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第7話 造られた命を抱いて




カーゴカルトに敵意らしい敵意は見当たらない。

今まで明確な差別を向けてきた者とは応対が違う。

ただ,決して友好的ではない。

仮面の奥から静かに放たれる威圧感が,二人を包み込もうとする。


「少し,話をしましょう」

「話か。なら聞くけど,アンタがペンタゴンの親玉だな」

「親玉。私は皆にこの場を提供しているだけ。結果的に監視者という立場に置かれていますが,彼らを統治しようとは考えていません」

「……あの通路にあった人達は,お前の仕業なのか?」

「えぇ。その通りです」


言い淀むこともなく即答する冷徹さに,イドリースの目つきが鋭くなる。


「何故あんなことをした。これも差別の一環なのか?」

「差別? 私はそんな理由で彼女達を拉致した覚えはありません」

「だったら,どうして」

「必要だったからです」


簡潔にカーゴカルトはそう言った。

老人のような声が,仮面を通してこもったように反響する。


「私達の目的のためには,旧人達の力が必要不可欠だった。肉体を捨てた人間と違い,紛い物であっても,その身体を宿していますからね」

「訳の分からないことを。要は,お前が殺したってことだろう?」

「殺したことなどありません。ただ使わせてもらっただけです」

「……!」

「あれらは非常に有用なサンプルです。そのまま使い捨てる訳にはいかなかった。旧人の中にも格がある,というべきなのでしょうか」


靴音を鳴らしながら歩き出し,周囲に配備された機材に触れる。

それらがどんな役目を果たすものなのかは分からない。

ただこの男にとって,旧人は今触れている道具と大差がない。

自分にとって利益があるかどうか。

その一点だけを考え,消耗品として扱っている。

加えてこの言いぶりだと,あの場に保管されていた者達以上に,旧人を拉致・殺害した可能性が高い。

同じ姿をした人でありながら,そこに共感や同情はない。

それが,この地を治めるカーゴカルトの価値観なのだ。


「きっと彼女達も喜んでいることでしょう。ただ虐げられるだけの命ではない。呪われたその身が,我々人類の糧となっている。差別などする筈がありません。それ故に,私も敬意を払う意味を込め,あのような処置を施しているのです」

