第5話 似た者同士
機械人形であるイオフィと,衰弱傾向にあった男旧人の話は直ぐに里全体に伝わった。
皆,何度も人間達による窮地に立たされてきたが,弱った旧人の救助を優先した結果,彼女達が追い払われることはなかった。
出所の分からない機械を知るためにも,里の中へ通される。
弱った男は別室で看病され,イオフィは集会場の家屋に誘導される。
以前,イドリース達が初めて里に訪れた時と同じような待遇だ。
先ずは里の有力者たちと話し合い,今後の方針を決める。
当然イオフィの存在は警戒されるべきものなので,イドリースが常に動向を見張っていた。
「まさか,人間達の管轄から逃れた同志がいたなんて」
「あぁ。傷一つ負わずに逃げ切れたなんて,奇跡だな」
集会場に集った旧人の有力者達が,声を潜める。
先日,テウルギアによって皆殺しにされかけた経緯もあり,ほぼ単独で里までやって来たことが中々信じられないようだ。
そして彼らの目の前で正座するイドリースに問う。
「それで,その得体の知れないキカイ? というのが?」
「彼女のことです」
彼が視線を隣に移す。
同じように正座で待機していた少女が,ペコリと頭を下げた。
『イオフィと申します。どうぞ,よろしくお願いします』
「し,信じられないな。角はないが,不老不死とは違う。そして中身が金属で出来ている,か……」
普通に会話を行う以前に,微かに動く機械の羽へと視線が注がれる。
旧人でもなければ人間でもない。
事前に話は聞いていたとはいえ,金属で構成された人形など聞いたことがなかったため,皆が動揺を隠せない。
その内の一人が,躊躇いがちに問う。
「腹とかも減らないのか?」
『空腹……。ワタシは太陽光による発電で稼働しているため,燃料の必要はありません』
「発電?」
「あ,ええと。イオフィさんは,太陽の光が食べ物? みたいなものなので。光さえあれば動けるんです」
イドリースの背に隠れるようにして座っていたアルカが,会話を噛み砕く。
何せ,この場で機械を把握している者は殆どいない。
イドリースでさえも,機械人形は見るのも聞くのも初めてである。
故にイオフィを説明し切るのが困難で,ある程度知識を持っているアルカの助力が必要不可欠だったのだ。
「機械のことを知っているのは,アルカだけだからな。助かったよ」
「つ,通訳頑張ります……!」
『通訳が必要ですか? 12か国語まで言語変換が可能ですが』
「あ,いや,そのままで大丈夫だから」
アルカにも分からない言葉で会話をされると手が付けられない。
今のままで良いとイドリースが止めに入る。
始めは無表情に見えたが,よく見たら何処となくぼうっとしているジト目も含めて,妙に抜けている節がある。
機械は正確な判断と行動が特徴なので,余計に浮いて見えていた。
「だが本当に危険はないのか? いつ俺達に危害を加えるか……」
「俺が常に監視します。下手な行動は取らせません」
『ワタシは皆を傷つけるつもりはありませんが』
「言葉だけなら,何とでも言えるってことだよ。俺達には感情がある。万が一の可能性を考えて行動しないといけない」
『感情……。感情分析機能は有していますが,ワタシにそれを表現する機能はありません』
人並みの感情表現は出来ない。
そう言いつつ,イオフィは対面する里の者達に再度頭を下げた。
『ともあれ,彼の処置を引き受けて頂いたこと。感謝します。貴方がたのお蔭で,一つの命が救われました』
「そ,そうか。まぁ,同志である以上,助けるのは当然のことだからな」
形式的であれ感謝の意を示す少女に,少しだけ気圧される。
彼らもイオフィに敵意がないことは,ある程度分かっていた。
同族である旧人を助けたという点からしても,他の人間達とは違う。
信じるか否かは後の判断に任せることにする。
場の空気が少しだけ和らいだことに気付き,イドリースとアルカはホッと息を吐いた。
そうして話の流れは,イオフィ自身の素性へと切り替わる。
