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第10話 真実を語る代償




「あの男が口を割った?」


エクトラと共闘を結んだイドリースが,共に里外れの一角へ舞い戻ると,予期せぬ方向へと話が転がっていた。

縛り上げていた人間の男が,テウルギアに関する情報を暴露したというのだ。

絶対に喋るものか,とあれだけ息巻いていたと言うのに,この変わり身の早さは不可思議にすら感じられる。

事情が分からないイドリースは,慌てた様子の人々に聞いてみることにした。


「凄いですね。相手は不老不死で痛みも感じないのに,一体どうやって聞き出したんです?」

「いや……それが何もしていないんだ」

「えっ?」


しかし,彼らは手出し一つしていなかった。

疑問ばかり浮かぶのは,イドリースだけではないようだ。


「俺達だって驚いたよ。君に全てを託すか否かを話し合っていたら,急にコイツがテウルギア達のいる要塞を話し始めたんだ」

「まさか……」

「機動要塞ゲイン。今俺達の場所へ向かっているモノの名前だ。確かにコイツはそう言った」


訳を語る皆が,警戒しながら指を差す。

例の男は,俯いたまま微動だにしない。

つい先程まであった,強気とも自棄とも取れる態度は一切ない。

心境の変化にしては,作為的なものを感じざるを得ない。

何故このタイミングで,テウルギアの率いる要塞を明かしたのか。

真意の見えない行動を取る男に,イドリースは一歩一歩近づき問い掛けた。


「どういう風の吹き回しだ?」

「……」

「なぁ,聞いているのか?」

「……」


反応がない。

それどころか,男の瞳は死んでいた。

光彩が宿っておらず,人形のように虚空を見つめている。


「駄目なんだ。洗いざらい吐いた後,まるで人が変わったみたいに喋らなくなってしまった。一体,何が何だか……」


一言でいえば心神喪失状態だが,今までこんな人間の様は見たことがない。

注意深く見守っていたエクトラも,考えあぐねて進み出る。


「イドリース,何か分かる?」

「情報が少なすぎて,今は何とも。でも,彼自身に良くないことが起きているみたいだ」


イドリースは考えたが,明確な答えは出てこなかった。

罠にしてはあからさま過ぎる。

旧人達に警戒させるほどの変化を見せて,男に特があるようには思えない。

気掛かりなのは,この状態になる前に明かしたテウルギアの居場所。

少なくとも聞いておいて損はないだろうと,彼らに聞き返す。


「そのゲインが何処から来るのか,教えてくれませんか?」

「良いのか? コイツが言った情報が嘘って可能性もあるんだぞ……?」


彼らは互いに心配そうな目で見合わせる。

しかし次の瞬間,ピクリとも動かなかった男が口を開いた。


「わ……タシ……は……」

「えっ?」


誰がその声に反応したのかは知れない。

それを自覚するよりも先に,男が急に上空を見上げて全身を震わせる。

彼を縛り上げていた蔓が,軋みを上げる。


「ワタシハ……違ウ……違ウ違ウ違ウ……!」

「な,何だ!? コイツ,急に……!?」


異様な気配を察したイドリースは,皆を庇いながら声を響かせる。


「皆,下がるんだ!」


その声を聞いて,反射的に全員が飛び退く。

男に抵抗する力はないのだが,発狂とも取れる行動に誰もが恐怖する。

エクトラも稲妻を全身に纏わせ,いつでも迎撃できるような態勢を取る。


「ア……ガガガ……ギギ……!」

「お前,一体何者だ!」


イドリースは男を包囲するように炎を展開し,その正体を問う。

今の彼は,既に正気を失っている。

破綻というよりも,別の人格が現れたみたいだ。

天を仰ぎ見ていた男は視線を下げ,イドリースの目を見る。

瞳は深淵の底を見ているかのように濁り切っていた。


「ワタシ……ハ……解離セシ者……。彼ノ意志ニ背キシ……大罪人……!」


男が口にした言葉は,そこまでだった。

瞬間その身体が弾けたかと思うと,空気解けて霧散する。

残光となった灰色の光が,夜の暗闇に呑まれていく。

そうして地に残されたのは,彼を縛っていた蔓と服だけ。

その光景は,カーゴカルトが消滅した時と酷似していた。


「死んだ,のか?」

「一体,何が起きているって言うんだ……!?」


里の者達は,初めて見る不老不死の死に呆然とする。

自滅に等しい行動をした男が,何を言おうとしていたのか,意図は一切読み取れない。

ただ一つだけ,イドリースには心当たりがあった。


「人間はあの方の意志に背いた時,裁きを受ける」

「え……?」

