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動けない場所で君と出会った【12】



 真壁懐はシズフ・エフォロンという人物を可哀想だと思っている。

 ミシアで軍事参謀を勤める国家役員を父に持つ彼は、率先して生産された体のいい強化ノーティスの被験者だった。

 兄二人と彼の母……父以外の家族は皆、ブラッディー・ノーティスと呼ばれる特異のノーティスであり、それは最初から強化ノーティスにされる為に生まれてきた部隊の娘たちの先駆けとも言うべき存在。

 当然夫婦というのは形だけで、家族愛などなく、兄弟間でしか愛など感じられなかっただろう。

 そんな彼の唯一の肉親だった兄は宇宙で亡くなったと聞く。

 事故だったと。

 強化手術で『睡眠過摂取症』という奇妙な病を発病した彼は僅かな食事とギア・フィーネで敵を殲滅する以外、ただひたすらに睡眠を取らねばならなかった

 プライベートの存在しない彼は趣味もなく、食事すらまともに食べない。

 近頃よく点滴で栄養剤を打っているし、たまに起きて食べる食事に栄養剤が必ず付く。

 それに文句も言わない彼が、まるで生きる事に興味を無くしているのではないかと思ったが、それは些か違っていた。


 ――知らないのだ、彼は。


 大人の都合ばかりで生まれ育った彼は、兄達のように自我を上手く成長させる事を諦めてしまったのだと最近気付いた。

 人間が当然のように持つ欲求の殆どを諦める事で処理してきた。

 それが当たり前で一番楽だった。

 足掻く事は全部兄イクフの役目。

 兄が足掻き、それが徒労に終わる様子を眺めて育つうちに諦めたのだろう。

 それでも兄イクフを彼は尊敬していたし、大好きだったはずだ。

 だから兄のように父を憎み、彼が宇宙で事故死したという話を聞いたときは丸一日眠る事も出来ずにいた。

 人間味は足りないが間違いなく彼は人間だ。

 だからこそ真壁懐は、シズフ・エフォロンという人物を可哀想だと思っている。




 まず、光学迷彩でステルス状態のメノウを敵艦に密かに接近させる為に派手な囮が必要となる。

無論これは念には念を、の念だ。

 光学迷彩を纏ったメノウを捕捉できる索敵システムは、現在どの国にも存在しないと言われている。

 だが二人は死線を同じ歳の兵よりよほど多く潜ってきた歴戦の強者。

 いかに普段それらしくなくとも機体に乗れば別人だ。

 航空戦闘機型のギア・フィーネ『ディプライヴ』が高速で敵艦に接近する。

 敵艦もギア・フィーネを即座に捕捉し、大焦りで歩行型戦闘機を一機出撃させてきた。

 しかしたかだか一機の量産型が相手になるはずもなく、光学迷彩を解除したメノウが一撃で仕留めて敵艦に取り付く。

 突如眼と鼻の先に現れたメノウに敵は大慌てだろう。

 絶体絶命の状況に、さぁどうして見せるのかとビームライフルで左翼装甲に穴を空けながら艦橋を探す。

 艦内構造をスキャンするのは、これまた大和軍製機体の特性だ。

 見たところ随分な設備、装備が揃っている。

 やはり調査は正解だろう。


(ん?)