「あの男の経歴は本人から直接聞くとして……君は一体,何処から来たんだ?」
『残念ながら,正確な言葉では表現できません』
「何だって?」
『今から15日前,ワタシはここより遠く離れた地下施設で再起動されました』
表情を変えないまま,イオフィは過去の記録を頼りに情報を洗い出していく。
『恐らくワタシを保管するための場所だったと推測します。しかしそこにいたのは,ワタシ一体のみ。使役者を探すため,ワタシは付近を捜索していたのです』
「……つまり目が覚めて,誰もいなかったから外に出て来た,ってことですよね?」
『そうなります』
アルカが分かり易く話を繋げていく。
どうやら彼女は本当に何も知らないらしい。
「じゃあ,君は何のために造られたんだ? キカイ? とか言うのなら,何か造られた意味があるんだろう?」
『分かりません』
「え?」
『データベースの一部領域が破損しており,特定の情報が失われています。ワタシが何のために製造されたのか,ワタシ自身も分からないのです』
「記憶喪失ってことですか?」
『人の認識で表すならば,それが妥当と思われます。長年保管されていたことによる機能の低下が原因と考えられます』
集会場内にいた全員が沈黙する。
結局の所,イオフィは記憶を失った状態で,訳も分からないまま地上へ脱出した。
そして途中で出会った男旧人を助け,適切な処置ができるこの里まで足を運んだということだ。
だが,記憶を失ったことが長期保管による劣化だとすれば,一体彼女はどれだけの期間を幽閉されていたのか。
「長年って,一体君は何歳なんだ?」
『何歳……ワタシが製造された年号も,破損と同時に失われています。ただ,前回の起動から比較すると,大よそ900年は経過しています』
「な……!?」
告げられた気の遠くなるような時の流れに,皆が驚きの声を上げる。
900年ともなれば,旧人が人間の手から逃れた頃よりも圧倒的に前の話だ。
それだけの長い間を眠っていたとなると,誰も何が起きたのか想像がつかない。
ただ彼女の境遇とよく似た経歴を持つ者に,皆心当たりがあり,その者へと視線を投げた。
「まるで,イドリースと同じじゃないか……」
「そ,そうですね」
イドリースは戸惑いつつ返答する。
彼もまた千年前に封印され,目覚めた側の人間。
そこだけを切り抜くなら殆ど同じ状況と言える。
会話の流れを汲み取ったイオフィが,目の色を光らせて彼を見上げた。
『同じ……。あなたはワタシと同じ機体だったのですか?』
「え? いや,そうじゃなく……」
『まさか,まさかこんな間近に同型がいたとは……。恐らくワタシの眼には,致命的な欠陥があるようです……。ここは再度クリーニングを……』
「違うからな? 別に俺は機械じゃないからな?」
心なしか驚いているようにも見えるが,あらぬ方向に話が進みそうだったので,イドリースがもう一度止めに入る。
機械が前提の彼女と話を合わせるのは,中々に難しい。
するとアルカが困惑した様子で,イドリースに小声で話しかける。
「イドさん……」
「ん,どうした?」
「こんなことを言うのも,どうかと思うんですけど。イオフィさんの言っている900年前って……」
「……あぁ。例の災厄が起きた時だな」
イドリースも頷く。
900年前,それは世界を混沌へと変えたウィルスが出現した年だ。
仮に製造された年が,災厄と同じタイミングだとすれば何かしらの関わりがある。
決して無視はできない。
少し張り詰め始めた空気が流れるが,イオフィはそんなことはお構いなしに翼を小さく動かした。
『質問があります。今,この世界はどのような状況になっているのでしょうか? 教えて頂けると,このワタシでも,よりスムーズな会話が可能になると思われます』
何故か自信ありげに聞こえる声に,場が元に戻る。
仮に今まで眠っていたとすれば,人間が不老不死になったことも,旧人という存在すらも知らない。
確かにそのような状態で話が噛み合うとも思えない。
