動けない場所で君と出会った【10】
かつ、と崩れて意味を無くした階段を飛び降り、ディアスはガリッツを見上げた。
まだ人選に不満を持ってグチグチと言っている。
ああいう人間は苦手だった。
無能を自ら晒している様でみっともない。
他人への羨望は嫉妬にすべきより目標にすべきだ。
「ガリッツ・パージャット」
「なんだ!」
「来ないのか?」
「チッ」
飛び降りてきたガリッツはやはり真面目に探す気はないらしく、まだ文句を言いながら部屋の扉を蹴り破っている。
仕方がない、これでは作業が捗らない。
ディアスは南奥から順番に探してくるから、ガリッツに北側から順番に探してきてくれと頼み背を向けた。
果たして彼がそれを理解して行動に移すか、それは分からないが。
(基地か。つまらないな、研究所跡地なら何か面白そうなものでもありそうだったが……)
ディアス・ロスは研究者肌だ。
知りたいという欲求が彼にとって全て。
簡単な問題には興味はない。
難しいから、解く事が楽しい。
最奥の部屋は一般的な基地の構造からして、地下発電機でもあるのだろう。
残念な気持ちでいっぱいになりながら、歪んだ扉を開ける。
薬品の匂いと、小さな呻き声と……喉に迫ったナイフ。
咄嗟にナイフを持つ手を掴み、力ずくで床に放り投げる。
また呻き声。
そして……黒い髪の女。
右目がシュウシュウと焼けただれている。
「硫酸でも被ったのか?」
「くっ!」
「……馬鹿者が」
手首を捻り、倒した女は地べたに座り込み悔しそうに唇を噛む。
だがディアスが手首を離すと再びナイフを掴み襲い掛かって来ようとした。
型に添った攻撃だが、それをあっさりと躱して脚をかけると女は地面に転がり、しかしすぐに体勢を立て直す。
「いい加減にしろ、あまり時間が経つと顔の傷が痕になるぞ!!」
「な、くっ……」
叱るように言いつけてから、ディアスは持ってきた水分補給用の水ボトルを使う事にした。
彼女の側に座ると髪を優しく梳いて額に水を掛ける。
絶対に量が足りない。
さてどうすべきか、と思案していると先程近くの部屋に地下発電室があったのを思い出す。
稼働させれば海水を汲み上げ濾過する機械も動くようになり、水道が使えるようになるはずだ。
そこまで考えた時、少女が暴れ出す。
「痛いっ! 痛い!」
「我慢しろ」
「離せてめぇ!」
「暴れるな馬鹿者! せっかく綺麗な顔に傷が残ったら勿体無いだろう?」
「っ!」
……それからディアスはある物で使えそうなものを使い彼女を手当てした。
ずっと不振そうに睨まれたが、その顔も綺麗だとディアスは思った。
「これでもう大丈夫だ。ただ帰ったらちゃんと手当てし治せよ? こんな場所に置いてあったのだ、さすがに薬品も劣化していると思うからな」
「いちいちうっせぇ野郎だな。言われなくてもするっつの」
「言葉汚い奴だな」
髪に触れた男の手を振り払い、とても手当てしてもらった相手への態度として不適切な暴言を吐き捨てた。
だが男は仕方なさそうに微笑む。
その綺麗な笑顔に何故か胸がカッとなる。
真壁のような包容力を感じつつ、ゼフィは居心地悪いとばかりに視線を彷徨わす。
「お前ベイギルート兵だな、こんな場所で何してやがる」
「それは俺の台詞だろう。共和主義連合国群の兵がたった一人で何をしている?」
「はっ、言うわけねぇだろ!」
「本当に可愛げのない」
と言う割にはやはり優しげに笑っている。
その表情が余裕の笑みに見えてきて……いや、実際先程攻撃を全ていなされた。
ドジを踏んで硫酸を被ってしまい、多少のパニック状態とはいえ強化人間の自分が、だ。
「と、そうか、お前連合軍の兵だからのんびり立ち話などしている場合ではなかったな」
「あん?」
「今この施設は破壊前の最後の調査中だ。まもなくここは海に沈められ破棄される。その前にここを出た方がいい」
「!」
「帰り道は分かるか?」
「バカにすんなっ」
そうか、と笑むその男の姿に今度は顔が熱くなった。
それから男はゼフィの頭を撫でる。
真壁がするように、優しくあやすように。
その手を叩き落としてゼフィは男に背を向けた。
「ふ、不本意だが手当てしてもらったのは事実だからな! 今日のところは見逃してやるよ!」
「……」
「でも次は、次に会った時は殺すからな!?」
キョトンとした男だが、すぐに悲しそうに笑う。
「そうか。まぁ敵同士というやつだから仕方ないな」
「……」
「俺はディアスだ。お前は?」
「……。……ゼフィ……」
「またな、ゼフィ」
「……うるせぇ」




