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第7話 再突入,機動要塞ゲイン




「テウルギアの要塞を乗っ取る!? 本気で言っているのか!?」

「100㎞離れた大瀑布に行くのなら,アレ以上に適した乗り物はありません」


その日の夜,集会場で再び集まったイドリース達は,今後の動きについて皆と話し合いを行っていた。

大瀑布へ向う為に最善の手段。

それが旧人殲滅を担う要塞の奪取であることに,皆が驚きを隠せないようだった。

何故なら乗っ取るということは,あの要塞を動かすという意味だからだ。

それまで話を聞いていたエクトラも,実際に要塞に乗り込んだ側として,彼の提案に戸惑いを抱く。


「確かにあそこにいた人間は全員撤退して,誰もいない筈だけど……。あたし達じゃアレは使えないよ……?」

「そこは同型の彼女に任せようと思う」

「同型って,もしかして……」


全員の視線が一斉に一つの場所に集まる。

イドリースの傍にいる機械人形が,羽を動かしながらペコリと頭を下げた。


『機動要塞ゲイン。実際に赴かなければ分からない点もありますが,ワタシと同じ機械であるなら,直接操作ができるでしょう』


イオフィの話によると,微弱な電波を解析した結果,起動要塞ゲインの構造はそれ程複雑なものではないらしい。

人間がメンテナンスを出来るように,命令が簡略化されているとのこと。

彼女の言葉は専門用語が多すぎて,イドリースにも理解出来なかったが,取り敢えず動かすだけならば可能なようだ。

900年前に製造された古代機械でありながら,自らを高性能と豪語するだけのことはある。


「もう一度聞く。イオフィ,君は人間と旧人の状況を知った上で,俺達に力を貸してくれる。そういう認識で良いんだな?」

『はい。与えられたデータを収集および考察した結果,あなた達が虐げられる理由は皆無であると判断しました』

「その理由は?」

『今の人間は不老不死。肉体がないため,旧人による感染を危惧する必要がありません。彼らがあなた方を殺害する理由は,既に失われています』


未だ立場がハッキリとしないイオフィは,今までのデータを解析して持論を展開する。

900年前,人間にはウィルスに感染した旧人を打ち倒す理由があった。

人類存亡のため,これ以上の犠牲を増やさないため,という大義名分があった。

しかし時が経った今,その道理は失われている。

既に人間は肉体の殻を破り,感染することがない。

彼らにとって,旧人は驚異になり得ない存在。

虐げる理由も,根絶やしにする理由もありはしない。


『今の差別に正当性はないと判断します。これが,ワタシがあなた方に協力する理由です』

「……機械だって言うなら,元は人間に造られたんでしょ? 造った側に行こうとは思わないの?」

『製造者が人間であっても,理由がないのなら付き従うこともありません。ワタシは命令ではなく,自身で思考し行動する高性能の自動人形なので』

「高性能……?」

『……何故,不思議そうな顔をするのでしょうか? ワタシが高性能であることは,データベースに存在する,列記とした事実です』

「はぁ……」


とは言え,彼女が人間から造られた機械である事に変わりはない。

未だイオフィを信じ切れないエクトラは,複雑な表情をしながらイドリースの方を見る。


「本当に連れて行くの?」

「里に残すよりも一緒に行動させた方が良い」

「……まぁ,そうかもだけど」


監視する目的も含めて,イオフィは今回の件に同行させるつもりだ。

里に預けても扱い切れないため,そこを否定する意見はなかった。

救助に向かうメンバーは,テウルギア戦を経験したイドリース,アルカ,エクトラにイオフィとアウグスを加えた五人だ。