 ドック部分に機体が三、いや四、ある。

 しかしその内二機は妙な反応であった。

 一機はガンナイト。

 これは軍事主要都市のリーダー……主に五将と呼ばれる指揮官が乗る精鋭機体ではないか。

 もう一機は今までに見た事もない反応……これは、恐らく新型。

 舌打ち物だった。

 案の定というべきか、この結果は想定内のものだがとんでもない大物が引っかかった。


「しーちゃん、この艦五将と新型機も積んでる。墜とすよ」

『分かった』


 戦場で被害を出す前にこんなモノは消してしまう。

 艦の装備は大体把握した。

 シズフに伝え、自分も本格的に破壊する方向にシフトしようとした時。

 突然艦が最大船速で左側に傾いた。

 すっかり敵艦に足を付けていたメノウはその拍子にうっかり振り落とされ、ディプライヴも突っ込んできた敵艦から最大速度で回避せざるをえない。

 その隙に敵艦からはガンナイトが降ってくる。

 シルバーグレーのそれには、モニターに浮かび上がった機体名を見るまでもなく見覚えがあった。


「ガーディラ・マーベック……!」


 態勢を立て直しながら叫ぶ。

 第二軍事主要都市司令官ガーディラ・マーベック。

 五将の一人で、その実力は大和領の右賀基地を一個小隊で撃滅せしめた程。

 あの時撤退する他なかった真壁にとっては借りを返したい相手である。


『カイ、お前は艦を。あれは確実に墜とす』

「ちぃーぇー! 右賀の英雄様に一泡吹かせたかったなぁ」

『それならもう十分吹かせただろう』

「それもそうか」


 仲間を大勢殺された。

 だがそこに確執を持つ事はしない。

 戦争なのだ。

 あの時敗北したなら今日ここで勝利すればいい。

 なにせ今、仇敵はギア・フィーネを――共和主義連合国群最強を相手にたった一機で挑むのだ。

 コクピットでどんな顔をしているのか。

 まあ、顔なんて見た事もないけれど。


『でもさ、他の機体はなんで出て来ないのかな? 新型とかさ』

「さぁな」


 ガンナイトを殴り飛ばしながら涼やかに言い放つシズフに真壁は溜息をつき、長刀を引き抜く。

 そこにマクナッドから通信が入る。

 すぐ側のメイゼア海上基地跡地からゼフィが無事に戻ったという旨。

 了解、と伝えついでに今し方搾取した戦艦情報をフェレンツェに送った。

 そしてヘルメットのバイザーを上げ、サングラスを外す。

 真壁もまた強化手術で強化されたノーティス。

 だが真壁はシズフや他の強化ノーティスのように副作用として人体に悪影響は出なかった。

 むしろ……。


「ま、新型だろうがなんだろうが出て来ても墜とすけどね~」


 “見えすぎる”ようになった動態視力は戦闘において実に有効だった。

 難点と言えば大和軍製の最新鋭機ですら、真壁の反応速度に付いて来れない事と特殊な加工をしたサングラスをしていなければ日常生活に支障が出てしまうくらいか。

 しかし日常生活はサングラスさえあれば問題ないし、現段階で戦闘は有利になるので今のところ気にしてはいない。

 勿論シズフのようなギア・フィーネ……超高速機に乗れたら今感じているような『遅さ』を解消出来るのだろうが、ギア・フィーネには登録者システムがある。

 大和軍も真壁の能力を分かっているから特別最優先で新型を回してくれるしテストにもしょっちゅう駆り出される。

 それを不満には思わないし、感謝すらしていた。


「ごめんね、メイゼアの新造艦! 全部見えちゃうんだよ~、ボク」


 追尾ミサイルもビーム砲も、避けるのは造作もなかった。



***



 まずいぞ、とディアスが珍しく本気で焦ったように言う。

 だがラウトは……それよりもラウトにとっては――。



「ギア……フィーネ」



 共和主義連合国群の、ギア・フィーネ。

 父を殺した、機体。

 真っ先に殺してやりたいと切望した仇敵。


「どうにかしてゴルディバイトに戻らねーと!」

「どうする!?」

「自分達でどうにかするしかあるまい。ヘリは無事なんだろう?」

「だが戦闘中だぞ!?」

「戦闘中でも戻りたいなら乗って戻るしかないだろう」

「そんな無茶なっ!」


 シドレスとガリッツに板挟みにされたディアスはしかし冷静に繰り返す。

 呼吸を落ち着ける為に胸を撫で下ろしたイクフはラウトに近付いて肩を叩く。


「坊主……」

「触るな」


 振り払うが話を聞くつもりはある。

 見上げてやれば青白い顔の男は頷いて。


「俺に考えがある」


 イクフの考えはこうだ。

 彼自身が囮になり、敵機体の注意を引きつけている間に艦に戻る。

 彼は、捕虜だ。

 まだ、一応。

 それを逆に利用し、捕虜返還をここで行うと持ちかければ、その隙に事態は好転する。

 なにより彼は故郷に帰れるかもしれない。

 いや、むしろその方がいい。

 もう余り永く生きられないという彼は、数度咳き込み口元から垂れてきた血を袖で拭う。

 ディアスが片手間で急ぎ作った試作品の薬では、やはり彼の症状を改善する事が出来なかったのだ

