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第9話 追ってきた凸凹コンビ




「もう,平気?」

「はい……。でも,濡らしちゃいました……」

「拭いたら濡れるのは当たり前だし,気にすることないよ」


一通り泣き終えたアルカが,申し訳なさそうに手巾を持つが,イドリースは問題ないように手振りで示す。

涙を拭うために渡したのだから,気に障る筈もない。

すると彼女は,躊躇いがちに何度か口を動かし尋ねる。


「……じゃあ,その,もう少しだけ借りていて良いですか?」

「え? 今更だけど,それ千年前のお古だぞ?」

「ううん,全然です。それに,今はこれを持っていたいんです。駄目,ですか?」

「ん。じゃあ,預けとこうかな。大事にしといてくれ」


手巾に何らかの思い入れが出来たようだ。

無理を言って返してもらう必要もないので,彼も二つ返事で了承する。

持ち物を託されたアルカは,それを大事そうに両手で握るのだった。


旧人達を送ったイドリース達は,心の持ちようを切り替え,最上層へ向かう決意を抱く。

相手が過去の戦友であっても,やることに変わりはない。

ペンタゴンから脱出し,外の世界に出る。

そして何が起きているのか,彼から聞き出すだけだ。

互いにその思いを確かめ合い,二人は焼け焦げた研究室から更に奥の通路へ進む。


そうして,研究所の中心に位置する場所へと辿り着く。

円を描くように巨大な通路が広がり,その中心は吹き抜けとなっている。

今いる場所が研究所の中層付近のためか,上下層からの空気が流れ込んでいる。

最上層から差し込まれる光が通路一帯を照らし,吹き抜けの一角には岩の形をした真っ白な足場が宙に浮いていた。

やはりと言うべきか,他に人影はいない。

若しくはここは,カーゴカルトのみが利用する建物なのかもしれない。


「ところで,最上層ってのはどう行けばいいんだろう」

「ええと……アレを使うのかも」


迷ったアルカが,吹き抜けで浮いている足場を指差す。

近づいて見ると,人が数十人乗っても問題なさそうな大きさがある。

ただ,どういった構造で浮いているのか分からない。

物理的でない,何か別の力が働いているようだった。


「これに乗るヤツ?」

「た,多分?」

「そうかぁ。まぁ,これで一気に上に行ければ,最上層って所はすぐなんだろうけど」


イドリースは吹き抜けに近づき,その天井を見上げる。

恐らくこの白い床は,上下に移動して別の階層へと人を運ぶものに違いない。

入り口で乗った,移動する部屋と同じ要領だろう。

今更驚いても仕方がないと割り切った彼は,先行して足場に問題がないことを確認する。

ゆっくりと足を乗せ,体重を掛けていく。

するとその瞬間,足場が自動で上昇し始める。

人が乗ったことで動き出す仕組みだったようだ。

一人置いていかれそうなアルカの手を掴み,イドリースは自分の元へと引き寄せる。


「ひゃぁ!?」


どうにか動き出した足場に,二人は着地する。

代わりにアルカは,イドリースに正面から抱き留められる形になった。

服の上からでも分かる身体の感触に,互いが反射的に少しの隙間を開ける。

前もこんなことがあったような,と彼が考えていると,予想通りの反応が返ってきた。


「しゅ,しゅみましぇん……!」

「お,落ち着こうな? 俺も別に触りたかったからとか,そんな不純な動機は……」

「い,いいいえっ。べべつに,ななんてことは!」

「震えてない?」

「ここ,これは,そうアレですっ。ちょっと,震えたくなっただけですっ」

「言い訳が苦しそうだぁ」


赤面するアルカを宥めつつ,イドリースは過ぎ去っていく下層の光景を見渡す。

当然のように奇襲を警戒したが,今の所そのような気配はない。

足場が妙な挙動をする様子もない。

そのため,動揺を隠すように自分の銀髪に触れる彼女に,一つ気になっていたことを聞く。


「というか,ペンタゴン内部の構造なんて,何処で聞いたんだ? ずっと閉じ込められていたんだろう?」

「あ……それがその,あの人から教えてもらいました」

「カーゴカルト,か」


小さな呟きにアルカが頷く。

彼女を造ったのはカーゴカルトであり,逃亡以前に接触した人間は彼以外にいないなので,自ずと答えは出る。

ただ,それでは説明がつかない部分があり,イドリースは首を捻った。


「でも妙だな」

「えっ?」

「どうして,そんなことを話したんだろう。だって,現に研究所から抜け出す切っ掛けになったんだ。それを知らなかったら,アルカもここから逃げ出そうって気にならなかったかも。それに,今こうして最上層に向かえているのも,その情報があるからこそだ」

