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第14話 ある男の顛末




下層の機動要塞。

辺り一帯を消し飛ばされた広間の真ん中で,チェインは大の字になって倒れていた。

能力を使う様子もなく,複雑な目で上層の要塞を見上げている。

するとそこへ,慌ただしくやって来る者がいた。


「先輩……ってうわぁ! 大丈夫っすか!? 生きてますよねぇ!?」

「生きてるっつーの。あんまり大声出すな」


神出鬼没のように現れたファントムが,その容体を見て狼狽える。

身体は割と焦げているが,致命傷を受けた訳ではない。

暫くすれば,その不死性から回復するだろう。

頼りなさそうな後輩を諫めつつ,彼は間を置いて話し出した。


「全部話したってのに,あの二人,止まらなかったぜ」

「そうっすか……」

「なぁ,一つ聞いても良いか?」


チェインは真上を見上げたまま,視線を外さない。

表情にいつもの粗暴さはなく,神妙で真剣な様子だった。


「俺達人間は,何のために戦ってるんだ?」


彼の問いは,静かに鳴る風の音と共に消えていった。







「イドリース……何故……!」


放たれた極小の流星が,塵灰の炎に阻まれ打ち消される。

それは紛れもなく旧人を守るための防壁であり,人間への反逆の証。

テウルギアは,旧人の側に立つイドリースに驚きを隠せない。

そこへ息を切らしたアルカが,白髪を揺らしながらエクトラの元まで辿り着く。


「エクトラさん! 良かった,無事で!」

「あ,アルカまで……。なんで……」


息を整えるアルカも,真実に打ちひしがれた様子はない。

あくまで仲間の無事に安堵している。

イドリースと同じく強い決意の色が,瞳から放たれている。

二人の様子を見て,テウルギアが我慢できずに問い掛けた。


「チェイン君の話を聞かずに来たのかい? 今,君が守っているものは,人ですらない化け物なんだ。聞き忘れているなら,三回だけ言って聞かせよう」

「いや,その必要はない。もう,全部知っていますよ」


イドリースが目を合わせ,静かに答える。


「肉体に感染して,凶暴化させる未知のウィルス。そのせいで900年前に人類が滅びかけたことは,俺でも理解できた。そして貴方が,その生き残りだということも」

「……」

「でも俺は,旧人を滅ぼそうなんて考えない。俺は今,ここに生きている彼女達を守る。まだ危害を加える気なら,この炎で戦うだけ」


微かに炎を舞い散らせる。

まだ余裕のあったテウルギアの表情が,冷酷なものへと変貌する。

同時に,アルカに支えられていたエクトラが肩を震わせた。


「もう,止めてよ」

「エクトラさん……」

「分かってるんでしょ? あたし達が,人間にどれだけ恨まれてるのか。この人達は,理由もなく皆を殺そうとしてたんじゃない。あたしと同じなんだ。あたしと……同じ……」


彼女は崩れ落ち,両手を地につけたままだった。

旧人は本来存在してはいけない種族。

人間にとって,900年前の記憶を呼び覚ます元凶に他ならない。

エクトラ達は意味もなく殺戮を行う人間達を許してこなかったが,今まで行ってきた恨みや嘆きが,全て自分に返ってきたのだ。

既に力を行使する理由すら失いかけていた。


「もう,分からないよ……どうすればいいの……」


エクトラは消え入りそうな声で呟く。

だが,傍にいたアルカがしっかりと彼女を支え直した。


「私にも,分かりません。でも,分からないまま立ち止まるのは,駄目なんです」

「何を,言って……?」

「この角が,この身体が呪われていても……私には,私達には生きている意味がある筈です。それが分かるまで,私は絶対に諦めません」


声は力強く,辺りに響いた。

何故そこまで,自分の考えを貫き通せるのだろう。

エクトラが彼女を見上げると同時に,テウルギアが吐き捨てるように告げる。


「馬鹿馬鹿しい。お前達旧人に生きている意味なんてない。存在そのものが害悪なんだ。価値を見出すことすら烏滸がましい……!」


怒りに任せて足を踏み出し,彼女達との距離を詰める。

だがそこで,イドリースが立ち塞がる。

あくまで人間の意志にくみしない。

彼の意志を知ったテウルギアは,苛立たしく歯を剥いた。


「何故だ,イドリース! 君は分かっている筈だ! 1000年前,君が叶えた平和を踏み躙ったのが,そこにいる連中だということを!」

「違う。元凶は900年前のウィルスだ。彼女達じゃない」

「違わない! 同じ構造である以上,同罪だということが分からないのか!? 放っておけば,必ず奴らは反逆という名の暴走を迎える!」


尚も立ち塞がる英雄に向けて,指を差して叫ぶ。


「殺せ,イドリース! 今すぐその二人を! それが英雄としての役目だ!」

「……出来ない」


たった一言,否定の意志を告げる。

愕然としたテウルギアは数歩だけ後退し,片手で頭を押さえた。


「何かの間違いだと思っていた……。君がカーゴカルトを倒したのは,きっと何か理由があってのことだと……。人々の平和のために仕方なく行ったことだと,そう思っていた……。なのに……」

