第11話 突入,機動要塞ゲイン
浮力で動くバイクとやらに乗り込んだイドリース達は,アルカが切り開いた空間を爆走する。
銀色に染め上がった,生命体が存在しない鏡の世界を,エンジン音が鳴り響く。
風のような速さと共に,眼前の光景が次から次へと通り過ぎていく。
確かに馬車とは比べ物にならない速度だった。
操作テクニックは必要だろうが,慣れてしまえばこれ程便利なものはない。
イドリースは木々を越える程の高さで機体を維持し,ある種の開放感すら抱いた。
「ちょ……ちょっとイドさん……」
「え?」
「これ,速くないですか……?」
膝に乗る形で同乗していたアルカが,恐る恐る声を震わせる。
予想以上の速さを誇るそれに,身体が追い付いていないようだ。
なるべく下を見ないように目を瞑り,しっかりと彼に抱き付いている。
「そうかな。一応,抑えめにしているつもりなんだけど。なぁ,エクトラはどう思う?」
「……普通なんじゃない?」
後部座席で余裕そうに腰かけていたエクトラは,髪を押さえながら答える。
「だってさ」
「は,はいぃ」
「ま,これ以上遅いと里に接近されるかもしれないし,勘弁してくれ」
ゲインに里を検知されてしまうと,先手を取られかねない。
あまり悠長にはしていられない。
アルカに悪く思いながらも,イドリースが速度を落とすことはなかった。
里とゲインの距離は,未だ互いが見えない程に離れている。
今操作しているバイクで直進しても,数分ではたどり着けない程だ。
光景は移り変わり,銀色の森を抜け,所々に同色の砂漠が見え始める。
暫くの間,誰も何も口にしなかった。
速度に耐えているアルカはともかく,エクトラは最後の戦いに挑むかのように,ひたすら前を見続けていた。
そして10分以上が経った頃,目標物が見えてくる。
例え鏡側の世界だとしても,物質として存在する以上はこちら側に反映される。
空中を低空飛行する機動要塞が,地上に大きな影を落とし,無音のまま近づいてきた。
本来は接近するだけで動体探知に掛かるはずなのだが,収納空間ではその役割を失っている。
本当に鏡で映し取っているだけのようで,一切変化がない。
無防備のまま,イドリース達と会敵する。
「あれが機動要塞ゲインか。本当に,言葉通りに要塞が動いているなんて……」
全長は500mに届き,複数の階層で構成される巨大な建物。
話に聞いていたとはいえ,想像以上の技術力を前にイドリースも驚きを隠せない。
ようやく速度を落とし,ゲインと並走しながら様子を窺う。
「こっち側からの潜入だから良いけど,素で突撃していたらテウルギアの流星以外に,あの要塞の兵器を叩き込まれていただろうな」
「アイツの居場所は?」
「流石にそこまでは分からない。向こう側に戻って,地道かつ過激に探していくしかないよ」
敵の士気を落とすには,彼らをまとめ上げる大将,テウルギアを討ち取ることが最も有効だ。
だが,ここからでは彼がどの場所にいるのか分からない。
裏側から近道をするのも,ここまでが限界という訳だ。
「アルカ,適当に空間を繋げてくれ」
「て,適当で良いんですか?」
「あぁ。どの道,見つかることには変わりないし,あまり時間もないんだ」
機体を上昇させつつ,イドリースは立ちはだかる要塞を見上げる。
「今の所,向こう側は里の場所を把握できていないけど,物理的な距離が近づいている。凄い規模の要塞だし,いつ里が見つかるか分からない。内部で派手に暴れて,相手に攻め込まれているという意識を植え付けるんだ。そうすれば奴らも里じゃなく,俺達に注意を向けるしかない」
テウルギアを除けば,他に明確な標的はいない。
ただ目の前にあるモノを破壊していけば良いだけだ。
要塞の駆動する核を潰せば僥倖であるし,そうでなくても自ずと向こうから接触してくる筈。
イドリースにとって,やることは千年前と何も変わらない。
次いでエクトラの電撃も,敵の注意を引き付けるには十分な能力がある。