 国に帰る事が出来ればもう少しだけ、ほんの少しだけ生き長らえる事も出来る。

 だからその期待を込めて、捕虜を返還する意味でも。


「ゴルディバイトに通信を入れる」

「ああ」


 淡々とディアスが端末からこの作戦をゴルディバイトに伝える。

 戦闘中とはいえ艦長、エマはその作戦を受諾、即座に実行してくれた。

 ラウトたちは彼を一人基地に放置し、ヘリに乗り込む。

 笑顔で手を振るイクフにシドレスは泣きそうな声で別れを告げた。


「坊主」

「…………」

「……俺の弟は、ギア・フィーネが世界を平和にするって信じてたんだ。……信じて、死んだ。俺も信じたい……」


 真摯なその瞳に射抜かれて、彼を真っ直ぐに見据えたラウトは一度、眼を伏せ思う

 ギア・フィーネが世界を――。


「無駄だ。俺は、破壊者になる」


 真っ直ぐに彼を見据えて答えた。

 ギア・フィーネは世界を破壊する。

 自分がそうする。

 だから無駄だとはっきり言い放つ。

 だがイクフは微笑んだ。

 今まで見たものの中では一番、綺麗に。


「それでも俺は信じるよ、ラウト」

「…………」


『おまえは生きろ』と囁かれた気がした。

 言われるまでもない。

 しばらくして戦闘音が止む。

 交渉は成功したというCICの言葉を確認してからヘリは艦に向かって飛び立つ。

 その間暇潰しにラウトは窓の外から水上基地を眺めた。

 ギア・フィーネが基地に近付いていく。

 あの男は、ギア・フィーネパイロットの……兄。

 感動の再会だな、と冷めた気分で眺めていた時だ。

 ギア・フィーネのライフルが基地に向けられる。


(は?)


 引き金が引かれ、ラウトは席を立ち上がった。


「……っ!!」


 一発で基地を沈めるには十分過ぎた。

 ヘリがゴルディバイトに収容されて最後に見たのは、飛沫を上げながらすっかり沈んだ基地の跡地。

 パイロットスーツを着るという概念すら忘れて、ラウトは自らのギア・フィーネに飛び乗った。

 艦橋に通信を入れ、出撃させろと叫べばすぐに出撃許可が出される。

 ギア・フィーネがゴルディバイトへの攻撃意志を見せたのだ。

 ハッチが開き、空と海を感じる事もなく、天空へ降り立つギア・フィーネ『ブレイク・ゼロ』。

 紅いギア・フィーネは『ブレイク・ゼロ』を見るや否やビームソードを引き抜く。


 赤、赤、赤……。


 ラウトにはそれしか見えなくなっていた。

 冷静ではない自覚はあったが抑えられなかった。

 何故、何故、と呟きながら二機のギア・フィーネは衝突した。

 分からなかった。

 あのギア・フィーネの登録者は、兄を殺した事になる。

 何故殺したのか。

 戦闘の衝撃すら忘れてまとまらない考えのまま、本能だけで戦った。


(生きたかったって、アイツは言った……!!)


 濁流のように押し寄せる感情。

 考える事を放棄しただ叫び続け。

 涙が飛び散る事にも気が付かず。

 その理不尽な“終わり”に湧き上がった全てを敵にぶつけた。



 だがそれは敵のギア・フィーネの登録者も、同じだった。



 兄が生きている。

 捕虜としてアスメジスア基国に捕らわれ、海上基地跡地に取り残されているという通信に半信半疑になりながらも、ほんの僅かな奇跡に希望を持ってしまった。

 指定されたポイントに近付いて、そこで確認したのは確かに兄、イクフの姿。

 口から血を流し、眼を閉じて塀に寄りかかり動かない兄。

 生体反応は、なかった。

 銃痕は見当たらなかったので寿命だったのだと、すぐに察した。

 兄は永くないと知っていたから、彼がアスメジスア基国の兵達を想って囮になったのだという事もすぐに理解出来た。


 とても優しい人だから。



 ラウトはそんな事は知らない。

 この先、一生その事実を知る事はないだろう。

 だから二機のギア・フィーネは感情全てをぶつけ合って戦った。

 二人の登録者の高ぶり、臨界点を超えた感情はギア・フィーネを未知の姿に導く。

 左側のメインカメラの色が変わると、二機のボディに無数の光が走り始めた。

 真紅のギア・フィーネ『ディプライヴ』には緑のーー。

 白金のギア・フィーネ『ブレイク・ゼロ』には白のーー。


 人々がそれを目視、認知した瞬間、核爆発でも起きたかのような衝撃波が周囲に駆け巡った。

 衝撃が収まってから人々が眼にしたのは海上に浮かぶ二機のギア・フィーネ。

 痛み分けとなったかのように、二機は動かず漂っていた。

 メノウがディプライヴを引き上げ、ガンナイトがブレイク・ゼロを引き上げると示し合わせたように両軍は撤退する。

 どちらも今ギア・フィーネを失うわけにはいかなかった。

 二人の登録者はそれぞれ母艦に連れ帰られてもコクピットから自力では出られず、外からハッチを開き救出される事になる。

 そしてその時、二人の登録者は鼻と耳から血を流して気を失っていた。



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