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第16話 光と闇の戦い




「貴様だけは絶対に許さない! その薄汚れた生首を晒し上げて,あの人への手向けにしてやるッ!」


銀色に覆われた裏側の世界に,シャドウの叫びが響き渡った。

同時に,彼の周りに大量の影が蠢きだす。

質量と物体の性質を持った,影という名の塊。

それらは何十もの触手のように分裂。

彼の狂乱した精神に呼応するように,震えながら辺りを這いずり回った。

狙いは勿論,旧人であるエクトラである。

怨敵を殺そうと,全ての影が一斉に動き出す。


当然,彼女も捕まる気は一切ない。

手中から雷を放ち,迫りくる影達を相殺する。

闇の底から這い出る様なソレらを,一筋の光が打ち消していく。

元々エクトラの力は光を纏っている。

影を操るシャドウには,ある程度の優勢が働いていた。


この調子ならば押し切れるか。

そう思ったエクトラだったが,次の瞬間に一つの違和感を抱く。

何かが自分の身体に迫りくるような感覚。

虫の知らせ。

反射的に彼女がその場を見下ろすと,いつの間にか複数の影が両足に纏わり付こうとしていた。


「これって……!」


向かってきた影は全て撃ち落とした筈。

思わず後退するエクトラだったが,その影は何処までも追って来る。

彼女の動きに合わせて,同じように移動してくる。

そこでようやく気付く。

シャドウはエクトラ自身の影を操っていたのだ。

何処へ逃げようとも,光ある限り影は彼女の姿を映し出す。

足元の影は,そこから生成されたものだった。

喉元を突き刺そうとするソレを寸前の所で消滅させた彼女は,再び警戒心を尖らせる。


「危なかった……。あたしの影を武器にしてくるなんて……」

「逃げても無駄だ! 貴様はテリトリーに入った! お前自身の影が,お前を何処までも追い続ける!」


シャドウは既にエクトラの影を捕捉していた。

恐らく捕捉した瞬間から,対象の影を永続的に操作することが出来るのだろう。

影に映る限り,逃げ切れる場所はない。

常に刃を突き付けられているかのように,漆黒のソレが這い寄り続ける。

たが,エクトラに焦りはなかった。


「だったら,こうするだけ!」


そう言い切ると共に,新たな電撃を生み出す。

辺りを暗ませる程の強烈な光が放たれる。

狙いは自分自身。

影が存在しなくなれば,シャドウも何も出来ない。

電撃を全身に帯電させることで,己を映す影を全て打ち消したのだ。

その様を見て,彼は唸り声を上げた。


「何故だッ? 何故,下級種族如きがそんな力を扱える?」

「……」

「光だ。貴様が操っているのは稲妻の光。俺の影を尽く掻き消していく。だが,そんなことは許されない……許される筈がない……。まるでお前が脚光を浴び,俺の力が暗闇に蠢く日陰者のようじゃないか……! 馬鹿な! そんな馬鹿なことがある訳がないんだッ!!」


苛立たしくシャドウが頭を掻きむしる。

そしてその感情のうねりが,大きな隙となった。

エクトラは一瞬の間を見抜き,彼に向けて一直線に突撃した。

帯電していた電撃の一部を槍に変貌し,両手で前方に突き出す。

電光石火の如くの一撃だった。

シャドウも高速で迫る彼女に対応しようとするが,間に合わない。

回避し損ねて,右肩に槍の一撃が突き刺さる。


「貫けッ!」

「グウッ……!?」


衝撃波と共に,シャドウが後方へ吹き飛ばされる。

旧人を隔離していた室内の壁に激突し,そのまま力なく倒れる。

一応,エクトラは手を抜いていた。

イドリースから,可能な限り被害を減らす方針であると聞かされていたからだ。

戦闘不能程度に収めておけば,わざわざ向かってくることもない。

しかし,彼は立ち上がった。

重い一撃を受けても尚,シャドウは戦いの意志を折らなかった。


「やっぱり……やっぱり,お前のせいだったんだ」

「……」

「あの人は……テウルギアさんは成し遂げようとしていたんだ。どんなに身を汚そうとも,貶めようとも,それでも呪いの根源を絶とうとしたんだ。俺も同じだった。900年前の惨劇から,あの人を解き放つことが出来れば,きっと何かが変わるって思っていた……。それを……それをお前達が殺したんだ……! あの人の無念を,お前達が踏み躙った……!」


彼の周りに,影の触手が生み出される。

色はどす黒く,あらゆる悪感情を混ぜこぜにしたようだった。


「お前達は存在そのものが罪なんだ! その事実から目を背けて,また此処に現れた! だったら,今度は俺の番だ! お前達を殺して! あの人の願いを叶える!」

「あたし達は,自分の事を罪だとは思わない。思ってない。誰にも等しく,生きる権利がある筈。それを望むのが悪いことなの!? 罪になることなの!? もしそうなら,あたしはその考えを変えなくちゃいけない!」

