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第17話 受け継がれた素体




チェインは隔離室の一角,何もない壁まで足を進めると,そこに手を触れる。

すると壁が自然に開き,先に巨大な通路が姿を現した。

所謂隠し通路である。

恐らく緊急時でないと使用できないモノだろう。

三人が息を呑む中,チェインは無言で通路の先を進んでいく。

罠という可能性もあったが,他に向かうべき場所もない。

先ず始めにアルカが彼の後を追い,他の二人も続けて動き出した。

ただ突如現れ三人を案内するチェインに,エクトラは不信感を拭えないようだった。


「アルカ……あの人は?」

「チェインさんって言って,私がいたペンタゴンからイドさんを追って来た人だよ。ゲインに乗り込んだ時も,私はイドさんと一緒にあの人と話し合ったことがあるの」

「そう,だったんだ」


ゲイン戦で,エクトラはチェインと対面していない。

粗暴そうな風貌も相まって,警戒するのも無理はなかった。

アルカの言葉を信じたものの,仮に反抗された時のために,いつでも動けるように微かに電撃を身に纏っている。

そんな様子を尻目に,チェインは思い返しながら呟く。


「シャドウの奴は暴走しかけていたからな。俺達が止めても聞く耳を持たなかった。しまいには此処の旧人達を皆殺しにしそうな勢いだったんで,別の場所に移したんだよ」

「別の場所?」

「まぁ,デカい倉庫みたいな場所だ。輸送船に積む荷物を一時的に保管する所だな」

「だから,誰もいなかったんですね」

「……で,シャドウはお前達がやったのか?」

「あたしだよ。あたしが,吹き飛ばした」

「そうか……ってことは,イドリースが上の塔で連中の気を引いているって訳か」


微かに上層の方で振動が起きる。

今もイドリースは単身でエリコの脅威と立ち向かっているのだろう。

複雑な様子のままチェインは見上げていた視線を元に戻す。

どうやら彼も,シャドウの事は知っていたらしい。

一時的でもゲインの属していたのだから,顔見知り以上の仲だったかもしれない。

だがアルカ達に激情をぶつけることもなく,歩みを止めようとはしなかった。

今まで黙っていたアウグスが,ようやく疑問を口にする。


「アンタは,どうしてオレ達の味方をするんだ? 人間なんだろ? ここにいる人間達は,全員俺達に冷酷だった筈だ」

「勘違いするなよ。味方になったつもりはねぇ。ただ,俺も正しいことと間違っていることが何なのか,見極めなくちゃいけねぇと思っただけだ。お前達も,自分が正しいと思ってここまで来たんだろう?」


