第一話:妖精と思い出と
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コツコツ、と。粗い小石が敷き詰められただけという簡素な地面の道を少年が一人、ゆったりとした歩調で地面と革靴の擦れる音をたて暗い夜道の中に溶け込んでいた。
『オルケイド通り』――、そう看板に記されていた四六時中喧噪の絶えない大通りから脇道に逸れて一時間くらいであろうか。幾度となく細い道が交差する中を躊躇いなく奥へ奥へと進んでいくと人気の無い静まり返った道に行きついていた。
ふと視線を左右に振り景色を確認すると、飾るように色取り取りの建物が自己主張強く道に沿って並べられていた大通りとは景色が一変。築数十年というような古びた木造、もしくは煉瓦造りの住宅が所狭というよう、窮屈そうに並べられており、色は薄汚れた灰色か茶色。全くとして飾り気の無いこの道は世界から切り離されたような孤独を思わす寂しい道だった。
「表よりも裏。国の本質はここにあり……、って感じか」
少年はふと歩みを止め、碧眼を空に向けポツリ、そう呟く。狭い家々の隙間から僅かに顔を覗かせている月明かりに照らされて、フードからこぼれ出ている癖の強い金髪がきらりと輝いた。
少年は一度溜息をついた後に煉瓦造りの壁に寄りかかり、全身をすっぽりと覆っている黒いマントの中から徐に片手を胸元に出す。そして片手には首から下げていたものなのだろうか、紐の付いた紅い宝石のようなものが握られており、それは月明かりを反射してではなく薄暗いものの、それ自体が輝いているようだった。
「キース? どうしたの……って、やっぱり反応しちゃったみたいね」
突如として少年の頭の辺りから女性の声がした。キース、そう呼ばれた少年はそれに驚きもせずにじっと手元を見つめている。どうやら知り合いのようであった。
「よっこいしょ、と」
変な掛け声とともにキースの肩元で握り拳二つ分くらいの大きな光の球が突如として現れ、ポスンと音を立ててキースの肩に乗っかった。
「……ああ、そうなんだミルシェ。特にこの時期にはいつもそうだ。『聖祭』の日が近づく度に『この目』も、『マナ』も反応しやがる」
「あの日からいつもそうなの? キース。ほら五年前の……」
キースの肩元に現れた光の球は言い終わると同時に一層の輝きを見せ、暗闇に消えていった。
「恐らく五年前に受けたのがこれなんだろうが……、痛みと違和感を感じ始めたのは三年前くらいだ」
キースは少し眉を寄せ、思い出したくない事を無理やり頭の中から引き出してしまったように唇を噛みしめ顔をしかめた。
「でも仕方がなかったんでしょ? あの子守るために禁忌を犯したんだから。私利私欲に溺れて『マナ』の禁忌に触れましたっ! とかいうよりかはずっといいもんでしょ」
消えたはずの光の元には掌くらいの小さな少女が一人、キースの肩元で足をぶらぶらさせながら当たり前のように腰を据えていた。キース自身、それに対しては何も咎めることはなく、さも当然のように会話を続けている。
「……まぁな」
「?、どうしたのよ元気ないじゃない。あっ、もしかして嫌な過去でも思い出させちゃったかな……」
小さな少女は肩元ですたっと立ち上がりキースの横顔を覗き見る。その際、少女の足もとまで垂れているクリーム色の美しい髪がさらりと首を傾げたと同時に流れ、月明かりに照らされた。少女の顔も然り、仄かな明りに照らされて美しい容貌が露わになっていた。
キースは申し訳なさそうにこちらを覗き込んでいる少女を片目で捉え「いや、」と返す。そして、
「あの時から五年間の記憶なら確かにあるんだけどな……、お前には言って無かったがその前の記憶が少々曖昧なんだ。というよりかは片鱗しか思い浮かばない……、言いかえればストーリーそのものが抜けた映像が、ただただ頭の中でごちゃごちゃと行き場なく溜まっている……そんな感じかなミルシェ」
