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第8話 眠れぬ死者に安息を




一瞬言葉を失うイドリースに代わって,アルカが双方を見比べる。

敵対者であるカーゴカルトを知る者が,今まで傍にいたことに驚きを隠せないようだ。


「あの人のこと,知っているんですか!?」

「……あぁ。でも,どういうことなんだ? ここは千年後の世界のはず」


それは彼も同じだった。

既に命を落としている者と思い込んでいたキューレとの再会。

目の前に立ち塞がる白髪の老人と同一人物であるとは,俄かには信じられなかった。

いつも後ろを付いて回っていた少年の面影は一切ない。

背丈も,その容姿すらも何一つ合致しない。

加えてここはアルカの言う通り,千年後の世界の筈だった。

幾ら老いたとはいえ,悠久に近い時を生きていられる筈がない。

だが,そこで一つ心当たりのある存在を思い出し,彼は小さく呟く。


「そうか,不老不死」

「……」

「エデンにいた奴らと,同じ状況なのか?」

「察しが良いですね。そう,私はかつての肉体を捨て,生まれ変わった者。最早寿命という概念はありません」

「千年も,生きていたって言うのか……?」

「無論です。しかしご覧の通り,不老不死を適用できたのは衰弱死の直前でした。私が貴方の知るキューレ・レイフォードであると,証明できるものはありません」

「冗談にしては……質が悪すぎるぞ」

「冗談? 貴方はペンタゴン内の人間と争い,理解した筈です。今までのことが幻だと,私が嘘を言っていると,本当に思いますか?」

「……」


炎を纏わせながら,イドリースは片手で頭を抑える。

本来ならこんなもの,何かの悪戯だと笑い飛ばしたい所だった。

それでも人間達との交戦やエデンの園,そして研究所内に保管されていた旧人達がそれを否定する。


「お前が生きているってことは,他の仲間達は,フェルグランデ王国はどうなったんだ……!」

「王国? あぁ,ありましたね。そんな国も」

「!?」

「とうの昔に滅びましたよ。忌まわしい記憶です」

「まさか……」

「誤解しないで頂きたい。私は何もしていませんよ」


カーゴカルトは静かに告げる。

瞼を降ろす表情は,少しだけ歪んでいた。

この千年,彼はイドリースの様に封印されていた訳ではない。

人間と旧人が生まれた経緯,王国が滅んだ理由を知っているのは明らかだった。


「一体何があったんだ……?」

「残念ですが,私はそれを明かすようにできていない。今あるのは,不死殺しの炎を持つ貴方を,この地に留めること」


それだけを言って,彼は手にしていた仮面を再度取り付け,頭部を覆い隠す。

話し合いの余地はない。

老いた姿が純白の衣装に包まれ,まるでその在り方が今の自分であると証明する。

同時にカーゴカルトの姿が霧に変貌し,空気に溶けていく。


「しかし,今のままでは貴方を御しきれない。それ相応の準備が必要でしょうね」

「何処へ行く気だ!」

「ペンタゴン最上層。外の世界への出口がそこにあります。改めて,その場で決着をつけましょう。彼女のことも,貴方自身のことも」


意味深な言葉を放った後,周囲と同化,半壊した研究室から姿を消した。

イドリースならば,眼前で消えていく彼を追うことも可能だったかもしれない。

しかし,手を伸ばすことは出来なかった。

目まぐるしく変わる状況に,思考が追い付かなかったのだろう。

敵対者の気配が消え,燻ぶる残骸の音だけが残る。

立ち竦むイドリースに,アルカがおずおずと話しかける。


「あ……あのっ……」

「アルカ,怪我はないか?」

「えっ? あ,はい,全然です」

「そっか,良かった。何かあったら,英雄の名が形無しだからな」


だが,すぐさまケロッとした様子で微笑む。

先程の対峙が嘘だったかのような切り替えの早さである。

動揺するアルカの心配を余所に,彼はゆっくりと一歩前に進んだ。


「さ,行こう」

「行こうって,何処に……」

「決まってるじゃないか,最上層さ。外への出口もそこにあるんだ。さっさとこんな所から,おさらばしよう」


あえてなのか,カーゴカルトに触れることはない。

背を向けた姿が,やけに薄暗く見える。

何処となく哀愁を感じ取ったアルカは,その場から動かずに呼び止めた。


「無理,してないですか?」

「……」

「私には,あの人のことはよく分かりません。寧ろ,怖いと思ってます。でも,イドさんにとって,とても大事な人だったんですよね?」

「どうしてそれを」

「何となく,です」

「……相変わらず,俺はこういうのが下手だな」


肩の力を抜いたイドリースが,観念して振り返る。

ついさっき見せた微笑は,寂しげなものに変わっていた。


「あいつは,俺といつも一緒にいた弟みたいな奴だった。涙もろい奴で,泣き虫って茶化したこともあったな」

「あの人が,泣く?」

「見えないだろうな。俺もそうさ。どうして,あんなことに……。いや,それ以前にあいつが本当にキューレなら,何で俺を……」


次第に二の句が継げなくなる。

イドリースが思い出すのは,過去の光景。