活かさない手はない。
「エクトラは,俺と一緒に周りを吹き飛ばしてくれ。別に手加減はしなくて良いから」
「分かった」
それだけ指示を出すと,エクトラは両手を強く握りしめる。
端から彼の背中に隠れているつもりはなかった。
今ある感情の荒波に任せ,人間達の住処に攻め込む意思を固める。
アルカもそれを察し,目星を付けたゲインの壁に向けて両手を広げた。
「じゃあ,行きますよ! この外壁ごと,空間を繋ぎます!」
大きく息を吸い込み,彼女が腕を振るう。
頑強な壁ごと切り開かれた先の部屋が,元の世界と繋ぎ止められる。
ゆっくりとしている時間はない。
空間が繋がったため,三人の姿を妨げるものはない。
即時察知される可能性を考え,全員がバイクから飛び降り,歪みを潜り抜け戦闘態勢に入る。
前口上なく戦いが始まることすら考えていた三人。
しかし,乗り込んだ先に見えたのは蒸気。
その奥から現れたのは,服を纏っていない人間達の集団だった。
「あっ?」
「えっ?」
意味が分からず,互いに素っ頓狂な声を上げる。
よくよくイドリース達が周りを見ると,目に飛び込んできたのは水場。
何人も入れそうな大きな浴槽と大理石の床材が広がっていく。
一言で言うと大浴場である。
どうやらアルカが切り開いた先は,ゲインに設置されていた風呂場だったようだ。
居場所を理解したイドリースも,敵陣の中とはいえ苦笑してしまう。
「流石だなアルカ……。一発で風呂を引き当てるなんて,そんなに入りたかったのかぁ……」
「ち,ちち,違いますよぉ! これは偶然で……!」
赤面しながら両手で顔を覆うアルカ。
人間は見た目も旧人と殆ど同じなので,羞恥心を覚えるのも無理はない。
「な,何だコイツら,変態かぁーッ!?」
まだ事情が分からず,慌てふためく人間の男達。
直後,イドリース達の真横を鋭い電撃が飛び立った。
閃光は浴室に着弾し,大きな水蒸気を巻き上げると共に周囲一帯を吹き飛ばす。
裸の彼らもその勢いに外壁ごと弾き出され,ゲインの外へと落下していった。
呆気に取られた二人が後ろを振り返ると,エクトラが真顔で能力を発動していた。
「いや,エクトラ……?」
「だって,吹き飛ばして良いって言われたし」
「あぁ……まぁ,うん……。風呂場や厠は,奇襲にはもってこいだけど……」
彼女は当然のことをしただけだ。
責める道理など一つもないが,何とも気の抜ける光景である。
大穴の開いた大浴場に外気が流れ込み,イドリースは一度咳払いをした。
「……気を取り直して,押し通るッ!」
入浴者がいなくなった浴室から,三人は要塞内部へと侵入する。
その先に待ち受けていたのは,鉄の色をした金属製の通路だった。
窓は一切なく,トンネルの中にいるような錯覚を放つ。
ただ通路の至る所から光が灯され,暗闇に惑うことはない。
床や壁の模様がハッキリと見え,入り組んだ道の両脇に自動扉が幾つも並んでいた。
直後,サイレンのような音が館内に響き渡った。
侵入者を検知したゲインが,人間達に異変を知らせているようだ。
あまり聞き慣れない危機感を煽る音に驚きながらも,イドリース達は取るべき行動を見失わない。
敵が現れるよりも先に,前線を得意とする二人が,業火と雷で周囲の機械を破壊していく。
「一体,何が起きている!?」
「分からない! 急に電撃や爆発が……!」
「まさか,旧人がこの要塞に乗り込んだのか!?」
人間達は旧人が攻め込んで来る異常事態に対応できず,状況の確認が遅れている。
今の内に進めるところまで進んでおきたい。
だが,決まった動きをする機械達は話が別だ。
複雑な通路を進む中で,進行を阻むが如く天上から複数の筒状の物体が現れる。
これも要塞内に仕掛けられた兵装だった。
筒状のようなそれが,狙いを三人に向けたと同時に破裂音を発する。
イドリースは二人を庇うために炎の壁を展開し,そこから射出された物体から身を守る。
当然,彼もそれらの正体は分からない。
