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第12話 声は聞こえますか




巻き起こる蒸気を払ったエクトラが見たのは,徐々に離れていく下層の機動要塞だった。

双円錐型のそれが,二つの三角錐に分離するように,独自に動き出す。

取り残される下の階層は,同じような蒸気によって内部が殆ど見えない。

共に行動していた二人の姿も何処にもない。


「アルカ! イドリース!」


エクトラは少し焦りつつ声を出すも,背後から新たな気配を感じて振り返る。

そこには彼女が麻痺させていた男達を助ける,一人の青年がいた。

紫色の髪に優男のような気弱な容姿。

今まで出会ってきた人間とは,少し雰囲気が異なっている。


「大丈夫っすか? 無理せずに,そのまま後退して下さい」

「す,すまない……!」


助けられた隊員達は,互いに肩を貸し合いながら身を引いていく。

どうやらこの青年は,彼らを縛り付けていた電撃を無力化させたようだ。

彼はエクトラを一瞥した後,目の上で手を翳し,離れていく階下の要塞を見つめた。


「うーん,先輩張り切り過ぎっす。勢い余って彼女に手を出さなければ,良いんだけど」


迂闊に踏み込めず,彼女は注意深く様子を窺う。

すると青年が,気楽な言動のまま片手を挙げた。


「どーもどーも,侵入者さん。僕の名前はファントム。略されてトム,とも呼ばれているっす」


妙に馴れ馴れしい。

言い方が癪に障ったエクトラは,即座に電撃を発生させ,彼ごと周囲の空間を呑み込んだ。

罅割れたような軌道で,辺りの金属を帯電させていく。

だが,手ごたえはない。

いつの間にか,彼は更に上の階へと回避していた。


「いやはや,容赦ないっすねぇ。でも,それは勘弁してもらいたいっす。実は僕,まだ生まれて2年しか経っていないので,早死には怒られるんすよ」

「減らず口を……!」


エクトラは全身を電流で覆いながら地を蹴った。

周囲の壁を利用した三角飛びで,トムがいる上の階層に着地する。

その類稀な動きを見て,彼は興味深そうに腕を組んだ。

身体能力だけでなく,身に纏う電撃に興味があるようだった。


「あぁ,成程。不死殺しの雷,あの人から聞いたことがあるっすね。数十年ごとの周期で現れる,旧人の突然変異体だとか」

「……?」

「君,声は聞いたことがあるかい?」


突然意味の分からないことを聞かれ,彼女は怪訝そうな顔をする。

声という言葉の意図が掴めず,肯定も否定も出来ない。


「何を言ってるの……?」

「……まだ,初期段階といった所っすか。残念っす。君達が崇める神様とやらがどんなものなのか,少し興味があったのに」


ただ,トムは何かしらの事情を知っているようだ。

珍しいものを観察するような視線で,浮ついた態度を崩さない。

目つきを鋭くしたエクトラは,電撃の威力を更に強める。


「訳の分からないことばかり! 私を惑わそうとしたって,無駄だから!」

「そう。君には急用があるみたいだから,これ以上の話は止めにしよう。でも,僕もこの要塞の一員。少し怖いけど,簡単に通す訳にはいかない」


彼女の明確な敵意に対して,仕方ないといった形で立ち向かう。

不死殺しの力を前にしても引くつもりはないらしい。

彼の実力は依然として不明だ。

今までの人間と異なり旧人への殺意も感じられない。

先程電撃を中和させたこともあって,只者ではないことは確かだ。

しかし,この男を倒して先に進まなければテウルギアと相対できない。

死んでいった者達の無念も晴らせない。

エクトラの意志は揺るがず,それに呼応するように,辺りの光景が蜃気楼の如く揺らめく。


「名も知らない旧人さん。少しだけ,足止めされてほしいっす」


