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道中を行く馬車の中で、私は騎士ことベレオスさんと、魔術師ことギーフォアさんからやっと説明を聞くことが出来た。


二人によると、この世界には魔法があって、誰でも使うことは出来るそうだ。

ただ魔法の素というのが命の中に巡っていて、適正のない人が魔法を使うと燃費が悪くて直ぐに素が枯渇してしまう。

この枯渇したあとのもの―――植物や動物もだが、主な発生源は人間だ―――を放っておくと、ドロドロに溶け出して“魔物”になる。

魔物は昇華させない限り消えない。

この魔物を昇華させる為に騎士や魔法使いがいるのだが、その最たる者が勇者だという。


今回はあの偉そうなおっさんの命令で放たれた大規模魔法の燃えカス―――大勢の人の命だったそうだ……―――を昇華させる為の旅。

大量の燃えカスが集まって実体を得たもの、それを便宜上“魔王”と呼んでいるそうで、それを昇華するためには勇者だけでなく聖女の力も必要だと私が召喚されたってわけだ。

勇者の扱う聖剣と、聖女が扱う癒やしの力。

この二つがないと現状魔王を自然に還すことは不可能に近いらしい。


「何でこんな重要なこと、今まで黙ってたの」


呆れたような二人の視線を浴びながら、イズは困ったように笑った。


「だって、説明したら聖女さま、怖がるでしょ?」


それは、そうだけど。


「君を怖がらせたくなかったから」

「……何も状況が分からないほうが、困る」


イズは睫毛を伏せてしまった。


「気持ちはありがたいけど、隠し事はなるべくしないでほしい。お願い、イズ」

「分かったよ」


イズには珍しい、弱々しい声だった。


「君がそう、望むのなら」







旅には様々な障害があった。


キャンプすらしたことのない私が心構えもできてないのに、続く野宿なんか耐えられるわけがない。

そんな私に何もせず休んでいていいと言い張るイズと、旅の一員なんだから協力すべきと手伝わせようとするベレオスさんが一触即発になって、一時は相当険悪な仲になった。


それに、初めて魔物を見た時は大変だった。

あんなの、恐怖のあまり何もできない。

全身ガクガク震えてロクに立てもせず、気づいたら口から泡を吹いて白目を剥いていた。

だって魔物を視界に入れるだけで、本能的な悍ましさが強制的に呼び起こされる。

今じゃ感覚がマヒしてそうでもなくなったけど、最初の方は嘔吐を堪えるのにも必死だった。


でも……魔物もだが、それを磨き上げた聖剣で躊躇いなく屠っていくイズの様子も怖かった。

聖剣とはいうが立派な凶器だ。

それを草木を薙ぎ払うかのようにただただ無機質に振り回すイズ。

何だかその様子が普段の笑顔のイズと噛み合わなくて。

それなのに魔物の殲滅が終わった途端、笑顔になって私に駆け寄ってくるのも気味が悪かった。

この人達を敵に回したらいけない、否が応でも思い知らされる。


他にも思い出すとキリがない。

てっきり女性だと思って色々と女性の野宿について相談していたギーフォアさんが実は男性だと分かり、死ぬほど恥ずかしい思いをしたこともある。

召喚当時、私を脅すように剣を向けた騎士が実はベレオスさんだと知って、彼と上手く話せなくなった時もあった。


それでもずっと、四人の旅は続いていた。

寝食を共にして、時には意見を違えながらも苦難を共に乗り越えて、僅かな楽しみは皆で分かち合いながらここまで一緒に過ごしてきた。

イズの奇妙な噛み合わなさはどこか引っかかってはいたけど、三人と大分打ち解けることもできて。

かけがえのない仲間だと感じる程には心を許していたと思う。

その頃には、私も彼らの仲間の一人として役に立ちたいと考えるようになってた。


……それなのにイズは、私を戦闘から遠ざけようとする。