「言われてみれば……そうですね……」


今更気付いた,といった様子でアルカが過去の出来事を探り出す。

不審に思うのは当然で,カーゴカルトが彼女にペンタゴンの構造を明かす理由が見当たらないのだ。

そんなことをすれば,当然脱出する機会を与えることになる。

彼女を閉じ込めていた彼の言動とは一致しない。

これまでの経緯を思い返し,イドリースは視線を下に向ける。


「まるで,アルカが研究所から逃げることを望んでいたような」

「ようやく見つけたぞッ! 旧人!」


直後,警戒していた下層の一角から,二人に向けて飛来するものが現れる。

甲高い音と共に迫ったのは鎖。

あらゆる力を封じ込めるという漆黒の拘束具だ。

二人を捕えようとしたそれらに対して,イドリースは炎で迎撃し焼き尽くす。

しかし既に足場に一部の鎖を縛り付けたようで,引き上げる勢いで一人の男がイドリース達の前に降り立つ。

鎖の時点で覚えはあったが,その男は地下洞窟で相対した人物だった。


「お前は,確か鎖使いの……」

「チェインだ! 人の名前くらい覚えときな!」


金髪の男,チェインが荒々しい態度で名を答える。

落盤に巻き込まれていながら,傷一つない。

やはり不老不死の名は伊達ではないようだ。

感情の荒波に任せて,彼はイドリースに向けて指を差す。


「さっきは,よくもやってくれたなぁ。お蔭で他の奴らは,絶賛岩盤の撤去中なんだよ」

「おお。それは良かった」

「良くねぇよ! テメェが俺のせいで落盤したとか言いやがったせいで,余計な誤解されてんだよ。ここで捕まえねぇと,俺の気が収まらねぇ」

「あんな適当な言葉を信じるなんて。信用ないんだな,お前」

「ほっとけ!」


イドリースの挑発にチェインが露骨に反応する。

初対面の時もそうだったが,まだ話が通じそうな雰囲気がある。

人間にもそれぞれの考え方があるのか,旧人に対する露骨な嫌悪感は見られない。


「ったく……。どうして立ち入り禁止の地底に籠ってたのかは知らねぇが,お前みたいな反骨野郎は見たことねぇぜ」

「……あの洞窟,立ち入り禁止だったのか?」

「あそこは本来,カーゴカルトが近づくことを禁じていた場所だ。好き好んで誰が入るってんだ」

「アルカ,今の話は……」

「初耳,です」

「そうか……。ということはお前,わざわざ俺達を追って薄暗い洞窟まで入ってきたのか。ご苦労様だな。少し休んだ方がいいんじゃないか?」

「減らず口を。さっきは油断したが,今度こそ仕留めさせてもらうぜッ」


割と重要なことをサラッと言いつつ,彼は黒鎖を新たに生み出しながら,二人の周りを取り囲もうとする。

上昇する足場の上での対峙。

そんな状況でありながら,アルカは赤面したままだった。

原因は先程の抱き合いではなく,鎖を操るチェインの姿に問題があった。

上半身に一切服を身に纏っていない裸の有様。

イドリースの背に隠れながら,彼女はどうにか言葉を紡ぐ。


「あのぉ。それより,なんで半裸なんですか? 変態さんですか……?」

「あん? 誰のせいだと思って……!」


こちらに原因があると言わんばかりに,彼が眉を吊り上げると,足場の下から新たな気配が現れる。

垂れ下がっていた鎖の一つを使って,誰かがよじ登って来る。

イドリースは既に勘付いていたが,チェインは気付いていなかったらしい。

紫色の短髪が目立つひ弱そうな青年が,相方の鎖使いに間延びした声を掛ける。


「先輩ー,下です下ぁ」

「おいこら,トム! テメェ,何ボケっとしてんだ! さっさと上がってこい!」

「嫌っす」

「あぁ!?」

「だって,僕達を燃やす力を持った人なんでしょう? 止めときましょうよー。敵う訳ないっすよー」

「馬鹿言え! コイツらは俺の服を奪っていったんだぞ! ほっとけるか!」

「……もしかしてこの服,お前のだったのか?」

「見りゃわかるだろう!? どさくさに紛れて奪いやがってよぉ! お蔭で俺は変人扱いだ!」

