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動けない場所で君と出会った【9】


 アスメジスア基国領。

『講和湾海域』――。



「なんでこんなとこに降りるんだ?」

「任務が入った。メイゼアが保有する海上基地を破棄する」

「海上基地?」

「ああ。『凄惨の一時間』の後にギア・フィーネ一号機が、メイゼア首都の次に破壊した場所だそうだ。元々使用されてはいなかったのだが、跡地として調査が終了したので、海に沈める」

「へぇ……『凄惨の一時間』のその後か……。一号機ってメイゼア首都を破壊した後そのまま消えたのかと思っていたぜ」

「ああ……あのまま去っていたなら、死者行方不明者はもっと少なかっただろう」

「……一ヶ所の人数でなかったと……」


 ディアスがラウトの体調を報告していた相手、ガーディラに物怖じもせずイクフは飄々と会話を進めていた。

 海上基地……正確には跡地。

 八年前、人類が初めてギア・フィーネに出会った日。

 そのメイゼアで一時間にも及ぶ凶行。

 世界にギア・フィーネの力を、恐怖を植え付けたその事件は『凄惨の一時間』と呼ばれた。

 未だにギア・フィーネ一号機がその凶行に走った理由は不明とされ、パイロット――登録者の存在も確認されていない。

 月のない夜に現れた漆黒のギア・フィーネ。

 世界で初めて確認されたそのギア・フィーネは『一号機』と呼ばれ、未だその消息は不明のまま。

 一体誰が、何故、あの日あの時あの場所で、あれほどの惨劇を起こさなくてはならなかったのだろう。


(こないだのラウトのコロニー破壊も、ヒデェもんだったが……)