チェインは問いを返した。

ただ,僅かな迷いは抱いているようだった。

どちらの側にいるべきなのか,何が真実なのか。

アルカ達の行動を見届け,自分なりの答えを出そうとしている。

人間には敵対心を抱くアウグスだったが,チェインの言葉に強い意志を感じ,それ以上の反論はしなかった。

皆,沈黙のまま先導する彼の姿を追っていく。


ほの暗い隠し通路を抜けた先は,見覚えのない建物内が待ち受けていた。

隔離室のあった場所とは別の建物に続いていたようだ。

辿り着いたのは,先程チェインが仄めかした倉庫のような場所。

二階建てかつ吹き抜けの構造で,要所要所に様々なトランクが積み上げられている。

床には細いレールが敷かれ,レール上には物を運ぶためのトロッコらしきものが何台もゆっくりと動いていた。

どれも自動で動く,所謂機械の部類。

チェインはアルカ達を手招きしながら,荷物に隠れる形で移動していく。

彼女達もそれに従った。


隔離室と同じくこの建物内にも監視カメラは存在する。

だが今はイドリースの奇襲や,シャドウの暴走などによって場が混乱している。

アルカ達の潜伏に気を払う者はいなかった。

そうして慌しく動いていた一人の職員が,チェインに気付き足を止める。


「おいお前! チェインとか言ったな!? さっきの爆発,何か知っているか!?」

「さぁ,俺はここに来たばかりだから良くは知らねぇが」

「クッ……! 使えない奴だ……!」


隠れていたアルカらに気付く様子もなく,男は去っていく。

しかし,チェインへの対応は随分と雑なものだった。

もしかすると不遇の立場を負っているのかもしれないと,アルカは察して礼を言った。


「ありがとうございます,チェインさん」

「お前に礼を言われる筋合いはねぇ。とにかく静かにしてろよ。お前達と一緒にいる所がバレたら,俺も余計に立場が悪くなるからな」


特に気にする素振りも見せず,一言忠告するだけだった。

彼も自分が行っていることがどれだけ危険なのか,理解した上で手を貸しているのだ。

当然困惑する面もあるが,そのまま皆が道標となる彼に続く。

動く機械や荷物の間を潜り抜け,何度目かの人目をやり過ごす。

一体何処に向かっているのだろう。

気の抜けないまま十数分が経った後,チェインは不意に足を止めた。


「ここだ」


三人が見上げると,そこには鋼鉄の巨大な扉が待ち受けていた。

明らかに大量の貨物を運び入れるための構造だった。

チェインは周りに誰もいないことを確認し,扉の近くにあったスイッチらしきものを何度か押す。

すると巨大な扉に付随する小さな扉が,スライドする形で道を開ける。

無言でチェインが入っていくのを見て,三人も互いに頷きながら扉を潜った。


目の前に広がっていたのは,奥行きが何百ⅿもあるトンネルだった。

円形の空洞を彷彿とさせ,周りには得体の知れない装置が,得体の知れない音を出しながら動き続けている。

ここがチェインの言う,倉庫なのだろう。

だが,既に内部には一人の人間がいた。

機械の端末を操作し,入ってきたチェイン達の姿に気付く。

思わずアルカ達は身構えたが,よく見るとその者はこれまた見知った人物だった。


「おい,トム。首尾はどうだ?」

「あ,先輩! カメラの方も弄っておいたんで,上々っす!」

「悪いな,お前にも手伝わせて」

「問題ないっすよ! 先輩がしたいことを,僕は支えるだけっす!」


チェインと共に行動していた,紫の短髪が目立つファントムという青年。

アルカ達を見て,迎え入れる様な雰囲気すら感じる。

彼もまた,旧人解放の協力をしてくれるのだ。

そんな中,見覚えのあったエクトラが思わず目を見開く。


「あなたは……」

「やぁやぁ,名も知らない旧人さん。また会ったっすね」


多少困惑するエクトラに向けて,彼は意気揚々と片手を挙げる。

アルカがチェインを知っていたように,こちらもお互いが顔見知りだった。

奇妙な関係で繋がっていることを実感しつつ,アルカは倉庫内を見回す。

すると,ファントムの傍らには数人の男達がいた。

彼らは黒い鎖で全身を縛られており,身動き一つ取らない。

眠っているのか,意識がないようにも見える。


「この人達は?」

「少しだけ縛らせてもらった。俺の鎖はあらゆる力を封じる。相手が人間だろうと,意識を封じて拘束することは出来るんだよ」