聞く限り大瀑布は人間の領土内であり,テウルギア戦以上の戦いを強いられる可能性がある。

戦力を分ける余裕はない。

だが,それによる里の手薄さを危惧する者もいた。


「しかし君達がいなくなると,戦力的に不安が残るな」

「それについては,自分の力を半分残していきます」

「半分……?」


意味深な事を言いつつ,イドリースは手のひら程度の大きさがある赤い宝石を取り出す。

その宝石の色は炎を宿すように渦巻いており,生命の脈動を感じさせた。


「塵芥の炎から抽出した,里の結界を制御している石です」

「いつの間にこんな物を……」

「今展開している結界を,俺の意志や意識に関係なく単独で行使できるように改変しています。これを皆に託します」

「私達でも使えるのか?」

「使う。というよりは,日の当たる場所に置いておくだけで結構です。後は勝手にこの石が,結界を制御してくれるので」

「またこれは,とんでもない代物だな……」


例えイドリースが戦闘不能になろうと,常時発動する遠隔自立型の結晶。

当然彼の力を分離させたものなので,現状の力は半減する。

しかし,これは万一の可能性を考えた結果である。

半減した分は,仲間達と共に補えばどうということもない。

結界を宿す炎石を受け取った里の者達は,互いに顔を見合わせつつ,もう一度救出作戦の概要を再確認する。


「それで,捕らわれている同志達を取り戻して,里まで戻ってくる。それが最終目的でいいのかい?」

「いえ,少し違います」

「違う?」


イドリースが首を振ったので,エクトラが真意を問う。


「どういうこと?」

「仮に皆を解放して,里に戻って来たとしても,彼らがそれを見過ごす筈がない。きっと是が非でも追いかけてくる。そうなれば,状況は変わらないどころか,里の場所が見つかってしまって戦況が余計に悪化する」

「言われてみれば……大人数で移動するなんてこと,奴らに気取られないまま出来るなんて思えない。テウルギアの時も,それで見つかったし……でも,だったらどうすれば……」


捕まっている旧人達を取戻して里に帰還しても,現状に変わりはない。

旧人が淘汰されることが常識となっている今,彼らの追随を許してしまうかもしれない。

それを防ぎ,状況を打破できるような新たな作戦が必要だ。

皆が見当も付かずに押し黙る中,イオフィが推測を基に答えを導き出す。


『占拠,ですね?』

「そう。大瀑布の地下都市を俺達の手で鹵獲する」

「な……!?」


旧人を解放するだけでなく,その地下都市を占領する。

それがイドリースの考える最終目標だった。

彼の意見を聞いた殆どの者が,想像の斜め上を行かれて言葉を失う。


「君は大概だと思っていたが……。まさか,そんなことを言い出すなんて……一体それに何の意味が……」

「言わば,これはチャンスなんです」

「チャンス?」

「十傑達を含めた人間と戦っても埒が明かない。消耗戦になってしまえば,どうなるか分からない。俺達がやるべきなのは,人間の打倒じゃない。彼らと和平を結ぶ事なんです」


イドリースは冷静な態度で,周りの人々に言い聞かせた。

旧人を救い出すことは,勿論最優先事項だ。

しかし広義的な意味で見ると,地下都市から解放するだけでは救った事にならない。

千年前の戦いでもそれは同じだった。

他国からの脅威を免れるには,代表者同士が不可侵条約を結ばなければ成立しない。


「相手が話し合いに応じるには,それ相応の状況を造り出さないといけない。それこそ,彼らに大きな衝撃を与えるようなことを……」

「それが,人間の領土を奪い取ることなのか?」

「あくまで一時的に占領するだけです。双方の被害は極力減らした上で,彼らの土地を一部奪って,徹底抗戦を構える。そして,人間の王・エリヤと交渉します。この無意味な戦いを終わらせるために」