「このッ……下級種族如きが……ッ!」


エクトラの反論も意味をなさない。

激情に駆られたシャドウの頭上に,暗雲が立ち込める。

それらは周り全て触手が集まったものであり,隔離室全ての天井を覆い尽くしていく。

今までにない規模の力を感じ,彼女は身構えた。


「これって……!?」

ツェル大雨レーゲン!」


力を振るう言葉と共に,暗雲から大量の雨が降り始めた。

一切の隙間なく,銀色の世界が黒く塗り潰される。

加えてそれらは,ただの水滴ではない。

全てが物質化した影,漆黒の針だったのだ。

高速で降り注ぐ黒針は,人体を容易に貫く。

一つ受けるだけでも,かなりの傷を負うことになるだろう。

エクトラは目視すると同時に,電撃を頭上に展開。

雨の全てを防ぎ切るように,防御壁を形成した。

落下する数多の水滴を雷の結界が防ぎ切り,蒸発する音が幾つも鳴り響く。


影を打ち消す電撃は,本来は天敵とも言える存在だ。

しかし双方の力は拮抗している。

エクトラも余裕綽々に防御しているわけではなかった。

これはシャドウが抱く狂気が原因。

人間の力は意志の強弱によって変わるという特性が,彼を今まで以上に強化させていたのだ。


影の豪雨が止み,空気が震撼する。

鏡の世界とは言え,隔離室の状況は荒れ果て,地面は多数の穴が開いていた。

無論それらの惨状は,この世界の特性故に徐々に修復していくが,そうするだけの威力があったことを見せつける。

罅が入りつつある防壁を解除しつつ,エクトラは相手の力に多少なりとも圧倒される。


「なんて力……!」

「串刺しだ! 串刺しにしてやる!」


あれだけの力を振るっておきながら,シャドウに衰えは見られない。

不老不死の肉体故か,恨みの感情が次から次へと湧き上がっているからか。

時間を長引かせると,力に任せて押し切られるかもしれない。

悟ったエクトラは防御の陣形を止め,攻めの態勢に転じる。

手にしていた雷の槍に力を集中させ,更に威力を高めた。


予備動作なしに,シャドウの影が襲い掛かる。

先程の大雨程ではないが,十数もの影が彼女を串刺しにしようと直進する。

代わりにエクトラは,再度彼に向けて高速の突進を繰り出した。

一瞬だけ頬に掠り傷を負うが,気にする余裕はない。

影の群れを掻い潜り,一気に距離を詰める。

先程と同じ攻撃方法だが,狂乱する相手に見切られる心配はなかった。

奇しくも,先程傷を与えた肩と同じ場所を,雷の槍が刺し貫く。


「グワアアアッ!?」


全身が痺れ,シャドウが叫ぶ。

同じ場所を貫くつもりはエクトラにはなかったが,彼の右肩は朽ちかけている。

皮一枚で右腕が繋がっている状態。

今も蒸気を発しながら修復し始めているが,完治するには時間が掛かるだろう。

それまでに一気に畳みかける。

彼女は攻めの姿勢を崩さなかったが,それに甘んじるシャドウではなかった。

彼は取れかけた右腕を左手で掴み,一気に引き離す。

邪魔なものを払いのけるように,自らの腕を引き千切ったのだ。


「グッ……ガアアアァッッ!」

「え……!?」


突然の自傷にエクトラが驚き,手を止める。

その有様は,最後に戦ったテウルギアが取った行動と全く同じだった。


「殺してやる! コロシテヤル! コロシテヤルッ!!」


片腕の欠損すら意に介さない。

四肢をもがれようとも,向かってきそうな気配すらある。

直後天井を覆い尽くす暗雲が訪れる。

先程の大雨が再び発生しようとしているらしい。

あれだけの大技を連発できるのか。

最早手段は選んでいられないと,エクトラは槍の輝きを増長させる。


「こうなったら……!」

ツェル大雨レーゲン!」


暗雲が蠢き,漆黒の針が何百も降り注ぐ。

エクトラは再び防御の姿勢を取り,耐え凌ごうとした。

しかしその直後,異変が起きる。

エクトラを庇うように,小さな裂け目が幾つも現れたのだ。

その裂け目は降下する影の針を全てのみ込み,別の場所へと転移させる。

これは狭間。

アルカの能力によって生み出される,現世と鏡の世界を繋げるもの。

エクトラは瞬時に気付いたが,シャドウは大技を無効化されたことで一瞬だけ戸惑う。


「何ッ……!?」

「おい! こっちを見ろ!」


直後,彼の背後に忍び寄る者がいた。

退避した筈のアウグスである。

彼は思い切りシャドウの頭を掴み上げると,手に力を込める。

その腕には人間達から取り上げた武具,スカラの腕輪が備わっていた。

腕輪から発せられた高熱が,シャドウの頭に直撃し焼き焦がす。


「ゲガアアァァァ!?」


痛みはない筈だが,彼は悲鳴を上げた。

だがその悲鳴も直ぐに消えてなくなる。

高熱の光線によって,シャドウの頭が吹き飛んだからだ。

無論,不老不死なのでこの程度で死ぬことはない。

血も出ることはない。

裂けた縫い包みのように,ただ右腕と首を失くした身体が,ヨロヨロとその場に立ち尽くすだけだった。

