギア・フィーネなら多少の揺れで壊れたりしないだろう。

 操縦席に着き、ベルトを締めて改めて輸送機を起動させた。

 画面がクリアになり、弟の笑顔がクローズアップする。


「ガルト……」


「頼みます、兄さん。あなたにしか頼めないんです。シズフとそのギア・フィーネ、そしてそのギア・フィーネ登録者をどうか守って下さい。登録者達がただの破壊者ではなく、平和の象徴となってくれるように―――」


 その時だ。

 天井と床が爆発に巻かれ崩壊していく。

 ただ、願っていた。

 消えた酸素と刺すような冷たさ。

 それから、爆発の高熱に晒され肉も骨も蒸発していく。

 見慣れた服を着た身体が燃えながら宇宙の闇に消えていく光景が見えて、それからぷっつり何もかもが分からなくなった。



「ガルトーーーー! ……… っちくしょぉぉぉぉおおおーー!!」


 肉親が砕けても涙すら出ない。

 追ってくる歩行型から逃れるのに必死になって、宇宙へと飛び出した。



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