人間に比べて旧人の勢力は圧倒的に劣る。

占拠した所で,武力を持って制圧されるかもしれない。

だが,旧人の側には十傑を二人倒した塵芥の炎がいる。

脅威は既に知れ渡っていることもあり,簡単には手を出せない。

その隙を狙って,エリヤとの対話を試みる。

交渉術について,イドリースは心得がなかったが,これ以外に旧人達が生き残る術はない。

自分自身が有限の命であることも考慮した結果がこれだった。


「それに,それだけの大規模な抗戦を隠れ蓑にすれば,里が見つかる心配も無くなる。人は,燃える所に集まりやすい質ですから」


そこまで聞いて,彼の意見を真っ向から否定する者はいなかった。

しばらくの沈黙の後,一人の男性が小さく頷く。


「……分かった。君の行動を認めよう」

「里長……! しかし……!」

「我々に残された道は少ない。後ろから崩れていく道を背に,前に進むか,立ち止まったまま落ちていくか。足を竦めている場合ではない」


彼はイドリースが里に足を踏み入れた時から,今まで共に対話を行ってきた。

旧人としては老齢に値する人物である。

確かに皆,和平を結ぶと言っても簡単に頷けるものではない。

相手は今まで何百年もの間,同志を虐げ殺し続けてきた種族だ。

しかし,恨みだけでは何も解決しない。

真の平和と平穏を手に入れるには,乗り越えなければならない思いがある。

里長と呼ばれた男は,かつての英雄に頭を下げる。


「君の手に全てを委ねる。同志を,皆を頼む」

「ありがとうございます」


イドリースも同じような姿勢で礼を言い,彼らの判断に感謝する。

そして共に行動するエクトラに,再度覚悟の程を問い掛ける。


「エクトラ,厳しい戦いになるかもしれない。それでも……」

「いいよ。あたしは二人に命を救われたんだ。皆を守るため,イドリース達を守るためなら,あたしは何処でも戦える」


エクトラも地下都市を占拠する話を聞いた上で,考えを変えることはなかった。

既に彼女はテウルギアを倒した時点で,その執念を燃やし尽くしたのだろう。

家族を彼らに殺された過去を持ちつつ,今は旧人の未来を望んでいる。

今を生きる意味を見つけたのだ。

良かった,とイドリースが少し安堵していると,遅れてきたアルカがアウグスを引き連れて集会場にやって来る。


「イドさんっ。アウグスさんを連れてきました」

「ありがとう,アルカ」


既に二人には,ある程度の概要を打ち明けている。

人間の王と交渉することについて,アルカは彼と共に行動する意思を固めている。

彼女を生んだカーゴカルトは,この世界を変えてほしいと言った。

それが900年続いた人間と旧人の格差である事は間違いない。

ならば,私がすることは決まっている。

少し前に,アルカはハッキリとそう言った。

今もその意志は彼女の瞳から感じ取れる。

対して,収容所から逃げてきたアウグスには,未だ困惑の色があった。

今までに知った旧人の成り立ちを抱えながら,恐る恐る口を開く。


「イドリースさん……本当に助けてくれるのか? アンタにとって,オレは敵同然の筈だ……それなのに……」

「この状況を切り開く。そう親友と約束したんだ。だから,俺は自分の意志でここにいる。それだけだよ」


イドリースが迷うことはない。

彼はテウルギアと相対した時点で一線を踏み越えた。

元英雄の変わらない決意を目にしたアウグスも,それに感化され目を潤わせる。


「本当に! 本当に感謝する! イドリースさん,アンタのことを姉貴と同じように,敬意を込めて呼びたい!」

「え……?」


だが唐突にそんな事を言われ,イドリースは返答に困る。

周りの者も意表を突かれたように両者を見比べる。

するとアウグスは強引に話を進めていく。


「先輩というのはどうだろうか!?」

「……先輩は,少し困るかな。別の何かで頼むよ」

「じゃあ,兄貴で良いか!?」

「まぁ,それなら」

「よし! これで行こう! 地下都市内部の案内は,オレに任せてくれ,兄貴!」

「お,おう……」


よく分からないままに,イドリースの敬称は兄貴で確定した。

勝手に始まって勝手に終わってしまったので,彼も動揺しつつ肯定するしかない。

間髪入れずに,その様子を見ていたイオフィが口を挟む。


『イドリースが兄貴で,ワタシが姉貴ということは,ワタシ達二人は兄妹になるのですが? やはり,イドリースはワタシと同型の……』