「アイツは,カーゴカルトはずっと苦しんでいた。自分を騙し続けることに。それを晴らすのが,今の俺に出来る,唯一の罪滅ぼしなんだ」


イドリースは旧人の真実を聞いても尚,ペンタゴンの一件を思い出していた。

友を封印し,それを守り続けていたキューレは,これまでの過去を悔いていた。

だがその思いすら踏みにじり,死に至らしめたのは,今の人間を統べるエリヤが原因。

彼を狂わせた者を野放しには出来ない。

すると背後でエクトラが,静かに顔を上げた。


「やっぱり,カーゴカルトのことを昔から知ってたんだ……」

「……」

「だったら,何で!? その人のために戦おうって思わないの!?」

「思っている……思ってるさ……」

「思ってるなら,どうして!? どうして,あたし達なんかのために……!」


彼女には,イドリースが旧人を守る理由が理解できないようだった。

同じ種の人間であるなら,彼らのために生きるのが道理だと告げる。

それでも,ペンタゴンを知るアルカだけは違った。


「エクトラさん,あの人は言ったんです。イドさんが戦ってくれるなら,閉ざされたこの世界が必ず切り開けるって」

「切り開くって……何を……」

「今の状況を,今の私達のことを言っているんだと,思うんです」


この世界に希望はない。

彼が言ったことは確かに真実だった。

不老不死である人間が旧人に対する恨みを拭わない限り,この争いは永遠に続く。

しかしその中でも,二人ならば全てを照らす光になれるかもしれない。

自身の製作者でありながら,呪われた1000年を生きてきた父の言葉だからこそ,アルカはイドリースと共に歩むことを決めていた。


「馬鹿な。彼が私達の意志に背いたと言いたいのかい……?」

「背いたんじゃない。気付いたんだ。自分の間違いに」

「間違い……? 間違い,だって……?」


ただ,テウルギアもカーゴカルトと共に歩んだ人間の一人だ。

黎明戦を戦い抜いた戦友が遺した言葉に,思わず声を震わせる。


「君は,そんな風に私達のことを切り捨てるのか……? 今までやって来たことが,間違いだったなんて……」

「全てを否定なんてしません。でも,考え直せる筈です。今やっていることは,明らかに度が過ぎている……」


旧人達が凶暴化した暴徒であるなら,彼らの言う事も認めざるを得なかった。

しかしイドリースは大樹の里で,人々に怯える皆の姿を見た。

900年前と今とでは状況が違う。


「過去の黎明戦の時点で,件のウィルスは浄化された。もう,貴方達が旧人を恨む理由なんてない筈だ」

「眠っているさ! 奴らの体内の中に,あのウィルスが! 何故分からないんだ! 全てを駆除しない限り,私達の戦いは終わらない!」

「なら,どうして,彼女達はここまで来たんだ?」


過去に囚われた男に,彼はアルカ達を指して続けた。


「ウィルスに侵されたものは正気を失う。でも,今のアルカ達は? ちゃんとした自我を持っている。それ所か,家族の仇を取ろうと此処まで来た。貴方が今抱いている思いと,何も変わらないじゃないか……!」

「そんなものは紛い物に過ぎない! 人の皮を被っているだけの,人の振りをしているだけの化け物でしかない! イドリース,死者を無駄にするな! 戦いの中で散っていった者達の,無念を晴らす! それが私達の,君の願いの筈だ!」


