第四話:東の国
今回の話は自分としては重要な話だけあってかなり上手くいった感じです。最後まで読んでくれれば嬉しいです。
庭師が丹精込めて育てたのであろう季節ごとに様々な色彩を演じる花々は、気持ち良さそうにどこからか流れてくる清かな風に揺られていて、やや甘い匂いを風に滲ませていた。クレッセッド城の敷地内に設けられた庭園を南北に一本。城門から城内へと伸び、庭園を両断する開けた道には最早、美の造形物と称されてもおかしくはないほどに整えられた植木が一定間隔に立ち並んでいた。
そんな完成された美を思わす風景の中に、どうしても紛れ込めないでいる女性が一人。行き場の無い怒りを拳に溜めて颯爽と歩みを刻み、歩く度に身に纏う煌びやかな鎧をがしゃがしゃとならしているがために、長閑であった庭園を瞬時に緊張感漂わせる場所へと豹変させていた。
「……なんなのですかあの態度はっ! 人の上に立つ者としての自覚が足りないのっでしょうかっ」
嘆く様にその女性は頭を抱え、誰に向けてでもなくそう言い放つ。どうやら目的は城内にあるらしく、ぶつぶつと文句を漏らしながらも、あくまで足は止めずに城内へと続くこの道を足早に歩き去っていった。
その調子で城内へと続くこの道を暫くの間、足早に歩いていたものの「あ〜っ!」と、腰まで垂れた金髪を掻き上げて急停止した。それと同時に今までなんとか保たれていたその女性の美貌が一気に豹変する。元々やや吊り目であった碧眼がさらに吊りあがり、整った唇を噛み締め眉をこれでもかというほどに寄せていた。折角の美貌が台無しだ、と言い掛けるのでさえ憚られるほどにその女性は周囲に怒りを振り撒いていた。
そこへ黒いマントで体をすっぽりと覆った少年――キースと「私は関係ないじゃんっ!」と、キースによって掴まれた足を解放するためにガシガシと手を蹴り上げているミルシェらが共々息を切らし、怒りの限界を迎えた女性の元へと少々間を置いて駆け寄ってきた。
「……ったく。そんなに早く歩かなくてもいいだろうが。こっちはミルシェに一日中付き合わされて寝不足なんだ。少しの運動とはいえ、睡眠のとっていない体には多少なりとも堪えるぞ……フィリア」
キースは風を体に通そうと肩から足元に掛けてほぼ全身覆っているマントを片手でパッと払い、呆れたようにそう言う。ミルシェはというとキースの放った言葉に対して並々ならぬ憤りを感じたらしく「キィーっ!」と、金切り声を上げ、より一層力を込めて自分の足を掴むキースの手を蹴り上げていた。
「キース隊長っ!」
痛いから止めろ、止めないもんっ、などと、キースとミルシェ二人の間で行われている些細な喧嘩に、その女性――フィリアは「自分はここにいますぞっ」と、声を荒げて参入してきた。
が、しかしその眠気によってのものなのであろうか。くだらないやり取りを交わすその二人は、未だフィリアの接近に気が付いていないらしく、挙句の果てにはキースがミルシェを黙らすために魔術を使おうとするなど、更なる発展を見せていた。そのため、フィリアは怒りの限界をさらに上げたらしく「……キ、キ、キっ」と、何やら恐ろしげな声を漏らし、ふるふると小刻みに体を震わせて、
「キース隊長っ! 聞こえていますかっ! 部下の話であろうとっ、話はっ、目を見てっ、聞くべきだと私は思いますがっ。隊長はいかにそれを捉えますかっ」
と、拳を振り上げて叫ぶようにキース目掛けて言葉を発した。小さな妖精と乱闘を繰り広げていたキースは「なっなんだ」と、フィリアの行動にやや驚ろかされたらしく一旦ミルシェとのやり取りを止め、小刻みに震えるフィリアの方へと素早く視線を投げかけた。
「よもやとは思いますが……、念のため聞いておきます。私が城内で必死に悩んでいる間、キース隊長はそのちびっ子を連れて遊びに行っていたのではないでしょうか」
「……どう思考を繰り返したらそうなるんだ? 俺はただ」
ミルシェに連れられて城外に行っただけだ。と、キースが続けようとしたところで、先ほどの仕返しといわんばかりに、
「遊びに行ってましたっ! キースと私でっ」
こみ上げる笑いを押さえつつ、ミルシェはウインク交じりにそうキースの言葉に被せた。キースは瞬時驚いた顔をするも、そのテンションには付き合いきれないと言わんばかりに深い溜息をつく。事の発端を起こしたフィリア自身も「大分察しがつきました」と、疲れ切った表情で立ったまま脱力するキースを見て何かを感じ取ったかのようにそう呟いた。