「あまり気にしないで行こう」


変な誤解をされそうだったので,話を打ち切ることにする。

里の者達はそんなやり取りを見て少々不安そうだったが,彼らの思いと発言に信憑性があることだけは理解したようだ。

結果として皆の了承が得られ,出立が決まった。


方向性は決まったので,直ぐに行動を始める。

あまり時間を掛けている余裕はない。

手早く準備を済ませたイドリースは,半減した自身の力量で何処までの事が出来るのか,想像の中で改めて把握する。

そして展開される結界の様子が問題ないことを最後に確認しつつ,大樹の外へと歩み出す。

既にその場にはアルカ達全員が揃っていた。

更に何人もの里の者達と共に,エモが複雑な様子で見送りに出ていた。


「本当に……行くの……?」

「大丈夫です! 絶対に皆を取り戻して,無事に帰ってきます!」


テウルギア戦と同じように,アルカが元気よく答える。

もしかしたら,無事に帰って来られないかもしれない。

そんな不安を打ち消す力があった。

彼女の意気込みをエモは寂しそうに見ていたが,イオフィが何かに気付いたらしく,横から提案する。


『貴方も同行しますか?』

「何言ってんの。エモさんが,付いてくる訳ないでしょ?」

『そうなのですか?』


エクトラのツッコミにイオフィが首を傾げる。

何故そのような声を掛けたのかは分からないが,非戦闘員のエモを連れて行くのは危険すぎる。

里に残しておいた方が遥かに安全だ。

すると渦中の彼女が意味深に目を伏せる。


「そうね……私も,もう……」

「え?」

「う,ううん! 何でもないの! 気を付けて,ね……!」


だがエモは送り出すだけに留まった。

不思議に思いながらも,イドリース達は名残惜しくも彼女らに背を向けた。

人間達が使っていたバイクを用いて,機動要塞まで接近する。

始めて突入した時と同じ要領だ。

燃料が心許ないが,その位の距離を移動するだけの蓄えはある。


「皆の幸運を祈る!」


里の人々の声援を受け,彼らは飛び出した。

夜の森を低空で飛びつつ,風を切りながら目的の要塞を目指す。

ただイオフィは自身の翼から浮力を生み出しつつ,アウグスを抱えて飛んでいる。

シュールな光景だが,元々こうして衰弱した彼を運んでいたのだろう。


「まさか,空も飛べるなんて……」

『ワタシの翼は飾りではありませんよ?』


自慢げな顔をするイオフィ。

自身が高性能であることを披露したいらしい。

そんな彼女に抱えられているアウグスは,ひたすらに前方を見つめていた。


「兄貴,その要塞にオレ達のような同志は捕まっていないのか?」

「いや,あそこにいたのは人間だけ。他には誰もいなかったよ」

「やっぱり,か……。もしかしたら,と思ったんだがなぁ……」


残念そうな声が気掛かりなのか,アルカがもう一度その名前を問う。


「ユーリエさん……ですよね?」

「あぁ。彼女はオレにとって,とても大事な人なんだ。何処にいるのか,手掛かりでも掴めれば……」

「……」

「まぁ,それはそれとしてだ。今はその要塞を動かす。そして,皆を助けに行く。それだけさ」


黒髪の少女,ユーリエという旧人はやはり里にはいなかった。

忽然と姿を消したと言っていたので,アウグスと同じように脱出したのだろう。

だが,その足取りは一切掴めない。

何処かに逃げ延びたのか,或いは途中で力尽きたということも考えられる。

いつにないアウグスの感情を抑えた声で,彼にとってユーリエがどれ程の存在だったのかは察することが出来た。


森を抜けて砂漠に突入する。

暗闇が同化した砂漠は,日のある頃よりも温度が急激に落ち始める。

凍える程ではないが,肌寒い風が通り抜けた。

闇に紛れるためとはいえ,長居は身体の毒になる。

静かに,それでいて速度を増しつつ不毛の地を越える。

そうして,奥の光景に山のような黒い影が現れ始めた。

位置的にも目的の場所に間違いはない。


『機動要塞ゲインとの距離が近づいています。皆さん,警戒を怠らないで下さい』


イオフィの声を聞き,彼らは少しの緊張感を抱ながら,沈黙する機動要塞へ直進した。




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