「い,良いんですか? こんなことをして……」

「奇襲を掛けた形だから,コイツらも誰に襲われたのかは理解してねぇよ。心配しなくとも,目が覚めれば俺は,お前達がやったって言い張るつもりだからな」


悪びれる様子もない。

元々この倉庫はチェイン達の管轄ではない。

イドリースが攻めてきたことを知って,ここまでのことをしたらしい。


「それよりも,お前達が探しているのはアレだろ?」


余計な問答が始まる前に,チェインは倉庫の奥を指差す。

見るとそこには,人一人が入れる程度の巨大な試験管が縦に並べられていた。

管の下部には支えるような形で妙な機械が備わり,ランプを灯している。

全てで数百は届く,かなりの数である。

そして内部には何者かが閉じ込められていた。

嫌な予感を抱いたアルカ達は,恐る恐る試験管に近づく。

そしてその内部を見て,真っ先にアウグスが声を荒げる。

チェインが示した通り,彼の仲間達が囚われていたのだ。


「ッ……! これは一体……何なんだ……!?」

「落ち着けよ。眠っているだけだ。下手に騒がれても面倒ってことで,催眠ガス……だったか? 何かそんなので意識がねぇんだよ」


眠らせたのは彼らではないため,正確なことは分からない。

兎に角,アウグスが仲間達の生死を見て回る。

試験管の硝子越しだったが,確かに全員が呼吸をしている。

命の別状はなく,本当に眠っているだけだった。


「皆……本当に無事みたいだ……」

「こっちの人も,大丈夫みたい」


別の試験管を確認していたエクトラも同じように判断する。

ただ,その場の光景は異様だった。

輸送されるとはいえ,全ての旧人が実験動物の如く眠らされている。

アウグスやエクトラは,今まで見たことのない状況に言葉を紡げずにいる。

しかしアルカは一人,その有様に既視感を抱いていた。


「この試験管……何処か……」

「そうだな。何処かに運ばれる予定だったらしいな。まぁ,何処に送られるかまでは,分からねぇが」

「はこ……ばれる……?」


突如,アルカの全身に鳥肌が立った。

旧人の輸送。

旧人を格納する試験管。

そして,実験。

気付いてしまってはいけない何かが,そこにある気がした。

彼女の変化を知らぬまま,アウグスがチェイン達に問う。


「なぁアンタ。もし,知っていたら教えてほしい」

「あん?」

「ユーリエ……オレと同い年位の,黒髪の女の子を知らないか?」

「……?」

「一年前位に,急にいなくなったんだ。もしかしたら,今の皆と同じようにここに連れ出されたのかもしれない」


全員の無事は確認できた。

残すのはユーリエの安否だけ。

まだ見ぬ彼女も,この倉庫の何処かにいるかもしれないと,そんな期待があったのだろう。

だが問われたチェインは首を捻るばかりだった。


「俺がエリコに来たのは最近だ。一年前の事なんて知らねぇな」

「そう,なのか……」

「仮にコイツらと同じ状況だったなら,やっぱり別の場所に運ばれたんじゃねぇか?」

「……別の,場所?」


そこまで聞いていたアルカは,徐々に顔色を悪くしていく。

嫌な予感が現実になるような錯覚。

エクトラが彼女の異変に気付き,歩み寄って来る。

同時に機械を操作していたトムが,思い出したように懐から冊子を取り出す。


「もしかして,これのことっすかね?」

「……旧人の輸送記録?」

「さっき,倉庫の中で見つけたものっす」


見慣れない表の数々が書かれた紙束。

エリコ内に隔離されている,旧人の貸出が記録されているものだった。

当然アウグスに心当たりはなく,反射的に手を伸ばす。


「貸してくれッ!」


ファントムから奪い取るように,その冊子を手に取る。

パラパラと流し読みしながら目を通していく様を,皆が黙って見届ける。

次第に,彼の表情が驚愕の色に変わっていった。


「ここにある名前……昔死んだ仲間達のものばかりだ……!」

「そ,それって,どういうこと!?」

「わ,分からない! 一体何が……!」


反転外壁エリコには旧人が長い期間,幽閉されていた。

その間に寿命で死んでいった者もいる筈だ。

そんな者達が,全て輸送記録に残されている。

何故,死人を運ぶ必要があるのか。

誰もが疑問を抱く中,再びファントムが口を開く。


