第4話 謎めいた介入者
緑髪の少女は,眼孔を光らせながらアルカ達を凝視する。
得体の知れないその瞳は,意味もなく見ているだけではない。
彼女達を視認することで,何かを分析しているようだった。
『照合。当生命体を友好対象と認識します』
「だ,誰……?」
『対象からの応答有。機体番号を抽出,当機体を照会します』
口から発した機械的な言葉の羅列に,アルカ達は戸惑いを隠せない。
探りを入れることも出来ずにいると,唐突に少女が頭を下げる。
背中から生えている機械の羽が,キリキリと小さな音を立てた。
『ワタシは機体番号I/O_F1型。通称,イオフィと申します。どうぞ,よろしくお願いします』
「いや……よろしくって言われても……」
電撃を纏っていたエクトラは,どうすればいいのか分からず,アルカの方を振り返る。
彼女にとって,このような形態の人物を見るのは初めてなようだ。
しかしアルカだけは,少女の正体に心当たりがあった。
「もしかしてこの人,ロボット?」
「アルカ,知ってるの?」
「人の形をした金属人形,って言えば良いのかな……。多分……」
「金属? でも,どう見ても人じゃない? 何で,そんなのがこんな所に……」
二本足で動き,人と同じような言動を取るロボット。
人間達が生み出した機械と考えるのが妥当だろう。
つまりこれは機動要塞ゲインと同じく,人間の命令によって動く自動人形である。
ハッとしたエクトラは,もう一度そのロボットと向かい合う。
「まさか,人間達が里の在処を調べるために放ったものなんじゃ!?」
『調べる……。その言葉だけでは判断が出来かねます。ワタシは貴方がたと,友好的な対話を望みます』
「ふざけた事を! そうやって,あたし達を騙すつもり!?」
音沙汰のなかった人間側からの新たな奇襲と考えたエクトラは,今にも電撃を放たんと威勢を込める。
だがそれよりも先にアルカが,彼女の前に踏み出した。
「エクトラさん,ちょっと待って」
「アルカ……?」
「この人は話をしたいって言ってる。きっと何か,事情がある筈だよ」
少しだけ首を傾げるロボット少女に,真摯に向き合う。
無表情で何を考えているのか分からないが,相手が会話を望んでいるなら,無為にする理由もない。
アルカは情報を得るためにも対話に臨んだ。
「イオフィさん……で,良いんですよね?」
『はい』
「あの。貴方は何をしに,ここまで来たんですか?」
『付近に存在する生命体の捜索および友好を結ぶことが,ワタシの目的です』
「友好って,何のために……?」
『人助けのため,です』
「助け……? 敵じゃないってことですか……?」
要領が得ない中で,少なくとも敵ではないことを改めて確認する。
するとイオフィは,再び両目を光らせて思案し始めた。
『敵……検索完了。敵意を持って,危害を加える者』
「?」
『ワタシは敵ではないと思われます』
「は,はぁ」
何とも間の抜けた回答である。
その割に顔は依然として動かないので,表情の変化から心情を読み取ることも出来ない。
様子を窺っていたエクトラも,彼女の肩を小さく叩いて口を開く。
「アレ,信用して良いの?」
「うーん,どうしよう……」
当然,これだけでは信用のしようがない。
里に連れて行って間違いが起きないとも限らないので,下手に動けない。
自分達の独断で行動せずに,イドリースや里の者に助けを求めた方がいいだろう。
二人はそれを理解し,目の前の少女をどうやって誘導しようかと思案する。
『対象の種族……検索完了』
直後,再びイオフィが何かを分析する。
向こう側も相手が敵であるか否かを判断しているように見えた。
だが視線は,彼女達の身体そのものに向けられていた。
『裸族。服を纏うことなく生活を営む民族を指す』
「え……って,わあぁ!?」
そこでようやく,自分がどんな姿をしていたか思い出す。
思わず両腕で前を隠したアルカは,エクトラを見上げながら慌て出す。
「エクトラさん……! 私達,裸の人達って思われてます……!」
「……そういえば,水浴びしてる途中だったね」
「と,とにかく,服を早く着ないと……!」