キースは重たい会話をあまり好まないらしく、そこまで言うと驚いた表情で固まる小さな少女――、ミルシェの頭を指でつん、と突く。そして手をマントの中に戻しやや歩調を速め先を行った。
ミルシェは暫くの間心配そうな面持ちで肩元からキースの横顔を覗いていたが、これ以上聞くのも悪いわね。と、心の中で密かにそう呟き、再び視線を前方へと戻して歩みと同時に伝わる振動を心地よく思いながら暫くの間黙っていた。
「……」
キースはその沈黙をミルシェの配慮と受け取り、感謝した。別に話してはいけない内容では全く無いのだが、何分気持ちが荒れてしまう。ざわざわと『あの時』より前の記憶を無理やり思い返すと心にフィルターがかかってしまったような、自分の記憶とは思えない何だか落ち着かない感覚に陥ってしまうのである。からして自分の過去を他人に話すのは嫌いなのではなく苦手なのであった。
「月が西に傾いてきたな」
時刻は何時ころなのであろうか、ふと見渡すと先ほどから殆ど変わらない風景が続いているのだが、夜闇をひたすら掻き分け思うまま進んで行くと大きな道に出てしまった。ミルシェも予想外であったらしく小さな手を口元に当て、驚きの表情を作っていた。
「おい、ミルシェ。取り合えず隠れろ。夜の連中はめんどくさい。姿を消す呪文が……っておい!」
ミルシェは「はーい」答えるとあながち間違ってはいないのだが姿を隠すべく、キースの髪の毛を掻き分け首元のマントにすっぱりと入り込んでしまった。
確かに隠れろとは言ったが……、とキースは楽しそうに首元にしがみ付くミルシェを確認し、半ば呆れたような表情をする。
「あんまり動くなよ? ばれると面倒だ」
わざと語調を荒くし少しは自らの行動を自嘲してくれ、と言葉の中で密かにミルシェに訴え掛けていたのだが「わかったぁ」と気の抜けたような明るい声。どうやら気付いてくれなかったらしい。挙句の果てには笑い声まで聞こえてきた。
「……ふぅ」
まぁ見つからなければ何でも、とキースは諦めたようで自らの肩に向けていた視線をふと辺りに向け、徐に周辺を見回した。
「……ん?」
何処かで見たことのある大きな道である。夜ということもあって地べたに座り込んで酒をがぶ飲みする者、取り合えずむしゃくしゃしているのか通行人に向け、何やら意味の分からない単語を並べ吐き出す者、そして外食帰りなのだろうか。場違いな家族連れが身を低くして足早に道を歩き去っていた。
どうも食べ物の臭いがするなと思ったらこの道は朝昼は商店街となっていたのだろう。木の板で店口を閉ざした道に沿って並ぶ大小それぞれの建物を見てそう予想を立てた。……が、
「なんだ……、オルケイド通りか。昼間しかここに来たことがなかったから知らなかったけど存外荒れてるんだなこの国」
地面に落ちているぼろぼろの看板に『オルケイド通り』そう書いてあった。キースはそれを拾い何処に掛けてあったのか、と辺りを見回すがそれらしきところは無かったためにもう一度地面に戻しす。そして、
「ぐるっと一回りしちまったんだなぁ……。気付かなかった。……ん? ってなんだミルシェ、何がそんなに面白い」
自分の言った言葉にそんな面白いことなど含まれていなかった筈だが、とキースは気分を害したかのように眉を寄せ、笑い声の聞こえるマントの中へ小さく声を掛けた。
すると何がそんなに面白かったのか、しばらくマントの中で転げ回っていたのだろう。髪をあちこちに散らせ、神々しくもなんともない至って普通の白い無地のワンピースに皺を寄らせたミルシェが人目を気にせずむくりと出てきた。キースは慌てて押し戻そうとするが「大丈夫よ」何の根拠をもってしてそんな事が言えるのかミルシェは偉そうにそう言い肩に座り込んでしまった。
「ふふふっ。キースの意外な欠点を発見しちゃったか〜ら〜ねっ。というよりも確証を得たというところかしらね」
ミルシェは足をぶらぶらと振りながら楽しげな表情で声を洩らす。「欠点?」とキースは訝し気な表情で言葉を繰り返した。