仕方なく,この場に揃った里の者達が,彼女に今の情勢を説明していくのだった。
●
昼下がりの大樹の里。
天候によって微かな霧が現れる中,木漏れ日が多くの家々を淡く照らし,色のあるカーテンへと姿を変える。
僅かな視界の制限で,遠くの木々は殆どそれに姿を隠してしまった。
二人の介入者がやって来たものの,全体に大きな変化はない。
ただ静かに,誰にも見つからないように在るだけ。
そんな木製の渡り通路をイドリース達は進んでいた。
里の者との問答も終え,運ばれた男旧人の容体を確認しに行くためだ。
後方からついて来るイオフィは,歩きながら虚空を見つめている。
「あのぉ」
『……』
「あ,あのぉー」
『……』
一転して黙ったままの彼女に,アルカが不安そうに問い掛ける。
それでも反応がなかったので,そのまま腋の下に手を差し込んだ。
「えいっ」
『!』
中身は機械だが,感触は人肌そのものである。
ピクリと反応したイオフィが,ゆっくりと視線を元に戻す。
『アルカ,お呼びでしょうか? ワタシにくすぐりは効きませんよ?』
「あ,ごめんなさい。でも,くすぐりたかった訳じゃなくて。ずっと黙ったままだったから,どうしたのかなぁと思って……」
『成程,心配されていたということですか。反応が遅れていたのは,今までの情報を整理していたためです』
彼女は里の者から,そしてイドリース達からこの世界の情勢を教わった。
悠久の時を生きる人間と,虐げられ続ける旧人の存在。
900年前とは考え方が異なっていたらしく,未だ理解が追い付いていないようだった。
『不老不死……人間……旧人……。ワタシのデータベースに記録されていた内容とは,大きく乖離しています。読み込みに少々時間が掛かりそうです』
「大丈夫です? 何だか,ちょっと熱かったけれど」
『機能の使用率が向上すると発生する現象です。閾値を越えると異常と判断されますが,ワタシは高性能の自動人形。この程度では靡きません』
「へ,へぇ……」
「高性能って,自分で言うのか?」
『ワタシが知り得る,数少ない情報です』
何故か少し胸を張るイオフィ。
機械人形であることに自負を持っているのかもしれない。
ただ,その言動から若干ポンコツ臭がするのは,気のせいではない。
「なぁ。機械っていうのは,こういうものなのか?」
「ど,どうでしょう……。少し違う気も……?」
機械と会話すること自体,アルカも珍しいらしく戸惑うだけだった。
そんな中,三人はエモの服屋の前を通り掛かるが,そこでイオフィが不意に視線をそちらに向けた。
『この家屋は?』
「あぁ,ここはエモの……里の服を見繕っている所だな」
『見繕う……検索完了。服を見て判断する,仕立て屋ということですか。生命体……検索……』
何やら目を光らせている。
里の者達が着ている服をどのように作っているのか,気になっているのかもしれない。
急いでいる訳でもないので,少しだけ覗いても問題はない。
そう思ったイドリース達は案内も兼ねて,服屋にお邪魔することにした。
中に入ると,相変わらず様々な種類の服が提げられている。
だが店主の姿は何処にもいなかった。
「誰もいない?」
「エモさん,用事が出来たって言って,ここにいた筈なんですけど」
一旦ここを離れてしまったのだろうか。
内部に慣れたアルカが,辺りを歩き回っていく。
すると,部屋の奥で何かが動いた。
「もごご」
「アルカ? 今何か言わなかったか?」
「え,何も言ってませんよ?」
「もごごごご」
『謎の発生音を検知。あちらです』
いち早く見つけたイオフィが,右手をその方向へ差し出す。
よく見ると,掲げられた服の間に何かがいる。
服を頭から被ったような奇妙な塊が,もぞもぞと蠢いていた。
「ふうっ……この感じ,結構良いかも……」
塊はやたら息を荒くしている。
加えて被っているその服は,イドリースが今着ているものとよく似ていた。
つまるところ,イドリースの服を頭から被って悶えている訳である。