その一言を最後に大量の電撃が迸り,戦いの幕が切って落とされた。







下層の機動要塞。

取り残された側のイドリース達は,周囲に張り巡らされた黒鎖を警戒する。

これはただの鎖ではない。

触れた者の力を封じ,戦闘不能にさせる吸収の属性を持つ。

上階に飛ばされたエクトラも気掛かりだが,先ずはこの使役者を対処しなければ,追跡は許されないだろう。

イドリースはアルカを庇いつつ,駆け上がってきた金髪の男を見据える。


「チェイン。まさか,ペンタゴンから俺達を追って来たのか?」

「当然だ! あの時の借りを返さねぇと,俺の気が収まらねぇんだよ!」


相変わらず粗暴な言動を崩さない。

ペンタゴンで対峙した頃と変わらず,服装も彼が奪ったものと同じ制服だ。

瓜二つの双子ではない,あの時と同一人物。

そしてここは旧人殲滅の特殊機関。

彼が機動要塞にいる意味も自ずと知れる。


「チェインさん。あなたが此処にいるのも,旧人を殺すために……」

「あぁ? そんなモン,俺には興味の欠片もないな」

「えっ」

「俺の分野は拘束であって,殺すことじゃねぇ。言っただろう? 俺は,お前達とケリを付けるために来たんだよ!」


だが,少し事情が違った。

質問を否定し,チェインはそのまま二人を指差す。


「カーゴカルトを殺したこと,そう簡単に許すと思うなよ! お前達二人を縛り上げて,ペンタゴンの前で土下座させてやる!」


荒々しい中に確かな意思を抱き,その場に立ち塞がる。

旧人を殲滅することが目的ではない。

カーゴカルトを殺された恨みで,ここまで追って来たということだ。

不安そうな顔をするアルカに対して,イドリースは眉一つ動かさない。

怨恨の類で襲い掛かってきた者を,既に彼は何人も知っていたからだ。


「やるしか,ないみたいだな」


イドリースが迎撃の姿勢を取った瞬間,四方八方を覆うように何十本もの鎖が襲い掛かる。

以前の時とは物量も速度も上がっている。

アルカが小さな悲鳴を出すと,庇うように塵灰の炎が巻き起こった。

残火の塊が二人を守護する絶対防御と化し,迫る鎖の刃全てを防ぎ切る。

すると少しだけ異変を感じ,彼はポツリと言う。


「やっぱり,前より力が強くなっている?」

「当然だ! 俺達人間は,思いの強さで力が変動する! 前より強いってことは,それだけ俺の感情が強くなっているってことだ! 覚悟の差を教えてやる!」


自身の鎖を動く足場に変え,チェインは二人を見下ろす形で上昇する。

そしてその場で足踏みをした瞬間,触れた鎖が振動を発生させた。

最初は小さなもので,イドリース達もただ無意味に鎖を蹴っただけに思えた。

だがその振動は他の鎖に接触し,新たな振動を次々に生み出していった。

これは吸収ではない。

触れた物を跳ね返す反射の力。

衝撃を連鎖的に反射させ,それを受けた別の鎖が増幅を繰り返す。

超音波振動の永久機関を生み出したのだ。

反射され続けた振動はいつしか巨大な衝撃波となり,防御するイドリース達を呑み込む。

以前のチェインにはなかった戦い方だ。

恐らく彼は,己の意志だけで鎖の能力を向上させたということ。

これが先ほど言った,人間の覚悟というものなのだろう。


「これ……あの時とは,比べ物にならないです……!」

「まさか,吸収以外に反射能力を編み出すなんて。でも……」


冷静に,イドリースは片手を持ち上げる。

その動きに合わせて,防御を解いた炎が膨れ上がり,周囲の衝撃波と混ざり合う。

通常,炎が衝撃波とぶつかり合うことなどないが,彼のそれは違った。

空間の波を取り込み,発生源である鎖ごと焼き消す。

焼き切れた鎖の破片が音を立てて落下していく。

呆気なく衝撃波の機構を破壊されたチェインは,驚きに目を見開くも,そこへ数十発の火球が叩き込まれる。