ただ炎の壁から新たな炎を射出し,一帯を消し炭にする。
立て続けに鳴っていた音は消え,通路上に落ちる金属片だけが残される。
下を見ると,そこには熱によって溶けかけた弾丸が転がっていた。
「これは一体……」
「銃,だと思います」
「銃?」
「鉛玉を高速で飛ばす武器です。弓でいう矢みたいなもの,ですね」
「……画期的だな。こんなものが千年前にあったらと思うと,ゾッとするよ」
アルカの説明を聞き,イドリースも考える仕草を取る。
弓以上の速さに加え,人の力も殆ど必要がない。
自動で敵を検知し,自動で迎撃する。
能力を除けば,これほど人を殺すことに特化した武器はない。
「アルカって,やけに人間側の事情に詳しいけど,どうして?」
「ええと,長い間捕まってたので,何となく分かるの」
「ふうん。じゃあ,ここの攻略は頼りになるね」
「う,うん! 任せてっ!」
エクトラはあまり深く考えずに,彼女の知識に頼るだけだった。
相手は強力な武装の群れだが,彼らを仕留めるにはまだ遠い。
三人は旧人の中でも規格外の部類のため,銃弾の嵐や要塞の隊員達を前にしても,簡単に倒れることはなかった。
複数の分かれ道が一本の道に繋がり,次第に幅を広げていく。
流れに任せて進み続けると,四方が金網で張り巡らされた大きな広間に行き着いた。
見上げると全階層が見える吹き抜けとなっており,上階にいた人間達がイドリース達を敵視しながら見下ろしている。
「奴らは不老不死じゃない! 少しの変化で直ぐに死に至る,脆弱な生命体だ! それを忘れるな!」
「下らない反逆もここまでだ! 人間の力を思い知れ!」
彼らの強い感情を感じ取り,アルカが左右を交互に見る。
よく見ると,金網の奥には一面の巨大な照明があった。
人どころか数百m先の場所すら煌々と照らせそうな大掛かりな光源。
それが四方を,イドリース達を覆っている。
ペンタゴンを知る彼女にも,その用途が分からない代物だったが,相当危険であることは理解したようだ。
「このサーチライト! 危険です!」
「分かった! 二人共,俺の傍に!」
後退するエクトラが傍に来たのを確認した直後,イドリースは炎の動きを変える。
灰の塊を主にしつつ球体状に収縮。
壁ではなく,四方を完全に取り囲んだ絶対防御を完成させる。
直後,サーチライトが稼働し,絶大な音を響かせながら光を放った。
それはもう,光というには生易しい。
浴びた者を溶かし消滅させるほどの熱力を持った光線。
人間が所有するスカラの腕輪を対軍用に向上させた兵器だった。
光線を一身に受けたイドリースの防御に変化はない。
塵灰の炎で構築された防壁は,並大抵のものは全て遮断される。
それでも振動や反響音だけは一部内部まで届き,アルカ達を惑わせた。
「何なの,この音……! それに,凄い振動……!」
「超音波も……あるかも……!」
両耳を押さえながら,少しだけ苦しむ二人。
イドリースは動じないまま,外部で起きている兵器の実態を察知する。
「殆ど遮断しているつもりでも,これだけ余波が来るのか」
防壁の生成が遅れていれば,確実に餌食となっていただろう。
だがもう大よその見当はついたようだ。
彼はエクトラの方を振り返り,新たな指示を出す。
「エクトラ,電撃を流してくれ。その力なら,俺の炎を渡って四方全ての灯を破壊できるはずだ」
「……! やってみる……!」
目を鋭くしたエクトラは,身体中から青白い稲妻を生み出し,自らを覆う炎に向けて解き放つ。
それはイドリースの言葉通り,炎の障壁をすり抜けて伝播。
四方のサーチライトに届き,全体に纏わりつく。
不老不死を打倒する電流は,通常のそれとは違う。
必殺の光線を放つライトを狂わせ,数秒後に音を立てて破壊させた。
「な,何だとッ!?」
全ての機能が停止し,光が消えたことに驚く人間達。
瞬間,イドリースは防御の陣形を解き,周囲に炎を分散させる。
火球となったそれらが,破壊されたライトごと突き抜け,大穴を開けて炭に還す。