「……で、なんなんだ? 相談っていうのは。よもや笑い話ではあるまい」
キースはミルシェとの争いによって皺の付いたマントをぱっと払い、やや真面目な表情をつくってそう問いかける。キースの肩元でつまんなそうに頬を張るミルシェに対しては「しばしの間、静かに頼む」と、視線を送らずにそう言い掛けていた。
「そのことに関してなのですが……」
やっと真面目な話を振られたフィリアは辺りを見回しながらやや困惑しているような面持ちでそう言い、
「少々この場では相応しくない内容ですので、場所を改めてということでいかがでしょうか」
キースの耳元で他に聞かれぬよう、小さく囁きかけた。キースはしばらく顎に手を当てて、その内容について思い当たる節を考え込むような仕草をしていたが、やがて思いついたように、
「東の国の事……、か?」
それなら納得がいく。と、キースは眉をよせながら予想を述べた。フィリアはやや驚いた様子でキースの予想を耳に通すも、「……おそらく」と、再びキースの耳元でさらっと囁いた。
「おそらく……、というのはどういうことなんだ?」
やや押しの弱いフィリアの肯定にキースは疑問を露わにする。フィリアはまたしても困った面持ちで辺りを見回し、
「それを含めてのご相談なのです。ここで詳細を述べるのは容易いことなのですが……、やはり憚られるかと。なので場所を移してから後、詳しくお話しするという事でよろしいでしょうか」
声を殺してフィリアはそう頼む。キース自身、本当はこの暖かな陽気の中で話を進めたいところであったが、
(人払いの魔術を掛けるにも魔力を練らなければならないしな……。)
と、呆れたように自らの瞳に手を押しやりながらそう思う。それをじっと眺めるフィリアもキースの身の上を知った上での提案であったらしく「私は魔術を使えませんので」と、申し訳なさそうに言葉を漏らしていた。
「まぁいい。俺の部屋を使うとしようか」
キースはふらふらと頭上で手を振りながらそう言う。フィリアも「わかりました」と、素早く答え、既に城内へと足を向けているキースの後を追って自らも城内へと歩き出した。
「私はただの邪魔者なのっ? 私を置いてっちゃやなんだから……。ねぇ私忘れられちゃったの?」
一人だけ会話に混ざれず、暇つぶしに空を飛んでいたミルシェはご機嫌斜めといった面持ちでそうぼやき、先を行くキースの頭目掛けて全速力で飛んでいく。
キースの悲痛の叫びが庭園内に響き渡るのはその直後のことだった――。
*・*・*・*・*・*・*・*
東の国――そう呼ばる国とキース達の据えるマイアール王国が交わったのは約三年半前の事。計画通り南下政策を成功させたザフィール帝国はマイアールを含め、ほぼ大陸全土を手中に収めていて、各国の国旗は全てザフィールのもの。そして各国特有の文化、風習などは強行的に介入されていて、ほぼ大陸全土がザフィール一色に統一しかけている頃の出来事であった。
『大陸全土に渡る独裁政治』というスローガンを元にザフィール帝国は大陸全土を治めた後も湧き出てくる反乱分子を制圧するために幾度となく出兵を余儀なくさせられていた。しかし、何度も国から出兵させていたのでは限が無くなってきたので、ザフイールは監視役としての兵士を国から地方へと分担さる政策を企て始めた。それでは主要都市を守る防壁が薄くなってしまうのだが、これを破るほどの兵を蓄えた集団など最早皆無と捉えたザフイール帝国は躊躇う事無くその政策を許可し推し進めていったのであった。
――しかしその政策はその後、ザフィール帝国崩壊の原因となってしまうのである。
というのもザフィールがその政策を実行しはじめてから数ヶ月後、やっとその政策が定着してきた頃にザフィールの描き上げた未来予想図を横から破り裂くように『東の国』が広がる海を渡り、兵を率いてザフィールの治める大陸へと攻め入ってきたのである。
結果は無論、ザフィールの惨敗で幕を閉じた。大陸全土に兵をばら撒いたザフィールの兵力には最早一点突破を図る『東の国』の侵略を止める術など無く、数日間という僅かな時間によって首都を落とされ、順繰りに主要都市を落とされてしまい、拍車がかかったように侵略されていってしまった。
更にはザフィールが負ける。そう読んだ人々が意外なところから流れてきた波に乗り遅れまいと混乱に乗じて大陸のあちこちで反乱を起こし始めたのである。
その両方を抑える武力を兼ね備えていないザフィールは最早その波に逆らう事無く、のみ込まれていってしまったのであった。