「水浴びで全裸になる奴らが,それを言うのか……」


イドリースは身に付けていた討伐隊の制服を摘まむ。

変装ついでに拝借したものだが,チェインのものだったとは予想外だった。

となると,彼はここまで半裸の状態で追いかけてきたことになる。

トムと呼ばれた青年も,そんなチェインに無理矢理連れてこられたに違いない。

要求を聞いたアルカが,ダボダボだった服を脱いで,二人に向けて差し出す。


「じゃあ,返します? ありがとうございました?」

「あ,どーもどーも」

「トム,何勝手に話進めてんだ! つーか,それは俺の服じゃねぇよ!」

「いいじゃないっすか。折角返してくれるんすよ。それを受け取って戻りましょー」

「……お前は,やっぱり縛り首だな」


沸点の低いチェインが鎖を操作する。

やる気のないトムの全身を縛り上げ,皆の頭上へ吊り上げられる。

縛られた人の姿が足場の一部に影を落とす。


「ちょ,先輩!? 縛る相手違うっすよ!?」

「うっせ。少し口の利き方を学び直すんだな」

「先輩がそれ言うんすか?」


こうして見ているだけだと,普通の人間にしか見えない。

口喧嘩を始める彼らに対して,イドリースは小さく息を吐く。

アルカも少しだけ気を緩めたようで,顔色を徐々に戻す。


「変な奴らにからまれちゃったな」

「服,返します? 私のは,もう畳んじゃったんですけど」

「アルカは律儀だなぁ。でも,少し利用させてもらおう。聞きたいこともあったし」

「あ? この俺が,お前の質問に答えるとでも思ってんのか?」


鎖の音を響かせながら,不機嫌な声で威嚇する。

チェインの目的は,イドリースが着ている制服にあるらしい。

それを理解した彼は,あくどい笑みを見せながらゆっくりとその服を脱ぐ。

追撃するように生み出していた炎の一部を近づけた。


「ん? いいのかな? この服,消し炭にするぞ?」

「バッ……カ……!?」

「見た感じ特殊な服って訳でもなさそうだし,俺の炎を当てたら,すぐに燃えそうだなぁ」

「お,恐ろしい旧人だぜ……! お前には心ってもんがないのかぁ……!?」

「先輩ー,動けないんすけどー」

「お前は黙ってろぉ,トムゥ!」


この制服は不老不死である彼らの様に,得体の知れない構造ではない。

普通の炎でも燃え,傷を受ければすぐに破ける。

効果があることを確信し,イドリースはチェインを牽制しつつ質問する。


「さて,質問に答えてくれ。お前達は俺があの地底にいることを知らなかったんだな?」

「くっ……」

「破くぞ?」

「物理的に裂こうとするなお前! ……そうだよ。テメェみたいな,クソ野郎がいるなんて俺達は知らなかった」

「カーゴカルトからも知らされなかったのか?」

「は? なんでカーゴカルトが,そこで出てくるんだ?」

「……」


事情を知らないような,間の抜けた返答。

それを聞いたイドリースに浮かんだのは一つの推測。

だがそれを口に出すことはなく,そのまま続ける。


「もう一つ。お前達のような不老不死は,いつ生まれたんだ。俺は長い間眠っていたから,その事情を知らないんだよ」

「眠っていた? どういうことだ?」

「気にしないで良いさ。それよりも」

「……俺も最近できたばかりだからな。詳しいことは知らねぇが,俺達人間の成り立ちは確か」

「大体900年前からっすね」

「黙ってろって言ったよなぁ?」

「あばば,締め付けがきついっす先輩。ギブギブ」


イドリースが封印されてから約100年。

既にその時点で不老不死は完成していたようだ。

仮にキューレが生きていたとして,100年後の彼が不老不死となったと考えれば,あの老人の容姿も辻褄は合う。

ただ,イドリースが平定させた世界に,不老不死が広く伝わるような情勢はなかった。

王国が滅んだという予測を踏まえると,何か世界がひっくり返るような異変が起きたと考えてもいいだろう。


「900年前,一体何が起きたんだ?」