散開していた炎の一つ一つが,眼前の敵に放たれたのだ。


「クソッ! これでも駄目なのか!?」


立ち昇る硝煙の中,チェインは僅かに残った黒鎖を伝って炎を回避し,悔しそうに表情を歪める。

これだけ大掛かりなことをしても,イドリース達は未だ無傷だった。


「俺よりお前の意志の方が強いっていうのか!? 一体何が,どんな大義が,お前を動かしているんだ!?」

「大義なんてない。俺はただ,親友との約束を守る」

「抜かしやがる! その親友とやらのために,あの男を,カーゴカルトを殺したっていうのか!?」


古の英雄は黙して語らない。

荒れ果て壁内から漏電する広間に,新たな炎を生み出すだけだった。

しかし,その様子を窺っていたアルカは違った。


「イドさんは,あの人を殺していません!」

「アルカ……?」


虚を突かれたイドリースに対して,チェインは馬鹿らしいと言わんばかりに鼻で笑う。


「見え透いた嘘をつきやがる! お前たち以外に,誰が考えられるってんだ!」

「あの人から聞きました! あなた達人間は,あの方の意志には逆らえない! 逆らった瞬間に,その場で罰せられるって!」

「何だと……?」

「私達は助けようとしたんです! でも駄目だった! あの人が,私達を許してしまったから,あの方の,エリヤの罰を受けたんです!」

「罰? 何を言ってやがる?」


人間が根底に宿す王の意志。

彼女の説得を聞いたチェインは,まだ理解が追い付いていないようだった。

若しくはそこまでの事情を知らないのかもしれない。

イドリース達は互いに顔を見合わせるも,鎖の音が途切れることはなかった。


「俺を惑わせようとしても無駄だぜ! エリヤだかヘリヤだか知らねぇが,そんなモンで俺が揺らぐと思うなよ!」


歯を食いしばりつつ,新たな鎖の束を生み出す。

それらは今までと異なり,得体の知れない光を灯していた。

彼にとっての最大の一撃が来る。

予期したイドリースは,アルカの前に一歩踏み出す。


「ありがとう。俺の言いたいことは,今ので全部無くなった」

「でも……!」

「ここから先は言葉だけじゃ解決しない。力と力の勝負だ」


そう言って,上空を見上げる。

空中で束ねられた黒鎖が,一本の巨大な槍へと変化する。

ただの武具ではない。

黒く光輝くそれからは,渦のような振動が発生していた。


「反射と吸収を融合させたこの一撃で,お前の炎を突破してやる!」


決意を抱くチェインの思いと共に,槍が上空から振り下ろされる。

甲高い振動音を上げながら,イドリース達目がけて襲来する。

ただ突き刺さるだけでも,今いる要塞の広間を全壊する威力があるだろう。

並みの者では,拮抗することすら許されない一撃。

しかし,イドリースは一切動じなかった。


「突破は出来ない。ここで倒されるようじゃ,俺は千年以上前に死んでいるさ」


様々な感情を背負った言葉を最後に,手中から灰と炎の塊を生み出す。

塊は球状に膨張し,広間を充満する程に広がる。

鎖の槍だけでなく,その先にいるチェインを覆う巨大な炎が形成される。


「眼下一帯,塵灰と化せ」

「っ……!?」


瞬間,炎が弾け飛び,辺りを煉獄に変えた。

イドリースが面と向かう先は,直径百ⅿ以上の楕円の跡がハッキリと残る程に消し飛ばされた。

眼前にあった機動要塞の一部は勿論,その外,所々にあった森すらも炎を浴びて消失する。

たった数秒の出来事。

残るのは,焼け焦げた小さな煙が微かに燻ぶるだけ。

彼の背中にいたアルカは,その光景を見て言葉を失うしかない。


イドリース達の後方に,鎖の音を鳴らしながら何かが落下してくる。

黒焦げに近い,燃え損なった影。

煙を上げるチェインその人だった。

未だ人の身体を保ち,倒れ伏しながらも憎々しそうに彼らを見上げている。