「そして何故か侵略が終わると同時に『東の国』はそのまま大陸から撤退。どうやら『マナ』をかき集めてたみたいだがそれくらいだろう。解放された国々はまた再び国旗を掲げて国を立ち上げたし、この国も例外じゃない。血を吐く思いで再び元の国に建て直したんだが……」
と、言いながら自室に設けられたベッドに腰を据えて、
「その矢先にまた再び『東の国』が……、か。何故今更というのが論点なんだろうな」
溜息交じりにそう呟いた。キースが腰を据えるこの広い空間は至ってシンプルであり、日常を過ごすにあたって必要最低限の家具しかとり揃えられて無く、やや殺風景さを感じられるものの小奇麗にそれらが並べられていてキースの性格を映し出したような部屋であった。
それをややそわそわとした感じで見回すフィリアも然りであって「そこなんですよ」と、同じ疑問をこぼしていた。
「その『東の国』なんだが、俺がいない間に一体何を。まさかこの大陸に兵を向けてきたか? そんな情報は諜報部からは一切入っていないんだが……」
「いえいえ、そんな事ではありませんよ。まだ実態を掴み切れていませんが」
フィリアはそこで一旦言葉を切ると、何やらごそごそと身に纏う鎧の中を漁り始めた。
「昨夜、丁度キース隊長が城内にいらっしゃらなかった時ですね。その頃に城の裏にある森を巡回していた者達がいまして……、ありましたっ!」
フィリアは鎧の中から紙を取り出して「この者達です」と、三人の兵士の顔写真を見せた。そして、
「森の中央部……城から約二キロほど離れた場所でしょうか。何やら不可解な紋章を見かけたと申しまして」
「紋章というと、それは魔方陣の類か?」
「はい」
フィリアはまたしても鎧の中をがさごそと漁って「これです」とキースの手元に紋章の写真を見せる。夜中に撮ったものである為か、やや暗く写真は写っていたがキースは目を凝らしてそれを見やり「これはっ!」っと、驚きの表情を見せていた。「そうなんです」と、フィリアは頷きながらそれを肯定し、
「これを詳しく検証したところ移転式の魔方陣であることが判明したんです。……大分魔術に詳しい者たちを集めるのには苦労したんですが。まぁキース隊長は一目でわかってしまったようですね」
険しい表情は変えないままレフィカはキースより写真を受け取りながらそう言う。キースは「しかし、」と、納得がいかない様子で、
「何故これが『東の国』の者によるものだと? 魔方陣を描いた術者でないと移転先は分からないはずなんだが……。まさか、あくまでこれは予想の範疇なのか? それならこれは早とちりというものであって」
「それは違います。まだ確定とは断言しませんが十中八九『東の国』によるものです。再度すみませんがしばしお待ちを」
キースの言葉に被せてそう言うとフィリアはめんどくさくなったのか鎧の中を漁るのを止め、体と鎧をつなぎ止める金具を外して、ストン。脱いでしまった。それを視界に入れたキースはやや驚いたものの、鎧の下にはちゃんと服を着ていたようでフィリアの素肌が露わになるような事は無く、キースは複雑な心境になりつつもほっと一息つく。そんな様子を見兼ねたミルシェは思いっきりキースの頭を蹴飛ばしていた。
「?、まぁこれがその写真です。同僚に撮らせるのも酷かと思いましたが……何分一刻を争っていたものでして」
フィリアは悔やむようにそう言い、「もう既にその者たちは埋葬されていますのでご心配無く」と、キースの手元の写真を見つめながらそう付け加えた。
「これは酷いな。この傷は恐らく魔術によるものだが……」
二人の見つめる先の写真には二人の兵士が血を流して息絶えていた。ゴクン、とキースは生唾を飲み込む。しかし、フィリアは、
「こちらもそうなのですが……、この隅に写っている『モノ』をご確認ください。初めは私もこの事を『東の国』によるものとは思わなかったのですが、これを目にしてはそう予想を立てる他なく……」
写真の右隅を「ここです」と、指をさしてキースの視線をそちらに引きつける。それによって視線を写真の右隅にやったキースは、
「なるほど……、な」
半ば信じられないような面持でそう呟き「本当に来るとは」と、小さく言って徐にベッドから立ち上がった。
と、なんだか物語の動きを感じさせる展開になってきましたが……
どうだったでしょうか?
次回が楽しみと感じたのならば幸いです。
ではまたです。
しかし、レフィカはまだキースに会えませんね〜(笑)
聖祭とかもあるし……意外とネタが尽きません