「カーゴカルトが遺した言葉だ」


キューレとの別れの言葉。

あの方の制約よって,人間に仇なす者は例外なく処罰される。

例えそれが十傑であろうと,背いた者は自滅ないし本当の死を迎える。

イドリースは親友の死によって,その事実を思い知っていた。


「彼は十傑のエリヤの意志に背いたから自滅した。そう考えた方が良い」

「つまり,どういうこと……?」

「死に際に言った情報は,真実の可能性が高い,ということだよ」


エクトラに向けて簡潔に答える。

男が制約に背いた理由は,今考えても意味がない。

重要なのは,迫りつつある新たな脅威への対抗策が見えたこと。

予想外の展開ながらも事態が好転していることを知り,彼は皆にもう一度問う。


「ゲインが来る方角を教えてください。俺達は,そこに乗り込む……!」


後戻りをするつもりはない。

人間の死を切っ掛けに,その場にいる皆が人類への反逆を決意した。







「私も行きます!」

「うーん……」


ゲインに乗り込む話を聞きつけたアルカが,共に行くと名乗りを上げる。

絶対こうなるだろうとは思っていたが,安易に頷けないイドリースは悩みながら唸る。

彼女は別に強い悔恨があるでもない。

エクトラのように,テウルギアと相対する理由はないように思える。


「その要塞だって,きっと何かの仕掛けがあるはず。それを潜り抜けるためにも,私の力が必要だと思います」

「まぁ,それは間違ってないかもしれないけど……」

「やっぱり,私が危険な場所に行くのは見過ごせませんか?」

「当然だろう?」


イドリースは即答する。

彼女はキューレから託された唯一の命。

それを失うということは,彼との最後の誓いを破ることに他ならない。

当然アルカもそれは理解している。

その上で,彼女は優しい笑みを浮かべた。


「イドさんは,私のことを心配してくれているんですね」

「……」

「でも,私にも理由があるんです。ただ二人と一緒に行きたいだけじゃない。私が此処にいる訳を,生きている意味を知りたいんです」


結局,彼女は製作者であるキューレと殆ど話せないまま,生死の境界に引き離されてしまった。

だからこそ,イドリースが友との約束を守ろうとするように,彼女も明かされなかった約束を探そうとしている。

それを否定することは出来ない。

アルカの意志の宿った眼を見て,彼はゆっくりと息を吐いた。


「そう言われると,もう俺は何も言えないよ。俺だって,そのために此処にいるようなものだから」

「じゃあ……」

「分かった。アルカの力を借りよう」

「あ,ありがとうございます! イドさん!」


快活な声と共に明るい表情を見せるアルカ。

望むことを望むままにさせるというのも,英雄の役目の一つに違いない。

自分に出来るのは,彼女の願いを叶え,守り続けることなのだ。

そう理解した彼は,里の者達に事情を説明するため,一旦皆に声を掛けていく。

アルカはその様子を後ろで見ていたが,代わりにエクトラが近づいて来る。

復讐を望む褐色の少女は,何とも言い難い複雑な表情をしていた。


「あ,エクトラさん」

「……敬語はいらないよ」

「いいんですか?」

「だって,そっちの方が年上でしょ?」

「年上,ですかぁ」

「違うの?」

「え,ええと,どうなんでしょう?」


多分違うと思う,とも言えずアルカは視線を逸らす。

今の状況で混乱させるような情報は明かしたくない。

歳の格差に迷っていると,先にエクトラが口を開いた。


「要塞にわざわざ乗り込むなんて。テウルギアに恨みがあるの?」

「そ,そういう訳ではないんだけど……」


テウルギアのことは何も知らないので,恨みなどない。

ただ彼女は,ペンタゴンでの戦いを思い出す。


「イドさんと一緒に生きろって,あの人に,父に言われたから。だから,理不尽に奪われたくないの」

「父……。その人は,優しかった?」

「厳しかったけど優しい人でもあった,と思います」

「そう……。あたしも,同じだよ。いつも厳しかったけど,最後には,あたしが無事だったのを見て,本当に嬉しそうだった」


失った家族との話を聞き,エクトラは少しだけ俯く。

互いに事情を知らなくても,通じ合うものがあったようだ。

何処かで夜鳥の鳴く声が聞こえた気がした。


「イドリースのこと」

「えっ?」

「イドリースのこと,頼りにしてる?」


その問いに,アルカはしっかりと頷いた。


「怖くないの? あたしは,アイツを倒せるなら誰の手でも借りたいと思っている。でも里の人達の反応は半々。正直に言うけど,あの人の力は想像を超えてる。十傑と同じか,それ以上のものだと思う」