『友好的な関係を気付くには,同じ立場で語り合うことが必要……。裸体……脱衣の実施……』
「何か,勝手に脱ごうとしてない?」
「えぇ!? ちょ,ちょっと待って下さい! 私たち,別に裸族とかじゃないですよぉ!」
唐突に軍服を脱ぎ出そうとするイオフィを止めつつ,アルカはあたふたと動き始める。
緊迫した雰囲気ではないことは確かだが,こんな状況では話が一向に進まない。
誤解を避けるためにも川から上がり,身体を拭く手拭いと一緒に衣服をかき集める。
するとそこへ,里の方角から新たな気配が飛んでくる。
イオフィの気配をいち早く感じ取ったのだろう。
灰と炎を纏いながら,切迫した様子のイドリースが現れた。
「アルカ! この付近に結界を抜けた奴が……!」
「い,イドさん!? 今はダメ! 今はダメですっ!」
ただ非常に間が悪すぎた。
裸体を晒したままの少女二人と,何故か服を脱ごうとする見知らぬ少女が一人。
敵の襲来を予期していたイドリースは,目の前の光景に唖然としてしまう。
羞恥に顔を真っ赤にするアルカに代わって,エクトラが真剣な表情で彼に説明する。
「イドリース,あそこ変な奴がいる。話が噛み合わないから,聞いてほしい」
「わ,分かった。分かったから,早く服を着てくれ……」
「ま……また見られちゃった……」
「覗くつもりはなかったけど……ごめん……」
危険な状況ではないことを理解したイドリースは,服を着ていない彼女を指摘しつつ,視線を逸らすだけだった。
このままでは,やっぱり話が進まない。
少し時間を掛けて,アルカ達は服を着終えて事情を説明する。
イドリースも機械人形に関しては知識が皆無だったので,彼女達の説明を受けながらどうにか状況を呑み込む。
機械なるものは理解していたが,それが人の形をしているということが,彼にとっても理解し難いものだったようだ。
『つまり,貴方がたは裸族ではない,ということですか』
「あぁ。だから服を脱ぐのは止めてくれないか……?」
『了解致しました』
「割と素直なんだな。他の連中のように,問答無用で襲ってくると思ってたけど,そうじゃないのか」
注意深く,イドリースはイオフィの言動を観察する。
見た所に危険はないようだが,どう見ても旧人側の者ではない。
快く受け入れることは中々に難しい。
加えて,イドリースは里の周辺に不可視の結界を常時展開していた。
力を弱めたこともなければ,破られた気配もない。
何故彼女が何事もなく,領域内に足を踏み入れることが出来たのか分からなかった。
「どうして結界に引っ掛からなかったんだ? 何か,察知されないような技を使ったんじゃないのか?」
『結界。一定の領域内への侵入を防ぐ防壁。そのようなものは,過去24時間にわたって検知していません』
イオフィはよく分からないことを並べ立てる。
少なくとも,結界を認識した様子はないらしい。
彼の隣にいたアルカが,おずおずと意見する。
「イドさんの結界って,確か敵意を持った人に反応するんでしたよね?」
「あぁ,そうだけど?」
「多分ですけど,この人は私達に敵意を持っていません。友好的に会話したいとも言っています。だから,結界も反応しなかったんじゃ……」
「……そういうことか。こういうのは想定していなかったな」
成程と得心する。
今まで旧人以外の者は,敵意を持って里に攻め込んでくるという固定観念があった。
ただ全員が,同じ考えを持っているとは限らない。
チェインのように殺意ではなく,事の真相を暴くために立ちはだかった人間もいた。
機械の彼女に善意や悪意があるかは疑わしいが,イドリースは自身の結界に欠点があったことに改めて気付く。
『代わりに,生命体の反応を多数検知しています。この先には,集落があるのでしょうか?』
「それを知って,どうするつもりだ?」
警戒しているために,若干強い口調で聞き返す。
すると機械の羽を動かしつつ,少女は言った。
『ワタシは,あなた達に助けを求めます』
え,と言わんばかりにイドリース達が思考を止める。
急に現れた助力の要請。
今まで力を鎮めていたエクトラが,珍しく困惑した顔をする。
「ど,どういうこと……?」