魔王の生まれた場所に近付くにつれ、魔物も強く大きくなっていく。

天性の燃費の良さで魔術師長として活躍していたギーフォアさんも、段々と使える魔力の素が少なくなっていく状況に苦戦気味だった。

二人とは違い、攻撃も防御も魔法による所が大きいギーフォアさんは、戦闘時に怪我をすることが増えていく。


いつものようにイズに押し込まれた馬車の中で固唾を呑んで見守る戦闘。

今回の魔物は群れを成して押しかけてきているようで、いつもはギーフォアさんを庇うように攻撃しているベレオスさんが、囲まれてどんどん離されていく。


これは……ちょっと、ヤバいんじゃないか。


ギーフォアさんも魔法を唱える合間に杖を振り回して応戦しているが、威力が足りない。


「ギーフォアさん……!」


思わず馬車から降りて駆け出した。

最悪の想像がチラリと頭を過ぎる。

こちらに振り返ったギーフォアさんが何か怒鳴っているが、もう構っている暇はなかった。


「“補給”……!」


癒やしの力は聖女の意志で発動する。

使いたいという気持ちさえあれば、どんな言葉でだって使えるはずだ。

案の定唱えた途端に眩い光が飛び出していって、頭上で弾けると光の残滓がキラキラと漂っていく。

その残滓がギーフォアさんの所まで届いていって、ギーフォアさんが慌てて呪文を唱えだす姿にホッとした。


油断していたと思う。

自分がターゲットにされるなんて、何でか全く思ってなかった。

ホッとして気を抜いているとあっという間に暗い影が近づいてきて、大きく伸びをするように覆い被さってくる。

咄嗟のことで反応が出来ない。

襲い来る影を成すすべもなく見上げていたら、次の瞬間頭上に飛び上がっていたイズが剣を一閃させていた。

着地したイズは私の腕を強い力で掴むと、引きずり倒すような勢いで後ろに引っ張る。


「下がれっ!」


魔物より、むしろイズに殺されそうな勢いだ。


「何故出てきた! 戻れ!」


投げ飛ばされて、体が宙を舞う。

地面に激突する瞬間、下から強風が吹き上げて私を受け止めてくれた。

いつの間にか近くまで退避していたギーフォアさんに「もう一度!」と急かされる。


それから私は癒やしの力を使った後、情けなくも馬車へと逃げ帰り、戦闘が終わったイズに抱き締められるまで一人でブルブルと震えているしかなかった。


「まぁまぁ、結果的に助かったんだからよかったじゃねーか。聖女さまが自主的に動いてくれて、俺は嬉しーぜ」


珍しく私に肯定的なベレオスさんに、しかしギーフォアさんは溜息をつく。


「……今回ばかりは、私は勇者と同じ意見です」


てっきり同意見だと思っていたギーフォアさんの反撃に、ベレオスさんが目を丸くする。


「聖女さま、私達は例えいなくなっても替えの利く存在です。でも貴女は違う。この世に聖女は貴女しかいない。何かあれば魔王討伐は絶望的になるんです……貴女は、貴女の体を最優先にすべきだ」


私を抱きしめたまま離さないイズが、ポツリと言った。


「……一人でいい」


その言葉にギーフォアさんも目を丸くする。


「誰かを犠牲にしないと助けられない世界なら、その犠牲は僕一人でいい」


イズの暖かな体温が離れていく。


「パーティーは、解散しよう」


イズの笑ってない顔。

真っ青な瞳は光を失い、表情を無くしたその容貌はまるで仮面のよう。

反射的に伸ばした手を……イズはとってくれなかった。

ベレオスさんも、ギーフォアさんも様子のおかしいイズを追求しながら追いかけていく。

私は、私は……後を追うことが出来なかった。

初めてイズに拒絶されて、ショックを受けたことにショックだった。

結局、三人がどういう話をしたのか知らない。


―――翌日目を覚ました時には、イズはもう姿を消してたから。







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