「ふふふ……来るわ……! もうすぐ,浮かんでくる……!」
イドリースが声を上げるよりも先に,アルカが思い切り飛び跳ねた。
「何かいるーーっ!?」
「……あれ? その声はアルカちゃん?」
「も,もしかしてエモさんですか!?」
「あ,はい。エモだけど。そんなに慌てちゃって,どうしたの?」
どうしたの,はこちらのセリフだと言わんばかりの顔をするアルカ。
見知った人物の奇行を目の当たりにすれば,当然の反応と言える。
取りあえず,イドリースはエモの被っていた服を指差す。
「っていうか,それ俺の服……」
「あら,イドもいたのね。完成手前だけど,少し借りてるからね」
「いや,借りるって言うか……一体,何をしているんだ……?」
「ごめんね。みっともない姿だけど,これも必要なことなんだから」
依然として服を被ったまま,彼女はそう答えた。
何がどう必要なのか,今の会話だけでは全く分からない。
しかし少しだけ考えたイドリースは,一回だけ頷く。
「じゃあ……まぁ,いいか……」
「良くないですよ!? どうして今ので納得したんですかぁ!?」
「前にもこういう事はあったからなぁ」
後頭部を掻きながら,彼は視線を逸らした。
「お守りって言うのか? 千年前にも戦いで消耗した俺の所持品を,幸運代わりに貰っていった輩が何人もいたからな。これも,そういうのだろう?」
「多分……いえ,絶対違いますって……!」
両腕を振り回していたアルカが歩み寄り,エモの被る服に掴み掛った。
「というか,ズルいです! 一人で堪能するなんて! ええいっ!」
「ああっ!? あと少しなのに……アルカちゃん,意地悪……」
服を奪いながら何故か頬を染めるアルカと,取られたことで寂しそうな目をするエモ。
後ろで見守っていた元英雄は,状況が理解できずに腕を組んだ。
「結局どういうことなんだ?」
『……』
「イオフィ?」
『……検索不能です。少々お待ちください』
「口から蒸気吐いてないか……?」
白い息を吐いて震えているイオフィを置いて,仕方なく仲裁に入る。
場をどうにか収めて,エモの行動の意図を聞くことにする。
やたら顔を隠そうとする彼女は,落ち着き払ったまま理由を明かした。
「新作のインスピレーション?」
「そう。こうやって自分の作った服を被っていると,次の案が湧いて来るのよー」
「何で俺の服が二つあるのかと思ってたら,そういうことだったのか。でも,被る必要ある?」
「自分の作った生地を肌で感じないと,分からないことってあるじゃない?」
「……結構変わってるんだな?」
「そ,そんな……酷いわ……」
「酷い,のか……?」
「一度,人が着たものを被ったりはしないよぉ。私が被るのは,あくまで試作段階のものなんだから。だから良いでしょう? 返してぇ」
「そう言いながら,別の服を被るのか……。って,それも俺のだし……」
今まで作ってきた服にも同じようなことをしてきたのだろうか。
そう思いながらも,彼はそれ以上の追及を止めておく。
続いてアルカが,エモから奪った試作服を抱えながら声を上げる。
「そうですよ! こういうのは,人目のつかない所でするべきですっ!」
「今の発言は,まぁ置いといて。アルカはアルカで,その服を返しなさい」
『これが旧人……人間……。成程,理解しました……』
「絶対間違ってるぞ」
全員があらぬ方向に話を進めていく。
イドリースの突っ込みが追い付かず,再び収拾がつかなくなってきた頃,新たな人物が服屋に足を踏み入れる。
今まで旧人の看病に参加していたエクトラが,珍しそうな目でやって来た。
「何だか賑やかだね」
「あぁ……またボケ担当が……」
「え?」
「いや……何でもない。で,何か用事があってここに?」
「うん。一つ,言いたいことがあって」
イドリース達に用があって来たらしい。
服の押し問答をしている状況は置いておいて,皆を見渡す。
「そこのイオフィに運ばれてきた人,目を覚ましたよ」
件の人物の意識が戻ったことを,エクトラは簡潔に伝えた。