 過ぎるのは破壊し尽くされたコロニーの残骸。

 幸いエマとガーディラの避難指示が速く受け入れられた為、半数以上の民間人はシェルターへ逃げ延び、脱出艇でコロニー外へ出られたらしいが……。

 もう半分は宇宙の藻屑。

 もしくは、『ブレイク・ゼロ』の攻撃に巻き込まれ骨も残らず消し飛んだ。

 ラウトはギア・フィーネの性能を十分理解していたわけではなかった。

 その結果の、無残な惨劇。


「そういえばあの機体、四号機という事でいいのか?」

「いや、ラウトの話ではあの機体は五号機のようだ」

「五号機? 四号機は?」

「分からん。我々の手にした機体はあの一機のみ……」

「そりゃガルトも言っていたな。なーんで四号機をすっ飛ばして五号機なんだろーって。ミシアでも四号機の話は聞いた事ねぇしなぁ」

「では大和かレネエルか?」

「いや、大和の特佐様も四号機の事は知らないらしかったぜ」

「では可能性としてレネエルが保有しているか、あるいは三号機のように所有者がどこにも属していない為、発見されていないか……」

「ふむ、ない物について考えても仕方あるまい。で、マーベック大佐、基地の破壊は如何様にお考えなのだ?」

「イクフ・エフォロン、そろそろお前にも仕事をしてもらいたい」

「……俺かよ。ラウトのGFでドカーンっと一発ぶちかませば……」


 ダメだ、とガーディラは首を振るう。

 それは先日のコロニー破壊の件によるものだ。

 ギア・フィーネの予想以上の破壊力は、コロニーの耐久性を遥かに上回った。

 慎重にならざる得ない。

 だからそれは、無理もないのだろう。


「一応データの抹消が完全に済んでいるか、管理室を調べてから爆破する。ディアス、お前も調査に参加してくれ」

「メイゼアの守秘義務に関わるものがあるかもしれぬのでは?」

「いや、本当にただの確認だ。それにあったとしてもあの基地は八年前に既に廃棄されている。大した情報など残ってはいないだろう」

「俺がベイギルートに情報を持ち帰ってしまうかもしれないぞ」

「持ち帰ってあの変態がそれを有効活用するとは思えん」

「ふむ、言えている!」

「……都市責任者にその扱いどうなの?」


 あまりの扱いに切なくなってしまうイクフ。

 ともかく、信用を懸けた大切なお仕事を任されてしまったらしい。



***



 ゴルディバイトが地球に降りる少し前。

 講和海近海には一隻の大型軍艦がゆっくりと国境線を進攻していた。

 軍艦の名は『フィレンツェ』。

 宙・空・海兼用の、共和主義連合国群ミシア軍保有新造艦である。

 艦長の名はヴィーニー・キザマ中佐。

 同乗する戦闘部隊隊長は、シズフ・エフォロン大佐。


「今回もボクが指揮るけどいーい~?」

「…………いい。好きにしろ……」

「もー。ご飯ちゃんと食べなよー?」


 ベッドの上で羽毛布団にくるまり、まるで起きる気配のない薄い金髪の男は、長い黒髪に赤いメッシュの入ったサングラスの男に色々な全てをぶん投げた。

 長い黒髪のサングラスの男は溜息を吐きながら苦笑を浮かべる。

 男の制服は大和軍のもの。

 男は共和主義連合国群大和軍所属の軍人、真壁懐まかべかい大尉。

 ベッドに横たわる男、シズフ・エフォロン大佐とは軍学校時代からの同期で友人だった。


「ま、今回は簡単なお仕事だからゼフィちゃんに任せて様子見かなぁ」


 部屋から退出し、通路で頭の裏に腕を組む懐。

 彼は……シズフは数週間前に肉親を二人、同時に亡くした。

 唯一の味方だった兄を二人、同じ日に同じ場所で

 懐は彼が可哀想だった。

 強化ノーティスとしての副作用で『睡眠過摂取症』というある意味羨ましい病に侵され、戦う時以外は起きて活動出来ないにも関わらず、起きている時にやる事といえばギア・フィーネで敵を殲滅する事ばかり。

 まさに戦う事以外、彼に許された時間はないという感じだ。

 食事も最近起きて食べる事は非常に少ない。

 栄養剤を一日一回点滴で取っている程度だ。

 強化の影響で筋肉は落ちないらしいが、それにしても……。


「あ、ゼフィちゃ~ん。いいところで会ったねぇ」

「ちゃん付けで呼ぶんじゃねぇって何度言わせんだ!?」


 ミシア軍服を、派手に着崩した美少女が柄悪く怒鳴る。

 懐やシズフのような強化ノーティスではなく、純粋に産まれながらの戦闘用ノーティス……それが彼女。

 両親の愛情も知らず、知っているのは他者をねじ伏せ殺す術のみ。

 彼女の事も、懐は可哀想だと思っていた。

 妹と同い年くらいの彼女を、妹のように可愛がりながら。


「なんだよ任務か?」

「うん、この近くにメイゼア所有の海上基地があるらしいんだけどね、そこ使われなくなって大分経つんだって。なんか面白いもの残ってないかチラッと調べてくるってだけのつまんない任務なんだけど……やる?」