「……どうやら千年後の世界ってのは,相当歪んでいるみたいだな。今まで居眠りしていた俺を張り倒したい気分になったよ」


吐き捨てるようにイドリースは答える。

これ以上,まともな問答が出来るとは思えない。

目の前の男を明確な敵と判断した彼は,アルカを守るように周囲に灰色の炎を生み出した。


「この際,とやかくは言わない。俺達はここから外に出る。邪魔をするなら,消し飛ばすだけだ」

「ふむ。しかし,その娘は置いていってもらいます。元々それは,私の所有物なのですから」

「聞けない相談だな。お前のような下種に,アルカを託す意味がない」


寧ろ彼女を渡すと思っていたのだろうか。

そんな正常な判断すら,男には残されていないのかもしれない。

今までイドリースの服の端を掴んだままだったアルカが,ゆっくりと顔を上げる。

彼女も同じ気持ちだったようだ。

声を震わせながら,表情の見えないカーゴカルトに向けて問う。


「どうして,私の記憶を消したんですか……?」

「……」

「答えてくださいっ……!」

「……何か勘違いをしているようですね。貴方の記憶を奪った試しはありません」

「アルカに拉致される以前の記憶がないことは確かだ。お前に自覚がないだけだろう」


イドリースは憮然とした態度で答える。

他の旧人達と同様,アルカを隔離したのはカーゴカルトだ。

彼女が失った記憶について,何かしら関与しているのは疑いようがない。

そんな二人の言葉から,違和感を悟ったようだ。

得心がいったと言わんばかりに,ようやくカーゴカルトが彼女と視線を合わせる。


「拉致……。成程,そういうことですか」

「……?」

「アルカ。貴方は自分が拉致された身だと,本当に思っていたのですか?」

「何を……?」

「記憶とは非常に脆く,崩れやすい。肉体を造り上げるよりも,形成が困難なものです。私には,それを都合の良いように操作する力はありませんよ」


記憶を消した覚えはなく,改変したこともない。

過去を知らない今の彼女こそ,正常な状態である。

男の言わんとしていることを察したイドリースが,思わず声を出す。


「まさか,お前……!」

「始めから拉致などされていない。この研究所こそ,貴方の始まりだった」

「え……?」

「まだ分かりませんか? 貴方はここで生まれたのですよ」


後方に陳列する試験管から,再び水泡の音が聞こえる。


「正確には,私が造り出した人造旧人。あれらサンプルの集合体ですね」

「人造……」

「傑作ではありませんが,及第点に値する個体だった。実年齢は大よそ半年,といった所でしょうか」

「じゃあ,私のお父さんやお母さんは」

「存在しません。仮に製造者を親として呼ぶなら,話は違ってきますが」

「そんな……」


自身の素性を告げられ,アルカは愕然とする。

彼女には元より帰るべき場所も,血の繋がりを持つ者も存在しなかった。

拉致された旧人達を素体として生み出された人工生命体。

言わばこの男こそ,彼女の父親と呼ぶべき人物だった。

そんなカーゴカルトから,真白な手袋をはめた右手が,ゆっくりと差し出される。


「さぁ,こちらに来なさい。命令に背いて逃亡したということは,私の採点が間違っていたということ。一度解体し,その身体を元に適切な個体を生成する必要がある」


男が所有物と断じていたのは,己が生み出した生命体だからだろう。

父親ではなく,製作者の絶対的な命令。

造られた者である以上その指示に従えと,強い強制力を持った言葉が襲い掛かる。

だがアルカが動くよりも先に,イドリースが遮るように片腕で庇う。

戸惑う彼女と違って,彼は確固とした意志を持っていた。


「行く必要なんてない」

「でも……」

「従順すぎるのも問題だぞ。俺的には,従ってやる義理はなさそうだけどな。それに,奴の所に行けば,どうなるか一目瞭然だ。外の世界を見せるって言ったし,ここで反故にするつもりもない」


人工的に人を生み出す技術など,イドリースが生きた時代にはなかったものだ。

だが命を持った者である以上,それを虐殺の如く奪う権利はない。

千年後の世界であろうと,命の重さだけは変わってはいけない。

彼の言葉に感化されたアルカも一度頷き,踏み出しかけた足を引っ込める。


「悪いけど,そういうことだ。潔く諦めてほしい」

「そうですか。ならば,仕方ありませんね」


交渉は決裂した。

カーゴカルトが伸ばしていた手を降ろした瞬間,イドリースの炎が襲い掛かる。

容赦のない一撃。

不死の身を焼き殺す煉獄の炎が,視界一帯に広がる。

この男相手ならば手加減をする必要もなかった。

周囲の器材諸共,全てを塵灰のものと化す。

研究所の一部を焼き飛ばし,彼の手で収束・消滅した炎の後に残ったのは,燻ぶった燃え残りだけだった。


直後,別の場所に気配を感じ,イドリースは視線を移す。

未だ健在だった研究所の一角に,既に白い霧が局所的に立ち込め,次第に人の形を成していく。

身体を気化させる能力なのだろうか。

数秒と経たない内に,先程と変わらない様子でカーゴカルトの姿が形成される。

そして一言,彼はその炎を懐かしむように声を発する。


「そう,貴方の力はいつも正しかった。イドリース……」

「何……?」


思わずイドリースが聞き返す。

ここは千年後の世界。

英雄と恐れられた彼の存在は,とうの昔に風化した筈だった。

アルカを始めとして,その名を呼ぶ者がいるとは思えない。

答えを聞くより先に,カーゴカルトの腕が動く。


「一度試そうと思っていました。歴代最強と謳われた貴方に,今の私がどれだけ近づいているのか」


瞬間,白衣と手袋で包まれた腕が蜃気楼のように揺らめく。

瞬く間に周囲を覆う白濁の霧へと変貌する。

まるでそれが清廉潔白であることを示すかのように。

危険を察知したイドリースが,反射的に炎を放出しその霧を打ち払う。

アレに触れてはいけないと,本能が理解したのだ。


巻き起こる衝撃波。

黒い炎と白い霧がぶつかり合う振動に,イドリースにしがみ付いていたアルカが,小さな悲鳴を上げる。

既に研究室の内部は殆どが破壊され,液晶パネルも硝子を割ったように崩れ落ちていく。

大規模ではないにしろ,それなりに火力を上げた状態での相殺。

今まで戦ってきた人間達とは格が違うようだ。

放たれた互いの力が相殺し終えると,カーゴカルトが片手で仮面を覆い,少しだけ俯いた。


「やはり強い。私の霧を相殺する者など,過去に遡っても片手で数える程度だったというのに」

「……俺を知っているのか?」

「えぇ,微かに覚えていますよ。塵灰の炎である貴方のことは」


イドリースの問いに,ようやく彼は答える。

頭部を覆っていた仮面をおもむろに取り外し,今まで隠してきた素顔を見せる。

そこにあったのは,しわがれた声以上に老衰を感じさせる顔。

既に肉体的に死亡していても不思議ではない,痩せこけたものだった。

だがその容姿にも,老い故に白く濁った白髪にも,一切覚えはない。

未だに想像がつかず警戒心を増すイドリースだったが,それを見たカーゴカルトがゆっくりと目を細める。


「本当に久しぶりですね,イドリース。いえ,ここは先輩と呼んだ方が分かり易いでしょうか?」


直後,イドリースの脳裏で絡み合っていた線が一つに繋がる。

あり得る筈のない予感を抱き,目を見開く。

彼のことを先輩と呼び慕う者。

そんな人物は,過去で知る中ではたった一人しかいない。


「まさか……キューレなのか……?」


千年前,封印されたイドリースを唯一助けようとした少年。

その名で呼ばれた老爺は,問いに答えるよう静かに笑った。




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