大層な兵器を破壊され動じる彼らに向けて,エクトラがその場から駆け出した。
壁に沿って続いていた階段を即座に昇り終え,上階にいた人間を組み伏せ,雷の剣を向ける。
「馬鹿な!? 旧人を即死させる威力があるんだぞ! どうして効かない!?」
「そんなことはどうでもいい! あの男の,テウルギアの居場所を教えて!」
「誰が! それを言うものか!」
機動要塞の隊員という誇りもあって,簡単に吐くことはない。
だが所詮は不老不死。
今まで生き永らえてきた彼らに,死という刃を突き付ければ自ずと答えは見つかる。
エクトラもそれを知っており,手にした剣を振り上げようとする。
すると同時に,彼女は何かの気配を察するように上を見上げた。
目線の先には立ち昇る黒煙以外見えない。
後を追ってきたイドリースとアルカが辿り着くと,彼女はおもむろに口を開いた。
「六階の指令室……そこにいるの……?」
「な!?」
剣を向けられていた男が目を見開く。
どうやら図星だったらしい。
なのだが,何故テウルギアの居場所を把握できたのか。
イドリースは思ったままを口にする。
「エクトラ,どうしてそれを?」
「分からない……。今,頭の中を電流が走ったみたいに……」
彼女自身,よく分かっていない。
突然何の前振りもなく,脳裏に敵の位置情報が流れ込んで来たようだ。
すると原因を探っていたアルカが,同じように上階を見上げた。
「機械は電気を元に動きます。もしかしたら,それが関係しているのかも……」
「さっきエクトラが流した力が,この要塞と一瞬繋がったってことか……?」
先程,エクトラはサーチライトを破壊するために周囲に電撃を流した。
それ以外にも,ここに辿り着く前に力を発揮している。
それらが機動要塞全体に流れ,点在する敵の位置を検知したのかもしれない。
イドリースが取りあえず納得しようとすると,他が動きを見せる。
尻もちをついていた男達が,三人から逃げ出すように背を向けたのだ。
それを許さないエクトラが,彼らを追うように進み出て,剣でその身体を切り裂く。
不老不死の身体に電流が流れ,痺れさせるように動きを止める。
だが,その内の一人が懸命に手を伸ばし,壁にあった赤いスイッチを押す。
瞬間,要塞全体がサイレンを鳴らして振動した。
「旧人を,侵略者共を,行かせるわけにはいかないんだ……!」
「な……!?」
蒸気のような白い風が,今いる広間に流れ込んでくる。
突風を起こす仕掛けが働いたのかと警戒したが,それは直ぐに改められる。
これはそんな単純な仕掛けではない。
視界に映ったのは,徐々に距離を離す要塞の一部。
上階が丸ごと浮上する形で,組み合わさっていたものが分離していく。
先に進んでいたエクトラと,後方にいたイドリースやアルカは,要塞の分離によって物理的に分断されようとしていた。
「この要塞,二つに離れる気か!?」
これ程の大仕掛けを想定していなかったイドリースは,一瞬対応が遅れる。
エクトラも思わず振り返るも,巻き起こる蒸気によって姿が見えなくなった。
このままでは彼女だけが上階に取り残されてしまう。
「イドさん!」
「あぁ! エクトラを追いかける!」
今なら分離した上層部に飛び乗ることも出来る。
視界を妨げる蒸気を消し飛ばしつつ,イドリースは炎を変形させる。
しかしそこへ,聞き覚えのある音と共に黒い線が飛来した。
分離した要塞の断面に幾重にも張り巡らされ,二人の進行を妨害する。
それはあらゆる力を封じ込める黒鎖。
「この鎖は……!」
続いて,階下の層から金髪の男が躍り出てくる。
その男は,彼らに出会うことを待ち侘びていたように笑みを浮かべる。
イドリースだけでなく,アルカもその正体に気付き息を呑んだ。
「待っていたぜ! イドリースッ!」
「お前,チェインなのか!?」
カーゴカルトに属していた部下の一人。
イドリース達を追ってきた黒鎖のチェインと,思わぬ三度目の相対を果たした。