イドリースは意外そうに目を開いた。


「今の一撃,耐えきったのか」

「舐め,るなよ……! 俺を誰だと思ってやがる……! それにまだ……お前達から謝罪の一言も聞いてねぇんだ……!」


炎に呑まれる瞬間,鎖を全身に覆いギリギリの所で防ぎ切ったようだ。

だが,もう抵抗するだけの力はない。

そのままチェインの元へ手を翳そうとすると,アルカがそれを制止する。


「イドさん,それ以上は駄目です!」


手を出してはいけない。

そんな声を聞いて,イドリースがようやく止まる。

チェインも不可解な様子で,割って入ったアルカを見上げる。


「何だ……俺を,見逃す気か……?」

「あなたに殺意はなかった。それに,あなたが欲しいのは,私達の命じゃない……」


彼女はチェインの元に近づく。

倒れたままの彼に両膝を突き,目を伏せる。


「ごめんなさい……。あの人を奪ってしまって……本当に,ごめんなさい……」


首を垂れて,強く両手を握りしめる。

カーゴカルトがペンタゴンの指揮をしていたことは,この場にいる誰もが理解している。

十傑の力だけでなく,自己犠牲を払ってでも友を守ろうとした愚直な姿勢。

例え歪んでいたとしても,彼を信頼する者がいても不思議ではない。

チェインは何か言いたげに口を開いたが,結局押し止める。

目を逸らし,不貞腐れて舌打ちをした。


「チッ……。気が削がれるってのは,このことだな……」

「チェイン。本当に,そのためにここまで来たのか?」

「悪いのかよ。俺は知りたかったんだ。お前達がどうして人間を殺そうとするのか」

「そんなのは簡単な話さ。お前だって,意味もなく殺されたくないだろ。彼女達は,死ぬために生まれてきたんじゃない」


不老不死である彼は反論することなく,聞き入れる。

アルカ達が無意味な反逆を試みているのではない,と理解したのだろう。

鎖の音はもう聞こえなかった。


「言っておくが,テウルギアを甘く見るなよ。元々,奴はただの一般人だったんだ」

「……?」

「そんな奴が十傑まで上り詰めた。奴の意志の強さは,尋常じゃないってことだ。今の言葉だけで説得できるなんて,思わねぇ方が良い」


忠告のつもりだろうか。

自身が敗れた相手への言葉としては,随分優しいものだった。

一応それを受け取ったイドリースは,焼け崩れた天井を見上げ,距離を離した上層部へと標的を定める。

結構な上空へと飛ばれてしまったが,辿り着けない程ではない。

炎を足場に動かせば,難なく到達出来る。


「行こう。エクトラが心配だ」

「は,はい」

「大丈夫,か?」

「ちょっとクラッとしただけです……」


アルカは立ち上がると,少しだけ立ち眩みを起こす。

ゲインに侵入するにあたり,かなり力を使ってしまったことが原因だ。

この様子なら,彼女があの空間を生み出せるのは一二回が限度になる。

すると背後からチェインが呼び止めた。


「待てよ」

「どうした? これ以上,引き留めるなら……」

「一つ聞かせろ。お前達は,人間が旧人を差別し続ける理由を知らないのか?」

「……理由? 彼らにそんな大層なものがあるのか?」

「あるんだよ。人間はただ意味もなく,旧人を蔑んでいる訳じゃねぇ」


声は真剣だった。

決して時間稼ぎをしているような雰囲気ではない。

チラリと振り返ると,彼は仰向けに体勢を変え,長い息を吐いていた。


「教えてやるよ,旧人の正体を。それでもう一度,考えるんだな。本当に,今やっていることが正しいのかどうか」


端的かつ簡潔に語る。

そしてその真実は,イドリース達の覚悟を大きく変えることになった。




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