「本当につまんなそうだな。お前も来るのか?」

「ゼフィちゃんが来て欲しいなら行くけど……」

「来なくていいっ」

「じゃあ一人で行く? ミカちゃんとファーロちゃんも連れて行っていいよ」

「一人でいい」

「一応聞くけど大丈夫?」

「大丈夫だ!」


 じゃあよろしくね、とゼフィと別れた懐は艦橋に行く。

 部隊の副隊長として、色々と忙しいのだ。

 隊長があんなだし。

 単身任務でも、彼女の能力ならば大丈夫だろう。


「真壁大尉!」

「あ、まっくん」


 と、艦橋に行く途中待機明けらしいマクナッド・フォベレリオン中尉に出会った。

 彼は艦橋クルー、CIC担当の少年だ。

 隊長の分も二倍働く懐にとって、隊の負担を少しでも軽くしようと艦橋クルーにも関わらず何かと仕事を手伝ってくれる心強い味方。

 実はかなり良いところのお坊ちゃんで、この若さで既婚……しかも娘が居るという。

 彼に微笑みかけ、追い付いてくるのを待つ。

 マクナッドは携帯端末を持って懐に駆け寄ってくると……。


「あの任務はどうなりましたか?」

「ゼフィちゃんに頼んじゃったよ。彼女なら単身でも大丈夫でしょ。出発は準備出来次第でお願いしちゃったぁ」

「そうですか。あ、真壁大尉、実は先程この任務とは別に新たな指示がきて……」

「なぁに?」


 端末機に映し出された文字をサングラス越しの緑眼が流し見る。


「……ギア・フィーネ五号機の鹵獲ぅ?」

「はい、実は数週間前にアスメジスア基国が発見し捕縛に成功したらしいのです。登録者が既存のメイゼア所属軍人だという情報です」

「マッジでぇ? しーちゃんと同じかぁ」


 ちなみにしーちゃんというのはシズフ隊長の事である。

 彼をそんな風に呼ぶのは、懐ぐらい。


「つか、なんで五号機なの? 四号機の話も出た事ないのに」

「あれ、そういえばそうですよね……?」

「そんで鹵獲とか無茶言うなぁ。現存戦力じゃ普通に無理だよねぇ」

「……それが……その、艦長は……ギア・フィーネはギア・フィーネでしか捕らえられないだろうと……」


 言いにくそうに眼線を泳がせながらマクナッドは言う。

 端末機の内容を読みながら、懐は口元に笑みを浮かべた。

 その笑みは決して楽しげなものではない。


「またしーちゃんに負担がかさばるねぇ。三号機の件だってまだ片付けてないのにさぁ」

「……はい」

「……仕方ないね、しーちゃんには伝えておくよ。まっくん悪いけど三号機に加えて五号機の場所の特定よろしく」

「分かりました」



***



 海上基地に降り立ったのはイクフを含めて五人。

 ディアス・ロスとガリッツ・パージャッドとシドレス・リション。

 そしてラウト・セレンテージ。

 紅一点のメルサは艦待機である。

 ラウトが今回の任務に参加したのは、この施設がギア・フィーネで破壊された場所だからだ。

 かつて世界を震撼させた一号機の、その爪痕が色濃く残る場所を直接見てみたかった。


「じゃ、手分けしてみっか」

「ちなみに隊長ってこの場合誰になるのだ?」

「決めてなかったのか!?」


 やる気が感じられなさすぎるディアスとイクフに、ガリッツが怒鳴る。

「そんなに怒るなよ~」と頭を掻くイクフは年齢で隊長は決めたくはないと言い。


「じゃ、シドレス隊長よろしく」

「俺!? 何故俺!?」

「ガリッツはカルシウム足りなさそうだからなぁ。ラウトは隊長にしちゃ若すぎるし、ディアスはメイゼア所属じゃねーし俺はまだアスメジスア軍人じゃねーし」

「き、貴様この俺を差し置いてぇぇぇ!!」

「ガリッツっ! おちっおちっ落ち着いっ! 苦しっ……!」

「うむ、異論ない人選だな。で、我々はどう動けば良いシドレス」

「ディアス、いくら年上だからって隊長を呼び捨てにしちゃダメだろ」

「うむ?」


 ガリッツにガクガク胸倉を掴まれていたシドレスが、咳き込みながらも仕方なく考え始める。

 ディアスはメイゼア所属ではないので一人にはさせられない。

 イクフも然り。

 ラウトは気に入らないが、一人で行動させる訳にもいかない。

 では二人、三人で分けるべきだろう。

 しかしラウトとガリッツを一緒にさせるのは絶対にまずい。

 ガリッツは軍学校時代から、ラウトを本気で潰したがっていた。


「んー……じゃあ……」


 仕方なくシドレスが分けたのはラウト、イクフ、自分の班とガリッツ、ディアスの班。

 ラウトは目下に置いておかなければガーディラ・マーベックに何を言われるか分からない。

 気に入らないが国の明暗を分けるかもしれないギア・フィーネの登録者なのだ。

 イクフはまだ信用出来ない。

 万が一の時、一人より二人の方が対応が出来るだろう。

 気の短いガリッツもロス家の人間にそこまで攻撃的にならないだろう、という考えからだ。


「シドレス、お前出来る子じゃねぇか」

「は?」

「うむ、イクフとラウトを自分の目の届くところに置くとは的確な判断だ。お前は良い隊長になるだろう」

「え、あ、ありがとうございます……」


 イクフとディアスにベタ誉めされてちょっと気分を良くしたシドレスだが。


「……………………」

「……えっと、じゃあ、三時間後にまたここで落ち合うって事で」

「了解した」


 ガリッツの強烈な不服オーラにげっそりする。

 プライドの高い彼に下僕程度としか思われていないシドレスが命令するなど、不愉快以外のなんでもないのだろう。

 ここはさっさと別れるのが良策。

 基地は地下一階から二階までの三階構成。

 地下をディアス・ガリッツペアに任せて、彼らは二階へ上がる事にした。

 二階、といってもほとんどが破壊されて一階に落ちてきている。

 凄まじい高熱で溶けた鉄筋、窓、コンクリート。

 死体こそないが、床には血の跡もあった。

 ラウトはそれを眺めながら、先へ進む。

 もうすぐ、この探索が終われば海に沈むこの場所。

 自分がギア・フィーネと出会ったあの日を彷彿させた。

 ……あの日、オリバーが死んだ日。




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