「私にも,イドさんの力の底は見えません。見えないから,危険だと言われて千年も封印されていたんだと思います」

「……」

「きっと千年前だって,色々なことを乗り越えてきたんだと思います。私なんかとは,比べ物にならない位に。でも,あの人だって血は流れるし,涙だって流すんです」

「あの人が,泣くの……? そうには見えないけど……」


エクトラは意外そうな声を出す。

彼女にとってイドリースは感傷的にならず,時には非情にもなれる男だと思っている。

涙を流す所など想像もできないようだ。


「イドさんにも,大切な人がいるんです。例えそれが,此処にいない人でも……」


しかし,アルカは彼が悲しむ姿を知っている。

数多の戦場を駆けた英雄であっても,親しい者を奪われて冷静でいられる筈がない。

エクトラもそれを察したのか,頭上を覆う大樹を見上げた。

他人を寄せ付けない冷たい表情が,少しだけ悲しそうに変わる。


「あたしはね。いつ現れるかも分からないテウルギアを見つけるために,何年もこの里で遠くを眺めてた。必ず皆の仇を討つ。あたしが生きてきた理由は,それ以外なかった」

「……」

「でも,今日で決着がつく。負けても良い。苦しかったことは,勝っても負けても必ず終わる。お父さんやお母さんのことも,あたしのことも……」


嫌な予感がした。

アルカはハッとして,彼女に声を掛ける。


「エクトラさん! まさか,いなくなったりしませんよね!?」

「……何言ってるの。テウルギアを倒すまでは,死ねないよ」


エクトラは確かに笑った。

だがそれは夜に溶けてしまう程に寂しいもので,アルカはそれ以上何も言えなかった。


イドリースは里の全員に,テウルギアの元へ攻め込む意思を伝えた。

始めは動揺する者達ばかりだったが,このまま虐げられ続ける苦難を考えた結果,人間達に反抗することを了承する。

例えイドリースが強大過ぎる力を持っていようと,自分達の味方であることは違わないと理解したためだった。

無論,非戦闘員で構成された彼らを連れて行くことはない。

共に行くのは,アルカとエクトラを含めた三人だけだ。


「アルカ,この乗り物は?」

「人間の人達が乗っていたバイク,らしいです」

「バイク? 聞いたことないなぁ……」

「ええと,馬がいなくても走る馬車? みたいなもので」

「うーん。彼らが使う技術は,よく分からないものばっかりだ」


そんな中,テウルギアの調査隊が乗り回していたバイクなるものを発見する。

星落としが行われた現場から,アルカが健在だったものを拝借してきたらしい。

皆の協力でここまで運ばれてきたが,乗り方は分からない。

浮力を使って動くもので,車輪もない。

それでも戦闘に関するものであれば,イドリースにはそつなくこなせる潜在能力がある。

バイクの仕組みはよく分からないものの,一瞬で乗りこなすことに成功する。

流石に徒歩でゲインに突入するのは無理があるので,アルカの空間からコレに乗って接近することにした。


「ほ,本当に行くの? 戻ってきたばかりなのに……」

「あぁ,だから後は頼むよ」

「頼む,って言われても……。エクトラちゃんや,アルカちゃんまで……」


話を聞いていたエモは,それなりに渋そうな様子だった。


「ごめんなさい,エモさん。でも,どうしても行かないといけないんです」

「……アルカちゃんがそんなに頑固だったなんて,知らなかったわ」


そう言いつつ,表立って否定はしない。

エモも何かしらの過去を背負っているのだろう。

代わりに,目元を隠すように被っていた帽子のツバを下げた。


「里の皆で朝食の準備をしておくわ。とても栄養のあるものをね」

「?」

「だから,必ず皆で帰ってくること! 約束ね!」


最後には,いつもと同じ陽気な声に戻る。

今いる彼らを精一杯送り出そうとする,彼女なりの気遣いだった。


「はいっ。絶対に皆の料理,食べに帰ります!」


アルカは元気よく返事をする。

必ず帰ってくるという気持ちは,この場の誰よりも強く感じられた。

他の二人,イドリースとエクトラは,何処か申し訳なさそうな顔をするだけだった。

それでも戦わなければならない理由がある。

皆が見守る中,三人は切り開かれた空間の中へ飛び込んだ。




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