亡き者の思いを抱えるテウルギアは,力を込めて片手を天に掲げる。

夜更けの空から崩壊した広間の天井へ,幾つもの流星が光を放ちながら降り注ぐ。

降下する速度に,手抜きなどない。

見上げる余裕もなく,星達がアルカらに向けて四方八方へ飛び込んでいく。

受ければ体はおろか,今ある要塞上層部すら半壊させてしまう程の威力。

彼女達は思わず目を瞑るが,同時に起きたのは,光を遮る僅かな蛍火だった。

イドリースが生み出す炎が,大きく火花を散らしながら,それら全てを抑え込んでいた。


「昔,一人の男がいた」


ポツリとイドリースがそう言った。

拮抗していた星と炎が互いに相殺し,細かな光と灰を撒き散らす。


「ソイツは,自分でも制御できない強い力を持っていた。当然,周りの人間はソイツを恐れて蔑むようになった。近くにいるだけで,何をされるか分からなかったからだ」

「……」

「手を出せば返り討ちに遭う。だから皆,ソイツの親を差別するようになった。その重圧に耐え切れずに,次第に二人は心を病んだ。もう,自分達が救われるには,元凶を消すしかないと思ったのかもしれない」


唐突に語られた,一人の男の存在。

テウルギアだけでなく,他の二人も意図が掴めずに,その言葉を聞く以外にない。


「錯乱した二人は,ソイツに手を掛けた。お前なんて,生まれてこなければ良かった。そう言ったんだ。命からがら逃げだしたソイツに,生きる目的なんてなかった。貧民街に逃れた後も,結局何も見いだせずに,死に場所ばかり探していた。でも,そこにカーゴカルトが,キューレが現れた。アイツはその炎を見ても,恐れずに付いてきた。どれだけ自分の身体に傷を負っても。だから,男もアイツのために生きてみようと,思うようになった」


だが,そこでアルカだけは気付く。

語られたその男が,一体何者なのか。

今,自分達を守り続ける彼の背中を見上げる。


「イドさん……なんですね……?」

「え? い,今のが……?」


彼女の言葉に,エクトラが動揺する。

両親から殺されかけ,何度も死を考えたという男の経歴は,とても今のイドリースからは想像できない。

だが,彼は否定しないままに微かに笑った。


「自分の昔話なんて,面白くもないから話すつもりはなかったんだけどな」


自嘲気味な彼の瞳は,物寂しそうに揺れていた。

そして押し黙るテウルギアに言い放つ。


「俺も,いつか周りに危害を加える。大勢の人々を殺す害悪になる。そう言われて生きて来たんだ。それでも俺は,仲間を守るために英雄になった。だから,そっちの側にはいられない」

「馬鹿な……!」


かつて英雄と呼ばれた男は,振り返らないまま続ける。


「立つんだ,エクトラ。君の願いが間違っているとは思わない。でも,本当に見つけるべきなのは,その先にあるものなんだ」

「その先……?」

「恨みを晴らして,願いを叶えて,そこで終わりなんかじゃない。自分が生きる理由を,未来を見つけるんだ。誰を頼りにしても,縋っても構わない。それが生きるってことだ」


人は未来を望まなければ,立ち上がることは出来ない。

前を向き,先を見ることが出来ない者に,未来はない。

彼はそれを理解し,今の自分と重ね合せていた。

背後にいたアルカが,その消え入りそうな気配を感じ取り,手を伸ばそうとする。


「君はあくまで,人間の思いに反するというのか。君が唯一現存する,純正の人間だったとしても……?」

「……」

「だったら,私は……!」


次の瞬間,異様な力の流れが,テウルギアの全身を包み込む。

最早,交渉は決裂したと,倒すべき敵だと断じたのだろう。

次第にその流れは黒い影を帯び,周囲を暗黒に染め上げていく。

イドリースは対抗するように,アルカ達を含めた周辺を炎で囲い上げた。


「黎明戦以来だよ。この力を使うのは……!」


それは,今までの流星が本気ではなかったことを意味していた。

全ての光景が蜃気楼のように歪み,崩壊していく。

崩れ落ちた光景の先に,何処までも続く闇が見える。

続いて現れたのは,まばらに映るのは星の数々。

周囲全てを闇に変えながらも,光の粒があちらこちらに点在する。

まるで空の彼方にいるかのような光景。

アルカはその様に心当たりがあり,息を呑んだ。


「これって……まさか,宇宙を造って……!?」

「知ってるのか,アルカ!?」

「空の向こうにある,星が流れる一番広大な場所です! でも,こんなことが出来るなんて……!」

「そうか……。これは,彼が作りだした結界か……!」


彼女の知恵を借り,イドリースがその正体に気付く。

目の前に存在するこれらは,実際の宇宙ではない。

言い換えるならば,彼が生みだした広大な結界。

宇宙を疑似的に創造した,現実とは隔絶された異空間。

一般人でしかなかったテウルギアが,絶望の果てに生み出した最大の切り札だった。


「私達の過去のために! 未来のために! 君達全員を星の彼方に消し飛ばす……!」


流星を司る十傑の,決意に満ちた声が響く。




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