「だってあんなに道分かれてたのにここに戻ってきたなんて馬鹿加減も程々にって感じよね」
「はぁ?」
「キースって城内じゃ『完璧人』と思われているのよ? 知らなかっただろうけど。そんなキースが方向音痴だったなんてね、面白いじゃない」
方向音痴?とキースは言葉を漏らすが自身も思い当たる節があったらしく言い返そうとはしなかった。そのままミルシェは楽しげな声で、
「私と初めて会った時も道に迷ってたよね。私これでも妖精だから木々と話が出来るの。『愚か者が一人、神聖なる森の中に彷徨ってきた』って木のおじいちゃんが怒ってたわっ。まぁあれがなかったら私たちは会えなかったんだろうけど……ね」
これが思い出というものなのだろうか、キースはミルシェの言葉を聞いて思う。勿論ミルシェと会った時の記憶はあるのだが『あの時』以前の事は全く覚えていない。自分にもそんな楽しげな記憶があったのだろうか……、肩元で楽しげに話すミルシェを見ながらふとそう思った。
「そうだな……俺は方向音痴なのかもしれないな」
「そうようよっ! 絶対そうだって! 今度帰ったら城内に広めちゃおっと。大丈夫大丈夫、姿は見せずにそっと噂を広めるから……って、どうしたの暗い顔して。もしかしてふざけ過ぎちゃったかな? ……キースは命の恩人なのにそんな風な言い方しちゃって」
「でも……でもねっ」、と楽しげな表情から一変させ、縋るよう必死な形相でミルシェはキースの髪を引っ張り言葉を紡いだ。しかしキースは「そんなことないさ。ミルシェ」呟き前を見据えた。
「そうなの……、かな。……でもごめんね? もし私が嫌なこと言ったなら何度も謝るからっ。キースにまで嫌われちゃったら私……一人になっちゃう」
皺の寄ったワンピースをギュッと握りしめ、消えそうなくらい小さな声音でそう呟く。キース自身、全くそんな風にミルシェを思っていなかったのだが、この子の過去がこういう風にさせてしまうんだな、思いひょいとミルシェを摘み上げた。
「えっ? きゃっ。ごめん……ごめんなさいっ」
「……ふぅ。俺は一度もお前を嫌ったことなんてないし……、ただ朝俺を起こすときに鼻と口を塞いで窒息死ぎりぎりまで追い込んだ時は別だ。あれはやり過ぎ。……っと、俺はお前のすることなすことほとんどは受け入れているつもりだが、ミルシェはどう思う? おれが心底嫌がっていると思うか?」
そうであって欲しいと言わんばかりにミルシェはキースの掌の上でぶんぶんと首を振る。
「……と、そう言うことだ。そもそも俺がお前を嫌っていたらお前に誘われてここまで……」
そこまで言うとふとキースはあることに気が付いた。というのも今朝、朝早くからミルシェによって散々な仕打ちに会い起されたわけなのだが、朝起きてからというものの「遠くに行こうっ」の一点張りだったのである。キース自身、ミルシェの我儘には慣れたものだったのだが今日は特に雰囲気が違っていた。どこか必死さを感じたのである。
からしてキースは奥へ奥へと夜道を歩き、遠くへ来たわけなのだが、
「おいミルシェ……。どうして今日は遠くに行きたいなんて思ったんだ? 『聖祭』が近日中に執り行われるんだから忙しかったんだが、それはお前だって知ってるだろう? 何故だ?」
ミルシェは我儘ばかりを言うがそれは程々であり、絶対に我を通すというほど自分勝手な性格をしていない。むしろ人を和ませてくれるような優しい性格なのである。なので今日のミルシェの言動には多少の違和感が感じられた。
「そっ……それはね」
ミルシェはやや恥ずかしそうにワンピースを摘み、小さな顔をキースに向けてポツリ。消えうせそうな声音で言葉を紡ぎ始めた。
シリアスより作者はコミカルな方が好きです……。
設定が暗いためにやや話が重たいですが、場面が変わればきっと……
そう思い続けて書いています。
読んでいただきありがとうございました。
ではまた