少女のような容姿で泣き虫キューレと小馬鹿にされていた頃の記憶だった。

かつて少年だった彼は貧民街にいながら,羽虫一匹殺せない優しさを持っていた。

本来そんな考え方で生きていける環境ではなかったが,偶然イドリースと出会い助けられたことで,その後ろを付いて来るようになる。

塵灰の炎を知りながら,一切恐れなかった始めての人物。

イドリースにとっても,奇妙な居心地の良さを感じていた。

更に千年前の戦乱でも,彼は情報伝達役として駆け回っていただけで,直接人を手に掛けたことはなかった。

命の重さを理解しているからこそ,どんな場でも直接奪う行為はしない。

イドリースの知るキューレ・レイフォードはそんな男だった。


それでも,旧人達を殺害したのは彼の仕業だ。

塵灰の炎を相殺する程の力を持ち,人間と旧人の差別を知りながら,動じる様子はない。

千年という時の流れが,思いや人格すら変えてしまったのだろうか。

拳を握るイドリースの考えを察して,アルカが冷静に答える。


「聞くしか,ないと思います」

「聞く?」

「こういう時は,溜め込まない方が良い気がするんです。だから,私もこの研究所から飛び出してきたので。キューレさん,ですよね? イドさんがそこまで言う人なら,きっと本当は優しい人だったはず。それを信じます。私も,本当のことが知りたいから」

「……思ったよりも,ずっと強いんだな」

「つ,強くなんて……イドさんに比べたら私は」

「いや,強いっていうのは,力だけの話じゃないんだ。心の強さって言えばいいのかな」


イドリースは自身の胸を指しつつ,アルカを真っすぐに見る。

人造と呼ばれた彼女の心中は,穏やかなものではない筈だ。

血の繋がった家族はいない。

ましてや自分を造った者が,自分を助けた者と交友があったなど,疑心暗鬼になっても不思議ではない。

だというのに,彼女は道を示した。

互いに話し合うという簡単なこと。

それは,今まで交渉の余地なしと判断した者をなぎ倒してきた英雄にとって,いつの間にか忘れていたものだった。

納得したイドリースは,アルカに向けて頭を下げる。


「年下に慰められるなんて,俺も全然だ。でもありがとう。少し,心構えが変わったよ」

「役に立てて,良かったです」

「うーん。役に立つとか,立たないとか,考える必要はないけどな。別に道具じゃない。ちゃんとした人なんだから」

「人……。そうですね。私は物じゃ,ないんですよね」


特に気を遣った訳でもない,何気ない一言。

そんな彼の言葉に,内に秘めた思いの答えを得たのか,アルカは少しだけ嬉しそうに笑った。


「ありがとう,ございます。それだけで,私は十分です」

「そう言われると,男冥利に尽きるってヤツだ。他に何か思うことがあるなら,何でも言ってくれ」

「……それなら,一つお願いしたいことがあります」


するとアルカは一瞬考えた後,後ろを振り返りながら指を差した。

何をするのかとイドリースは勘繰るが,直ぐに理解する。

彼女が求めたのは,これまで目の当たりにしてきた試験管の群れ。

保存された旧人達の解放だった。


「この人達を,眠らせてあげてください」

「……いいんだな?」

「はい。きっと,皆もそう思っているはずです」


アルカの声が徐々に小さくなっていく。

この中には,彼女の元となった者もいる筈だ。

救いたいという気持ちも当然あるだろう。

ただ生き返ることはなく,このままにしておけば,再び望まぬ形で利用されることになる。

これまで幾度となく繰り返されてきたであろう人体実験。

そこから解き放たない理由はない。

イドリースは彼女の意思を汲み,元来た道を一歩ずつ歩き出す。


「分かった。じゃあ,少し下がってくれ」


彼はアルカをその場から引かせながら,塵灰の炎を生み出す。

黒い灰に赤い灯が広がる。

物言わぬ肉体に語り掛ける言葉はない。

目を瞑ったまま動かない旧人達を見据え,イドリースは一度大きく息を吸った。


直後,目の前の通路全てが焼き消える。

瞬く間の出来事。

牢獄に閉じ込められた彼女達の肉体は,彼の持つ炎によって塵すら残さず消え去った。

燃やすことしかできないその力に,余韻など一切ない。

残ったのは,通路一帯に広がる黒ずんだ焼け跡だけ。


せめて安らかに。

そう思ったイドリースがアルカの方を見ると,思わずハッとする。

彼女は涙を流していた。

呆然としながら,自覚している訳でもなく,無言のまま透明な雫を落とす。

何か感じるものがあったに違いない。

暫くして頬から零れ落ちていることに気付くと,彼女は啜り声を上げた。

今までどうにか抑えつけていた感情が露わになる。


「すみません……。今まで会ったことも,話したこともなかったのに……こんなの変ですよね……」

「いや,そんなことない。それに,溜め込む必要なんてないんだ」


否定することなく,彼は持っていた自前の手巾を手渡した。

千年前の代物だが,涙を拭う位のことは出来る。

アルカは小さく頷いた後でそれを手にし,瞼を覆う。

少しの間だけ,二人はその場から動かなかった。




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