呆気に取られたエクトラは,駆け寄ってくる新たな足音を聞く。

足音の主は,アウグスと共に撤退した筈のアルカだった。


「二人共,戻ってきたの!?」

「あんまりにヤバそうだったんで,助太刀に来たんだ!」


エクトラの危機を察知して,奇襲をかけたらしい。

影の大雨を防いだのも,アルカのお蔭だったようだ。

確かに結果的には助かったが,懸念すべき点もあった。

先程の大雨を呑み込んだ裂け目。

あれは現世と鏡の世界を繋げるためのもの。

つまりシャドウの大雨は消えたのではなく,元の世界に弾き出されたということ。

向こう側にそれらの雨が降り注ぎ,何らかの爆発が起きていてもおかしくはない。


「でも今の攻撃……元の世界に全部吐き出したんじゃ……」

「万が一を考えて,エクトラさんが倒れることだけは避けなくちゃいけなかったの。元の隔離場には誰もいなかったし,これで防ぐことが出来るなら,って」

「……」

「エクトラさん,今の内に……!」

「……分かった」


確かに先程の大技が放たれていたら,受けきれていたか分からない。

何よりも避けるべきなのは,誰かが一人でも欠けること。

彼女達は全員の無事を前提に,今戦っているのだ。

エクトラはアルカの誘導に従い,再度槍を振るった。

狙いは首なしのシャドウ。

未だ再生が追い付かない彼に目がけて,槍の先から雷の渦が放たれる。


「吹き飛ばす!」

「ッッ……!?」


加減はしなかった。

麻痺と消滅を合わせた彼女の力が,シャドウの全身を呑み込み,遥か向こうへと吹き飛ばしていく。

次いで,アルカが狭間を開いて元の世界へと追いやった。

吹き飛ばされたシャドウは,雷の渦に呑まれながら次々と建物の壁を突き破る。


「何だ!? 一体何が起きている!?」

「影の群れだけじゃない! 急に雷が……漏電か!?」


先程の爆発も合わせて,元いた世界ではエリコの住人たちが戸惑いの声を上げていた。

そうしてシャドウは地下都市の外,瀑布の向こうへと叩き落される。

叫ぶことも出来ず,深い滝つぼの底へと落下していった。


「やったか?」

「多分,ね」

「エクトラさん。その怪我,大丈夫ですか……?」

「問題ないよ。掠り傷だから」


エクトラは頬から流れる血を拭いつつ,大事ないことを伝える。

同時に,小さなサイレンが室内全域に鳴り響く。

影の大雨による余波で,何処かの異常検知システムが作動したのだろう。

他の人間達がやって来るのも,時間の問題だ。

緊急性を煽る音声が,三人の心を騒がせた。


「それより,何か手掛かりが掴めた?」

「ううん。色々探してみたんだけど……ここの人達が何処に行ったのか,全く分からなくて……」


シャドウと戦っている僅かな間,アルカ達は鏡の世界で手掛かりを探したものの,目ぼしいものは見当たらなかった。

足取りも,それらしい気配もない。

忽然と,この場にいる筈の旧人が全員消失した。

そう思えても仕方ない状況に,アウグスは思わず呟く。


「この感じ……ユーリエが消えた時と同じだ……」

「まさか……」


とにかく,再び鏡の世界に戻るべきだ。

行動に移そうとした瞬間,相変わらず暗闇だった隔離室に何者かの気配が現れる。

吹き飛ばされたシャドウではない。

エクトラが帯電していた光によって,その姿が映し出される。

三人が振り返った先には,見覚えのある人物がいた。


「やっぱり,お前だったか」


ガラの悪そうな金髪青年。

微かに鎖の音を鳴らしながら歩み寄るその男は,ペンタゴンからイドリース達を追って来ていた者の一人,チェインだった。

初対面なエクトラとアウグスは,臨戦態勢を取ろうとする。


「敵!?」

「ま,待って下さい! この人は,敵じゃないです!」

「何だって?」


だがアルカが二人を止めた。

彼とは一度,ゲイン内部で話し合っている。

その時の思いも,理由も全て告げている。

あの場で矛を収めた彼ならば,敵対することはないかもしれない。

加えて本当に危害を加える気なら,わざわざ姿を現したりはしないだろう。

それを証明するように,チェインはアルカを真っすぐに見据えるだけで,攻撃の一切を取らなかった。


「旧人……いや,名前はアルカだったな?」

「そう,です。まさか,貴方が此処にいるなんて思いませんでした,チェインさん」

「何処かの誰かのせいでな。お蔭さまで酷い目に遭った」

「……」

「チッ……そんな顔すんなよ,面倒くせぇ」


もの悲しそうにするアルカに対して,煩わしく視線を背ける。

しかしそれも一瞬。

皆に目を合わせないながらも,チェインは静かに言う。


「お前達の目的は,此処にいた連中の解放だろ?」

「……!」

「ついてきな。案内してやる」


アルカ達が呆気に取られる中,彼は警報の鳴る隔離室をゆっくりと歩き出した。




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