「多分,すけど」

「トム,何か分かるのか?」

「はい。これは偽装だと思うっす」

「偽装……?」


コクリ,と頷き彼は続ける。


「生きた旧人を運ぶために,此処の人達が死んだことにしたんだと思うっす。そうでなければ,わざわざ死者を輸送記録に記す意味がないっすよ」

「な,何が言いたいんだ……?」

「アウグスさん,ここに名前が書いてある人達は本当に死んでいたんすか?」

「その筈だ! 俺だけじゃない! 今まで死んだ仲間達は全員,俺達で息が止まっていることを確かめた! きっと寿命だと言われて,何人も奴らに持っていかれたんだ!」

「死んだ人達を埋葬した所も,しっかりと見たんすか?」

「……!」


アウグスは言葉を失う。

それは彼の質問に否定の意を示すものだった。


「恐らく仮死状態にされたんすね。食事か何かに薬を盛られてたんすよ。そこを体の良い言い訳で運び込んだ,そういうところっす」

「馬鹿な……!」


つまり寿命で死んだと思われていた者は,全員別の場所に生きたまま輸送されていた。

此処にいる旧人達のように,試験官に格納され運ばれていたのだ。

新たな事実を知り,言葉を失うアウグス。

呆然としたままページを捲り続けるが,遂にその名前を見つけてしまう。


「ユーリエ……」

「っ!? まさか……!」

「彼女の名前が……ここにある……」


大よそ予想されて然るべきものだった。

ユーリエという少女は,この倉庫に連れられた。

失踪したのも,エリコの職員達が秘密裏に行った偽装工作だったのだろう。


「急遽手続きが行われたため,秘密裏に輸送を開始……。本来死亡とさせるところを失踪扱いとして周知……」


ひたすら呆然と語る彼を見て,エクトラが身を乗り出した。


「行き先は!? 場所が分かれば助けに行くことだって……!」


運ばれただけで,死が決まった訳ではない。

エクトラが言おうとしていることは,誰もが分かっていた。

しかし記載されていた輸送先は,想像とは違っていた。


「五角塔・ペンタゴン」

「え……?」

「行き先は,そう書いてある。一体,何処なんだ……!? ペンタゴンって……!」


ペンタゴンを知らないアウグスは,片手で頭を抑える。

しかし,その反応は彼だけだった。

エクトラはハッとしてアルカの方を振り返り,当の彼女は青ざめたまま視線を降ろしてしまう。

状況が分からないチェインは,何だと言わんばかりの声を出す。


「ペンタゴンは俺達の出身地だが……なぁ,トム?」

「そうっすね。カーゴカルト様が管轄していた地。イドリースさんや,そこにいる彼女もそのペンタゴンの生まれっす」


冊子を見ていたアウグスが顔を上げる。

続いてエクトラが,恐る恐るアルカに問い掛けた。


「ねぇ,アルカ……ペンタゴンって……」


彼女は何も答えられない。

予感は的中していた。

ユーリエが何処にいるのか,既に察していたのだ。

その様子に気付いたアウグスが,慌てながら掴み掛って来る。


「なぁ! もしかして,ユーリエの事を知っていたのか!? 教えてくれ! 彼女は今,何処にいるんだ!?」

「っ……」

「ど,どうして黙っているんだ……? 何か,何か言ってくれよ……!」


次第に焦りの感情すら現れ始めるが,アルカは目を逸らしたまま何も言えない。

答えられない。

自分の口から明かすには,あまりに恐ろしいことだったからだ。

代わりに二人を見ていたファントムが,ゆっくりと沈黙を破る。


「そういう……ことだったんすね……」

「トム,どうした?」

「先輩,分かったんすよ。ユーリエという女性が,今何処にいるのか」


アルカが見上げると,彼は意味深な視線を二人へ送っていた。


「だめ……それは……」


明かしてはならない。

だがその願いも空しく,彼が指した指がアルカに向けられた。


「そこっす」

「そこって……何処に……」

「彼女っす。そこにいるアルカという旧人が,ユーリエさんを受け継いでいたんすよ」

「は……?」


アルカは多くの旧人を素体に生み出された人造旧人。

そしてユーリエは,その実験場に送られていた。

疑う余地もない。

二つの線が今,繋がろうとしていた。




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