『これから先は,あなた達が敵意を持たないと明言して頂かない限り,話せません。仮に敵意があると判断できた場合,ワタシはこの場から立ち去ります。危害を加えることもありません』
「つまり,信用しろって言いたいんだな」
友好的な態度を見せなければ,これ以上は何も言えない。
イオフィも機械とは言え,洗いざらい話すつもりはないようだ。
現状,イドリース達は人間側に対する攻勢手段を持たない。
そんな時に現れたこの少女からは,可能な限り情報を抜き出しておきたい。
人間ではなく,旧人に助けを求めていることにも意味がある筈だ。
彼は少しだけ悩んだ後,顔を上げて頷いた。
「分かった。君が危害は加えないと約束できるなら,俺が抵抗する理由はない。里に人達にも掛け合ってみよう。アルカやエクトラも,それでいいか?」
「はい,大丈夫です」
「まぁ,イドリースが良いって言うなら,別にいいけど」
アルカ達も,その申し出を受け入れる。
するとイオフィはもう一度目の奥を光らせ,三人の表情を見透かす。
『感情分析。表情の動きから,嘘偽りがないことを確認。あなた達を信じます』
直後,彼女はゆっくりと正座する形で座り込んだ。
それはイドリース達への信頼の証だったのかもしれない。
沈黙を流すことなく,目的を語り出す。
『現在,ワタシはとある人物を匿っています。その人物は衰弱しており,このまま時間が経過すれば,命の危険も考えられます。あなた達に,適切な処置をお願いしたいのです』
「衰弱……怪我をしているのか?」
『いえ,体力消耗と空腹によるもので,傷は負ってはいません』
どうやらイオフィには,共に行動している人物がいるらしい。
この場にいないのは,自分が先行して安全であるか確かめるためだったのだろう。
ただその人物が空腹であることに,三人全員が疑問を抱いた。
『ワタシは機械人形。生命体に対する応急処置も記録されている筈なのですが,データベースの一部領域が破損。適切な処置が出来ない状態にあります』
「あの……空腹ということは,その人は,人間とは違うんですよね?」
『その人は……人間とは違う……検索できません。もう一度,お願いします』
「あ……ええと,何て言えば良いんだろう……」
「その人,脈はあるよね?」
『あります。今は正常範囲内ですが,微弱の傾向にあります』
脈がある。
つまり不老不死の人間ではない,れっきとした肉体を持つ者ということ。
だが,これは一体どういう事なのだろう。
そこまで語られても尚,事情が分からないイドリースは,アルカ達に次の指示を出す。
「二人共,里に戻って皆にこのことを伝えてきてくれ」
「わ,分かりました……!」
「イドリースは?」
「俺は,その人の容体を見に行くよ。念のため,周辺の警戒を怠らないでくれ」
同行者は一人だけで良い。
里の伝達は二人に任せ,イドリースは件の人物の元へと赴くことに決める。
アルカらも,自分達がここにいても出来ることはないと理解し,背を向けて里へと引き返していった。
その様子を見送った彼は,イオフィと共に川を越え,茂みの中を進んでいく。
匿っていると言っていたが,背負って運んでいただけで,場所はそれほど遠くないらしい。
「その人とは,どういう関係なんだ?」
『途中で拾いました』
「拾う?」
『はい。ワタシが付近を移動していた時に,偶然出会った人物です。収容所から逃げて来たと言っていました』
言い終えると共に,彼女が目の前の茂みを手で軽く払う。
払った先に現れたのは,里ほどではないが,それなりの大きさがある樹木だった。
複雑に根が絡み合い,苔らしきものも多く生えている。
そんな樹の根本に,大柄の男が横たわっていた。
病人のような患者服を身に纏った,妙な格好をしている。
取りあえず駆け寄ったイドリースだったが,男は反応するだけの気力がないようだ。
イオフィが言ったように,傷らしきものはないが明らかに体力を消耗している。
そして何よりこの男にはアルカ達と同じく,頭部に牛のような角が生えていた。
「この角……やっぱり旧人だったのか……!」
収容所から逃げて来たと思われる男の旧人。
イドリースは事態の好転を悟るのだった。