「ああクソ,知るかボケェ! 下手に出てれば調子に乗りやがって! もう我慢の限界だっつーの!」


だがチェインもそこまで答える余裕はなかった。

堪忍袋の緒が切れたようで,周りに浮遊していた大量の鎖がイドリース達に向けて一斉に放たれる。

最早制服の無事は諦めたようだ。

しかし,英雄の炎の前に全てが焼き払われる。

それなりに強い力だが,カーゴカルトと比べれば軽くいなせる程度のもの。

全力を出しているにも関わらず全く敵わないイドリースに,チェインは悔しそうに表情を歪めた。


「クソッ! こんな燃えカスみたいな炎,どうして破れねぇんだ!」

「まぁ,伊達に英雄を名乗ってないからな」

「あのっ! どうして旧人の人達を捕まえて,私を造ったんですか!?」

「何の話だぁ? 誰がお前みたいな旧人を造るっていうんだ?」

「……何も,知らないんですか? 皆が閉じ込められてたことも,私があの人に造られたことも?」

「訳の分かんねぇことを! 少しは大人しくしやがれ!」


正面突破は困難と判断したチェインが,鎖を飛ばす方向を変える。

それは宙づりのトム以外が立つ足場そのもの。

鎖が上昇する床を貫通し,徐々に切り崩していく。

どうやら足の踏み場を失くして,下層へ転落させようと試みているようだ。

頼りの足場が揺れ,アルカが体勢を崩しそうになる。

このままでは落下すると考えたイドリースが,真下に向けて炎を放ち,鎖だけを焼き尽くすように出力を調整する。

特にこの程度で動じることはない。

ただ直後に手が滑り,持っていたチェインの制服がフワリと飛んでいく。

炎や鎖からも上手いことすり抜け,そのまま静かに落下する。


「あ,手が滑った」

「おいぃ!? 俺の服! 俺の一張羅が!」


それまでどうにか喰らい付いていたチェインの視線が,真下へと落ちていく。

考えるより先に身体が動いたようで,今まで張り巡らせていた鎖と共に下層へと飛び込む。

思い切りが良すぎたため,イドリースも彼のダイブを見送ってしまう。

当然今まで縛られていたトムも,鎖の落下によって下層へ引き寄せられる。


「せ,先輩!? 僕まで落ちるんすけどぉ!?」


素っ頓狂な声を出しながら,トムも何もしないまま落ちていく。

視界から黒鎖が全て消え,金属音すらも段々聞こえなくなる。

残ったのは穴だらけの足場。

変わらずせり上がるその場には,イドリースとアルカだけが残された。

殆どの何もしないまま全てが収束したので,思わず互いに視線を交わす。


「……嵐みたいな奴らだったな」

「びっくりしましたぁ」

「追ってくる様子は,ないか。あれだけ下に落ちたんだ。当分は戻って来ない」


イドリースが軽く真下を確認するが,二人の姿は見えない。

もう目視できない程に下まで落ちていったようだ。

普通の人間なら飛び降りもいいところだが,不老不死であるため死ぬことはない筈だ。

新たな奇襲がないことを確信した彼は,アルカに問題がないことを伝える。

脅威だったのかもよく分からないが,彼女は小さく息を吐いた。


「それにしても,二人はアルカのことを何も知らなかったみたいだ」

「はい……。もしかしたら,私が半年間この研究所にいたことも知らなかったのかも,です……」

「となるとやっぱり……」

「どうかしました?」

「いや,何でもない。結局いい話は聞けなかったな,ってことさ」

「な,なるほど」


手を軽く振り,取り繕う。

イドリースを物思いにさせていたのは,先程の二人だった。

人間にも上下関係は存在する。

その中で,彼ら二人にはそれなりの交友がある。

トムがチェインを先輩と呼ぶ姿が,何処となくかつてのキューレと重なっていたのだ。


「先輩と後輩……。なら,今の俺達は……」


アルカにも聞こえない位の小さな声で,イドリースが呟く。

そうして二人は,最上層へと辿り着いた。




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